過ぎし暗く寒い冬の、秋の住居改修の回想を振り返る
夜明け前からエコとトモに交代で見張りに立っていて貰い、時折草汁を淹れて貰いながら、男子三人で作業を続けた。
粘土層の岩盤をガシガシ掘り下げていく。
垂直だと崩れてくるかもしれないので、少し傾斜をつけて掘った。
掘ったそばから粘土を家の外へ出し、女の子にレーキで防御壁の傍へ掻き寄せて貰った。
その為に予め土留めの支柱を建てて、土が零れ落ちないように枝きれで壁を立ち上げておかねばならなかった。
竪穴は戸口からすぐに一尺程度の段差で下がり、中央の炉の周囲で更に下がる、二段の浅い階段状に掘る。
床面が水で濡れても濡れたままにならないように床はほんの少しだけ傾斜をつけて、水が落ちるように溝を掘った。
また、柱を差し込む穴を掘りこみ、柱を挿し込み、穴の隙間に灰入り粘土を詰めて石で押し固めた。
それから戸口の間の通路を造ったり、奥の小部屋を仕切る支柱を建てた。
屋根の内側や仕切り壁など、総ての表面を、灰とスサ混じりの粘土を僅かな水で練ったもので隙間無く覆うと、密閉できることを確認。
一旦穴居全体を密閉してから、火影が外から見て目立たないように、戸口の間と中央天井に通風孔を小部落のお爺さん家で教えて貰ったやり方で施工すると、中央に設けた炉だけでなく、竪穴のあちこちで薪を分散して小さく燃やして、炎の熱と煙で穴内部を充分に燻して乾した。
もちろん、その間はぼくたちはみんな穴蔵の中から外へ逃げていた。
穴蔵の中を徹底的に煙で燻している間に、屋根や戸口の廂に土を被せて、外構の隠蔽を開始した。
午後に戸口を開けて一旦煙を追い出し、内部を掃除して仕上げた。
その間にも外側を苔で覆い、草を植える隠蔽工事を始めた。
一旦出来上がると、周囲の地面と一体化して、そこに住居があることが分らないほどだった。
唯一、戸口から突き出た廂が隠蔽効果をやや損ねていたが、廂をずらしてロックを解除後、地面に廂の端がつく迄下ろしてしまい、上に苔と草を敷くと、もう判らなかった。
これで、たとえ防御壁を無理矢理抜けて拠点の敷地内に入ってきても、なんだかこんもり盛り上がった草地があるのが見えるだけで、家の存在にはすぐには気づかれないだろう。
対照的に一目瞭然の作業小屋があるから、そちらに目を奪われるのは間違いない。
人の活動の徴があるから、と徹底的に捜査されたらバレてしまうが。
まだ乾燥も固結も不充分だが、一応完成だ。
もう夕暮れだった。
下の沢に行って、手を洗い、身体を洗った。
水はとても冷たく、指先の感覚がなくなると、洗うのもそこそこにすぐに上って、草の束で拭い、草履をつっかけて、凍えた身体を擦って温めながら、新居へ上った。
草束を立て並べて藪に偽装した防御壁の隙間を潜ると、中は風が遮られているので、ほんのり温かく感じた。
建設現場の傍に放り出した荷物を抱えて、穴居の戸口から這いこんだ。
中は暖かく、やっと温まって人心地ついた。
外に置いておいた簡易寝台を運び入れて、炉端に円座を敷いて坐って、炉と向かい合って火加減を調整してみたり、戸口と廂を開閉して確かめてみたり、壁の下部に掘り込んだ浅めの奥行きの物置きに壷や籠を置いたりした。
皆満足して休憩し、もう暗くなり始めていたが、トモコはトヨキと一緒に小部落へ連絡と挨拶に出かけた。
最初の夜は、どんな不具合が生じるかも分からないので、一人ずつ交代で不寝番をしながら眠った。
不寝番の交代時間は、従来通り薪の燃える時間でおおまかに計った。
こんな場所に子供ばかりの住居が出来上がってどんな風に暮すのか、小部落の人々も気に懸けていたようで、完成翌日に一度、お爺さんをはじめとする方々にお披露目をした。
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回想から醒めた。
積雪時には、屋根の風下とはいえ廂にも雪が乗って重くなるから、降ってきそうな時には予め廂をあげて支柱を入れて支えておかないと、重さでなかなか廂が持ち上がらず、家から出るのがとても大変になる。
戸口は風下なので、廂さえ上げておけば、嵌め戸を外して出入りするのは容易だ。
周囲が雪で埋まっていても。
当然、今日も廂は揚げてある。
ちらっと戸口を見て、出たいと思ったが、どうせ外は吹雪が吹き荒れていてとても出られないし、無駄に開閉して冷えるのも嫌がられるから、諦めて、戸口の嵌め戸の閂機構や通路の支柱や壁、戸口の間の外壁が異状無いか、一応一つ一つ確かめるだけにした。
異状無かった。
ゆっくり廻って、屋根や奥の部屋も確認して、炉の傍に戻った。
エイコが草汁を淹れていたので。
「あげる」
「ありがとう」
「うん、美味しい」
「あげる」
「ありがと」
坐り疲れたトヨが、円座の横に敷いた菰にごろんと横になり、湯呑に口をつけて啜る音が響く。
のんびりとした憩いのひと時だ。
そうして、少し活気を取り戻して、暫くの間お茶をお代わりしながら駄弁りを楽しんでいた。
やがて、また静かに石鑿を研ぎだした。
吹雪はなかなか収まらなかった。