初の依頼を請けて ラクマカへの洞穴
「……っ!」
付添人が緊張を強めた。
エイコも首を竦めながら、盾越しに視線をじっと前方へ注いでいる。
司祭様が意味の分からない言葉を洞穴中に通るような大きな声で紡ぎ出した。
何か、前方に見える──
うっすらと、煙を透明な板に這わせたような風に、何かが空中に奇妙な模様を描いている。
はっ、とした。
風が、無い。
当然のように吹いていた風が、今では全く凪いで、どんより淀んだ空気の中から、何かが立ち上がって来る──
司祭様の言葉は今や大音声で殷々と洞穴内に響き渡り、胸元に組む印が変わり続ける。
果たしてだいじょうぶなんだろうか……
不安に胸が苦しくなる中、付添人はロバのすぐ前に立って槍を構え、ぼくは本能的に背後へ振り向いて警戒した。
背後には何もない。
が、入口が見えない。
(なんだ、どうなってんだっ!?)
焦る心が、司祭様の大声が耳に入ると落ち着きを取り戻す。
(そうだ、司祭様が戦ってらっしゃる、ならばまだ平気でいていいんだ)
根拠は無いが、そう確信できる何かが声の中にある。
振り返って、少しずつ皆が進んで居るのを知り、皆から離されないようにすぐに追いかけて、マサの背負い籠に軽く手をかけて距離感を把握しながら、背後を警戒し続ける。
前方の悪霊じ《呪われよ》みた何かが、耳にしただけで《呪われよ》生きる希望を失うような虚ろな音を《呪われよ》発して、胸が悪くなり《呪われよ》、足が止まる。
《呪われよ》
《呪われよ》
穢れた空気がねっとりと口の中へ粘りつくように入って来る感じがした。
うっ
ぶっ、と前触れもなく吐いた。
ヘッドギアの口元に僅かな吐瀉物が溜まる。
臭い。
《呪われよ》
キィーンと耳鳴りがして、胃が締めつけられるような不快感。
《呪わ──
体内へ侵入してくる不快感が、ふっ、と止んだ。
はっ、と見上げると、司祭様が今は叫んで叫び続けている。
呪縛が解けた。
付添人が
「走れッ! 走れッ! 走れッ!」
と怒鳴った。
何にも考えられないまま、とにかく指示に従って駆け出した。
ふと、さっき止まってしまった足が動くのかと不安になったが、大丈夫、走っていた。
ちゃんと走っている。
その事実に、俄然勇気が溢れ出て、
「っしゃあッ! 行けるッ、行けるッ!」
と気合を入れて、なんとなく動きのトロ臭い感じのトモトヨマサをどやすと、既に必死に走っているエコと並んで走り始めた。
前方にまた倒木のバリケード!
「エイコッ! 抜けるぞッ!」
「うんっ!」
戈で地面をついて勢いをつけて飛び乗り、跳び越える。
あっくそっ
背負子が跳ねて、着地後に外れて下へ引っ張られるッ!
腰が反って膝が、膝が地面に擦って
「オラよっ!」
「んっ!」
両脇をぐっと持ち上げられ、ふっと軽くなった。
左右からトヨマサの掛け声、走りながら、松明を戈や盾と一緒に握って空いた手で、ぼくの腰に背負子を嵌め直してくれた。
「ありがとう!」
「おう!」
「行くぞォッ!」
見回そうとして、首の痛みに
「いっ」
と呻くが、
「全員無事か!?」
と訊くと
「ああ!」
「トモコもいる!」
それで安心して、前へ走る。
「司祭様は?!」
「今来る!」
心配でたまらないが、一番この場で通用する力を持ってる彼女なら、と走り続ける。
洞穴出口まであと少しだ……!
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やっと出口へ辿り着いて、明るい場所に出た。
だが、少し先にはまたしても洞穴だ。
左側は下り坂。
どっちだ?
「こっち!」
先を行くエイコが呼んでくれた。
また洞穴を行かなければならないのか。
うああ……。
つーんと臭うヘッドギアの口元。
喉の不快感を、酸っぱい唾を洟と一緒に飲み込んで流してしまい、喉が痛くなる。
それでも走り続ける。
ぼくたちが次の洞穴に跳び込む時に身体ごと振り返ると、ロバが前の洞穴から出て来るところだった。
司祭様は胸の前で印を組み、叫び続けている。
前から素早く付添人が戻って来て、
「お前たちは先へ行け!」
叫んで、司祭様の許へ駆けつける。
「どこまで!?」
訊きたいことを最後尾のトモコが訊いてくれた。
「洞穴を抜けろ!」
付添人が怒鳴った。
今は逃げるのみ!
とひたすら駆ける。
こちらにもバリケードがあり、今度は跳び越えずに、背負子を落とさないようにしっかり乗り越え、それからまた走り出す。
痛みを感じ出してすぐに意識から締め出す。
走る。
さっきは何だか急に不快感を覚えて吐いたりしたが、今度は大丈夫だ。
とにかくここでは役に立たないぼくらは足手まといでしかないから、逃げるのみだ。
ひたすら走り抜ける。
先を行くエイコが
「あっ!」
と叫んだ。
前方に、もやもやと不吉な影が漂いだしている。
でも、頼りになる司祭様たちは、今は後方に居る。
ここに居ない。
覚悟を決めた。
同じ決意をしたのか、トヨが
「おい、火で散らしてみようぜェッ!」
と叫んで突っ走り出した。
「エイコ! ちょっと下げろ! 下がれ!」
「俺たちの後ろへ!」
と口々に叫びながら、ギアを上げて俺達も全力で突っ走り出す。
掲げている柴が段々熱くなってきた。
これが最後の使いどころだ。
忌まわしい前方の曖昧な靄へ、松明と柴の焔をかざして、三人で突撃。
途端に、ボワァァッ……と燃え上がった!
「ッ……!!」
盾を顔の前へかざして防ぎながら突っ込んだお蔭で、焔の直撃は避けたが、熱いッ……!!
燃え上がったものの、はっきりした実体を持たないそれの真ん中を突っ切って、脱ける。
「トモとエコは無事かッ!?」
「無事!」
「だいじょぶ!」
二人の声がすぐ後ろから聞こえた。
よし!




