初の依頼を請けて ラクマカへの山道での野営中の手入れ
伐ろうとする細い木の傍で片膝をついて松明を脚絆に挿し、寝ているロバや付添人が目を覚まさぬよう、音がなるたけ小さ目になるように気をつけながら、石斧で細い若木を二本伐る。
山の暗闇の中、背後も見ずに一人きりで作業をする恐怖は並大抵のものではないが、今この俺に何かあれば松明の火で山火事になってしまう、絶対にミスできないという緊張感が強く、ビビッてるヒマなんかねえぜッと気合を入れてやり遂げた。
空に大きく膨らんだ月が高く上っていて、月光が葉を失っている多くの樹々の根本まで照らしていて明るい場所が多いというのも、気持ちを支えてくれる。
外で枝を打ち落としてきてから窟屋へ持ち込み、また枝を拾ってきて、焚火用の柴に加えた。
細い木二本の樹皮にナイフで切りこみを入れて、装帯から木のナイフを取り出して樹皮を剥ぎ取り、丸太になった細木を壁と床の角に当てて押し込み、少しずつ曲げて、
「あっ……いけね」
と独り言を呟いて、一旦細木を床に置く。
忘れていた樹皮紐を泥縄式に撚って、細木の元に縛り付けて、紐を足元に引いて置いておいて、あらためて細木を押し込んで曲げて行く。
いつ失敗してベキッと折れてしまうかと冷や冷やしつつ、見立て通り撓ってくれた細木に感謝しながら紐を引いて巻き付けて縛りあげて、曲がった状態をキープする。
もう一本の細木でも同じことをして、二つのアーチを描く細木を交差させ、アーチに必要充分な高さのある事を確かめると、焚火に目を遣り──
「あっ……いけね」
ともう一度同じ独り言を呟いて、一人頭を抱える。
うん、やらかした。
これじゃ、駄目だ。
焚火の火で、紐が焼け切れてしまうよ。
あー30分かそこら、無駄な労を…………いや、できる、か、な……?
試しに、交差させずに、アーチを平行に少し離して立ててみて、互いに寄りかかるようにさせる。
高さがズレてる。
樹皮紐でズレてる同士を巻き合わせてしまえば、一応は、良し。
弓張状態を保たせている床近くの紐が動かないように、重しが欲しいが、石の一つもない。薪で代用する。
やっと、焚火の上で燻す為の道具立てが一つ出来たけど、少し低くなってしまった。
燻す心算が、焼けちゃったら困るな。
下駄履かせたいけど、積み上げるだけの石も無い……。
とりあえず、アーチは立ち続けてるし、ショルダーガードを天辺に載せてみる。
アーチの安定は崩れない。
よし。
でも胴鎧の中核部はまとめて載せるのは無理だろう……重すぎるから。
各部の防護パーツごとにバラす。
それから、防護パーツごとに少しずつアーチにもたせかけては結わえ、突起部に結わえた紐で吊るして縛り、と、首輪だとか、草摺りなども焚火の四方に立体的に積み上げて、汗まみれになっていた自分の鎧の大部分をよく乾せる状態にした。
ぼくは何遍も噛みつかれて破損しまくっていた手甲脚絆の修繕──素材的には、ほぼ作り直しに近い──に取り掛かる。
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しかしその頃になると、トモコが目を覚ましていた。
囁くような小声で密やかに
「おはよう」
と挨拶しあう。
トモが用足しから戻るとマサと見張りを交代して、マサがぼく同様に防具や履物の手入れを始めて、自分の鎧の血汚れを削り落とす。
その後で、マサも自分の防具を乾したがっていたので、ぼくの防具を次々にアーチから外した。
まるで、折角ベランダの物干し竿に溜まった洗濯物を懸けたと思って安心してたら雲行きが怪しくなってきて、また慌てて室内に取り込むみたいに。
それから、今度はマサのを懸けるのを手伝った。
朝もまだ未明のうちから気忙しいったらありゃしない。
こんなだからトヨに働きすぎだって言われるんだ。
過労に気をつけないと。
でも、夕方まで辛かった肩から腕にかけての痛みは、一眠りした事でかなり和らいではいる。
首の痛みはまだあるが、こちらも首を動かさない身体の動きに慣れてきたので、痛みをあまり覚えずに済んでいる。
とにかく、そんな感じで、一旦最初に眠り込んだ後はもう、ぼくは寝ないで朝までコツコツと手入れを続けたのだった。
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どうにか全体に最低限の修繕が済んで、残り僅かな休息時間を休んで過ごす。
もう仲間は全員起床して、今はまたエイコが見張り中。
トヨやマサが修繕に余念がないが、手伝う余力は無い……。
そのうち、付添人がぬっと顔だけ出して、
「そろそろだ、出発準備に入れ」
と声を掛けて来たので、トヨマサは修繕を中途でやめて始末をつけだし、ぼくも起き上がって彼らが余した素材を背負子や背負い袋に収めてゆく。
それから履物は既に履いてるので、防具の装着にかかる……前にまず出すものを出してくる。
スッキリしたところで、足元から一つ一つ、しっかりと巻き付け、縛り付け、結わえ付け、結び付けて行く。
エイコとトモコは逸早く出発準備を済ませ、エイコは見張りに外へ出た。
窟屋だから今日は最後に焚火を始末する必要が無いと判断したのか、トモコはトヨマサの着装を手伝ってあげている。
ぼくは背負子を腰の受け具に載せて、左右の胸の留め具に紐を結わえ付け、ヘッドギアを引っ掛けた戈を手にして、準備完了。
軽く体を動かして、異常無いか確かめて、全部済んで今すぐ出立できると判断。
最後にヘッドギアを被り、日除けが無いので少し寂しく感じる。
昨日、野犬に噛み砕かれたのだ。
トモにトヨの仕上げを手伝わせ、ぼくはマサの手伝いを受け持った。
盾を渡して縄を肩に掛けてやると一丁上がり。
後片付けも終えて、窟屋を出て、付添人に挨拶して、山頂から降りて来る路との分岐点で待機。
大きく膨らんだ月が、樹々で見えないが山の下に広がっている筈の、西側の低湿地とその先の山並みの上の空で輝いている。
振り返って東の山並みの方へ視線を転ずれば、夜明け前の明るみ始めた空。
暗い山頂を冷えた風が蕭々と吹いて行く。
やがて、ロバを牽いて司祭様が出てきた。
後ろから付添人も来る。
「今日はいよいよ最後の行程です。無事に目的地ラクマカの街まで行きましょう」
「司祭様、御伴致します」
「御伴致します」
合掌してトモコについて唱和し、最後まで油断せぬように気を引き締めてかかる姿勢を示す。
付添人が頷いて、
「では行こう」
と先導して歩き出した。
拙作をお読み頂き、実に有難うございます。
作業BGM: Album 『The Private Music of Tangerine Dream』 of Tangerine Dream.




