初の依頼を請けて ラクマカへの山道での野営
夕陽を浴びながら、林の中の山頂の岩の上に立つ。
同じような低い山々の頂きや尾根が、幾重にも連なっているのが見える。
その彼方に海が輝いていた。
「きれいね……」
「あァ……」
足を止めて見入る二人に、付添人が
「今晩はこの下の窟屋で野営する」
と声を掛け、ロバを牽いて山頂の向こう側に降りてから、下の道へ入っていった。
マサがエイコに
「行こう」
と促し、皆も動き出したが、司祭様は山頂に立ち止まっていた。
最後尾のぼくは何だろうと思い、振り返ろうとして首が痛み、身体ごと振り返ったが、司祭様からは行きなさいと押すように小さく手を振られて、御迷惑だったかと慌ててまた身体ごと向きを戻して、下へ降りていった。
司祭様は暫く降りて来なかった。
--
頂きのすぐ下に降りると、ロバが木に長い縄で繋がれていて、窟屋が頂きの足元に掘られていた。
窟屋は二つに分かれていたので、一つを付添人が司祭様用に調えていた。
まずは枝きれを使って掃除に取り掛かる。
それから焚火を熾し、煙で燻している間、外へ出て、ぼちぼちと柴刈をしたり、気持ち良い海風に吹かれながら、夕陽を浴びてのんびりと過ごす。
しかし水場は無いとのことだった。
一通り燻して煙が出て来なくなったので、窟屋に戻る。
松明に点火して、窟屋の天井や壁、床など隅々まで焼き清める。
そうしておいてから、やっと窟屋の床に荷物を下ろして、一休みした。
ぼくとマサは倒れ込むように、真っ先に意識を手放して眠り込む。
--
「ンが?」
気がつけば、窟屋の中は焚火で赤々と暖かな光で照らされ、揺れる影が踊る入口の外は真っ暗だった。
床には菰が敷かれ、岩の床に直に寝ていた筈のぼくも、その上に寝かされていた。
有難い。
「あ、起きた~?」
「ん……、ちょっと小便……」
寝ぼけ眼をこすりながら跪いて、入口から少し引っ込んだ処で盾の陰で見張っているエコに膝立ちで近寄る。
「寝ぼけて転げ落ちないでね~」
「あいよ」
用を足したら、少し頭がすっきりしてきた。
「じゃ、代わるよ」
「ん~ん、寝てていいよ~今日は大変だったでしょ、朝まで見張り番しなくていいよ」
「あ、今日は俺が見張り免除? いや、いいよ、エコまだ眠ってないんでしょ? やるよ。早めに次の人と交代するから心配しなくていいよ」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。お蔭でゆっくり眠れたから」
「じゃ~寝させてもらうね……ありがと。異状はなかったよ」
「わかった、有難う」
盾を引き継いで、交代だ。
じっと耳を澄まし、光を目に入れないように闇の中だけ視界に入れ、山の木々の梢をわたる風が鳴らしてゆく潮騒のような葉擦れの音に合わせて呼吸する。
早春はまだ山の音も侘しい。
ここは低山で、雪も積もっていないが、樹々の半分くらいは枯葉が落ちて枝だけが残り、月光がすかすかの樹々を通って地面のあちこちを照らしている。
外を覗けば、ロバは既に隣の窟屋に容れられているようだった。
時々、ばさばさっとかガサリと足音や羽搏きの音が聞こえるが、異状は無かった。
--
やがてマサが目を覚ましたので、見張りを交代してもらった。
徐にぼくは焚火の傍で乾燥食糧を少しずつ炙っては齧り出す。
水が無いから、それしか出来ない。
少しずつ、少しずつ齧って磨り潰して飲み込み、最後に僅かなミニ水筒の水を一口含んで洗い流し、もう一口含んで暫く喉を潤す。
貧相な食事とも呼べないような食糧の摂取だけでも飢えは或る程度凌げる。
一応はすぐには死なないし、戦闘力移動力も多少低下するにしても或る程度は保持される。
とりあえずはこれで良い。
それよりも、敵の攻撃を通さないように、全力で走って逃げられるように、手入れに取り掛からなきゃ。
何もしないまま眠り込んじゃったんだから。
防具を脱いで、先ずは壁に盾と戈と背負子を立てかけ、背負い籠も近くに並べ、防具を一つ一つ解除して、そっと掛ける。
棘棒や装帯を外して床に並べ、ショルダーは盾に、首輪とヘッドギアは棘を植え直した戈に。
重たい胴鎧は背負子に掛ける。
霧や汗などで湿った草の束は、焚火の熱が当たるように防具の上に懸ける。
防具の構成材料である草束の渦巻だって湿っているが、そっちは別に湿ったままでも機能するので乾かすのは後回しだ。
ただ、湿ったままだとカビが生えやすいから、あまりよくは無いが。
これで一応は防具がどれも少しずつ乾いていくから、履物を脱いで、とりあえず先ずはすぐに片付く履物から手入れを済ませる。
それが終わると、薪として伐って積まれた木の枝から、樹皮を剥ぎ取り、丸太を削り、削り取った薄い木片で防具にこびりついてる固まった血汚れを削ぎ落して、火の中へ捨てる。
削った処から新たに血臭が立ち上って臭いが、とにかく一通りけそいだ。
虫が付いてるのを見かけると、その都度潰して、やはり火の中へ捨てる。
それから松明片手に外へ出て、隣の窟屋の見張り番をしている司祭様に目礼して通り過ぎる。
窟屋の内側で並外れた美貌も露わに立っている白いお姿が、松明に照らされて突然浮かび上がったので、人外めいた感じがして、少し心臓に悪かった。




