初の依頼を請けて シズ北低地の藪道を行く
一瞬、襲い掛かって来る野犬の顔が見えなくなった。
さっと見回すと、傷めてる首の痛みが急に来て、ィウッと呻いた。
それでも、トモコとエイコは手に串を握って、盾の横から潜り込もうとした犬を刺し殺して片づけてあり、トヨキは盾で足元を庇いながら、戈でマサの右側に回り込んだ野犬を叩き殺していて、脛に噛みつかれてもマサノリがすぐに石斧で叩き殺してる、それを一瞬に見て取った。
また来た、二匹、正面と左。
左脚をぐっと踏み込んで、右脇を引き締めてビュンっと振り切る右腕の棘棒で正面の奴をブッ殺しておいて、前へ出した左脚へ噛みつく犬は、その背中を左手の棘棒で突き刺し、跳ねるところを、右腕をもう一度ビュンっと振り抜いて腰骨を打ち砕き、同時に反動で棘を抜いて持ち上げた左手の棘棒でバランスとりつつ、右脚を蹴り出して犬の腹を棘棒との間で蹴り潰し、そのまま一歩更に踏み出して乗っかり、腹をグッと踏み潰して抑えつけ、左手の棘棒を喉元へ打ち込んだ。
ぐしゃ。
ゴロヒュー、と断末魔の吐息が漏れる。
一分もかからなかったか。
十数匹の野犬の群を、殆ど皆殺しにしたところで、
「また次の群が来る前に、行きましょう」
の一言で、直ちに出発。
休む間もない。
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その後二度の小休止を経ての行軍中に、やっと霧が晴れた。
見通しのきかない濃霧の中から青空の下に出て、気分的に随分楽になった。
しかし身体は疲労し、首は痛みで少し顎を引く以外ほぼ動かせず、防具はまたしてもズタボロで、紐と素材で応急処置をしただけ。
まだ低地の藪の道はずっと続いており、気は抜けない。
「また、来ます」
司祭様が云う時の顔の向き、視線の向きで、前からと判断し、首が回らないのでマサに身体ごと向いて
「前からだぜ」
と囁くと、頷いてマサが前へ行く。
ぼくは背負子の紐を素早く引き抜いて下ろし、籠と盾をエイコに渡してから、左右の手に棘を植え直し済みの棘棒を構えて、その分マサに少し遅れて、彼の背後に身を屈めてカバーに就く。
女の子たちはロバの後ろで荷と身を護り、トヨが戈を構えてそれを守っている。
ぼくの背後と司祭様は付添人が守ってくれると思うと気が楽だ。
来た。
次から次へとマサに襲い掛かり、防具に守られた身体のあちこちに噛みつく。
マサも盾に身を隠したうえで、石斧を夢中で振い、右側から来る犬だけでも撃退しているが、背後まで犬だらけになった。
犬が囮のマサに引っ掛かった頃合いと、ぼくも殺戮に取り掛かる。
両手の棘棒をドラムを打つように交互に叩きつけて、次々に犬を棘で突き刺しては地面に叩き落とし、首を踏みつけて殺していく。
マサの背後の奴を片づけ、ぼくも足首に噛みつかれて、すぐにそいつを殺して、またマサに噛みついてる奴を、左側の奴から片付ける。
どんどん殺す。
腕が痛くなってもやめない。
また今度は右脚に噛みつかれた。
すぐに右腕を機械的に振り下ろして打ち叩く。
後方へぶっ飛ばして、背後で悲鳴をあげたから、黒い槍で仕留められたと判る。
右手の棘棒は棘がなくなってる、とも判ったが、持ち替えるヒマがなく、次の奴を撲り、左の棘で突き刺して叩き落とし、踏み殺す。
俺の首へ齧りついた臭い口の犬を、すぐに左の棘で突き刺……せなくて滑る、棘は全滅したか!
やむなく右手の棒を手放し、腰から棘棒を引き抜き、犬に突き刺して、牙が剝がれた処を左手の棍棒で顔面を撲って地面へ叩き落とし、踏み殺し。
「後ろから来た!」
トヨが叫んだ。
「多いな!」
珍しく付添人が叫ぶ。
「俺が行くよ!」
その時偶々、犬に噛みつかれていなかったので、叫んで、身を翻して後方へ走りかけて、足が滑った。
両手の棘棒が手から抜けて転がり、咄嗟に地面に手をついて、膝をついて、立ち上がりながら棘棒を拾い上げ、この期に及んで板底の部品が足裏で転がりぶら下がるのを感じた。
壊れたか。
問題は走りづらさだから、左は足先だけで接地して、とにかく走り出す。
「くそっ!」
気合を入れる。
「エコ!」
盾をもぎとって、前に出て、踏みつけ用把手を右足で踏みつけて押え、マサ同様、こっちはぼくが囮になる。
ドンッドンッと盾にぶつかってきて、跳び越え、回り込んで噛みついて来るのを、左右の手に握る棘棒をとにかく腕を振り続けて打ち払い続ける。
負傷させて振り払い、引きずり倒されないようにさえしていれば、あとはトヨに任せてしまう。
俺はとにかく踏み留まって、倒されない事。
それのみ念頭に置いて、盾を踏みつけて正面を庇い、左右と頭上に噛みつきに来る獣をドラマーのように叩き続けた。
それをどうにか切り抜けた後、また、休む間もなく前進しそうだったので、
「履物が壊れたので待って下さい!」
と叫び、返事を待たずにすぐに履き替えに入った。
左脚だけ替えると歩いているうちに身体を壊すので、腰巻と尻当の尻を地べたに下ろして、身体を丸めて、急ぎ両足の履き物を腹に縛り付けてある予備の板草鞋と取り替える。
古い一足はとりあえず土を払って背負子へ縛り付けておいてもらい、自分はひたすら履き替えに専念し、出来る限り短時間で済ませると、すぐに立ち上がり
「終わりました」
「いきましょう!」
忙しく青空の下の血臭立ち込める殺戮現場から立ち去る。
両肩から両腕、両手にかけて、攣れたように痛みが引かない。
もう限界だ、と危惧するが、これ以上甘えられない。
棘棒の棘を植え直す余力も無いまま、前へ進み続ける。
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ぼく以外は何度も歩きながら応急処置をして、小休止地点では脚絆など下半身の応急処置におわれる。
ぼくはもう腕を休めて、戈を肩に担いで腕を載せたなりで、歩くだけだ。
そしてまたあのあと一度、野犬の群を──ぼくはもうマサに代って最前列で盾を構えて耐えるだけしかできなかったが──撃退し、終わりの見えない藪の道にうんざりしていると、遂に行く先に山が見えた。
草に隠されていたので、気がついた時にはかなり近かった。
やっと少し高い処に上がり、暫く無事に進み、今度は山道を行く。
急に登り始めたが、ぼくたちにとっては山道の方が本来の自分たちの居場所という気がして、喜ばしかった。
午後の陽の中を、全身の痛みに耐えて尾根に取り付き、相変わらず一定のペースを守って登っていく。
あちこちに不規則に大きな不自然な凹みがあって、不思議な山だと思いながら進み続けた。
夕方になって、低い山頂に辿り着いた。
そこが今日の休憩地点らしかった。




