初の依頼を請けて シズの村を出て
焚火には油分の多い松の枝を伐って来てあるので、霧で火が消える事は無かったけれど、冷気と湿気であまり休めなかった。
翌朝も変わらず酷い霧で、全く周囲が見えない。
夜中ずっと満月が明るかったこともあり、時間の経過は概ね掴めていたが、夜明けが近づいてくるにつれて逆に解りづらくなったので、とにかく霧の中からいつ依頼者が現れてもすぐに出立できるように準備して待機した。
ぼくもラウタ村の時のようにのんびりとはしていられず、盾やヘッドギアまでつけて、背負子だけ下ろした臨戦態勢で待っていると、誰か近寄って来た。
司祭様でも付添人でもない。
「誰だ?」
誰何すると、ささぁーっと去った。
泥棒か?
「どうした?」
「今、怪しい者が居た」
「どんな?」
「近寄って来て、声を掛けたらどっか行った。姿はよく分からない」
そんな事があり、警戒を強めたので、出立前から疲れて眠たくなるのを堪えなければならなかった。
暫くしてロバの足音が近づいて来たので、やっと来たかと欠伸をしながら背負子を持ち上げる。
風が吹いて渦巻いた霧の中から、鉄のような鈍色に見える布の服に身を包んだ付添人と、ロバにのった司祭様が現れた。
出発だ。
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二尋先の人相が見分けがつかず、三尋先は見通せない濃霧の中を、ロバと付添人が確かな足取りでゆっくり進んでゆく。
その後を、先頭にトモコとエイコ、続いてトヨキとマサ、そして背負子が都合よく後背側への防柵になってる俺が最後尾を固める。
この霧の中で護衛対象と距離が空いたらとてもマズいと思ってるので、俺はマサの背負い籠に軽く手を掛け、マサはトヨの籠に、トヨはエコの、エコはトモにそうして互いにぴったりと数珠つなぎになって、ロバのお尻に尾いて歩いてゆく。
出発前に付添人からは、シズを出るとまた低地の藪道になるが、絶対に道から出ないようにと注意を受けた。
所々、低湿地の底なし沼があるらしい。
野犬がまた襲ってきそうなので、全員が盾の把手に手を掛けて左側に盾を立てて歩いている。
また右側から跳び出してくるかもしれないが、そうと決まったものでもない。
足元の街道は砂利が撒かれているが、柔らかい地面に埋まっていて、履物の板底はあまりガリガリ云わず、歩きやすい。
ここのところ消耗している履物だが、底板の交換部品は最初の背負子と共に既に失われている。
替えの履き物は板草鞋の予備と草履が一足、あと草鞋一足半。
これで往路の残りと、復路を賄わねばならない。
なかなかに不安だ。
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濃霧の中、沼の腐臭と枯草の苦渋い臭いとが鼻孔を衝く中で、最初の小休止。
腰を下ろす岩も無いので、砂利道の真ん中で片膝をついて踵に腰を下ろし、五人で寄り添ってロバの後方で小さな半円陣を描いて盾を地につき、左右の藪や道の前後から急接近された時に対応しやすい姿勢をとる。
小休止がそろそろ終わるかという頃に、司祭様が
「来ます」
というと、休んでいたロバと付添人が立ち上がり、
「こっちは任せろ」
というので、ぼくたちはこの位置で自衛すれば良いと判断して、腰を上げて、盾を腰を下ろしたままのトモコとエイコの頭上に渡しかけ
「これあげるから、持ってて。二人はそのまま、とにかく身を護ってて」
と言って、両手で戈を構える。
まだどちらから来るか分からないので、最後尾のぼくは女の子の隣のトヨマサに左右を護らせ、街道後方へ向き直って、振りかぶって打ち据える体勢で待つ。
すぐに、正面の霧の中からひたひたっひたひたっと密やかな足音が幾つか重なって聞こえた。
「こっちか」
と呟いて、腰を下げ、左のマサ、右のトヨと後方を睨んで次の一瞬に備える。
トヨはこの霧で見通しが利かないので、盾と戈を構えている。マサは石斧だ。
マサが、
「俺が当たる、あとよろしくっ」
と気合を入れて、ぼくの前に出たので、一歩左に動いて、屈んでいるマサの頭上で袈裟に戈を振り抜ける態勢をとった時、来た。
野営地でデカ虫に空振りしたのが脳裏をかすめたので、少し遅れ気味に打ち込む。
霧の中から突然出現してマサへ踊りかかった瘦せこけた野犬が盾の上辺へ足を掛けて、マサに噛みつく瞬間に背中へ戈の棘を突き刺す。
そして抉るように横へ抛り捨てる。
次々にマサへ襲い掛かる野犬へ、石斧で反撃するマサ、その右側でぼく同様に斜め後ろから戈を打ち込むトヨ。
ぼくは突き刺した犬を左手の藪へ捨てると、犬が一匹、右手前腕の手甲へ噛みついて来たので、勢いで胸に右手がぶつかった。
戈から左手を離して犬の両目を挟みつけて抉り潰すように指先を突き立てると、力いっぱいに左手で引っ張ると同時に右膝で首を蹴り上げて、強引にもぎ離し、屈みこんで左手を地面へ突き下げ、脛の脚絆に別の犬が噛みついている左脚を、地面を蹴っとばして持ち上げてから、左手で掴んでいる犬の腹を踏み抜き、その間にも右上腕に噛みついて来た野犬の勢いに耐えて踏ん張って、踏ん張った力で左脚の下の犬を踏み躙って息の根を止めてしまうと、ぐいと体を起こして戈を両手で握り、次の正面から噛みついて来る野犬に戈を切り返してトヨ側へ打ち払ってあとはトヨへ任せてしまい、戈を逆に握り直して尖端で左脛に噛みついて引きずり倒そうとしてきている野犬の背中へ強引に突き刺すッ!
そのまま戈の柄にぶら下がるように体重をかけて、犬を串刺しにして地面に縫い留めた。
戈が野犬ごと地面に突き刺さってしまったので、左腿から棘棒を抜くと、犬に噛みつかれたままの右腕を振り上げて、串刺しに縫い留めた野犬の背中へ叩き下ろしてへし折り、すぐに右膝から左手で別の棘棒を引き抜いて二刀流になると、右上腕に噛みついている野犬の顔へ
「ふんっ!」
と叩きつけて、棘を二本、ブツッグツッと突き立てる。
ギャインッと哭いて転げ落ちた犬は、下で奮戦するマサに任せるつもりが、奴の肩の上に落ちてからこっちの足元へ来たので、別の野犬へ右手の棘棒をブチかましながら、右脚を蹴り上げて正面へ蹴り飛ばしておく。
一瞬、襲い掛かって来る野犬の顔が見えなくなった。




