初の依頼を請けて ガントリッシュ緑道の休憩地点を出て
それにしても胆の太いロバだ。
全く反応もせずに、眠りこけているのか、それとも息をひそめているのか。
寝息一つ聞こえないから、後者か。
なら、胆が据わっているだけでなく、賢いロバだ。
お蔭で、バレずに済んだようだ。
なぜなら、もうずっと遠くへ、のし、のしっと歩く音が遠のいていったから。
その後も暫くの間、息をひそめて隠れていた。
付添人が用を足しに立った音がして、やっともうとりあえずの危難は去った事が察せられた。
でも、ぼくたちは誰も用を足しに出ずに、黙って岩の隙間にずっと潜み続けた。
疲労から少しうとうとっとして、腕を叩かれて気がついてみれば、既に夜明けを迎えていた。
また今日も一日、行進が始まる。
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寝不足と疲労と空腹で、立ち上がるのも億劫だったが、とにかく隙間から這い出ようとして、固まって痛くなっている身体をもぞもぞと動かして、少しずつ強張った関節を解した。
やっと出ると、先ずは用を足す。
その後で装備のズレや緩みを確かめ、籠などを拾い上げる。
それから岩を乗り越えて、既にロバと共に外に出ていた司祭様に小声で挨拶する。
「おはようございます」
「おはようございます」
司祭様も小声だ。
既に仲間は全員外に居て、起きるのも出て来るのもぼくが最後だったらしい。
付添人が斜面の上の方から降りて来るのを見て、トモコが
「全員、準備できた?」
と確認するので、頷く。
「昨夜は無事に過ごせて幸運でした。皆様の準備は宜しいでしょうか」
「はい」
「それでは、参りましょう」
「御伴致します」
この先、まだ何が居るのか知れず、気を引き締めて休憩地点から出発する。
次の休憩地点はシズ、西へ高原を下った浜辺の村だ。
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今日も当然の如く昼飯は摂らずに、ひたすら一定のペースで歩き続ける。
なだらかな下りの緩斜面が連続するので、転ぶことにさえ気をつければ、かなり楽に歩ける。
午後、ガントリッシュ緑道も無事に終わりに差し掛かった頃。
緩く曲がって下って行く街道の先で、狩でなく、人同士の戦闘が行われているのが見えた。
ロバは一定のペースで進み続ける。
「あれは……」
トモコが物問いたげに口を開くが、付添人は黙って歩き続ける。
次第に近づき、様子が更に見えて来る。
どうやら若い男一人を、五、六人の男が取り囲んで嬲っているようだ。
全員が襤褸のような布切れを身に纏っている。
若い男も軽装だ。
逃げ出そうと素早く動いて、頻りに脱出を試みているが、押し戻されたり、突き飛ばされたり、棒を足に引っ掛けて転がされたり、或はまた、棒で撲たれたりしている。
トモコやエイコがロバの上の司祭様を見上げるが、印一つ組んでもいない。
付添人も平然と歩き続ける。
よくみれば、棒は緩衝材つきだ。
見覚えがある。
スコッレの棒だ。
あれはスコッレの練習中だ。
戦闘じゃなかった。
司祭様たちは目が良いのか、こういうのを見慣れているのか、最初から分かっていたようだ。
更に進んで行って間近く寄ると、街道の両側に散ったスコッレの一党と思しき男たちが棒を地面に突いて立ったまま、或は腰を下ろして、ぼくたちに道を空けていた。
近くを通りかかる時、しかし、司祭様は印を組み、付添人は油断せずに通過した。
今度は理由がぼくにも判った。
こんな処で練習していて、スコッレで稼いでる強い選手のように見せかけているけど、違う。
もしそうなら、然るべき戦績が刻まれて色を塗られた本物の頭骨を誇らしげに、でも多くの者の場合にはチラリとさりげなく、見せて来る筈だ。
ぼくもスコッレを少しは知ってるから判る。
その手のアピールをする様子が欠片も感じられないってことは、こいつら贋者だ。
それに、なんとなく感じる薄汚さ、だらしなさが盗賊の斥候だと付添人が云った奴らと共通している。
ぼくと同時に、前を歩くトヨキも気づいたらしく、振り向いて目配せしてきた。
ぼくもそれにウィンクを返しながらマサを観るが、気づいているのか居ないのか……。
とにかく、盾を抱いてた左腕を盾の内側に入れて把手を軽く握り、戈で杖つくのをやめて左手に戈を預けて背負子の左右の紐を右手一つで握り、いつでも盾を構えると同時に背負子を落とす準備態勢をとる。
遅まきながらトモエコマサも気づいたらしく、盾をかざす準備の動きを見せた。
彼らは背負子がないので、ぼくと違って動きは小さい。
そして、何事も起こらず、彼らの間を通り過ぎる。
こいつら、盗賊ではないのか?
それともやっぱり盗賊で、なのに襲ってこない?
盗賊だとして、何故襲ってこない?
首だけ横に向けて視線で後方を気にしながら、他の方向にも忙しく視線を送り、どこかに奴らの仲間が伏せていないか探る。
緊張した行進が続く。
周囲に動きはない。
遂に後方の視界から彼らの姿が消えた。




