初の依頼を請けて ラウタ村を出立
月も西に傾いた未明に見張り番をトモに交代してもらって、手甲脚絆を脱いで菰の内側に腰を下ろしたぼくは、すぐに眠り込んだ。
だが、またすぐに起こされた。
腕を小さく揺すぶられて、
「そろそろ朝だよ」
エイコだ。
「おはよう……」
肌恋しく思いつつ、その思いを捻じ伏せる為にも顰め顔を伏せて、俯せに拳を地面に突き立てて、無理やり起き上がり、菰から出て少し離れて土埃を払い落とし、用を足しに行く。
焚火の傍に戻ると、ぼくの湯呑には既に、茹で戻した乾燥食糧が作って呉れてあった。
「はい」
「有難う」
立ったままそれを貰って一口含むと、普段はなかなか味わう事のない貴重な塩味にじゅるると唾が湧いて、忙しく噛み砕いて流し込むと、まだやや硬めの欠片が喉に引っ掛かって咽た。
「ゴホッ、ゲェーッホッ!」
もう少しゆっくり、よく噛み砕くべきだった。
そう後悔しながら、よろけつつ水場へ行って、嗽をして喉を洗い、何度も飲み込んで、やっと収まった。
そのまま水場で残りをよく咀嚼して、洗って片づけをする。
足の擦り剥けた傷は、少し治っていた。
エイコに薬草を貰いに行く。
少しずつ空の濃い群青色が薄れて行く中、裸足で履物の確認をして、足裏に少し草を足しこむ。
エイコが新たに編んでくれた円座もどきの足拭きで、足裏から土埃を払い落した。
次に使うトモコが足拭きを取って行くのを見送りつつ、ぴたりと適切な位置に決めて足を履き物に乗せ、甲側に草束を当てた上から甲革を宛がって、紐で固定し、その上から履き物の縄で締めて結わえる。
履き物の次には、膝の下に草の束と脚絆を巻き直して、膝当を締める。
もう一度、出すものを出しに行ってくる。
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スッキリしたところで、防具装着の続きに取り掛かる。
昨日用意した草の束の量に少し不安があるので、脚にはできるだけ細いのを宛がうことにした。
腰巻から吊るした草の束を腿の裏に宛がい、その上から防護パーツを宛がい、紐で縛る。
乾し上がってやっと少し軽くなった胴鎧の中核部に左腕を挿し入れ、肩帯の間に頭を入れ、肩帯への重量のかかり具合を確かめて、ちょっとズレが生じてるとみて一旦脱いで、肩帯に結わえてる場所を付け直して調整し、あらためて装着する。
最後に右脇を綴じる前に、その箇所の防護パーツがぐらつかないように正しい角度にしておく。
背後を護る腰当の下端の上、その下に垂れている尻当の上端の下に腰縄を押し当てて、ずり落ちないように引きながら、骨盤の上を左右から縄を前に回してきて、下腹部の前でぎゅっと結わえる。
それから腰の真ん中あたりで腹縄を巻く。
動きでずり落ちないように、脇防具などに付けてある固定用の紐環に通して、前へ持って来て結ぶ。
腰縄から垂れている樹皮スカートの上から、腿前面にミニ葭簀を腰縄から吊るして巻き付けて縛る。
腿の左右側面の間、前方を護る草摺りを腹縄に取り付けて垂らす。
胸のあたりで様々な防護パーツが幾重にも錯綜している中で、既に装着している胴鎧中核部の薄い胸甲が最下層なのと対照的に、最上層に二枚目の(比較的)頑丈な胸甲をとりつける。
鎖骨を護る緩衝材たっぷりのショルダーガードを頭から被るように装着し、前で綴じて紐をボタンに掛ける。
そのショルダーの左右の肩から吊り下げられている草の束とミニ葭簀を上腕に巻きつけて、上から縄で縛り付ける。
脂を背負い籠から取り出してほんの少しだけ小指の先につけ、ショルダーと首環の摩擦を減らすように塗り込むと、首と顎を守る太く分厚い首輪をショルダーの首周りの隙間に挿し込み、脊椎上部・頸椎・後頭部を護る細長いべろの上で紐をボタンに掛けて留める。
装帯に両腕を通し、肩帯をショルダーの上から掛けて、腹の斜め前で紐を結ぶ。
装帯に付けてる小さな蔓籠類の中身を検めておき、残量の補充が一応はできているのを確かめた。
それから前腕部に草の束と手甲を巻き付けて縄で縛り付け、右腕の方には少しだけ補強材を追加で挿し込んでおく。
ショルダーの上から背負い籠を背負い、背負子を腰の受け具に掛けて、額の縄帯ではなく、紐を肩越しに左右の胸の前で結わえ、背負子の安定を取る。
結わえ方を、背中から引っ張られてると締まるが、腹の方へ紐一本引けば解けるようにしたので、背負子を捨てようと思えばかなり早く背後へ落とせる。
街道を行く場合には、森の中で出合い頭に熊と遭遇する場合ほどの緊急性は必要ないので、このようにやり方を変えた。
最後にマスクを掛ける。
ヘッドギアはまだ腕に抱えている。
ヘッドギアも、昨日の新作、マサ謹製のミニ簀を日除けとしてピンのような小枝二本で留めてある。
晴天は気持ち良いが、ずっと陽ざしを受けて歩くのは少し辛いので。
細枝で板のように平らな形を与えてあるので、平らなミニ葭簀が頭上に乗っているような感じ。
細枝と簀の隙間に樹皮とか葉っぱとかを挿み込めば、ちょっとした雨避けにもなる。
女の子は側方に細長くした大きな葉片を垂らしている。
既に前から考えついていて、でも背負子を額縄でバランスとる方式だと額で干渉するから無理だったが、方式変更に伴い可能になった。
焚火の始末はトモコがしてくれたし、これで完全に出立の準備ができた。
準備している間に、少しずつ空が明るくなってくる。
今頃、司祭様と付添人の二人も旅の準備中なのだろう。
まだ少し間があるので、待機に入ることにして、背負子と背負い籠を下ろし、ヘッドギアを戈に引っ掛けておく。
広場の端へ歩いて行き、暗い海の水平線を珍しく思いながら、洋上の少しずつ明るくなる広い空に白く光る雲を眺める。
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「あ、いらしたわ」
トモの声に振り返り、ロバと特徴的な二人の姿を認めて、すぐに荷物の場所へ戻る。
籠を背中に負い、盾の吊縄を肩から背中へ斜めに懸けて腹の前へ横抱きにして、背負子を引っ掛けて紐を左右の胸の留め具に結わえつける。
戈に引っ掛けた日除け付きヘッドギアを手に取って被り、裏返してある顎当てを元に戻して、顎の裏にしっかり当たるのを感じると、それで完全装備が整った。
最後に戈を握り、地に突く。
例えれば、リュックを背負ってギターを腹の前に抱えて金剛杖を右手に富士登山するような恰好。
「おはようございます」
「おはようございます」
司祭様も完全装備で、上質な青い生地の分厚いローブの上に、青みがかった白っぽい深編笠を肩まで被せ、白っぽい上等な革のマントと長手袋とブーツに身を固めている。
今はその内側に秘められた美貌と神秘の法力を知っているので、神々しい佇まいと感ぜられ、自然と敬意を籠めて合掌の形に手が持ち上がる。
「今日も良い天気になりそうです。皆様の準備は宜しいでしょうか」
「異状、問題ともにありません」
付添人が頷く。
彼もいつも通り、垂れ布付き帽子と硬そうな布の上下、擦り切れた歴戦の革マントを纏って、大型の革袋を乗せた背負子を背負い、黒曜石の槍を握っている。
「それでは、参りましょう」
直ちに出発だ。
「司祭様、御伴致します」
と口々に応えて気を引き締めると、それでもう広場から、ラウタの村から出て行くのであった。
拙作をお読み頂き、実に有難うございます。
作業BGM: 大澤誉志幸『そして僕は途方に暮れる』




