初の依頼を請けて ラウタ村を初めて訪れる
夜中、広場で修繕していると自然に視界に入って来る夜空には、夜に入って拡がって来た晴れ間の中にもまだ雲が多く、上弦の月を過ぎて少し膨らんだお月様が、雲の蔭から明るく照っていた。
しかし手を休めてふと見上げると、その日脱け出たばかりの南方のジンメ渓谷の上に、月光で裏から照らされた雲の形がまるでジャック・オー・ランタンの笑顔のように不気味な形で浮かんでいたので、何がなしにゾッとした。
まるで遥か南方で殺戮を起こした魔物の悪意を感じ取ったような気がしたからかもしれない。
今はお月様の代わりに御日様が高く上がった午前中で、なのにそんな妄念が浮かぶのは、行動中で辛いからである。
はやい話が現実逃避。
一方では、荷物が軽くなり、山から離れて海沿いを行く街道は整頓されていて小石も少なく、今晩泊まる筈の隣の集落ラウタ村まではカスコヨ領内の為に街道巡回警備も充分にされていて治安も良し、と旅程の中ではこれまででも最好の条件なのだが、しかし他方では、腹は減っていて、昨日の筋肉痛や擦り剥けた足などに沁みる汗が痛くて気が散り、他者の指揮下に行動を制約されて好きに休みも取れない行進が、全体として辛い事には変わりなかった。
まあとにかく、辛い身体ではあるが、軽い荷物で安全な道を気楽に行けるのだから、尾いていきさえすれば、今日のところは無事に休める筈だ。
正直、ここに来てこの一日が入るのは心底助かったと思った。
兎に角、今夕は寝る為の菰を作ろう。
そして履き物を修繕し、予備を準備しよう。
あと、できれば細枝集めて防具修繕の続き、かな?
そんな所だろうか。
そしてできたらちゃんと食事する。
腹ペコだ。
何が悲しいって、重いからいざとなれば捨てる、としていた物には鉢も含まれていて、背負子に樹皮編みの籠を取りつけて収めていたのだが、それが無くなったから、今各自の携行している食器は湯呑しかないのだ。
小さいから、乾燥食糧も少しずつしか湯に戻して食う事ができない。
何度もやれば良いと思うかもしれないが、毎回結構煩わしく、手間暇かかるのだ。
湯呑で煮る為に焼石にして使う小さな温石も、湯呑とセットで背負い籠に容れてたから失くしてはいないが、鉢用の方は失くしてしまったし……あのセットは気に入っていたのに……まあそれは仕方ないけれど……でも、長箸も背負子と共に失い、細枝の樹皮を剥いで突起部を削り落として箸を作ることからやらなければならなかった。
湯呑だと小さな温石でも溢れそうになるから猶更食材が微々たる量しか入れられないし、小さな温石だと熱容量が小さいからさすがにあまり煮えなくて、何度もやり直す必要があって捗らない。
お茶を温かく飲む程度なら良いのだけれど。
飯も食いたいけど、疲れてて寝不足だからなるべく眠りたいし、そうそう上手くは行かない。
とりあえず今朝は少しでも食えただけマシだった。
今晩はしっかり食って、早く眠りたい……その為にも菰をだな……。
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街道を行くと、二度、三度と街道巡回の警備隊に出会う。
埃まみれの革鎧を着込み、疲れた様子で槍を肩にかけて、隊列を組んで行進してくる。
こちらはその都度、司祭様が通行証を掲げるだけで、警備隊の兵士は頷いて、通り過ぎて行く。
あれはお仕着せの鎧に見えたけど、兵士なのかな……。
たしか傭兵の仕事にも街道巡回警備ってある筈だけど、傭兵にしては装備が揃い過ぎていた。
しかし、それにしても遭遇頻度が高すぎないか。
ジンメ渓谷ではたま~にしか見かけなかったぞ。
それともこっちではこれが普通なのか?
そう思っていると、街道へ横合いから近づいて来る何かの群を発見した。
敵襲か!?
ロバと付添人も足を止めた。
「?」
しかし、様子がおかしい。
「あの……?」
「し」
声を立てるな、ということか。
黙って群に対して仲間内で警戒態勢だけとって待機していると、群の正体が解った。
羊だ。
「皆さん、ちょっとあの羊さんを囲んで動きを止められないか、試してみましょう」
「司祭様、あれは無理でしょう」
付添人が司祭様を止めている。
「でも、きっと羊飼いの方は困っていますよ。あれははぐれた羊さんです。さっきの兵士さんたちもあの羊を捜索していたのかも」
「それは恐らくそうでしょうが、あの数の羊を我々で留めておくのは無理です」
付添人が首を横に振っている。
「でも一部だけでも」
「そこまで言うのなら、やってみましょう。無駄だとは思いますが」
「ええ、結論から申し上げますと、無駄な努力でした。
付添の方の仰る通りでした。
私達も努力は致しましたが、メエメエ啼きながら私達を押しのけて街道をあっちへ行き、こっちへ戻り、好きなように彷徨って、結局どこかへ行ってしまいました」
「ご報告、感謝します」
その後、また兵士たちに遭遇した我々は、司祭様から彷徨う羊の群について報告して、今晩の宿泊地ラウタ村へ歩みを進めた。
この日は、小休止地点へ辿り着くのに遅れることなく、司祭様のロバの後に尾いて歩けた。
途中、羊の群を追いかけた一幕はあったものの、問題なく充分に早いうちにラウタ村に入った。
海辺の街道が小さな岬をショートカットする上り坂を越えると、海沿いの狭い谷間の集落があり、そこが今日の宿泊地だった。
大きな津波が来たら、間髪入れずに両脇の尾根へ上らないと、村民が全滅しそうな地形だな……とぼくは秘かに戦慄した。
「今日は、私の一存で皆様に余計なお手間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ、我々は司祭様の御伴でございますから、何でもお命じ下さい」
「ご寛恕有難う御座います。それでは明日も、夜明け前に広場でお会いしましょう」
そう言ってロバから降りた司祭様と付添人は村の何処かへ去っていった。




