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初の依頼を請けて 最初の野営地を出て

少しだけ寝たかと思うと、

「おい、起きろ。もう出るらしいぞ」

「う……むにゃ、ん? マサか?」

「おう、起きろ」

ゆさゆさと肩を揺さぶられて、マサに起された。

出発するらしい。

空を見れば、いつも通り、夜明け前だ。

曇り空だった。


寝る前に腹いっぱい犬を食っておいたので、なんだか消化不良で頭痛がするが、言っては居られない。

身に着けたまま眠り、まだ湿ったままの鎧の重さとボロさとに辟易しながら、ダルい身体をノロノロ起こして立ち上がる。


辺りでは、犬や怪物の血で汚れた地面からの悪臭を、篝火から漂って来る煙の匂いが掻き消そうとしてくれている。

がんばれ煙くん。


すぐに敷いていた菰を畳んで背負子に仕舞うと、慌ただしく防具を緩めつつ隅の便所に駆けより、用を足す。

水で汚物を濠に流し、緩めた鎧を再度付け直す。

履き物の弛んだ箇所に背負子に載せて来た草を少し取って細い束にして隙間に足し挿れ、紐を締め直して、準備する。

昨夜は疲れ果ててしまい、修繕なんてする閑が無かった。

今日の行軍は地獄、かな?……。


一応、仲間にも履物の紐をもう一度しっかり締め直せ、と注意喚起しておく。


出立と言っても、夜じゅう常に警戒態勢で居て、戦闘後に既に後片付けは済ませてるから、今更特に個人的にすることは殆どない。

トモエコはタープ代わりの菰を片づけてくれてる。

ちょっと身の回りの確認を済せ、とりあえず懐の貴重品は無事と判ると、もう仕事開始だ。


見張り番のトヨが見張りをトモに交代してもらって土塁から降りてくると、男三人で力を合わせて、昨日設置した防御構造物の類を全部退かして、入口と濠にかかる坂道を開放する。

これで、次にここを利用する誰かが中を覗けば、安全か危険かが一目で判る。

逆に、こうして片づけておかないと、重なったバリケードの裏に賊が隠れ潜んでいると分りづらいから、次に来る者が被害に遭う可能性が高まる。


ぼくたちの仕事ぶりを観ていた司祭様が、

「それでは、参りましょう」

というのへ、合掌して

「御伴致します」

と口々に応えて気を引き締めると、それでもう野営地を出る。



流れの音を響かせるジンメ川を左手に見つつ、曇り空から変わらない街道を歩き出しながら、すぐに修繕を始める。

この先歩くのが辛くなってからでは遅いから。

歩きながらでは履物とか下半身のは無理なので、上半身の防具や装備品だけだ。


最初の晩の戦闘で早くもボロっちくなってしまった防具だが、歩きながら戈を背負子に突っ込んで、装帯の小物入れから取り出した紐で破損個所を結わえたり、ブラブラしてしまっているのを身体に縛りつけたりして、応急修理とする。

その後で、戈の棘も新品を植え直しておく。

棘棒は一本野営地に忘れて来たようで、数が減っていた。

これも手元に残ったもののうち、棘が駄目になったものは植え直しておく。


今日は次の野営地まで辿り着く予定。


エイコから皆に渡された草を噛みながら、護衛を続ける。

だがぼくたちは道々装備の手入れなどをしながら尾いてゆくのがやっとで、護衛するというか、護衛されているような感じだ。

今日も殆ど旅人の姿を見かけない。

草のお蔭か知らないが、寝不足からくる頭痛が治まった。


それでも、やはり次第に苦痛に追い詰められてくるのは如何ともし難い。

日が上がって来ると、谷底の街道を汗まみれでロバと付添人に尾いて歩き、一定のリズムで足を動かし、多少遅れては小休止地点で追いつく。


今日も昼食など摂らずに、ひたすら一定のペースで進む。


午後の旅が始まっても、暫くは何事も無かった。


--


ジンメ渓谷が左に右にと折れ曲がり、対岸は突兀たる岩塊が高く威迫的に聳えている。

そんな狭隘部、ジンメ渓谷のくびれとして知られている場所に差し掛かった時のことだった。


突然、

「走れ! 走るんだッ! 急げえーっ!」

と付添い人が叫んだ。

ロバの上から司祭様も、手を振って何かを撒き散らしながら、二人で逃げ出した。

護衛役の我々も、何が起きたのかまだ分らないながらも、強者(つわもの)である男の切迫した叫び声に自然とぼくらの生まれ育った開拓村が滅ぼされた日の恐怖が蘇ってきて、即座に頭と腰を振って背負子を背後に落とすと、無我夢中で逃げ出した。


少し身軽になって走り続け、遠からず今日の野営予定地も川の傍にこんもりと土塁と土塀が見えてきたが、其処もただ跳ね釣瓶の細長い腕木を横目に観るだけで通り過ぎて、更に休まず街道をひた走ったぼくたちは、そのままカスコヨまで駆け通し、街の城門も司祭様の通行手形一つで通り抜け、城壁の中でロバと一緒にへたり込むと、やっと一息ついた。


暫くの間、頭はズキズキと痛み、胸はドッキンドッキン鼓動を打ち続け、脇腹は穴が開くんじゃないかと思う程痛く、霞む目からは涙、ぜえぜえと荒く呼吸し続ける口の端からは涎を鼻からは洟を垂れ流してマスクの中もドロドロのままでいた。

そんな全身汗まみれ埃まみれでへたばっていても、掏りやかっぱらいの被害に遭わないよう、城壁を背にして女の子を中にいれて、戈を手に仲間で固まるだけの警戒はしていた。


そこでトヨキが言うには、遠くから迫ってくる何かの獣に気づいたが、正体を見極める余裕なんて無かった、どうみても手に余る大きさと勢いだった、との事だった。


以前こんな事態を想定して、フル装備の状態で、蜂の巣に石を投げつけて怒らせ、追い掛けて来たら必死に遥か遠くまで逃げるという訓練をした事もあったのだが、身体に骨の髄まで沁み込んだ恐怖が勝手に身体をフルパワーでドライブしてくれた。

それにしても、初めての実戦での逃走で全員が一人も欠けずに生き残ったのは、運が良かったとしか云い様が無い。

カスコヨまで走りきれたのは、訓練も少しは役立ったのかもしれなかった。


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