依頼を請ける
旅券を頂いてから、改めて仕事の話になった。
「ではこの護衛の仕事はお前たちに任せる。仕事の契約だが……先にこれを渡す」
眉間の皺を深めた隊長は、色々な文言が刻まれた二枚の硬い札、AとBを寄越した。
「無事に護衛が済んだら、依頼主が持つ札Aを受け取れ。それに依頼主から観たお前たちの仕事っぷりが記されている筈だから、読んでおかしいと思えば異論を、異論が無ければ異論無い旨をこちらの札Bに書いて、相手に渡せ。割符になっているから、板を交換することで一枚の札Aが手元に完成するわけだ。戻ってきたら報告しろ。報告の時に、二つ揃った札Aを私に提出して、問題が無かったと判れば、報酬を渡す。札を片方でも失くしたら報酬は出ない」
「はい」
「誰が請負ったかも記録してあるから、俺が居ない時に誰かから奪い取った札だけを持ってきても、報酬を渡す者は居ない」
「そんなことしません」
「当然だが、依頼主を殺して札だけ奪ってもすぐに判る。逆に依頼主がお前たちを殺した場合にも判る」
「はい」
「請負人か依頼者のいずれかが報告期限を過ぎたり、或はいずれかから訴えがあれば、捜査が開始される。その場合、過失が無くても事情聴取や身辺調査を受ける事がある」
「はい」
「よし、じゃあ請負者として、全員ここに署名しろ。それから神殿へ行け。依頼者がお前たちを待ってるだろう」
「わかりました。……署名はここですね……。それでは行って参ります」
「ああ」
そう言うと、隊長さんは着席して視線を下げ、もう俺たちのことなど忘れたかのように、書類の山に再び立ち向かうのだった。
俺たちはそそくさと退出したが、部屋の戸を閉めようとした時、机の向こう側から声が降ってきた。
「しっかりやれよ」
その声に微かに人情味の残滓のようなものを感じた俺達は、黙礼してきちんと部屋の戸を閉めると、書記の人にも依頼を請けた旨を伝え、兵舎から出た。
巾着と旅券の入った懐をしっかり握りしめながら、道を気忙しげに右に左に行き交う人の流れを見極めて、通りに足を踏み出すと、急ぎ足で直ちに村の神殿に向った。
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今回の護衛依頼を掲示板で見た時、周辺の街を含む地理関係は、既に大まかに頭に入っていた。
世話焼きなお婆さんや親切な小母さんに訊いて、隣町などの事を教えてもらってあったから。
ただ、彼らにしても、滅多に自分で他所に行った事がなく、少し離れた場所となると実際の所要日程がどれほどになるかはよく知らなかった。
依頼の報酬となるスタッグ銀貨は、それが一枚あれば宿屋なり酒場なりで美味しい夕食を酒つきでお代わりまで楽しめるうえに、手から溢れるほど銅貨のお釣りが来る、二枚あれば旨い夕食つきで宿屋に宿泊できるらしい。
そんな価値のある貨幣だから、生まれ育った今は無き開拓村では「大人のお金」と言っていた。
子供が銀貨なんか手にしているのが大人に見つかると、「子供の持つもンじゃァない!」と怒られたものだ。
仕事の報酬は、それが400枚。
その気になれば皆で一月ほど何もせずに宿屋でのんびり寝転んで暮せる、そんな途方も無い楽ができる。
銅貨なら40000枚。見た事も考えた事も無い、大金だ。
そんな大金を請負人に払うというのは、それだけ確実に護衛して貰いたいということだ。
下手に裏切ったりしたら、地の果てまで追いかけられて、ずっと命を狙われ続ける。
そんな目に遭うよりも、ちゃんと仕事を達成する方が余程得だと、そう思えるようにこんな大金を呉れるのだ。
それでも中には裏切って盗賊に早変わりする奴らも居るのだろうが……。
尤も、如何に大金に思えても、それが傭兵の命の相場という事でもある。
死んだらそれまで。
遺族年金も何もなし。
そういう仕事で一家を養っていけるものだろうか……。
まだ、世の中の事は何も分らない俺だった。
神殿に足を踏み入れるのは、最初に保護されて以来だった。
裏手の小さな出入口に回って呼びかけ、出てきた者に用件を告げると、少し待たされてから、側廊の奥の小部屋に通されて、そこで依頼主の司祭エリアノーラと対面した。
まだ二十代半ばくらいの、此の辺りでは稀に見る大層な美人で、笑み一つ浮かべていない生真面目な表情であっても、その類稀な美しさは光り輝かんばかりだった。
道中この美貌を露わにされたら、魔がさして襲おうとつけ狙う者が続出するのではないかと、護衛として気を揉んだ。
だが、挨拶が済んで出発の為に神殿を出る前に、口元を覆うマスクをつけて、ローブの頭巾を目深く被り、その縁に巻かれた薄く透ける柔らかな布を垂らして完全に顔を隠したので、安心した。
上質な青い生地の分厚いローブを、白っぽい上等な革の大きなマントで包んで、目深に被ったフードの上から更に風除けの青みを帯びた白っぽい深編み笠を肩まで被せ、マントと同じ上等な革のブーツと長手袋とをつけた旅装の女司祭は、神殿の側の大きな納屋から引き出された、荷駄を載せたロバに乗った。
ロバを引いてきた中年のタフそうな男が、道中の付添い人らしかった。
彼はなんだか硬そうな布の上着に同じ素材のパンツを着ていて、頭には横と後ろを囲むように布の垂れた帽子を被っていた。
上着の袖には何本もの黒曜石のナイフが縛り付けられ、手には黒曜石の槍を握り、使い古されて縁が擦り切れた継ぎ接ぎだらけの革のマントを羽織っていた。
背負子には大型の革袋が載っていた。
彼がロバの轡をとった。
道中は、司祭が全体の指揮を取り、付添い人が司祭の世話を全てしてくれるそうで、俺達は仕事に専念できそうだった。




