五年目の始まり
五年目の早春の、或る晴れた日。
三年前に粗末な墓標を立てた沢の辺を訪れ、墓標を掃除し、今は亡き人々の為に、皆で手を合わせて祈りを捧げた。
生きてさえいれば、いつか、何処かでまた会えるかもしれない。
でも死んでしまったら、もう二度と会えない。
それでも、死を覚悟して、自分たちの代わりにぼくたちを逃がしてくれた。
どの一人だって、死にたくは無かったに違いないのに……。
仲間の嗚咽が胸に沁みる。
未だに涙で頬が濡れる。
ずっと佇み、みんなが落ち着いた頃に、トヨが
「さあ……それじゃ、そろそろ行くか」
と促し、
「ええ……」
と、ぼくらもそれに言葉少なに、或は黙って頷き返し、歩き出す。
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四年間、一所懸命に生きてきて、衣食住の生活基盤も一応はできた。
あくまでも、浮浪児でも死なずに済む、という最低限度だが。
基盤ができた以上、もう浮浪児ではない……と言いたいが、確固たる基盤なのかどうか、自信が持てない。
一応、お殿様のお墨付きなのだから、自信を持って良さそうだが……。
実感が持てずに、なんだかあやふやな感じを抱いていた。
その基盤を維持する為に、日々の糧を得るのみならず、一度作った装置の維持なども欠かさなかったから、毎日忙しかった。
家や作業小屋、防御壁や橋、もっこや鳴子や濾過装置などは言うに及ばず、緊急脱出装置や篝火などの熊対策などもいつでも使えるように日々しっかり手入れしてある。
多数の携行柵とか梯子類などの大型の道具も手入れを欠かしていない。
便壺の中身の捨て場は最初は壕の隅だったが、撒けっぱなしでなく、土を使って堆肥化するなど適宜処理していた。それが大変だったので、何時からか川の下流へ捨てるようになった。
それ以降、その部分の壕も再び掘り始めている。
仮拠点だった塹壕小屋も、未だに偽装用に手入れして使い続けている。
ジンメ川の向こう側や尾根の上に用事で行くときには、必ずあとを尾けられていないか確かめながら戻るが、念の為に塹壕小屋に一泊してから本拠へ帰る習慣だ。
今では塹壕小屋には荷物は置いていないので、宿泊に困らないように、そういう場合には寝床代わりの大きな菰とか草の束とかを携行する。
柴や薪は外の荷物置き場に常置してあり、使ったら足している。
それだけではなく、拠点隠蔽の為の藪は根付いたし、防御壁に這わせた蔦はあまりにも見事に一面覆ったので、森の中では逆に目立つから、一部を時々剥ぎ取って垂らして野性味を出す手間を掛けている。
拠点の周縁部に根付いた草は、必要に応じて修繕に使えるので便利になった。
また今では家の屋根の上には陽当りの良い一部でミント類がわさわさ繁茂しているし、作業小屋の屋根の上にも別の虫除けハーブが色々生えている。
二年目くらいにトモコが植えこんだものだ。
「戸口の間に敵を閉じ込める仕掛けを作ったぞ」
「あ、結局作ったんだ?」
「簡単に、二本だけ丸太を横の穴から突っ込めるようにした。丸太の先に鉤を彫ったから、受け口の木に引っ掛けられるんだ」
「また要らねェ事を……」
余計な物と言われながらも防備も僅かに改善。
「それよかさァ、橋がここンとこ一寸グラついてねェか?」
「あ、俺もそんな感じがしてたよ。直すね」
「一寸休ませて……あ、直すんなら、横木も宛がってね」
「おう、わかってるって」
「はい」
「有難う」
草汁を啜ってるうちに、トヨマサだけで修繕に行ってしまう。
横ではカタン、と機織りの音がして、トモが
「作業小屋の火、今まだ入れてるのよね?」
と確認を入れて来るので、あっと立ち上がり、トヨマサが出ていって開いてる戸口から裸足で跳び出し、丸太を削った木っ端が作業小屋の炉の傍に転がってないかを確かめに行く。
ここのところ寝不足気味で、仕事ぶりがやりっぱなし気味だ。
そんな風に幾らでもやることがあって忙しい中でも、去年は春から夏にかけて、スコッレの練習に参加して鍛え始めた。
狩りは今一つだったが、他はそこそこ順調で、冬に入って風邪を引いた以外、怪我もせずに済んだ。
冬から春にかけては毎年どうしても食糧事情が窮迫するが、有難い事に今年もまた飢えずに凌げた。
この村に身一つで落ち延びてきた時はまだまだ子供の身体だったが、この四年で、かなり体つきはしっかりしてきた。
背の低かったトヨもそれなりに背が伸び、声も低くなってきた。
もともとガッチリ体形だったマサは、そのまま少し大きくなり、声はまだあまり変わってない。
ぼくも少し背が伸びた。
三人ともヒゲはまだ大人のようなモサモサには程遠いが、そこそこサマになってる、と思いたい。
トモコとエイコは二人ともどことなくふっくらと女らしくなった。
特にエイコは背が伸びてバランスがとれ、華やかさが出てきた。
ぼくたち男の子にヒゲが生えたように、女の子も大人の身体になるにつれ、色々大変だったが、要は前よりも大切にしてあげないといけないという事。
それで被服類を作り直したり新たに足したりして、できるだけ女子の身体の露出を減らした。
腰巻は二重になり、今までのもののお尻のところには柔らかめに編んだ円座を尻当として結わえ付けたのに加えて、腿の途中で前後に分離しているが、脛まで垂れ下がる長さのものを上に被せた。
肩から先の腕も、ずっと露出させて黒く日焼けさせていたのが、首周りから腕先、肩から胸、腰の下までを葉のついた蔦を絡ませて陽を遮り、或は寒ければ大き目の菰を羽織って腕まで被せたり、そんな季節にも葉の残った蔦が余ってあれば菰の上から更に纏わりつかせて、姿を分りづらくしていた。
そして極めて原始的な機だが、機織りが出来るように小さな機を家の一隅に設けたので、撚った紐を用いて、特にトモコが粗い織物を織り始めて、肩から羽織るケープ様のものを作って、菰より明らかに使いやすいので、それをトモコもエイコも着用するようになった。
菰に代わってそれを着用してからも、葉のついた蔦があれば、体の線を隠すのに便利なので相変わらず蔦を纏わりつかせていた。
陽光を遮るものが少ない谷間を行く際に、日除けの為に蔦を密に絡ませた姿で上村に出かけたりすると、
「木の葉を綴り合わせた珍しい衣を着ているのね」
などと勘違いされることもあった。
拙作をお読み頂き、実に有難うございます。




