過ぎし暗く寒い冬を振り返る 手入れと防寒
BGM: "Never Surrender" by Corey Hart (『ネバー・サレンダー』 by コリー・ハート)
「このところ、虫の音もめっきり聞こえなくなったね」
「ああ、静かだなァ……」
「早く戻ろ? 足元見えなくなっちゃう」
エイコが促す。
水も冷たいので、日暮れの水浴びも早々に切り上げる事にして、荷物籠を拾い上げて背負った。
少し鳥目がちなんじゃないかと、エイコの言葉を聞いて心配になった。
秋が深まり、冬が訪れるにつれて、日暮れが早まり、夜明けも遅くなった。
完全に冬になってからは、雪に降り籠められる事が多くなり、短い昼間は、それ一つ摂るだけにも苦労する保存食による食事以外には、たまには炭焼きなどもしたが、基本的には積もった雪を掘るか、薪と草を採りに堀を越えて裏山へ行く程度になった。
積もった雪を掘るにも、広い板が無かったので、履物にも使ってるような幅の狭い板を少し長めに作り、石斧と石鑿で真ん中から割いた低木の幹の細めの部分で挿み込み、楔のように板を押し込まれて広がろうとする幹をトヨに踏んづけて貰っておいて紐で何重にも巻いて縛り付けていって、雪掘り用のスコップの代用品としてみた。
しかし、これは使い心地が悪く、マサも
「レーキの方がマシだよ……」
とぼやいたので、今度はレーキをもう一本新たに作り、雪掘り用に板を歯にしてレーキの頭に埋め込んだ。
ほぞ穴を開けるのと、板が抵抗荷重で抜けないように且つ頭が割れないように角度に気をつけて楔で留めるのに、少し手間が掛かったが、こちらは好評だったので作った甲斐があった。
ただ、古いレーキが、楔でしっかり留めておいたレーキの頭がゆるくなってぐらついてきていたのが気になった。
それで原因を調べるために古いレーキの頭のすぐ下を石斧で断ち切って、レーキの頭に挿していたのを引き抜いて調査した結果、虫に食われていなかったので、どうも材の乾燥が原因らしいと結論を出した。
材の乾燥が原因で結合が緩むというのは、家の屋根や防御壁の紐で結合してあった部分などについても云える事で、いきなり崩れたりすると大怪我の惧れもあるので、時々点検と手入れをするようにした。
そういう風に、必要な手入れが増えて来るので、猶更新しい事には手が中々出せなくなるのだった。
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補充されたばかりのミントなどの虫除けハーブが香る土間で、
「これから冷え込みも厳しくなるし、今のうちに作っとこうよ」
「おう……何からやりゃァいいかな?」
「やっぱり、足元は最低でも欲しいわね」
「ああ、そりゃそうだ。その次には……臑当かなあ」
「それも足元でしょ~?」
「ぇやあ、そうなんだけどさぁ……」
「臑当ってか、脚絆な。脹脛にも巻かないと」
「うん」
寒い寒い雪中で働き続けるには、身体を相応に被覆する必要がある。
防寒着、雪沓、かんじき。
今までやってたような、ただ蔓を巻きつけるだけではない、しっかりした手甲脚絆。
そういった物を新たに作る必要に迫られた。
しかし、とにかく、ぼくたちが手に入れられるようなものは、草木か土砂か水くらいしかない。
となれば、厚く草束を巻きつけたり、それとほぼ同義だが、作り方が簡単で実績のある菰か。
一歩進んで何か工夫するとして、例えば疎水性の網構造を編み込んで、その中にたっぷり空気を含ませ、体表への接触は最小限に抑えるとか、その程度だ。
が、飢えと寒さから体調を崩しがちで、あんまり手が込んだ事をしている余裕も無かった。
それで結局、被服については短い菰を部品として衣服の形状に連結する。
防寒保温だから、一重でなく二重、三重と重ねて厚みを出す。
一枚の菰で厚みを出しても、ぼくたちが作る菰にはどうせ隙間ができてしまうから、普通に作る菰を重ねて隙間を互いに覆うようにする。
それを着込んだ上から、一応の防風・防水・防雪の意味で樹皮を巻いて覆い、紐で縛り付ける。
四肢は普通に樹皮を巻けるし、腹も数枚の樹皮を重ねて穴を開けて、一枚一枚紐を通しては巻き付けてからまた穴を通し、樹皮同士を少しずつズラして展開して、紐の為に開けた穴を下に重ね合わせた樹皮で隠しながら腰の後ろまでぐるりと巻いて、最後に腹の前で縛れば留められる。
ただ、背中は巻けないので、隙間が残るけど或る程度覆えるたすき掛けで済ませるか、それとも勿体ないけど高木の樹皮を剥いでしまい、幅広の樹皮を背中から両肩に掛けて前に出し、首の処だけ少し裂いて襟として後頭部まで覆うように立てるマント型にするか、その場合、樹皮を剥がれた高木が枯死したら倒木の危険がある……などと色々考えた。
悩んだ挙句、緩くたすき掛けした紐の隙間に、普通の低木の小型の樹皮を全体としてマント型になるように複数枚挿入してから紐を締め直した。
且つ、その状態を保てるように樹皮と紐を別に結わえ合わせてもらうことで、長時間行動しても、また一旦脱いでも、再び着装して利用できるようにした。
樹皮と紐を結わえ合わせるに際しては、紐に予め結び目を必要なだけ作っておいて、そこで留める。
そういった物を、炉の煙で燻して乾して、手入れしながら使っていた。
雪沓についても同様で、厚みを持たせただけの短い菰を足に巻き、爪先で余る分を折り曲げて足裏へ畳み込み、足全体を樹皮で包んで紐で縛り、その上から草鞋なり板草鞋なりを履いて縛り付ける。
冬の間に時間があればきちんとした雪沓を編んでも良かったが、前述の通りなかなかそんな余裕はなかったから、当座凌ぎの間に合わせを作り、使うたびに乾して手入れした。
かんじきは簡単で、親指程度の太さで軽くて乾いても折れないという条件を満たす蔓なら何でも良く、それを曲げて、前後の部材を紐で縛り合わせて結合させると同時に結合点間に紐を二列に何本も張って足載せ部とし、紐で結わえるだけ。
柴刈などで出る時にも、そういうのを履いて出る。
枯れ木を伐ったり、枯れ枝を拾ったりして帰る時には、雪を踏んだ足跡を辿って、少しずつ持ち帰った。
寒い中を何度も往復するのが厭さに、何度か橇が欲しいとも思ったが、疲れていたので、作らなかった。
また、濡れて冷たいのを放置していては良くないので、速やかに拭き取る必要もある。
家の中では、土器作りで出る高温焼成の白灰や貝殻の粉を焼いたものと砂と粘土を混ぜて、竪穴の壁に塗って調湿とした。
また土器に手を当てれば多少の湿りは吸わせることが出来るので、あとは炉の火で乾かせる。
しかし外に出る時にはそういうものが持って行けないし、重かったり割れてしまうようなのも困るので、結局は枯れた草束を少し余分に携行して腰に紐で縛りつけて提げておいて、何かあればごしごし擦りつけて少し吸わせる程度。
「水苔を乾したら? 湿地にあるでしょ」
とトモコが云ったが、洗う手間が面倒だった。