二年目は忙しく過ぎて行く 夏の狩
「花のいい匂いがする」
「ん……」
少しでも肉を喰うようになって身体に精がついたのと、安心できる巣穴を得たことで、ぼくとエイコは家の小部屋で仲良くしだした。
たまには仮拠点だった塹壕の手入れの時に、暫くゆっくりと互いを労わることもあった。
(以下約20行省略)
いつしかぼくだけでなくマサも、エイコと程々に仲良くなっていたので、夜に互いに労わることで、前よりも健やかな眠りを得て、昼間働いた疲れからも回復しやすくなれていた。
ただ、エイコの趣味なのだろう、マサぼく二人同時ということは決してなく、いつどちらがというのは暗黙裡にエイコに委ねていた。
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そんな浮つく一幕もあったものの、新たな住まいでの初めての夏は、すべき事が多くて大変だった。
それでもがんばって、冬の厳しい寒さとか草など加工材料や食糧の欠如とかに対応すべく、夏のうちから物資貯蔵を進めた。
その為に必要に応じて穴居の拡張も行い、貯蔵スペースを設けた。
次第に狩りでの動きも上手くなった。
別にそれで獲物が増えるわけではないが、無知で未熟で隙だらけだった以前よりは、油断なく周囲を警戒できるようになってきたし、転ぶ回数も減った。
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最初のうちはそもそも獲物が獲れるとも思ってなくて、ましてや皮処理の準備なんか全然してなかったので、一応どうにか皮を剥いだは良いが、持て余した。
何よりも肉が食いたかったので、肉を取るのが優先だったから、皮は最悪捨てても良いと思っていたくらいだ。
だが、さすがに貴重な素材をただ捨ててしまうのも、あんまりもったいない。
たとえ下手くそな剥ぎ取りの段階で既にボロっちくなってしまっていたとしても。
そこで、とにかく多少損なおうが何だろうが、ひたすら川の流れに晒しておき、腐れてきた部分は石刃などで削りまくった。
その間に泥縄で、皮なめしの為の道具や材料を少しずつ揃えていったのだが、何しろ他に優先すべきことが沢山あったので、最初のうちは全然間に合わず、たとえ酷く安く買い叩かれても棄てるよりはマシ、とばかりにサカヌキ村の物売り連中のところに持って行って売り払おうとしたが、
「駄目よ、あたし達、商売用の狩猟免許証を持っていないじゃない」
とトモコにツッコまれ、そのままでは市場に持って入れないと判ったので諦めた。
その後次第に加工準備が調うにつれて、少しずつ自分達で処理を試みはじめた。
加工には、常に灰やタンニンの濃い汁を大量に貯えておく甕が必要だったので、自作した。
大型の器は失敗するだろうから、小さな甕を数多く拵えなければならず、それだけにも月単位の日数を要するから、最初のうちは昨冬干し魚を貯えていた空き壺を用いた。
当面の加工場所は沢の下流で、汁満載で重くなった壺をそこまで運ぶのがまた大変だった。
灰汁とタンニン汁が準備できてから後は、それで皮の防腐処理を行い、晴れれば天日でよく干してのばした。
最初は正しいやり方もコツも知らないし、なめすのが全然巧くゆかなかった。
腐り果てなければ御の字で、腐らなかったとしてもどうにもカチカチに硬く、しかも悪臭を放つ代物になってしまう。
それでも
「防具を補強するのには使える」
とか言って利用しかけたが、トモコに
「家の中が臭くなる! あたしに臭いをうつしたら承知しないわよ!」
と真剣に怒られて、稍消て棄てそうになった。
だが、折角手に入れた革を無駄に棄ててなるものか、と臭いところを石の刃で削り取り、
「ほら、臭くは無くなったろ?」
と、トモコが首を縦に振るまで辛抱強く執念深く手を加え続けて、どうにか材料として利用できるようにしたりもした。
そこまでして悪臭を防いでも、カチカチに硬いままで使いづらいし、薄くなりすぎたりして、どうせすぐに磨耗して穴が開いたり切れたりしてしまうのだが、それは或る種の遊びであって、来る日も来る日も必要に迫られてする仕事ばかりでは気持ちが滅入ってくるので、時々そういうトヨの所謂「要らんこと」をせずには居られなくなるのだった。
何より、そういう遊びを通じて次第に皮の扱いに慣れていった。
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他方、そうした作業を一年を通して継続的に行えるように、応急処置したままだった作業小屋の改修を本格的に行った。
建物の平面図は変更されて、2×4mだったのが、家と同じ約6mの長さに延長されて、従来建物が無かった防御壁近くまで延長された。
延長部分の2×2×深さ2mの塹壕は、仮拠点だった塹壕同様に、地面と同じ高さで充分な長さの丸太を架して、灰練り土で隙間を埋めた後、枝や枯葉などを敷いた上に土盛をして、その上に丸太や粘土など重量物を積んで置けるようにしたが、土留めの杭はもう深くは打ち込めなくなってるので、掘った土を山にしておこうという時などは崩れないように注意が必要だった。
また炉を切って背の低い煙突を出しても居るので、可燃物を積むにも要注意だったが、防御壁とは少しだけ離れているので、防御壁の木材に耐火処理を施す必要は無かった。
従来作業小屋があった部分は、家と同様の、より小規模な構造にした。
深さのある塹壕部分との間に大きな段差を設けたくなかったので、家よりも竪穴を深めに掘った。
家と同様に地面から屋根を架し、灰練り土を塗り付けて、硬化してから土を被せて、また屋根最高部から排気口を風下側へ出した。
そこまでは一緒だが、戸口は今まで通り家側に中央部に設けた。
その為に屋根の架し方に工夫が必要で、何本か分の屋根材を途中で短く切って、土と雪ごと掛かって来る重量を、平面を削りだして二本重ねた太目の丸太で楣のように受け止めて、その材が戸口の外側、左右に突き出ている部分を、戸口外両脇の屋根の上に石積みをして、そこで支えた。
そういう面倒な造りにしたものだから、各所の仕舞がまた手間を要し、どうにも忙しいものだから、今年は或る程度ガタが来ようが、とりあえず積雪の重みに耐えて居られればよし、とした。
具体的には、塹壕状の部分と大屋根部分との境目の、大屋根の下の部分。
それと向かい合う崖側の端。
それに戸口とした開口部に設けた上下開閉式の戸。
その戸に積雪の重量がかからないように、小さな鳥居型を立て並べた、玄関の廂みたいなものとか。
そういった箇所の仕舞だ。




