ラクマカの北の断崖を登って
その後も休みなくひたすら歩く。
近付くにつれて高く聳え立つ断崖──崖上との標高差が数百メートルありそうな大断崖──の巨大さに、ややビビりつつ、ここまで来ると多少の砂埃を蹴立てるのを厭わず、足を速めて道を急ぐ。
風下で砂を浴びるのが厭で、自然と隊列は風向きに対して横並びになる。
荒れ果てた岩場と化した街道は、真っ直ぐに大断崖を切り裂く坂道へ突っ込んでゆく。
傾斜角30~40度くらいありそうな急峻な直線の坂道である『切通し』に辿り着き、急傾斜の路を通って、一気に高い台地の上までひたすら文字通りに直登する。
「なんてキツい坂道だよ」 ハァハァ
「いいから登れ」 ハァハァ
「今、上から岩とか丸太とか落とされたら、一巻の終わりだな」 ハァハァ
ハァハァ
山では幾らでもこのくらいの斜面はあるが、山なら土や草や木があるから、踏み込めば足場が自然にできたりもするし、草や木に手が掛けられる。
ここでは、あるのは硬い岩の地面と石ころだけだ。
しぶとい草もあちこちに逞しく根を生やしているが、登る助けにはならない。
ただ、履物などの修繕に適した草が時々生えているので、トモコやエイコが時々摘み採ってゆく。
トモコは戦利品の石の穂先の槍を杖代わりにしている。
ぼくとマサは最後尾で横に並んで木の槍を手に持ち、捨てていってもいいようなどーでもいー戦利品を吊るして運んでいる。
険しい坂道を喘ぎ喘ぎ一気に登りきって、無事に台地の上へ出ると、起伏のある荒れ地が広がっていた。
なんでこんな如何にも坂の上で待ち伏せしやすいであろう処で、待ち構えている敵影が全く見当たらないのか?
依頼人によると、ここはネフワアからの巡回警備隊が廻って来るからだとのこと。
見回してよく見れば、成程、遠く二つほどそれらしき影が、荒野に走る街道と、その近くの荒野の中とを、手分けして哨戒しているのが眼に映る。
台地上の緩やかな起伏を下りつ上りつして街道を少し進むと、夕闇が迫って来た。
「ここいらで休むとしよう」
依頼者がそう言って、足を止める。
辺りには水場無し。
焚火も無し。
依頼者は街道から離れた草陰に一人、身をマントで包んだだけで、火も焚かずに休む。
俺達はトヨの発案で、昨日買ったばかりの靭い麻糸で鳴子をしかけておいた。
鳴子を張れば、見張ってない方向から来る敵の接近に早めに気づける可能性がある。
糸を繋いだ棘だらけの灌木の細枝を丸めて、あちこちに沢山ある小さな草むらの中に仕込む。
糸が引っ張られれば、草むらの草を軒並み倒して、不自然にがさがさと草むらが騒がしくなる、それだけの仕組み。
場合によっては丸めた細枝が元に戻るので、更に音がする。
雨が降ったりして周囲に音が立ち続ける状況では音が聞こえにくくなるので使えない。
晴れて風も穏やかな静かな今晩みたいな状況でしか役に立たない。
だが、鳴子の存在に敵が気づくのを遅らせたい時には、それなりに良い。
自分が足で引っ掛けたのが糸じゃなくて、天然の横に長く地を這う草の類に絡まったのだろうと勘違いしてくれる可能性がある。
50m程度離れた所に仕掛けた。
それから依頼者を真似て、菰で身を包み、どんどん暮れてゆく夕闇で息を潜めて、休んだり見張ったりした。
夜間にも、時折チラチラと巡回警備の火影が見え、たまに俺達の潜む場所近くの街道を通り過ぎて断崖の坂上まで見回りに行っていた。
空には明るい月が浮かび、地上を照らしている。
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「起きて! 誰か来る!」
トモコの密やかな声が耳元でして、揺さぶられて起こされる。
ハッとして、月光が明るい中、見つからないようにそっと首を上げて、周囲を窺う。
20mほどのところに、荒野を近づいて来る奴らが居る。
鳴子に足がひっかかったのか、がさがさと無駄に音を立てながら歩いている。
肩に弓や槍を担いで武装し、身に纏う襤褸が荒野を渡ってゆく風にひらひら斜めに流れている、その風体からして山賊だ。
岩陰から、地に臥せたトヨが、月光に浮かび上がる敵影目掛けて射かける。
風もあるうえ、夜だから距離感とか難しいだろうが、夜の狩りで練習していたお蔭か、上手く中てたようだ。
射貫かれた奴が痛みに耐えかねて泣き叫び出す。
ぼくは身体を俯せにして、膝立ちになる。
あちこちを解して、跳びかかる準備をしながら、攪乱の為に手近の小さな石ころを適当に投げつける。
敵の動きに警戒しつつ、トヨが更に射撃。
ハズレ。




