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早春の記念日

BGM: "Never Surrender" by Corey Hart (『ネバー・サレンダー』 by コリー・ハート)

山の斜面にはまだまだ雪が残っているが、ここのところ晴天が続いて、道や平地の雪はすっかり消えた。

川が近くに見えていて、せせらぎの軽い音が響いている。

ずしゃ、ずしゃ、と重そうな足音を立ててぼくが砂利だらけの道を歩く。

板草鞋の底の傷みが早まってしまうなあ……腕に抱えた大きな石がとても重たいので、早く下ろしたい。

いつでも皆の先頭を歩くトヨが、

「この辺でいいか」

と云うので、

「そうだな、ここなら増水したって、まずだいじょうぶだろう、ここにしよう」

と応え、気をつけて道の脇に下ろすと、

「近くに野蒜が生えてるよ、いいね~」

とエイコが云う。

「へ~、この草が、野蒜って言うのか」

「そろそろ食べられるかも、掘ってみようか」

エイコがマサを見上げる。

「うん、やってみるか」

とマサが背負い籠から丸太を削って作った土掻き箆を取り出して、エイコが

「少し周りの土もつけて、丸ごと掘り出してちょ~だい」

というので、その通りに少し離れた所から掘り始めた。

暫くして掘り終わると、土ごとエイコが鉢に受け取って、抱きかかえた。

「これはあとで洗って食べようね、トモちゃん」

「ちょっと茹でた方がいいわよ、エコ」

「ネギ臭いけど、やっぱりネギの仲間なの?」

その間にぼくとトヨは、土掻き箆で浅く掘り窪めた場所へ大きな石を据えていた。

「できたぞ、おい」



また春が来た。

サカヌキ村に来てから、もう一年が過ぎた。


ぼくたちは、サカヌキ村の外、いつも魚獲りでお世話になっている沢の辺に、開拓村と共に滅びた人々──ぼくたちの家族や友人を含む──を記念する粗末な石の墓標を立てた。

『滅びしマハリク村の民に安らかなる眠りを』

と刻み込んである。

冬の間に専用の石鑿でだいぶ苦労して彫った。


五人で墓標の前に立つ。

「皆の冥福を祈りましょう」

トモコが静かにそういった。

手を合わせて、瞑目する。


色々な想いが去来して、暫く祈り続けていた。

耐えきれなくなって、涙が零れ落ち、流れ続けた。


やがて徐に目を開けたが、まだエイコとトモコは合掌していた。

その頬も濡れていた。

マサもトヨも、黙ったまま立って、石碑を見つめていた。


川の岸辺では、ぼくらの背丈ぐらいの高さで繁茂している名も知らぬ若木が風に揺れながら、赤い皮に包まれた芽を吹かせようとしていた。


--


この冬、ぼくたちは飢えに苦しみながらも、どうにか乗り越えた。


毎日一食なのは、ここに来てからずっとそうだったから、とりたてて耐えがたいほど苦痛でも無かった。

ただ、冬以外には無い苦労が伴ったし、内容も乏しかった。


連日、干し魚を齧るしかなかった。

それまでいつも食べていた魚が獲れなくなったのだから、仕方がない。

秋の遡上期を過ぎると、魚影が著しく減少したので、川には足を入れもしなかった。

うっかり水に入ると卵を踏み潰す惧れもある。


それで干し魚の貯えを探しに、垂木と桁と支柱が折れた作業小屋で、雪に埋まった壺を掘り出す。

軽い雪なので、雪国の湿った重い雪とは違ってそれほどしんどくはないが、とにかく冷たく寒い。


秋が深まるにつれ日に日に減る魚影の補いの為に、日中ほぼ食糧採集に努めていたので、作業小屋の改修までは到底手が回らなかった。

雪が降る度に、作業小屋の屋根に積もる雪をレーキで掻き落としていたが、酷く吹雪く時など、周りが見えなくなる。

そんな風になると雪掘りが間に合わなくなって、遂に屋根が壊れ、柱も折れたのだった。


雪に埋まる事で却って壺も保護され、中身も保存が利くけれど、深く積もるので足元が見えないし、何処に何が埋まっているのか、分らない。

どうにか見つけた壺からカチコチに固まった干し魚を一本取り出し、丸太を割いて石鑿で平らにして作ったまな板の上で、硬い干し魚に石斧の刃を当てておいて、木槌で叩いてカチ割り、半分にした身を、欠片も拾って一緒に土の深鍋に入れて長時間煮て、それをまな板の上で石鑿で断ち切り、皆で分配して、臭いに文句も言わずに我慢して、齧る。

カチ割った残り半分は、空いてる壺に放り込んでおき、翌日齧る。


団栗(どんぐり)も同様に取り出して、皮を剝いて、縄を付けた籠に容れて流れに浸して晒しておき、幾日も晒しておくので増水してきたら急いで引き揚げて、晒し用の水を溜めてある沢山の壺や鉢に分けて容れ、水がまた澄んできたらまた浸けて、やっとアク抜きを終えたら、洗った深鍋で茹でて食べる。


その深鍋を洗うのがまた一苦労で、毎回いちいち深鍋を抱えて、防御壁の隙間を抜けて、土塁から梯子を下ろして岸辺に降りて、ささらで擦り落とさねばならず、大変だった。

だから誰もが嫌がった。

当然、日が暮れて薄暗くなったり、雨で増水している時に洗いに降りるなんてのは無理な話だった。

自然、そのうちには川へ洗いに行かなくなり、雪を入れてささらで掻いて、汚水壺へ雪と解けた汚水を捨てるようになる。


排便は便壺で済ませる。

それを防御壁の隙間を抜けて、土塁の上から捨て、雪や汚水で濯いで、また捨てる。



去年がんばって本拠を建設したお蔭で、寒さは大した問題にはならなかったが、やることが多かった。

その為に家から外に出て活動せねばならず、その際には冷たさが、飢えて弱った身体にダメージを与えた。

ぼくはもともとあかぎれ体質なので、しもやけには罹らなかったが、ずっと手の甲がバリバリに切れて血が滲んでいた。

毎日皺の数だけある傷口が開いて血が流れては、寝てる間に瘡蓋になり、また翌日には血が流れていた。

そんなのは最も軽度のものであって、内臓が弱る方が問題だった。

雪の降り始めの頃にトヨキとマサとエイコがはしゃいで雪遊びをした挙句に風邪を引いたのはしょーがないとして、厳冬期にはトモコが蒼い顔をして寝込んでしまい、三週間も起き上がれずに衰弱して、死ぬのではないかと思った。

だからこそ、意を決してぼくら男子は狩りに挑んだのだったが……。


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