若返りの霊薬を舐めるお話
皆さま、今晩はお集まりいただきありがとうございます。
私なんぞの呼びかけに答えていただけるとは思ってもおりませんでした。
思い返せば方々の村々を追い出され、流れ流されてこの街についたのが……いつでしたかねぇ?
もう春を二つ三つ超えたような気がします。
こんな流れ者の私を暖かく迎え……暖かく無かった記憶も御座いますが、感謝の限りでございます。
ボロではございますが、住むとこまで用意して頂きまして。
さてはお……えぇと、前置きが長いって?すいません、元来喋りたがりな性分でございまして。
お前は口から先に生まれてきたんだろうなぁ、なんて皆々様からよく揶揄われております。
これ以上お時間を頂くのも恐縮でございますので、本題に入らせていただきます。
本日は私が特別恩を感じている方々にお声を掛けさせていただいております。
手前は元来の根無し草、やはり長く留まってるのに堪え切れなくなってきまして近々お暇させていただこうと思っております。
その前にお集まりくださった皆様に少しでもご恩をお返しさせていただこう、そう思った所存でございます。
本来ならばご尊顔を拝見するのも恐れ多い方々でございます。私としても生半なものではつり合いにならないと考えて、秘蔵の一品をご用意しております。
皆様もご存じの通りしがない薬師でございます。
ですが、あっちにこっちとフラフラほっつき歩いてると、付き合いや出会いもそれなり多くなってきまして。
あれはもう、何年かなぁ?両手の指じゃたりないぐらい昔の話です。
山ん中で獣にでも襲われたのか、わき腹にざっくりと刺し傷がある、素人の私が見てもこいつぁもう助かんねぇなって風体の男と鉢合わせまして。
人けのない山でしてね、待ってても誰も通らないだろうなってぐらいの。
私も薬は持ってても、はらわたまでいっちまった傷なんかどうすることもできないわけです。
ですがね、目の前にいる大の大人がいてぇいてぇって泣き叫んでるのを見ちゃ、放っておけないでしょう。
治すことはできなくても痛みを消す薬ならいくつか持ってたんで……まぁアレですよ。気分が良くなるやつ。……で、そいつを男に飲ましてやったんです。
すぅっと穏やかな顔に変わっていくのを見てたらこっちもホッとしましたよ。
なんだか情が湧いて、先が長くないのもわかってたんでコイツに最後まで付き合ってやろうと、ね。
……すいません、またペラペラと長くなってしまいましたがもう少しなんでお付き合いください。
で、ですね。その男がおっ死ぬまでの間、国に残してきた年老いた母親の話なんぞしてましたらその母親にある薬を飲ませてほしいと頼まれまして。
情が湧いちまった私はがってん承知と引き受けたんですよ。
大陸の方から密かに伝わって来た、なんでも一口舐めるだけでみるみる若返る霊薬だとか。眉唾もんの話ですがね。
なんでも、腰が曲がったじい様でもみるみる若返って背筋がぴんっ!っと伸びたって話でして。
それを老婆の所に届けたかって?
ところがですね。その男、母親の住処を伝える前に事切れちまって。
仕方ないんで念仏だけは唱えさせていただきましたよ。
……で、ここにあるのがその薬でございます。
暗いとこだとぽぅっと光ってて見るからに何かありそうな雰囲気をしておりますでしょ。
……えぇえぇ。皆様のお気持ちもわかります。
こんなとこまで呼び集めといて胡散臭せぇ話を聞かせてって。
もっともなご意見でございます。
舐めて若返る薬だ、なんて言われて素直に信じる人間を私も存じ上げませんね。
ですが、本日は皆様への恩返しだ。と最初に申し上げましたでしょう?ここで私がコイツを舐めてご覧に入れましょう。
こう指先にちょっと……で、ぺろりとすると……。
ほら、ご覧ください。みるみる皴が消えてお肌に張りまで出てきたでしょう?
ちょ!ちょ、お待ちください。すぐに用意いたしますんで。
ここにいる皆様の分はじゅうぶんにございますので落ち着いてくださいませ。
では、奥で準備を。すぐに戻ってまいりますので少々お待ちを……。
皆様。お待たせしてしまい申し訳ございません。
ほんのひと舐めで十分でございます。お近くの方から……押さなくても大丈夫ですから順番にどうぞ。
さぁさぁ、私からのお気持ちでございます。頂いたご恩の一部でもお返し出来ましたら幸いです。
皆様に薬は行き渡ったようでございますね。
それではまた、ほんの少しですが私のお話に耳を傾けていただけますでしょうか。
最後になりますのでもうしばらくご辛抱を。
皆様に舐めていただいた薬、すでにもう目に見えて効果が出ております。
ほら、お隣様のお顔をみてください。
だんだんと小皺も消えて肌の艶も良くなってきてますでしょう?
ただ、少々問題がございます。この薬でみるみる若返っておりますがいったいどこまで若返るとお考えで?
おや、ご婦人。お気づきになりましたか?まだ理解していない方もいるようで。
きっと皆さま、朝日が昇る頃には生まれたての赤ん坊より若返っていることでしょう。
おぎゃあと泣くこともできないでしょうねぇ。
どうにかしろと?
先ほどから申し上げているように、これは私からのお気持ちでございます。
皆様から受けたご恩の分はお返ししました。
――さて、
ここからは商売の話です。
ここに取り出しましたのが、若返りが止まる霊薬。
一口舐めるだけで、ぴたりと若返りがとまる薬でございます。
ただしこちらの霊薬、残念なことにこちらにおります方々に比べて在庫が非常に心許ない。
全員にお届けできないのが心苦しく思います。
では、お代はいかほどいただけますでしょうか?
この後きっと、不老になっちゃうんだろうなぁ。




