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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ふたりのきょり。

作者: しっちぃ

 桜のつぼみが、まだほころぶ前。私は、それよりも一歩先に、新しい未来に咲き始める。今日は、私の、高校の卒業式。ほとんど二人の部屋になっているはるねぇの部屋で、それぞれ別の服に着替える。私は制服に、はるねぇはスーツに。


「千秋が卒業するなんて、なんだか変な感じ」

「もー、はるねぇ、それどういう意味?」

「いつの間に、千秋もこんなに大きくなったんだなって」

「当たり前でしょ? 私ももう十八なんだから」


 私の六年先を、ずっとすたすたと歩いてく姿は、今はなんだか眩しい。はるねぇが通ってた高校に入って、同じ大学に進学することも決めたのに、私とはるねぇの間の差は、ずっと埋められない。なんだか、寂しいようで、……でも、私のことを置いていったりしないっていうことは、わかってる。はるねぇがいた大学に行くって言ったときも、私の実力よりレベルが一つ上だっていうのに、反対しないで応援してくれたんだから。


「千秋がいくつになったって、私の大事な妹なのは変わんないの」


 レディーススーツを着こなすはるねぇの言葉は、いつもよりずっとかっこよく見える。でも、何故だかそれにもやもやする私がいる。二人きりのときは、いっつもかわいいとこ見せてくれるのに。

 手首を掴んで、そのままほんのちょこっと上にあるはるねぇの唇に、顔を寄せる。ねえ、私たちは『姉妹』だけど、今は、そうじゃなくたっていいでしょ?


「ちょっと、まだ着替え途中でしょ?」

「今は、『恋人』じゃないの? 二人きり、なんだから」

「そうだけどさ、……恋人でいるときより、妹でいるときのほうが長いんだから」


 そういう意味じゃないのに、どうして気づいてくれないんだろう。唇を尖らせると、はるねぇから重ねられる唇。


「それに、……恋人のこと、大事にするのなんて、当たり前でしょ?」

「そういうの、簡単に言わないでよ、はるねぇの意地悪」


 かわいいとこを見ようとしたら、余計にかっこよくなられて、なんだか空回り。私に弱いのも、ただのオトナのヨユーってやつなのかもなんて考えて、ちょこっとヘコむ。


「何で? いっつも千秋だって、いじわるするじゃん」

「それとこれは別なの、……ずるいよ、あんなこと言って」


 あ、目逸らした、どんなにかっこよく見えたって、はるねぇは、やっぱりはるねぇなんだな。ほっぺを赤くして、慌てたように手を振り払おうとして。


「意地悪なお姉ちゃんには、おしおきが必要だよね?」

「な、ななな何言ってるの!?」


 本当にするつもりじゃなかったけど、……ちょっと、本気でシたくなっちゃったかも。お腹の底から湧き上がってくる情動を、頑張ってこらえる。


「冗談冗談、本気でしたら、卒業式行けなくなっちゃうでしょ?」

「いや、もう冗談に聞こえなかったんだけど!?」

「大丈夫だって、私もはるねぇといちゃいちゃしたいから学校休もうなんて思わないよ?」

「それは当たり前だからね? ……もう時間だ、私そろそろ行くから」


 そうやって、離れようとして、ひどいよ。……私のこと、いいだけ煽っておいて。離そうとする手を強引に引き寄せる。


「あっ、待ってよ、……行ってらっしゃいのちゅーくらいは、いいでしょ?」

「もう、しょうがないわね」


 そんな事言って、本当は嬉しいくせに。分かるよ、それくらい。はるねぇが私と一緒にいた時間が長いなら、私がはるねえといた時間も、それだけ長いんだから。

 差し出された唇に、やっぱり、欲しかったんだなって頬が緩む。ちょっぴり背伸びして、唇を押し付けるように重ねる。分かってるくせに、声を漏らして、……本当に、かわいいんだから、私にしか見せないようなとこは。


「じゃあ、行ってらっしゃい」

「う、うん、行ってくるね」


 腕を離した途端、鞄を引っ掴んだと思うと、逃げるみたいに部屋を出ていく。時計を見ると、まだ余裕があるのに。学校の先生になっても、照れ屋さんなのは変わらないんだな。ぱたぱたと、窓の外から聞こえる足音に、また笑い声がこみ上げそうになって、慌てて口を手で塞ぐ。『二人だけの秘密』は、隠さないといけないから、なんて後付けみたいに言い訳する。

 私たちは、『姉妹』だから。……『恋人同士』でいられる時間は少ないから。そのことはわかってなかったわけじゃないけど、寂しいって思ったら、駄目?

 せっかく、『先生と生徒』って関係は、今日でなくなるのに。私たちは、どうしたって、いつでも二人きりではいられない。 


「はぁ……、私も、行かなきゃな」


 いくら寂しくなったって、卒業式は待ってくれる訳じゃない。黄昏れて学校に行くのを忘れるなんて、どうかしてるって笑われそう。……はるねぇといちゃいちゃしてたよりは、まともな理由かもしれないけれど。

 昨日、はるねぇにアイロンをかけてもらったワイシャツは、なんかむずむずする。……まだ、大人にはなりきれないんだな、私は。


「……じゃあ、行ってくるね」


 両親の言葉を待たずに、玄関を出る。私は、ちょっとは大人になれたのかな。いくら年を重ねても、背丈以外、大きくなれた気がしない。相変わらず、わがままで、お子ちゃまで。もう、あと二年で大人になるのに、背伸びしたってジャンプしたって、届かない。

 そうやって考えて、また足が止まりそうになる。進まなきゃ、追いつかないのに。

 駅まで歩いて、それから電車の人混みに揺られる。制服とスーツの塊の中に、ちゃんと溶け込めているのかな。

 学校の中で歩く道の途中も、私よるも大人っぽくに見える。私より年下の子だっているはずなのに、それでも、そうは思えなくなるくらいに。

 私が卒業するって変な感じなんて、言われてもおかしくないよね。机に置かれた花のコサージュも、周りには似合ってるのに、私だけ、浮いているような。

 何でだろう、もやもやするの。私だけが大人になりきれないのは。先生の話も、どこか遠い国の言葉みたいだ。……私、ここにいていいのかな。胸の中にあるもやもやは、つのるばかり。それでも、行かなきゃいけない。まだ、つぼみのままなのに、花から落とされてしまうような。

 卒業式に、……晴れやかな舞台に向かうはずなのに、処刑台にでも向かっているんじゃないかってくらいに、心の中は曇り空。


「千秋ちゃん、緊張してるの?」

「……まあ、そんなとこかな」

「なんからしくないね、いっつも飄々としてるっていうか、何にも動じないって感じなのに」

「そんなことないって、りーかは私のこと買い被りすぎ」


 出席番号が一個後ろなせいか、よく話すようになったりーかが、励ますように言う。私は、そんなに達観した人じゃないよ。むしろ、りーかのほうが、よっぽどオトナだよ。周りに目がいくし、気を遣えるし。……私なんて、周りを比べるだけ比べて、何もできないのに。


「大丈夫だよ、そうだとしても、みんなそんなに変わらないもん」

「そう……かな、まあ、ありがと、りーか」


 励ましてくれる声に、一瞬だけ、しぼんだ心は膨らまされる。

 拍手で迎えられて、人で溢れかえった体育館に入る。むせ返るような熱気に、足がすくみそうになる。

 ようやく椅子に座れて、体中の力ががっくりと抜ける。目だけで周りを見回して、周りの堂々とした態度で、どうしても、また背中が丸まりそうになる。……どうしたって、私には、ここにいていい自信がない。こういう式だって、初めてってわけでもないのに、こんなに落ち込んでるのは、これが初めて。

 新しく迎える世界に、不安になってるのかな。それとも、私が、ただヤケになっただけ?

 未来についてのありがたいはずの話も、今の私には子守歌になりそう。眠気に引きずられそうなのを振り払って、それでも引きずられそうになる。魔物から、ずっと走って逃げてるような感覚。時折立ったり座ったりするのでどうにかなってるけど、それでだっていつ捕まるかわからない。

 校長先生やPTA会長のありがたいはずの言葉も、耳には入らない。私は、まだ、オトナにはなりきれないんだろうな、きっと。


「どうしたの、うつむいて、……って泣いてるの?」

「そんなんじゃないよ、眠いだけ」

「こういうの、千秋ちゃん耐えるの上手そうだと思ってたのにな」

「そんなことないよ、私も、大して変わらないよ、きっと」


 あくびをかみ殺して、目が潤んでるのを見たのか、ひそひそとりーかが声をかけてくる。だめだよ、なんて言えなかった。それよりも、優しさだけが、胸にしみる。

 卒業することじゃなくて、そっちで泣いちゃいそう。……そういえば、卒業式で泣いたことなんて、なかったような気がするな。

 こんなんで感傷してるなんて、子供っぽくてバカみたい。なんて思ってたのに。私は、ただのひねくれ者のお子ちゃまなんだろうな。

 拍手の音が鳴り響いて退場するときも、心の中では、逃げ帰ってるのと同じような気分。泣きそうなのは、別に卒業するのが寂しいからだとか、そんなんじゃなくて、ただただ私がみじめに思えるせい。


「はぁ……、疲れた」

「ほんと、疲れちゃうよね、立ったり座ったりくらいなのに」


 少しずつ、浮足立ったような足音と、ざわめきが広がる廊下。ぽつりとつぶやいた言葉を拾って笑いに変えてくれるりーかの優しさに、また救われそうで、救われない。

 そうじゃないの、私が、こんなふうになってるのは。胸につっかえたもやもやは、まだ晴れてくれない。ありがとう、でも、ごめんね。そんなんじゃ、どうしたって治らない。


「うん、……もう、終わっちゃうんだね、ここにいるのも」

「そうだね、……今日の千秋ちゃん、なんか変だよ?」

「うーん、そうかも」

「何かあった?」

「……何でもないよ、私も、ちょっと寂しいのかもね」


 寂しい、はるねぇにも、クラスメイトにも置いてかれてしまいそうなのが。それが、私にはあまりにも大きなことのように思える。駄目だなぁ、私。何てこともないはずだったのに、今じゃ迷子になったみたいに胸を押しつぶされる。


「そっか、千秋ちゃんもねぇ」

「それくらいはいいでしょ? 別に」

「まあ、寂しいのは、みんな変わんないよ」

「それもそっか」


 教室に着いても、しばらくして先生がいろいろな書類を持ってくる。……はぁ、まだ終わらないのか。もう、早く終わってしまえばいいのに。

 そう言っても、最後の儀式みたいなものだし、しょうがないか。半ばあきらめながら、流れにそのまま身を任せることにする。

 証書をもらって、配られた証書入れの筒に入れて、通知表ももらって、アルバムを配られて、……さすがに、もう退屈。このまま、寝ちゃいそうなのを、こらえるだけこらえて、ようやく終わったと思ったのに。


「じゃあ、みんなで写真撮ろうよ!」


 そんな風によく通る声が流れて、もううんざり。抜け出そうにも、そんなのを抜け出す理由なんてなくて、おとなしく隅っこに写って、今度はアルバムを書く流れになる。それに逆らえないまま、何人かと交換して、ようやく解放される。

 ねえ、私は、ちょっとは大人になれたかな。聞く相手なんて、一人しかいない。ざわめく廊下をひたすら歩いて、ようやく見つけたのは、茶道部の部室の前。


「はるねぇ……、ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」

「どうしたの、千秋」


 学校だと、普段は私もはるねぇもそんな風に呼び合ったりしないのに、……今は、『先生と生徒』として話したいわけじゃなくて、『姉妹』で、『恋人同士』で、話をしたいの。でも、それは、私たちだけの秘密だから。


「ここじゃなくて、……誰も来ないとこがいい」

「もう、……受験だって終わったのに、何?」

「いいから、来てよ、お願い」

「しょうがないわね、いつものとこでいい?」

「うん、……二人きりになれるなら、どこでも」


 いつも、勉強を教わってた第二会議室は、相変わらずがらんどう。いつも、そうだったように、隣り合わせに座って、うつむいたまま言葉を切り出す。


「ねえ、……私、少しは大人になれたかな」

「全く、どうしたの? そんなこと言い出して」


 困ったように、でも優しく訊き返すはるねぇ。わかんないよね、いきなり言われたって。オトナの基準もよくわかんないし、こんな愚痴みたいなのしか、今は吐きだせせない。


「私、わがままだし、変にオトナぶってさ、……はるねぇにも、全然追いつけないや」

「ねえ、千秋。……私は、そういうこと考えられる時点で、すっごく大人だと思うな」

「そんなことないよ、私、だって……」


 言葉が詰まって、喉から出てくるのは吐息だけ。ヤバい、なんか泣きそう。でも、急に触れたぬくもりに、何も考えられなくなる。ずっと昔からそうだったように、髪に触れる手の温もりも。


「……もしかして、信じられない? 私、ずっと千秋のそばにいるのに」

「ううん、そうじゃなくて、……言葉だけじゃ、わかんないよ」


 私、またわがままばっか言って。……でも、はるねぇは、ずっと受け止めてくれるの。だからなのかな、こんなに甘えたくなるのは。


「千秋、……こっち見て?」

「……はるねぇ?」


 ちょこっと上ずった声で、優しく誘ってくれる。分かってるよ、何をしてくれるのか。ゆっくりと、体を預けると、唇に触れる柔らかい温もり。一瞬で離されて、それから吐息がかかるような距離で放たれる言葉。


「私、ちゃんと見てるよ、千秋のこと、……『妹』じゃなくて、対等な大人の『恋人』として」

「ありがと、はるねぇ……、大好き」


 ぎゅっと、抱き寄せられる体。いつもと同じ、だけどいつもよりずっと深く染み入る温もり。もしかしたら、誰か入ってくるかもしれないとか、学校だから、こんなとこ見られちゃだめだとか、そんなことなんかより、今は、この温もりに触れてたいの。

 お願い、もうちょっとだけ『恋人同士』でいていい?

 抱き合った体は、まだ、離したくない。

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