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捏造の王国

妄想の帝国 その5 健康管理社会 不摂生撲滅市編

作者: 天城冴

チクトヨン市のアッソベ市長は視察とは名ばかりのトーキョー、ナナホンギのクラブいりびたりの遊興を終え、久方ぶりにチクトヨン市に帰る。タクシーの運転手から健康優良都市になったチクトヨンを褒められるが、副市長のダカジマのやり方に不満を抱いた。

実はアッソベ市長は市の健康保険料の値上がりは市民の不摂生のためと考えており、副市長ダカジマに強制的に市民を健康にしろと命じてトーキョーにでてまかせきりだったのだ。

そして帰ったチクトヨン市で、アッソベ氏は驚きの事実をつきつけられる。

「おーい」

トーキョー、高級クラブ、料亭の立ち並ぶナナポンギ。葉巻を咥えた初老の男性がタクシーを呼んだ。

キキー、黒塗りの高級車が傍にとまる。

「どちらまで」

「ああ、チクトヨン市まで」

「え、チクトヨン?あの“健康都市ニホン一”のチクトヨンですか」

「そうそう」

「お客さん、遠いですよ、高いですよ」

「遠いのはわかってる、行くのか、行かないのか」

「ちゃんと運賃を払っていただけるなら、行きますよ」

運転手はドアを開け、男性を車に乗せた。喫煙可なのか座席の側に灰皿が備え付けてある。吸いかけの葉巻やたばこを固定する差込口が付いており、男性は葉巻を差し込んだ。

「お客さん、チクトヨンの方ですか」

「うん、そうだ。仕事で、こっちに来ていて、久しぶりに帰るんだよ」

「それにしてもチクトヨンは人気ですねえ、さすが今年のベスト健康都市、この間も引っ越したいって話してたお客さんがいましてねえ」

「そうかい、そうかい」

男性は満面の笑みで運転手の話を聞いている。それもそのはず、男性はチクトヨン市のアッソベ市長、視察を終えてチクトヨン市に帰るところなのだ。


三か月前、アッソベ市長は市長室で副市長に怒鳴り散らしていた。

「なんて、うちの市は健康保険料がこんなに高いんだ」

「それが、そのう、高齢者も多いのですが、生活習慣病が多くて」

汗をふきふき資料の説明をするのはダカジマ副市長。

「生活習慣病、つまり自分が悪いんだろ」

「いや、その糖尿病は生まれつきのⅠ型の人もいますし」

「それだけじゃないだろ、生活習慣病やうつ病なんかも多いじゃないか。つまり不摂生の奴等のせいで国民健康保険料があがっとるわけだ。このまんまじゃチクトヨン市はニホンの恥っていわれるんだぞ」

そういうアッソベ市長も葉巻を吸い続けるヘビースモーカー。おまけに夜遊びが大好きで、市内だけでなく首都トーキョーのナナホンギのクラブにしょっちゅう行っている。なにかと視察やら出張やらが多いのは公費でナナホンギのクラブに遊びに行っているためとも言われている。

 そんな市長の尻ぬぐいが常となっているダカジマ副市長。彼の勤務時間は一日14時間が当たり前で、常時睡眠不足。目の下にはクマができ、不健康きわまりない状態である。

「これから市長会議やらなにやらでトーキョーに出張だっていうのに、自分の市が不健康ワーストワンだってんじゃ、情けない。しょうもない市民のせいで健康保険料が高いなんて腹が立つ」

とのたまうアッソベ市長。

「そうだ、君、ダカジマ君、君がなんとかしたまえ」

「は?」

「不摂生撲滅運動をやるんだよ、不健康、不摂生の元になるような行動は禁止、企業の健康管理も徹底してやらせろ、個人事業者だろうがなんだろうが、従業員を健康にさせるんだ」

「そ、そんなことができるんでしょうか、企業の側にも都合というものが~」

「市長権限で無理にでもやらせろ!なんたってニホンは健康絶対促進法が施行されてるんだ、チクトヨン市にも健康警察をいれてもいいんだぞ!」

「け、健康警察、それは無茶です!」

「なら君がしっかりすればいい、頼んだぞ」

トンデモナイことを任され茫然とする副市長ダカジマを尻目にアッソベ市長は長期出張に出かけた。


そして三か月後

「いやあ、凄いですよ、チクトヨン市はニホン一の健康優良都市になったんですから。去年は生活習慣病患者数ワースト10に入ってたのに」

「はっは、市民全員がほぼ健康、もしくは症状の改善なんだからな」

「まあ取り組みがすごいですよね。深夜の営業の禁止、やっぱ夜は休まなきゃって。市の病院では夜勤の看護師さんの待遇はよくするし、消防士、警察官とかは休みや手当を増やしたから、ストレスも少ないっていうし」

「うん、そうだなあ」

と、返事をするアッソベ市長は少し不機嫌になった。

(ち、あんな奴らの給与を増やしたのか、まあいいか、健康優良都市の奨励金もでるし)

「それに週休二日の徹底。お役所だけでなく、小さい商店のバイトだってちゃんと休めるし、有休もとれる。人件費の補助とかも市から出るんですってね、それじゃ従業員にちゃんとやってやれるし」

「あ、ああ」

(なんだと、市の補助だと。まあ、仕方がないか、何が何でも健康優良都市にしろっていったのは俺だし)

副市長の施策に不満を抱くが、すぐそれを打ち消す。

「しかも低所得者には健康指導をするって、特に子供がいる家庭。もう本当に感心しますよ、働きすぎで子供まで手が回らない家庭が多い中、市がちゃんと幼稚園から中学、高校まで教職員に指導する。学童保育でも給食が無償で出るし、栄養士を雇ってメニュー考えてるんですってね。しかも場合によっては朝食や夕食も提供なんて」

「う、うん」

(給食無償だとおお、貧乏な奴らにそんなことまでしやがって、市の予算はいったい)

「おまけに、年金の高齢者にも食事や運動、生活習慣の介助や指導とか、健康情報の周知徹底とか。生活習慣病になった人には看護師、医者、カウンセラーや栄養士さんたちが丁寧に指導して場合によっては仕事を休んで治せる生活も保障っていうじゃないですか。本当に羨ましい、わたしだってトーキョーに家を買ってなきゃ住みたいぐらいですよ。こんな仕事だと座りっぱなしで辛いし…」

「…」

興奮気味の運転手とは対照的にアッソベ市長は黙り込む。ダカジマ副市長が行った、と思われるチクトヨン市の市民サービスにかなりイラついているようだ。

(そ、そんな親切なことを不摂生の不届きものにやってやるなんてダカジマなんつうことを、帰ったら、たっぷり絞ってやる)

「あ、お客さん、着きましたよ、市役所の前ですね」

と、運転手が指さすほうには市役所の庁舎。

 副市長をはじめ職員が出迎えに立っているが、なぜか市の企業の役員たち、商業団体の会長に、行きつけのスナックのママ、アッソベ市長の家族もいる。しかも渋い顔をしていて、アッソベの妻など相当不機嫌なようだ。よくみると職員一同もいつもの作り笑いはなく、引き締まった厳しい顔つき。特にダカジマはいつもの卑屈な様子はなく、堂々としている。

「ど、どうなってんだ」

玄関前でとまったタクシーから降りたアッソベ市長にダカジマ副市長が歩み寄り、一枚の書類を手渡す。

「アッソベ市長、いや元市長、辞職勧告決議の通知書をお渡しする」

「な、なんだと、お、俺に市長を辞めろと、そ、それになんだ、その偉そうな態度は」

「あなたほどではないとおもいますが。ともかく議会の通知書を受け取ってほしい」

と丁寧ではあるが冷たい口調でダカジマ副市長が答える。

 ダカジマ副市長の態度にたじろぎ、アッソベ氏は書類を手にした。

「昨日付で辞職勧告、新市長はダカジマ、お前か」

「そうです、このチクトヨン市を心身ともに健康な状態にした功績ということで、僭越ながら私、ダカジマが新市長にと推薦を受けています。もちろんアッソベさん、あなたが正式に辞めて選挙を行う予定ですが、他に立候補予定者がいないようなので」

「ぼ、暴挙だ。な、なぜ私が辞めなければならんのだ、り、理由は」

「我々は健康都市、不摂生撲滅のため健康な生活を実現するためにあらゆる努力をしました、その過程で」

ダカジマ副市長もとい新市長候補のそばにいた職員が書類の束を手渡す。

「試行錯誤をしながら効果的な施策を行い、その予算が必要となったため、今までの財政状況の見直しを図ったのです。すなわち財政の健全化」

「はあ、どこが不健全だったんだ」

「市長、あなたの出張費用や視察費用の増大が問題になったのです」

「そんなの他の職員や、市議だって使ってるじゃないか」

アッソベ氏の反論に、職員の一人が口をはさんだ。

「わたしたち反省してお金返すことにしたんです。よく考えたら、こんなこと間違ってます。効率的に仕事をして、無駄な会議や宴会を減らした方が、気持ちがいいし、長く仕事も続けられるって気が付きました」

「良く寝て、充分休んだら、ストレスも減って、深酒もやらずにすみます。おかげで頭がクリアになりました、いままでがどれだけおかしかったかよくわかった。市の金で飲み食いできるって、結局は自分たちが納めた税金、自分や家族に跳ね返ってくるんです」

別の職員も口を開く。

「健康になると頭もよく働きますよ、あなたのような人を持ち上げて、従っていた自分が恥ずかしい。もっともあなたの言った“不摂生撲滅、心身ともに市民全員を健康にしろ”を実践しただけなのですがね」

ダカジマ新市長候補の言葉にうろたえるアッソベ氏は懇意にしていた社長や商工団体の会長に泣きつく。

「ザンケイ社長、あ、あんなにあなたに便宜を図ったではないか、それにワタヨミ会長も一緒にゴルフをした仲じゃないか」

「アッソベさん、それがイカンということがわかったんだよ。ワシも早寝早起き、肉やら油モノを控えたおかげで、冴えてきた。もう接待とか、そういうことは終わらせるべきなんだよ。自分の会社が甘やかされたらかえって競争力を失うんだ。若いもんに徐々にまかせて、あいつらにいろいろやらせて、力をつけないといけないんだよ」

とザンケイ社長が言えば、ワタヨミ会長も

「そうじゃ、ゴルフなんぞやっとても、外の奴等に後れをとるばっかり。いろいろ勉強すべきなんじゃよ」

「か、会長、な、なんでそんなに」

賢くなったんだーとアッソベ氏が言おうとしたが、ワタヨミ会長が先に答えた。

「儂は腸内細菌治療っていうのかな、健康で理性的な人の腸内細菌を分けてもらったんじゃよ。そのせいか糖尿がよくなっただけじゃない、いろいろよーく考えられるようになったんじゃ。だから、あんたの言おうとしていることもよくわかる」

と愉快そうに笑った。

 慌てふためくアッソベ氏は最後の頼みとスナックのママに

「ヨンコママ、あれだけ、あれだけ店に通った俺をよもや」

と縋りつくが、ママの態度はそっけなかった。

「アッソベさん、もうやめときましょ。私もねえ、夜の部辞めて昼間だけカラオケ喫茶にしたら、よく眠れてお肌つるつる。ダイエットしなくても痩せたわよ。夜更かしが美容に悪いって本当ね、それに人間関係、特に恋愛関係のストレスって案外こたえるのよねー」

とさりげなく不倫関係の清算を匂わすヨンコママ。そこへアッソベ氏の妻が追い打ちをかける。

「そうよねえ、ろくでもない夫を持つと本当にストレスたまるわよねえ。地元だけじゃなくトーキョーの高いクラブで遊び倒すような夫なんて、いくら金があったってお断りよ。あ、離婚の際の慰謝料はちゃんといただきますよ、娘夫婦も私の味方よ」

アッソベ氏、四面楚歌。

「あのう、タクシー代払ってくださいよ」

顔面蒼白のアッソベ氏の後ろでタクシーの運転手が催促する。

 ダカジマ新市長候補は静かな声で答える。

「今回は市が立替えてお支払いしましょう。アッソベ氏の労働義務が二、三日分増えるだけですからな」

「ろ、労働義務って」

震えだすアッソベ氏。

「働いて今まで不正に使った出張代、交際費、私的流用分をお支払いいただくんですよ、健康生活施設に入ってね。半強制的に早寝早起き、野菜たっぷりの栄養管理された食事が与えられます。そのなかで適度な外での作業とパソコン作業で働いてもらうんですよ。もちろん酒、たばこ、葉巻は原則禁止です。アッソベ元市長、あなたも心身ともに健康になれますよ。お利口になって今までの人生をよーく反省していただきます」

にっこりと笑うダカジマ新市長候補。指さす先には目が痛くなるほど白い建物がたっており、窓には鉄格子がはまっている。門の側に“元チクトヨン刑務所、現・健康生活強制収容所”と書かれた看板がかかっていた。


睡眠不足が解消されると頭が冴えて、よくものが考えられるようになるそうです。


どこその国は長時間労働はよいものと誤解していたらしいですが、心身ともにパフォーマンスを落とす上に、肥満を引き起こし、ストレスがたまる負のスパイラルになるだけのようですね。


よく休んで、よく考えれば、いろいろとよくなるかもしれません。



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