ゲーム世界に三年居た俺は家出王女にあだ名で呼ばれました②
「……」
アマノが町中を見渡している。
都会に出てきた田舎娘か。お前は。
まぁ無理もないけど。プログナに比べると、アカムレッド城がある城下町【赤国アカムレッド】は発展に発展を重ねた大都会だ。
まず人の数が違う。人の波ってよく言うけど、まさにそれ。人の波が城下町を流れている。行商人もかなりいるし、店の品ぞろえだってプログナなんて相手にもならない。
冒険者初心者たちは、最初このアカムレッドを拠点にするんだ。
「おい。ぼけっと町を見てないで、さっさと城に行くぞ」
「ぼけっとってなによ!」
「……こんな顔」
「死ね。フグの毒にあたって死ね」
ぼけっとを顔で表した俺にアマノの罵倒。
残念だったな。俺はフグなんてものに一生縁はない!(ドヤ顔)
アカムレッドのメイン通り。町の中心を割るようにある大きな道をまっすぐに進むと、大きな門が見えてくる。人が幾人も往来しているその門をくぐると、アカムレッド城だ。
「そういえば、赤国ってなに?」
「ん?」
「町に入ったときに表示されたじゃない。赤国アカムレッドって」
町やダンジョンに入るとメッセージウィンドウでその場所の名前が出るんだ。アマノが気にしてたのはアカムレッドの、赤国の部分か。
「この世界は【赤国アカムレッド】【白国ホワイトシロン】【黒国クロック】【青国ブルーア】【緑国グリミド】【黄国キエロ】の六つの国で成り立ってんだ。この大陸はアカムレッド地方って言って、赤国アカムレッドの領土だ」
「……そんなに広いの? この世界」
あぁー……確かに姉さんを探してるアマノにとってはあんまり嬉しいことじゃねぇか。広ければそれほど、捜索範囲が広がるからな。
よし! ここは一つ元気づけてやろう!
「まぁ広いっつってもクエストを進めてる以上はあちこち移動してるはずだ。どこかの町でばったりなんてことも――」
「あっ! アカムレッドクレープだって! ちょっと城に行く前に食べましょうよ!」
返せ。俺の優しい心遣いを今すぐ。
アマノは、いわゆる出店のクレープ屋に走って行った。
……この世界。案外、現世界の食べものがあるんだよな。
現世界の存在を食べてる影響だったりするのか?
「ヒロユキ」
「ん?」
「お金払って」
「また俺のおごりかよ!?」
「だって私お金ないもん」
だったら食べるんじゃねぇよ。
確かに金なんかもう使う必要もなくなったから有り余ってるけどさ!
「えっと……アカムレッドクレープとスペシャルアカムレッドクレープとウルトラアカムレッドクレープと……」
「一つにしろよ!?」
ていうかスペシャルとかウルトラとかなにが違うんだ?
ミ☆
「イチゴを溶かして混ぜたクリームなんて……やるわね。あのお店」
うるせぇ。けっきょく三種類制覇しやがって。
その細い体のどこにあれだけ甘い物が入るんだ? つーか、そんなに食ってるのになんで胸は――。
「……なんか今、ものすごくあんたを殴りたい気分なんだけど」
「気のせいだ」
鋭いな。こいつ。
アカムレッドは、現在十二代目の国王【ユーズフル=アカムレッド】が治めている。六つの国の中では一番小さい国だけど、俺的には一番好きな国だ。
俺の名字が赤柳だから、なんか親近感が沸く。
……いや、それだけだけど。
アカムレッド城の中に入ると、メイドと兵士たちの中に、いろんな職業の冒険者がいた。さすがは最初の拠点になる町だ。冒険者たちの数が多い。
「なんかべたな城ね」
「言うな。俺も来る度に思ってたけど」
まさにRPGの城って感じの造り。なんの面白みもない。城に面白さを求めるほうが間違ってるとは思うけど。
「それで? 転職はどこでするの?」
「二階にいる、ボルフィナ神官っていう婆さんが転職の手続きをしてる。でもその前に防具を――」
「二階ね。さっさと行きましょ」
……相変わらず突っ走るよな。
まぁ別に今は突っ走って死ぬようなところじゃないけど。
でも、うーん……あのまま行くとなぁ……あいつにとっては羞恥の、俺にとっては眼福な目に合うんだけど。
まぁいっか。突っ走ったあいつが悪いってことで。
……一応目は逸らしてやるか。
ミ☆
「どの職業に転職しますか?」
「マジックユーザー」
「マジックユーザーですね? それでは、色の証を……」
アマノが色の証を見せると、ボルフィナ神官は頷き、両手を組んだ。
「ではアマノよ。マジックユーザーの気持ちになって祈ってください。この世の全ての命を司る神よ! アマノに新しい人生を歩ませてください!」
いつも思ってたけど、この台詞って某大人気RPGの転職するときの台詞にそっくりなんだよな。
ていうか、マジックユーザーの気持ちってなんやねん。
アマノの体を光が包み込む。ふわっと、風が吹いたかのように服がなびき、いよいよ転職の始まりだ。
……えっと、ここで転職について説明しておこうか?
転職ってのは全く別の職業になる。つまり、今装備してる武器防具はそのまま使用できない場合がほとんどだ。
そういう場合はどうなるか?
もちろん。転職した瞬間に装備は外れる。
なにも装備してない状態を【裸】なんて言ったりするけど。これをリアルでやると、
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
こうなる。
アマノの武器防具は強制解除され、生まれたままの姿になってしまった。
ものすごく見たいが、欲望を押えて目を逸らしてやった。紳士だろ? 俺。
それにしても、なんで下着まで解除されるんだろうな? この世界の神秘だ。
「だから言ったのに」
「い、いいから! な、なんでもいいから服! あと下着も!」
「【特別な趣味の下着】とかでいいか?」
「死ねぇ!? 『お兄ちゃんは私の!』とか言われながら妹に刺されて死ねぇ!? ていうか私が殺す!?」
どんな特殊な死に方だ。
それに【特別な趣味の下着】はそれなりに防御力あるぞ?
「下着なぁ……Aカップ用でいいか?」
「死ねぇ!? Cカップあるわよ!?」
本当かよ。そんなまな板のくせに。
……いや絶対にない。
どうせ見栄はるならもうちょっと上を目指せ。
「つーか、女物の下着とか買いづらいんだけど。恥ずかしいし」
「私の方が恥ずかしいわよぉ!?」
「俺の陰に隠れながら外に出て自分で選べば?」
「……」
あ、やべ。そろそろガチな殺気を発してきた。
かと言って、下着は本気で買いづらい。とりあえず、預け所に投げてあるマジックユーザー用の防具でも取ってきてやるか。
「ちっと待ってろ。襲われないようにボルフィナ神官の後ろに隠れてろよ?」
「早く!? 三十秒以内よ! 遅れたら私が刺してあんたを殺すぅ!」
発狂してるよこいつ。
つーか三十秒以内とか無理だから、俺刺されるの決定?
ミ☆
「えい!」
アマノが詠唱した【ウォタル(水弾)】が獣人をなぎ倒した。
【アマノはLvが上がった】
表示されたメッセージウィンドウを確認して、アマノが息をついた。
アカムレッドの周辺でレベル上げをすること数時間。アマノの現在ステータスはこんな感じ。
【アマノ】 職・マジックユーザー
Lv9
力 1
体力 1
素早さ 1
知力 62
技 30
武器 水晶ロッド 魔法攻撃力 20
防具 マジックローブ 防御力 15
装飾品 魔力の指輪 SP+30
それなりに形にはなってきたな。
アカムレッド周辺のモンスターならそこそこ相手にできる。ウォタルのスキルレベルも少し上がった。
「……【フェルノ】と【エレカミ】ってどんな魔法?」
おそらく、いままでのレベルアップで覚えた新しい魔法だな。マジックユーザーは全部の色魔法を使える。まだ下級と中級だけだけど。上級色魔法は、上級職にならないと使えない。
「フェルノは赤色。まぁ炎だな。エレカミは黄色。雷だ」
「ややこしいわね……」
「まぁしばらくはウォタルだけでいい。序盤の敵は魔法なら属性関係なしに大体ゴリ押しでいける」
中盤からは敵の属性に合わせて魔法を選択しなきゃ駄目だけどな。いくら特性色でも、モンスターの耐性色だったらダメージ全然通らないし。
「……そういえばあんたの特性色ってなんなの? というか、あんたの職業ってなに?」
「ん? 気になるなら『お願いします! 教えてくださ~い』ってちょっと上目づかいで言ってみろ」
「じゃあいい」
「……仕方がない。教えてやる」
すぐに興味を無くされると虚しくなる。
「レベル1000。つまり、最高レベルになったら転職できる【究極職】の【カラフルナイト】だ。全色の魔法に対して耐性が90%あって、全部の職のスキルと、全部の色魔法を下級から上級まで使える。あぁちなみに無色魔法も可。武器防具は大体なんでも装備できる。それから俺の特性色は黄色だ(付け加えるように)」
「……あんた、本当にチートね」
チート言うな。地味に心が痛い。
「頼もしいだろ? なんなら俺を『先輩』とか呼んで尊敬の眼差しで見てもいいぞ」
「そういえばさ。あんた前にもこの世界にいたのに……進めてたクエストはどうなったの?」
ナイススルー。
「……言っただろ。パーティを壊すとクエストがリセットされるって。現世界に戻るとき、パーティをぶっ壊したから。クエストは全部リセットされた」
「そうなの?」
「まぁどっちにしろ。一年ゲーム世界に来てないと、クエストが強制リセットされるらしいけどな」
それで言うと、俺が現世界に戻ってきたのは一年半ぐらい前だ。パーティを壊さなかったとしても、クエストはリセットされてたな。
「だから最初にお前とゲーム世界に来たとき、プログナ草原にいたんだよ。装備も初期状態に戻ってな」
まぁ元々装備してた装備は預け所に行っただけだけど。それ以外も全部そのままだ。つまりは強くてニューゲーム状態。
「じゃああんたはクエストの内容全部知ってるってことよね? けっこう簡単に行きそうじゃないの」
「それは無理だ」
「は?」
アマノの思惑通りにはいかない。このゲーム世界はそんなに甘い仕様じゃないんだよ。
「クエストは冒険者それぞれ、もしくは組んでるパーティによって全部変わる。んでもって、同じクエストは存在しない。だから俺が前にやったクエストも、もはや誰もやることがない過去のクエストってわけだ」
「……なんで?」
「このゲーム世界は、設定とか仕様がゲームと同じってだけで、基本は現世界と同じだ。それはわかるよな?」
普通のゲームは、決められたクエストをクリアしてフラグを立てて、進めていく。
でもゲーム世界はそうはいかない。
なぜなら、ゲーム世界に住む人間も、現世界の人間となにも変わらないからだ。
つまりは意思がある。決められた台詞しか言えないゲームのNPCとは違う。
だからこそ、起こるクエストだって同じわけがないんだ。
例えば何かを退治するクエスト。
誰かがそのクエストをする度に、同じ台詞を言う人間がいて、同じイベントが起こって、同じモンスターが出現するのか? そんなことはあり得ない。
プレイヤー。もしくはパーティ。それによって別々のクエストが存在する。それをクリアしていくことで、最終的には魔王城に辿り着くようになってるんだ。
「……あんた、魔王城に直行して魔王倒せないの?」
「クエスト通りに進まないとストーリーが先に進まない仕様だ。ゲームなら当たり前だけど。まぁ行くだけなら行けなくもないけど、倒してゲームクリアになるかは微妙だな」
ちなみに、過去に何人かはクエストをクリアして魔王城に辿り着いたプレイヤーがいるらしい。
兄貴も含めて……。
全員が返り討ちにあったみたいだけど。
「まぁ、俺なら倒せるけどな」
「……本気でそう思ってる目ね」
「本気だし」
「ちなみに、大体上級者でレベルってどんなもんなの?」
ナイススルー。
泣くぞ。
「……150~200ぐらいだろ。普通は」
「……なるほどね。その五倍もレベルがあれば強気なのも無理はないわね」
やめろ。その憐れみの目で俺を見るな。
廃人を見る目で俺を見るなぁぁぁぁぁぁ!?
……否定はできんが。
ミ☆
アカムレッドに戻ると、そろそろ日が暮れてきた。今日はこれぐらいにして帰ったほうがいいな。
「今日はそろそろ戻るか」
「……帰る前に、もう一個アカムレッドクレープ」
子供か。そんなおねだり目線で見るな。
甘やかすと駄目な子に育つ。俺はきっぱりと拒否した。
「駄目。もう三つ食べただろ?」
「……クラスで私の裸を見たって言いふらしていい?」
「よし。何個でも買ってやる」
そんなこと言ったら、俺は間違いなく男子たちに殺される。
つーか見てないし。見たかったけど目を逸らしてやったし! どうせそれをネタに脅されるなら見てやればよかった! 凝視してやればよかった! 眼福してやればよかった!
嬉しそうにクレープ屋に向かって歩くアマノ。俺はその後ろでゾンビウォーク。
……ていうか、さっきの戦闘で金拾ったんだから自分で買えばいいだろうが。
「きゃあ!?」
「あ?」
アマノがいきなり尻餅をついた。
なにやってんだ? なにもない所で転ぶドジッ子でも演じてるの?
……と思ったら、尻餅を付いているアマノに飛び込む形で、一つの小さな人影。
女の子だ。
あー、前を見ないで走ってたらアマノに正面から突っ込んじゃった感じか。納得納得。
見たところ六~七歳ぐらいか? 赤い髪のツインテールに、なんか豪華なドレスを着てる。こんな服で走ってたらどっちにしろ転ぶぞ。
……ん? なんかこの子、どっかで見たことあるな。
「いたぞ!?」
「連れ戻せ! 逃がすと厄介だぞ!」
明らかにこっちを見て指差してる男たちが五人ほど。
……。
あれ? なにか厄介ごと?
「……」
アマノの胸から顔を上げた女の子。髪と同じ赤い瞳で、俺とアマノの顔を交互に見て、それから、
「助けて!? あの人たち……悪い人たちなの!?」
そう言った。
【クエスト 家出王女と王家の宝 開始】
……おい待て。クエスト開始かよ。いきなりすぎんだろ。
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『おまけショートチャット』
「……あんたさ。さっき……見た?」
「……」
「……見たの?」
「ミテナイヨ」
「嘘つけぇっ!? 死ねっ! 階段から突き落とされて死ねぇ!」
「だからそれ殺人だろうがっ!? ていうかまてまて! ちゃんと俺はこうなることがわかってたから目を逸らしてやった。だから本当に見てない。紳士だろ?」
「どこの世界に全裸の女の子を自分の陰に隠れさせながら下着を買いに行かせようとする紳士がいるのよぉ!?」
「細かく覚えてやがるな。おい」
「ていうか自分で紳士って言うんじゃないわよ!」