ゲーム世界に三年居た俺はボス狩り癖になりました⑩
「学校モード……じゃあこっちが本当の朝比奈さんってことになるの?」
「はい! 学校では真面目で通してるんです。そしたら生徒会長に選ばれちゃって……こっちの私は初めましてですよね。先生」
「……」
無言で、瞳姉が蓮をぎゅっと抱きしめる。なんで?
「……朝比奈さん。いえ、蓮ちゃんはこっちのほうが可愛いわ……いえいえ、もちろんいつもの真面目なのもいいんだけど……とにかく浩之。ナイスよ」
いろいろと、なにが? 誰に言い訳してるの?
いちいち、俺が誰かと知り合う度にナイスって言われてもな……。
まぁとにかく、思った通り、瞳姉なら素の蓮も受け入れてくれると思った。
むしろお気に入りじゃねぇか。
「浴衣着せたいけど……さすがに今からじゃ間に合わないわよね……」
「……また今度ね」
祭りが終わっちまうから。
「浩之様! 私とチョコバナナ食べよう! 順番にパクパクしようよ!」
「それはいろいろと駄目だと思うぞ」
「……浩之様?」
俺のことを様付けしてることに、さっそく瞳姉が食いつく。
「浩之……可愛い女の子に自分を様付けさせるなんて……なかなかやるわね」
「俺がさせてるみたいに言わないでくれる? 蓮が勝手に呼んでるだけだから」
とりあえず、瞳姉に蓮との経緯を説明する必要があるな。
俺が前にゲーム世界に行ってたときに、蓮を助けたこと。
蓮が俺を追いかけて、ゲーム世界に来たこと。今は俺たちとパーティを組んでること。
全部を説明して、瞳姉の反応は……。
「助けた女の子を一目惚れさせるなんて……我が弟ながら、やるわね浩之」
あんまり変わらなかった。
まぁいいや……どうせどうやって説明しても、瞳姉はあんな感じだろうし。
理解してもらおうとしても、無駄な労力を消費するだけだ。
「じゃあ浩之様! 私とシロップジュースシェアしようよ! ストローはもちろん、二本じゃなくて一本で!」
「シロップジュースなら私のをあげますよ!」
「むぐっ!?」
天乃が自分のシロップジュースのストローを蓮の口に押し込む。
強制的に黙らされた蓮は、不満そうに天乃を見る。しっかりと、シロップジュースは飲んでるけど。
「……虎上院さん。私と関節キスしたかったの?」
「違いますよ! ていうかやっぱりそれが目的だったんですね?」
「女の子として当然だと思うよ! 好きな人とキスしたいって思うのは!」
「当然じゃありません。会長が異常なだけです。大体、あんな間抜け顔のどこがいいんですか?」
「全部!」
おいコラ。何気に俺のことをディスるんじゃないよ。
人混みの中で、言い争う天乃と蓮。
人の目を集めるなぁ……他人のフリしとこ。
「浩之……罪な男ね。可愛い女の子二人を自分のことで言い争わせるなんて」
「瞳姉。完全に面白がってるでしょ?」
「なに言ってんのよ。自分の弟がモテモテなのが嬉しいだけじゃないのよ。ついでにちょっとニヤニヤしてるだけよ」
それが面白がってるって言うんだよ。
はぁ……こういうとき、年長者として止めてほしいんだけど。瞳姉が止めに入れば、あの二人はすぐにやめると思うから。
天乃と蓮の言い争いが終わるまでの間、周りに目を向けてると……。
「いいですねぇ! 初めての金魚すくいに戸惑いながらも、研ぎ澄まされた感覚で金魚たちを一網打尽にするその姿! 最高ですよ! 絶対攻略したいキャラです!」
なんかでかい……聞き慣れすぎた声が聞こえてきた。
忘れてた……そろそろ、ラナを助けてやらないとな……。
あの欲望にまみれた猛獣から。
近くにあった金魚すくいの屋台に行ってみると、金魚すくいをしてるラナをスマホで連写する晃の姿があった。
「……なかなかに難しい動きをする魚だな。破れやすい紙のような網で獲るのは修行になりそうだ」
「その台詞もいいです! さすが剣士! 金魚すくいで修行を連想するなんて最高すぎて発狂しそうですよ!」
すでにしてるだろうが。
周りの人達が完全に引いてる。あいつ……童顔で見た目がそこそこのイケメンじゃなかったら、完全にアウトだぞ。
「金魚になりたい! 金魚になってラナさんにすくわれ「おいコラ」
発狂して叫んでる晃の頭をはたく。
スマホを落としそうになりながら、晃が振り返る。この際、落としちまえばよかったのにな。
「あ。浩之」
「ラナをそろそろ解放しろ。そもそも、ラナは俺たちと祭りに来たんだぞ。お前の撮影会のためじゃない」
「ごめんごめん。つい興奮しちゃってさ。ラナさんの剣士姿を思い浮かべながら、浴衣姿と重ねるとついつい……」
なんかこいつ。怖くなってきた。我が友達ながらに。
「ラナ。そいつなんか放っておいて、私たちと一緒に行きましょ」
「ん? そうか。なかなかに面白い奴だったがな」
「アッキー。面白いもんねー」
……安心しろ晃。引かれてはいない。
それなりに面白がられてるぞ。好印象だ。
天乃以外。
ラナの手には、かなりの数の金魚が入った袋があった。
これは……無双状態だったな。店泣かせのお客だ。
「すごいですね。このお魚はどうやって食べるのが美味しいのでしょうか?」
「小さいからな。焼いてもあんまり食べごたえはなさそうだ」
「油で揚げてご飯と一緒に食べたら美味しいんじゃないかなー?」
………ん?
ゲーム世界組はなんの話をしてるんですか?
まさか……獲った金魚を食べようとしてる?
「……金魚は食べられないぞ?」
「「「え……?」」」
そんなこの世の終わりみたいな顔をしなくても……。
いや。食用の金魚も居るって話を聞いたこともあるけど。食べようと思えば食べられなくもないらしいけど……それなりの覚悟が必要だと思う。
「魚なのに……食べられないのか?」
「それでは……何のためにお魚を獲るお店なのでしょうか……?」
「美味しそうなのにー……」
魚=食べ物って認識かい。
ゲーム世界では、魚を飼うってことがあんまりないんだろうけどさ。魚型のモンスターも居るし。
「……美味しそうかどうかはともかく、祭りの金魚は食べない方がいいぞ」
「ではどうするか……かなり獲ってしまったが……」
確かに、これだけの数を我が家で買うのは無理だな。
水槽なんかないし。金魚って意外と世話が面倒なんだよな。
放っておいても成長するぜ! とか言ってる奴もたまに居るけど。それは環境が悪くても放置してるだけだ。
「じゃあ学校で引き取るよ。金魚を飼育してる池があるから。そこで飼ってもらうから」
「そうね。広いから、これだけの数でも大丈夫だと思うわ」
蓮の提案に、瞳姉も乗った。
それが無難か。学校には飼育委員があるから、ちゃんと世話もしてくれるだろうし。
金魚たちもそのほうが幸せだろう。
それにしても……ようやく、全員が合流できたな。
祭りはこれからが本番だし。ラナも晃に振り回されただけで、あんまり祭りを見てないだろ。
「中央広場で出し物やってるみたいだから、行ってみるか」
「中央広場で祭り限定クレープが売ってるから、よろしくね」
よろしくねってなに? 買ってくれってこと?
当たり前のように、俺にクレープを買わせるんじゃないよ。
「なんで俺が買わないといけないんだよ?」
「あんた。自分がなんの為に来てるかわかってるの?」
「俺を財布だって言いたいのか!?」
やめて! 人を財布扱いするのはやめて!! 男としてもうなんか威厳がなくなるから!!!
「ユッキー。私も食べたいー」
「もちろん。サニーの分も買わせるわよ。ていうか、ここに居る全員分ね」
俺の人権は? 俺の人としての権利はないんですか? 財布としての利用権利しかないんですか?
「大人気ね。浩之」
「財布扱いが人気だって言うなら、俺は人気なんていらない」
「男として最高の名誉だよ? 女の子たちに奢れるなんて」
「じゃあお前が奢れ」
「ラナさんと遊びすぎちゃったから無理だね」
けっきょく、中央広場で俺は全員分のクレープを買わされた。
ミ☆
中央広場での踊りの出し物を見物してから、祭りをもう一周。
いろんな店で食べたり遊んだりすること数時間。
時間はもう、夜の九時を回ってた。
夢中になって遊びすぎたな……そろそろ、学生としてはあんまり遊んじゃいけない時間になってきた。
「そろそろ帰りましょうか。教師として、あんまり遅い時間まで遊ばせるわけにはいかないしね」
「教師として、自分の生徒に浴衣着せるのはOKなの?」
「なぁにぃ?」
「なんでもないです」
拳鳴らさないで。めっちゃ怖いから。
「最近、この辺りで通り魔が出るって噂もあるからね。帰りはちゃんと私が護衛するから」
「最強の護衛だね。通り魔の方が可哀想になるよ」
「あはは。褒め言葉として受け取っておくわ」
痛い痛い。頭グリグリしないで。
「最後にもう一回知り合いのお店に顔出してくるから、ちょっと待っててね」
瞳姉が一度離脱。
俺たちはその間、近くの休憩所で待つことにした。
さすがに、人が少し減ってきたかな? それでもまだかなりの数だけど。
子供連れの親子なんかはもう見当たらない。時間的に、当たり前か。
そして、瞳姉を待ってるその間も俺は……。
「お祭り限定クレープ……来年もあるかしらね」
「また食べに来ようねー」
クレープを奢らされてるわけなんだが……。
「ヒロユキさん。私の分までよろしいのですか?」
「カンナさん。気にしないで。俺も男だ」
「でも……今日はヒロユキさんにいろいろと買っていただいてるので……」
「むしろドンと来いって感じみたいですよ」
天乃。勝手なことを言うんじゃない。
いやまぁ……カンナさんに奢るならドンと来いってのは間違いじゃないけどさ。
「浩之。最後にみんなで写真撮ろうか?」
「そうだな。瞳姉が戻ってきたら……って、ん?」
なんか……通りが騒がしいな。
……悲鳴? なんか悲鳴が聞こえるぞ。
「……なにかしら?」
「さぁな」
酔っ払いが暴れてるのか?
だったら瞳姉に成敗してもらうけど。
………………?
通りの向こうから、走ってくる一人の男が居た。
血走った目で、周りの人には目もくれず。
俺たちのほうに向かってくる。
その手には………。
「天乃っ!?」
ナイフが握られていた。
「え?」
天乃に向かって、ナイフを構えたまま突っ込んでくる。
俺はとっさに、天乃の前に出た。
「ヒロユキ!!!」
ラナの叫び声。
浴衣のせいで、ラナは一歩、動き出すのが遅れたみたいだ。
「浩之!!??」
そして次に天乃の叫び声。
それを最後に……。
胸にナイフが突き当てられた衝撃で、俺の体は吹っ飛んだ。
ミ☆
「浩之……ねぇちょっと! 起きなさいよ!」
仰向けに倒れた俺を、助け起こす天乃。
泣きそうな顔をしてる。
「ユッキー!」
「ヒロユキ! くそ……私がもっと早く動いていれば……」
天乃の後ろでサニーが、同じく泣きそうな顔で見てる。
ラナは俺が吹っ飛ばされた後に、ナイフの男を一撃で倒したみたいだな。男が地面に倒れてるのが見える。晃がしっかりと、男のナイフを確保。これであの男は無力だ。
「浩之様!!! 嫌だぁ!!!」
蓮が俺の手を握ってくる。
泣きそうな……いや、すでに泣いてるな。
「ちょっと……嘘でしょ? あんた……私を庇って……」
まぁ確かに形的にはそうなったけどさ……。
別に勝手に体が動いたことだから気にするな。
「だから言ったじゃないの……あんた……いつか死ぬわよって……」
そういえばそんなこと言われたな。
天乃とサニーが誘拐されて……誘拐犯にボコボコにされたときだっけか?
あはは……マジでこんな状況になるとは思わなかった。
死ぬ……か……。
ゲーム世界では最強でも、こっちの世界では雑魚だからな。
ナイフ一本で……死んじまうんだな…………。
「わ、私! ヒトミさんを呼んできます!」
カンナさんが慣れない浴衣で必死に走って、瞳姉を呼びに行った。
瞳姉が来たところで……もう手遅れだな……。
晃が救急車を呼んでるみたいだけど、それも意味がなくなるな……。
「浩之様ぁ……浩之様が死ぬなら……私も死ぬよぉ……」
やめてくれ。もったいない。
蓮みたいな美人が死んだら……日本という国にとって損害がでかい。
間抜け顔の俺と違ってな……。
「……ちょっと。なんとか言いなさいよ。勝手に私を庇って……そのまま死ぬつもり……?」
天乃……泣いてるのか……?
天乃が泣いてるのは、誘拐されたとき以来だな。
あのときは……天乃が泣いてるのが嫌で……体が動いちまったんだっけか……。
なのに……俺が泣かせてたら世話無いな……。
天乃の涙を見ながら死ねるなら……悪くないか……。
「なんとか言いなさいって言ってるでしょ!!! なんで私なんか庇ったのよ!!! そのせいであんたが死んじゃったら……私は……私は!!!」
前も同じようなこと言われたんだよな。
私なんかのために、傷だらけになってなんで戦ったの。それであんたが死んじゃったらどうするの。なんで私なんか守ろうとしたの。って。
そんなに前のことじゃないのに……すっげぇ懐かしく思える……。
…………………なんとか言え、か……。
そうだな…………………最期になにか言い残すとすれば…………。
「天乃がチューしてくれたら思い残すことはないな」
「……は?」
天乃の涙が、一瞬で引っ込んだ。
……あれ? 今の空気ならいけると思ったんだけど……。
はぁ? みたいな顔された。
「……………なんかあんた、全然大丈夫そうじゃない?」
ギク。
「浩之様……? そういえば、顔色そんなに悪くないね」
ギクギク。
「あれ? 血があんまり出てないよー?」
ギクギクギクギク。
「………ヒロユキ。傷口を見せてみろ」
あ。ちょっと待ってラナ……そんな強引に……。
らめぇぇぇぇぇぇぇ!?
シャツを無理やり脱がされて、ラナが俺の傷を確認する。
俺の傷は……ナイフの刃先が、ちょっとだけ刺さった程度だった。
「…………………………………」
天乃がめっちゃくちゃに睨んできた。
俺を抱きかかえる手に、力が込められていくのがわかる。
やばい。
すっっっげぇ怒ってる。
「ま、まてまて……怪我をしたことには変わりない……ほら見て? この傷。血が出てるよ?」
「…………………………」
ほっぺをめっちゃ強くつねられた。
この程度の制裁で済んだのは、天乃を庇った結果だったからでしょうか?
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『おまけショートチャット』
(瞳を呼んできたカンナの道中)
「私の可愛い弟を………八つ裂きにしてやるわ!!!」
「ヒトミさん……あのその……少し怖いです……」




