ゲーム世界に三年居た俺は美少女に罵倒されました⑦
「……ん?」
俺が目を覚ますと、なぜか車の後部座席にいた。
ていうか、すでに制服に着替えている。まさか登校中?
……なんだこれ? 俺は昨日、ゲーム世界から帰ってきたら深夜だったからそのままぐったりと寝たはずだ。
「あら~起きた?」
優しい声。でも地獄の底から囁くような恐ろしい声に聞こえる。
瞳姉が……運転席から笑顔で俺に振り返った。
うん。あれは絶対に怒ってる笑顔だ。
「……俺、なんで車に乗ってるの?」
「またサボらないように拉致したの」
拉致とか、普通に教師が使っていい言葉じゃないから。
ていうか、瞳姉が着替えさせたの? 俺、もうお婿に行けない……。
「……瞳姉、怒ってる?」
「怒ってないわよ~。昨日、深夜に帰宅したあげく、私が頼んだドラマの録画もしてなかったからってね~」
わ、忘れてた……。
瞳姉。確かに怒ってない。
めちゃくちゃに怒っている。
「すいませんでしたぁ!」
車の後部座席で、俺は土下座した。
殺られる。俺は素直にそう思った。
「……まぁいいけど。虎上院さんからあんまり怒らないでくれって言われてるし」
「……は?」
思いがけない奴の名前が出てきた。虎上院がなんだって?
「あんたが帰ってきた後に、虎上院さんから電話があったの。こんな時間に帰ってきたのは私のせいだから、あんまり怒らないであげてくださいって」
「……」
あいつが?
あの人の顔を見れば罵倒する真魔王が?
死ねって言ったあげく、死に方まで指示してくる奴が?
うるさいっていちいち言わないと人と会話できない、あの虎上院が?
「……で? あんな深夜まで虎上院さんとなにしてたの? まさか……大人の一線を越えてあんなことやこんなことを……」
「瞳姉。おっさんみたいなこと言わないで。全然ちげぇから」
ゲーム世界でのことを話そうとも思ったが、今はやめておいた。虎上院がコントローラーを持ってると言いふらすのもどうかと思ったからだ。
「……」
それにしても……あいつが俺に気を使うなんて。
逆に怖いな。おい。
ミ☆
「あれ? 浩之が朝からいるなんて珍しいね」
「瞳姉に拉致された」
「……そういうプレイ?」
「ちげぇから」
からかってくる晃をあしらい、俺は席にどっかりと座った。
隣の席を見る。虎上院はまだ来てないみたいだ。
……ていうか来れるのか? 俺が見た感じ、けっこうな怪我だったぞ。宿屋に泊って行けって言ったのに、そのまま帰りやがって。
ゲーム世界でのダメージは現世界に戻っても消えることはないんだ。
まぁ宿屋で寝れば、死なない限り、怪我は全快するけどな。そういう仕様だ。ゲームのお約束だ。
そうじゃないと、現世界で回復するのにそれなりに時間がかかる。普通の怪我と同じだからな。
……あいつ、またゲーム世界に行くのかな?
「虎上院さんの座ってた椅子を舐めたいって?」
「晃。二回目はもういいぞ」
ツッコむのも面倒だ。
しばらくしてチャイムが鳴り、瞳姉が教室に入ってきてホームルームが始まった。
虎上院は……。
休みだった。
ミ☆
「浩之。僕、ちょっと一回家に戻るから。いつものカラオケ屋に集合ね」
「あぁ」
晃が一足先に教室を出て行く。放課後、昨日の約束通り、俺たちはカラオケに繰り出すことにした。
正直言うと、虎上院のことが少し気になってたけど、晃の好意を無下にもできない。
鞄片手に俺も教室を出ようとしたとき、スマホが振動した。
メールだ。
差出人は不明。アドレスが表示されてるだけ。
……俺の電話帳に登録されてないってことだよな? 誰だよ。一体。
気になって、俺はメールを開いた。迷惑メールじゃないだろうな。
「……」
内容はこうだ。
『話があります。これから体育館裏に来て。 虎上院天乃』
……虎上院?
いやまて。なんであいつが俺のアドレス知ってんだ? 教えてねぇぞ。
……瞳姉か。それしか考えられない。
「いや、それよりもまて」
え? 体育館裏? 話がある?
これ……あのフラグ? あの恋愛漫画ではお約束のフラグ?
「告白フラグですかぁ!?」
思わず叫んでしまった。クラスメイトが少し冷やかな目で俺を見てくる。
……まさか、な。あの虎上院が俺に告白なんて……ははは。ないない。
ていうか悪戯じゃないだろうな?
これで体育館裏に行って「ドッキリ大成功!」とか、俺は死にたくなるぞ。
……行かないべきか?
でももし本当だったら……。
「……」
トイレの鏡で自分の顔をチェックしてから。俺は体育館裏へと向かった。
ドッキリだったら、俺はその仕掛け人たちを殺る。それを決意して。
ミ☆
挙動不審。その言葉がぴったりな今の俺。
体育館裏に行く前に、周りを確認。よし、誰もいない。
誰にも見つからないように、俺は素早く体育館裏に移動した。
「……」
虎上院はそこにいた。間違いなく、虎上院だ。
……ドッキリじゃないみたいだな。虎上院がグルの可能性も考えたが、ないな。虎上院はそんなことに協力するタイプじゃない。
だとしたら本当に? 本当にあのフラグか?
やべぇ。心臓がバクバクと爆発しそうだ。べたな表現だけど、実際にそうなるとこの表現がぴったりだ。うおぉ……なんか苦しい。
俺に気が付いて、虎上院が振り返った。
腕には包帯。頬には湿布。昨日の怪我が痛々しい。
「……大丈夫かよ? だから宿屋に泊まれって言ったのに」
俺はいつもと変わらない雰囲気を出して、冷静を装った。
後ろで顔がニヤけないように尻をおもいっきりつねってるが。
「……余計なお世話」
相変わらずですよ。この女は。
まぁ、元気そうだからいいか。
「んで? 話ってなんだ?」
口を動かす間も、俺は必死だった。
気を抜けば絶対にニヤける。情けないほどに。
尻をつねる手に力を込める。
ぐぬぬ……頑張れ俺の顔! ニヤけるな! ニヤけたら雰囲気台無しだぞ!
当の虎上院は俺と目を合わせようとしない。顔は少し赤いように見える。
……俺の妄想でなければ、だけど。
「……いきなりこんなこと言うのもあれなんだけど」
……キタ!
これ完全にフラグだろ! 完全に恋する乙女の顔だろ! 俺の妄想じゃないだろ!
でもいいのか? 虎上院は俺を散々罵倒してきた女だぞ? 顔は良いけど性格最悪だぞ? 付き合ったら苦労するかもしれないぞ? いままで以上に罵倒されるかもしれないぞ?
「でもやっぱり……あんたしかいないと思って」
よし。ドンと来い。
顔が良ければいいや。なんて最低なことを言うつもりはない。が……虎上院が美少女なのは確かだ。こんな美少女に告られたってだけで俺は時の人になる!(大げさか?)
もう俺は全てを受け入れる。拒まない。さぁ! 遠慮なく言え!
「わ、私と……」
く、くる……あの台詞がくる!? 俺はもう準備OKだぜ! いつでもこい!
さぁ……さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁ!!!
「私とパーティを組んで!」
……。
……はい?
「……今なんつった?」
「だから……私とパーティ組んで!」
予想を遥かに外れた虎上院の言葉。俺は体の力ががっくりと抜けた。
パーティ? 俺と?
「それってゲーム世界での話か?」
「それ以外になにがあるのよ」
うん。まぁそうなんだけど。ちょっと混乱してるんだよ。
話ってそれかよ。つーか、なんで俺? 俺の経緯は説明したはずだぞ。それを知ったうえで、俺をゲーム世界に誘ってるのか?
「なんで俺なんだよ?」
「……わかってる。あんたはあっちの世界でお兄さんを失った。もう関わりたくないっていうのもよくわかる。でも……私はお姉ちゃんが生きてるって信じたい」
……あぁ。
俺もそうだったよ。
ずっと兄貴が生きてるって信じてた。
でも、それは最後の最後で裏切られた。
虎上院の目は……。
昔の俺と同じ目だった。
諦めていない目。
「でも……私一人だと、お姉ちゃんを探すどころか……クエストもろくにクリアできない」
だろうな。それは昨日の虎上院を見てればわかる。
自分自身でもそう悟ったんだろう。自分はゲームに向いていないと。
「だからお願い。一緒にゲームを進めて! お姉ちゃんを……一緒に探して!」
「……」
なんだよ。素直にお願いできるんじゃねぇか。
全く……反則だ。
そんな目で「お願い」なんて言うのは。
――昔の自分を見てるみたいで。
断れないじゃねぇかよ。
「……条件がある」
「条件?」
「俺の言うことちゃんと聞け。OK?」
また怪我でもされたら俺が困る。
そう思った俺の優しさだってのに。虎上院はなぜかどこか不満げな顔をしてる。なんでやねん。
「……言うことを聞かせて、私になにをするつもり?」
「……お前、俺のこと変態だと思ってるだろ?」
「うん」
即答しやがった。
悔しいからちょっとからかってやる。
「そうだなぁ~。俺はこんな危険なことに手を貸すんだからなぁ。ゲームのこと以外で、一つぐらい言うこと聞いてもらってもいいよなぁ」
「……はぁ?」
「ほっぺにキスしろ」
「なっ!?」
虎上院の顔がみるみる赤く染まる。
あはは。キスの単語であんなに赤くなるなんて、なかなかに憂い奴憂い奴。
もちろん冗談だ。ただ、どこか上から目線の虎上院に対して、少し抵抗してみたくなっただけで……って、ん?
「……」
虎上院が赤く染めた顔を下に向けたまま、俺に近づいてきた。そして意を決したように顔を上げた。そして、
――ちゅっ。
俺のほっぺにチュー。
……。
なにやってんのこの子?
「なにやってんだぁぁぁぁぁ!? おまえはぁぁぁぁぁぁ!?」
「あ、あんたがしろって言ったんでしょ!?」
すいません。そうでした。
じゃなくて! 俺は冗談で言ったんだよ! 本当にする奴がいるかぁ! 若い娘さんはもうちょっと自分を大事にしなさい!
……ご馳走様です。
最低か。俺。
「……ま、満足した?」
「は、はい」
なぜか敬語で返事をする俺。しかも裏返った声で。
明らかに動揺してて格好悪い……。
虎上院はさっきよりも顔を赤くし、もじもじと恥ずかしそうに指を擦り合わせている。
……。
……うん。とりあえずね。
可愛いじゃねぇかよぉぉぉぉぉちくしょぉぉぉぉぉぉ!?
……押し倒したい。×××したい。もう虎上院の――自主規制――したい。
俺が負の感情と戦っていると、虎上院が手を差し出してきた。
……これは襲ってくださいってこと?(んなわけねぇが)
「これで……パーティ組んでくれるんでしょ?」
「……」
事故とはいえ、ここまでさせておいて今さら組みませんなんて言ったら殺されるな。
うん。比喩じゃなくてリアルに。
……仕方ねぇな。
本当はもうゲーム世界になんて行きたくなかったけど。
こいつ、危なっかしいもん。
昔の俺みたいで。
ちょっとだけ面倒見てやるか。
「じゃあこれからは普通に話しかけていいか?」
「特別に許可してあげる」
「……どーも」
特別にって何様だよ。
お互いの手を握り合い、俺たちはパーティを組んだ。
その時の虎上院は嬉しそうに笑っていた。
「よろしく。浩之」
初めて名前呼ばれた。ちょっとびっくり。
「……こっちこそ。天乃」
俺も思い切って名前で呼んでみた。
また嫌な顔をされるかと思ったが、天乃は表情を変えることなく、笑顔のままだった。
……笑ってる顔は初めて見たな。
笑えるんだな。
笑ってるほうが可愛いじゃねぇか。
「……」
あれ? 俺……なにか忘れてる気がする。
なんだっけ?
ミ☆
「……浩之。遅いな」
晃はその後、浩之が来るまで一時間、カラオケ屋の前で待ち続けた。
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『おまけショートチャット』
「……(キョロキョロ)」
「……なに周り見てんのよ?」
「いや。ドッキリ大成功。とか看板が出てこないかなと思って」
「はぁ?」
「告白は嘘でした~。とか、看板と一緒にカメラが出てくるかなと……」
「告白……? え? カメラ? さっきの撮ってるのっ!? 出てこい! 私がこの手で殺るわ!」
「ごめんなさい。そんなものはありませんでした。だからその金属バットしまってください」
※さっきの⇒ほっぺにちゅー。