ゲーム世界に三年居た俺は美少女に罵倒されました⑥
『グギャァァァァ!』
ブルードラゴンが洞窟全体に響く咆哮を放った。
うるせぇな。叫ぶんじゃねぇよ。このトカゲ。
試練ってのは自分の特性魔法を学ぶこと。つまり、さっき覚えた魔法を使いながら戦い、ボスを倒せばクリアってことだ。
最初のボス戦。それなりのレベルに装備なら、苦戦なんてしないはずだ。
……でも、無理だな。アマノじゃ倒せない。
レベル上げもそんなにしてない。装備は初期のまま。おまけに手持ちアイテムもほとんどないし、アマノ自身の疲労だって限界のはずだ。
この試練の竜は、別にパーティを組んで倒してもいい。間違いなく、その方が楽で確実だ。アマノにそんな知識はないだろうけど。他人を全く信用してないし。
「う……」
さすがにアマノが怯んだ。
今まで相手にしてきたモンスターとは比べものにならないぐらい、でかい。それだけでも、脅威を感じるには充分だった。
「おい……」
「あんたは手を出さないで!」
……相変わらずかよ。
おそらくは、アマノにさっき覚えた色魔法を使おうなんて考えはないだろうな。使い方も知らないだろうし。だとしたら、たぶんやることは一つ。
「えぇい!」
アマノはブルードラゴンに突っ込んでいった。
やっぱりな。正面から行きやがった。スモールソードを振り上げて。
……無理だな。スモールソードの攻撃力じゃ、ドラゴンの防御力に力負けする。いくら力に全振りしてたアマノでも、武器のスペックが追いつかない。
「きゃあ!?」
ブルードラゴンの鱗に弾かれ、アマノは尻餅をついた。
苦痛に顔を歪めるアマノに、ブルードラゴンの追撃。尻尾をハンマーみたいに振り下ろしてきた。
「あうっ!?」
ぎりぎりで尻尾を回避し、アマノは走って距離を取った。壁を背に、呼吸を整える。
うーん。逃げるだけで精いっぱいだろうな。もう体力なんて残ってないだろうし。あの装備じゃ一撃食らうだけで瀕死だ。
「きゃあ!?」
ブルードラゴンが口から水圧息を吐き出した。ほとんど衝撃で吹き飛ばされる感じで、アマノがぎりぎりで回避する。
「はぁ……はぁ……」
それでもアマノは向かって行くことをやめない。
勝てないことは目に見えてるのに。
諦めないで向かって行く。
……。
「あぐ!?」
ブルードラゴンの尻尾に、スモールソードが弾かれた。丸腰になったアマノは後ずさる。武器が無くなったことで、さすがに表情に絶望の色が見えてきた。ブルードラゴンは全然攻撃の手を休める気がない。モンスターだから当たり前だけど。
やられるな。あれは。
……ったく。
また余計なことするなって罵倒されるだろうが。
仕方ねぇ。助けてやるか。
大口を開けて、突進。勢いのままアマノを噛み砕こうとしていたブルードラゴン。俺はその間に割って入り、
「邪魔」
鼻先にデコピンを一発。
『――!?』
メコッ! とブルードラゴンの鼻が衝撃でへこんだ。地面を抉りながら、巨体がボールみたいに吹っ飛んでいく。
壁に激突したブルードラゴンは、舌をぐったりと出し、そのまま動くことはなかった。
【試練の竜・青色 ブルードラゴンを倒した】
「……え?」
アマノが純粋に驚いた顔で俺を見ていた。ぽかーんって効果音が目に見えるみたいだ。
あはは、こんな顔初めてみた。ちょっとだけ愉快。
「一人でクリアしようとするな。いや、一人でやるのはいいけど、ある程度レベル上げてからにしろ。お前がこの世界で死んだら……お前の姉さんが悲しむぞ」
「……あ、あんた……なんなの?」
こいつ、ブルードラゴンを前にしたときより、恐怖感全開で俺のこと見てるじゃねぇか。
……このまま今までの仕返しに色々とやっちまうのも――自主規制――まぁいいか。ネタばれしてやるか。
「別におかしいことじゃねぇ。レベルMAXのキャラクターデータで、一番最初のボスを相手にしたら……どんだけ手加減しても一撃。当たり前だろ?」
俺はステータスと装備画面の表示をオンにした。
アマノは知らないだろうけど、ステータスと装備画面は他の奴に非表示にできる。それを解除した。
【ヒロユキ】 職・カラフルナイト
Lv1000
力 1110
体力 1110
素早さ 1110
知力 1110
技 1110
武器 魔剣エクスキューショナー 攻撃力15000
防具 無色の宝衣 防御力12000
装飾品 限界突破の腕輪 ステータスオール+100
俺のステータスと装備を確認して、この世界に関して知識のないアマノでさえ、普通でないことを察したらしい。
「……チート?」
おいコラ。なんでその言葉は知ってるんだよ。チート言うな。
ミ☆
「……」
村長の家で【色の証】をもらった後も、アマノはどこか納得がいかなそうな顔をしていた。そしてときより俺を睨む。
「なんだよ?」
「……あんた、やけに詳しいと思ってたけど……もしかして……」
アマノが言いたいことはわかる。まぁ別に今さら隠すつもりもない。
「……あぁ。俺は前に一度、この世界で冒険してたことがある」
「やっぱり……」
だからぶっちゃけ。この村に来たのも初めてじゃない。何回も来てる。
クエストの過程で来なきゃいけないからな。
「四年前、中学一年生になってすぐ、俺はこの世界に来た。まぁ……兄貴にくっ付いて来ただけだけどな」
「……どういうこと?」
四年前。俺の兄貴はゲームに参加するために、コントローラーでゲーム世界に来た。
そのとき俺は、こっそりと兄貴の半径五メートル以内に入り……ゲーム世界に無理やり来たんだ。
理由はゲームをやりたかったから。
VRゲーム気分で。
もちろん、兄貴は俺をすぐに追い返そうとした。それでも俺は譲らなかった。
諦めた兄貴は、とりあえず、最初のクエストだけって約束で、俺を連れて色の儀を受けた。
「でも……その後に事件が起こった」
色の儀が終わって、プログナに戻ってきた俺たちは……他のプレイヤーがやっていたクエストに巻き込まれた。
プログナの村がモンスターに襲われ、そのモンスターを撃退するクエストだ。プログナは冒険を始めたばかりのプレイヤーが立ち寄る村だ。村人と初心者プレイヤーを避難させるために、転移魔法が展開された。
その転移魔法で……俺と兄貴は別々の場所に送られてしまった。
「言っただろ? コントローラーで数人が一緒にゲーム世界に送られた場合、同じコントローラーでしか、現世界に戻れない。つまり、俺は自力で現世界に戻れない状況になっちまったわけだ」
俺は必死にレベルを上げて、クエストをこなして、プログナまで戻った。
でも……兄貴はいなかった。
俺を探すために戻ってきてると思ったんだ。でも……いなかった。
俺にできることは、ゲームを進めることだけだった。その過程で兄貴を見つける。それしか、俺が現世界に戻る方法はなかった。
無我夢中で、クエストを進めた。
さっきのアマノみたいに。
何度も死にそうになった。
それでもやめなかった。
生き残るために。
「結果、俺は三年間……現世界に戻ることなく、こっちでゲームをしてた。クエスト自体は二年ぐらいで終盤まで進んだ。でも俺はその後にレベルを上げて、スキルを鍛えて、装備を造りながら……この世界を巡って兄貴を探してた。そしたら……レベルがMAXになってたよ」
この世界での最高レベルは1000。
兄貴を探しながらずっとレベルを上げてた俺は……レベルが最高になっていた。
……正直、上げすぎた。
武器は、裏ダンジョンの最深部にいた魔人を倒して手に入れた【魔剣エクスキューショナー】。防具は、全ての色魔法を最高レベルまで鍛えて、さっきの色洞窟に行くと出てくる色魔法の大精霊を倒して手に入れた【無色の宝衣】。装飾品は、どの職でもいいからレベルを最高まで上げると特典でもらえる【限界突破の腕輪】。
……うん。自分で言いたくないが、はっきり言ってチートレベルのステータスと装備だ。
「……それで、お兄さんは?」
「……どこを探してもいなかった。それで俺は最後の望みで、ラストダンジョンの魔王城に行った。兄貴もここに辿り着いてる。それを信じてな」
でも、そこで俺が見たのは……最悪の光景だった。
魔王との対決が目前に迫った最深部。玉座の間で――。
「ボロボロで息絶えてる。兄貴を見つけた」
「!?」
それで俺はゲームをやめた。
もうやる意味もなくなったからだ。
ゲームのクリアなんてどうでもよくなった。
兄貴は、この世界のせいで死んだんだ。
俺は兄貴のコントローラーで現世界に戻った。
三年間、ゲーム世界にいた俺は……現世界に戻ると中学三年生の三学期になっていた。
だから俺には中学時代が存在しない。
リアル生活時間を浸食するほどゲームにのめり込むことが廃人の定義だけど、それで言うと俺は……廃人の中の廃人だ。なにせ、三年間もゲームで無駄にしたんだ。
元々俺には兄貴しか家族がいなかった。両親はずっと前に事故で亡くしてる。現世界に戻ってから、親戚でよく世話を見てもらってた瞳姉に引き取られて、晃の協力もあって必死に中学時代の勉強を頭に叩き込んで、高校に入った。
でも……正直、なにもやる気がしない。
離れないんだ。頭から。
俺の腕の中で冷たくなってる兄貴のことが。
「……まぁ、お前が姉さんを探すことは止めねぇよ。生きてるといいな。姉さん」
「……」
アマノはなにも答えなかった。
それから俺たちは一言も会話することなく、現世界へと帰還した。
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『おまけショートチャット』
「……なんでデコピンだったのよ?」
「俺つえぇ感を出すのに、定番の攻撃じゃん」
「知らないわよ」
「しっぺの方がよかったか?」
「どっちでもいい」
「お前から聞いたくせに……」