ゲーム世界に三年居た俺は水着イベントフラグが立ちました①
「……朝みたいだな」
現世界に戻ってくると、時間は朝の七時を過ぎた頃だった。クロックの肌寒い気候から……一気に夏らしい暑さに戻ると、体が慣れないな。ゲーム世界から戻ってきたときのこの感覚は、昔の俺には感じえなかったことだ。なにせ、三年間ゲーム世界に行ったきりだったからな。
「ヒロユキ。カンナさんは、とりあえず私の部屋で休ませるぞ」
「ああ。あと、服を着させてあげてくれるか? 瞳姉に言えば、適当に貸してくれると思うから」
「わかった」
カンナさんを抱えて、自分の部屋に戻って行くラナ。
俺たちが現世界に戻ってきたとき、一緒にカンナさんも連れてきたんだ。
そうだ。今回は……連れてきたんだ。俺たちが戻れば、カンナさんも一緒に現世界に来れると考えて。
それと言うのも、色の雫でだいぶ回復したカンナさんだけど、まだカラーチェンジの後遺症が残っているみたいで、目を覚まさない。現世界に来れば、もしかしたら……カラーチェンジの魔力が一気に抜けるんじゃないかと思った。こっちの世界に、魔力なんてないからな。元々ない物は存在できないはずだ。カンナさんの体に残ったカラーチェンジの魔力だって同じことだ。
まぁ、確信はできないんだけどさ。様子を見る価値はある。だから、今回はあえて、カンナさんを現世界に連れてきたんだ。
いまだに、ゲーム世界の人間が現世界に来るための条件はわからないけどな……コントローラーの効果が働いたわけではないことは、サニーのとき確認済み。そして今回のことで、パーティメンバーに限定されるわけでもないことがわかった。カンナさんは俺たちのパーティに加入してない。
今回は、ラナがカンナさんを抱きかかえることで、一緒に連れてこられた……と、俺は思ってる。現世界に戻る人間に触れていれば、一緒に来られるのか? たぶん、条件は何個かあるっぽいけど。
これもその内解明しないといけない謎なんだけどな。
わからないのは……俺たち以外にはそういうニュースは聞かないことだ。ゲーム世界の人間が現世界に来れば、すぐにテレビで報道されるはずだ。
俺たち限定で起こってる現象なのか? それもそれでわけがわからない。
「……今日って、何日だっけ?」
「二日ゲーム世界に行ってたから、七月二十四日だろ? おいおい……ゲーム世界ボケか? 日付もわからなくなるなんて、おばあちゃんじゃないんだから「もう一回顔面パンチいっとく?」」
やめてくれ。現世界での俺は防御力がひ弱で、ダメージが半端ないから。
本気で拳を構えてた天乃から距離を取ってると……ラナが戻ってきた。なにかを探すように、周りをキョロキョロしながら。
「ヒロユキ。ヒトミさん、居なかったぞ。適当に服を借りておいた」
ラナが探してたのは、瞳姉だったらしい。
「え? いないのか。おかしいな……しばらくはそんなに忙しくないって言ってたのに」
スマホを確認すると……瞳姉からメールが来てた。内容は……。
『友達の失恋話を聞いてあげるために、朝まで飲み明かす!!!』
…………別に朝まで飲み明かさなくても。
メールが送られてたのは昨日か……じゃあまだ帰ってきてないんだな。ほどほどにして帰ってきてくれればいいけど。
一息ついて、体から緊張感が抜けたのか、腹の虫がぐ~~~っと鳴り始めた。
「……腹減ったな。コンビニでなんか買ってくるか」
「イチゴオレ」
「食い物より飲み物を先に要求するのはさすがだよ」
「私も行こう。荷物持ちぐらいにはなるぞ」
要求するだけの天乃。荷物持ちを買って出るラナ。この差よ。
クロック城に潜入してからなにも食ってないからな。いい加減に腹が減ってきた。天乃はマジでイチゴオレだけにするとして……サニーは……。
「サニー。飯買ってくるけど、なにがいい?」
「……」
「……おーい。サニー?」
「……え? な、なにー?」
上の空で、俺の声が聞こえてなかったみたいだな。
「いや。なにが食べたいかなって」
「なんでもいいよー。ユッキーが選んできて」
「……そうか」
なんでもいいが一番困るんだけど。なんて定番の反論は置いておいて……サニーは、アカムを抱きながら、窓の外を見上げてぼーっとしてる。アカムが指をぺろぺろ舐めても、なにも反応しない。
……なんとか、サニーを元気づける方法はないもんかな?
「ヒロユキ。ちょっと待っていてくれ。竹刀を持ってくる」
「別に持ってこなくてもいいけど……先に玄関行ってるぞー」
財布を持って、先に玄関まで行くと……ガチャガチャと玄関の引き戸を開けようとしてる音がした。しかも、かなり乱暴に。こじ開けようとしてるみたいに。
……え? 泥棒? こんな朝っぱらから堂々と? なんて考えてると。
「あれぇ? うちっていつの間に引き戸になったんだっけぇ……」
聞こえ覚えのある声。少し呂律が回ってないけど……瞳姉の声だ。帰ってきたみたいだな……声的に、酔ってるっぽいけど。それと引き戸は昔からです。
このままだと壊しかねない。仕方ねぇなと思って引き戸を開けてあげると、真っ赤な顔をした瞳姉が、俺の顔を見て、ぱぁーっと笑顔になる。
「おぉぉ! 可愛い弟にお出迎えされるなんてぇ……私も捨てたもんじゃないわねぇ!」
「むぎゅっ!?」
そして抱き付かれた。む、胸が顔に……圧迫されて息が……ちょっとまてっ! 胸で圧迫されて窒息死するとか、天乃の言った死に方そのまま再現じゃねぇか!! それは勘弁してくれ!
「瞳姉っ!? 苦しいから! ていうか、マジで朝まで飲んでたの? ほどほどにしてくれっていつも言ってるじゃん!」
「あははは! 可愛い弟に怒られちゃったぁ~~~てへっ♥」
てへっ。じゃないよ。二十代の立派な大人がなに言ってんの?
駄目だ。酔ってるときの瞳姉にはなにを言っても無駄なんだ。ていうかいい加減にホールドから解放してくれませんかね? ガチで息苦しいんだけど。
「む? ヒトミさん。帰ってきていたのか」
あ。やばいタイミングでラナが玄関に来た。瞳姉の顔がさらにぱぁーと笑顔になる。俺のときよりもずっと、満面の笑みに。
「ラナちゃんはっけぇぇぇん!!!」
「ぐえっ!?」
ホールドから解放されたかと思うと、ゴミのように捨てられた。可愛い弟の扱いがおかしくないか? そのままラナに駆け寄って、おもいっきり抱き付く瞳姉。駄目だ。あの暴走は止められない。
「ヒ、ヒトミさん? どうしたんだ?」
「可愛い妹にまでお出迎えされちゃってぇ~~……私、もう死んでもいいかもぉ……」
その程度で死なれても困るんだけど。ラナはあんたの妹じゃないし。
抱き付くだけじゃ満足できなかったのか、ラナのほっぺにスリスリと顔を擦りつける瞳姉。
「お肌すべすべぇ……羨ましい十代の輝き……食べてもいい? あぁ~~~ん……」
「く、くすぐったいぞ……ヒトミさん……」
目線で俺に助けを求めてくるラナ。無理だ。俺が間に入ったら、俺まで巻き込まれる。悪いけど、しばらく相手してやってくれ。その内収まるから。
「あ。先生。帰ってきてたんだ」
あ。さらなる生贄が、自分から食われにやってきた。
「天乃ちゃんもゲットォォォォォ!」
「きゃあっ!?」
いや。ゲットて。
ラナを片手で抱きしめたまま、逆の手で天乃を捕らえた瞳姉は、天乃とラナの顔で、自分の顔を挟むように、ぎゅっとさらにホールド。あぁ……もう訳の分からない状況になってきた。
「十代肌のサンドウィッチ……幸せで昇天しそう~~~……妹に囲まれて……私は世界一の幸せ者よぉ……」
泣いてるよ。この人。感情の起伏が激しすぎるだろ。それと天乃はあんたの生徒だろ。勝手に妹にするな。生徒に手を出すんじゃないよ。
天乃とラナが俺に助けを求める視線を送ってくる。俺はそっと目を逸らした。やめて。俺のこと見るのやめて。どうにもできないから。
目を逸らしたまま、天乃とラナが餌食になってる間に、俺はリビングに逃げようと、横をそ~~っと抜けようとしたとき、妹ハンター(?)のアンテナが、最後の獲物がいることを感知した。
「そういえばぁ……私の可愛い末っ子の妹はぁ~?」
末っ子の妹って……言い方がよくわからんけど。やべ……サニーのことだ。
今のサニーは、ちょっと瞳姉のテンションについていけそうもないぞ。空気読めない大人のちょっとした事件になっちゃうぞ。酔いが覚めた後に後悔する事案だぞ。黒歴史になっちゃうぞ。
「……どうしたのー?」
あぁっ!? 駄目だサニー! 今出てきたら狩られるぞ! 妹ハンターに!
「サニーちゃんみっけぇぇぇ!」
天乃とラナから手を離し、完全にチューをしようとしてる顔のまま、サニーに走り寄って行く瞳姉。あぁ……姉のあんな情けない顔、見たくなかった……なんか悲しくなってきた。
……仕方ない!
「ラナ! ひと思いに頼む。瞳姉のためだ」
「……わかった」
竹刀を構えて、今まさにサニーを愛でようとしてた瞳姉の首元に、一撃するラナ。バシン! と豪快な音がする。同時に、妹ハンターは動きを止める。
「……きゅう…………」
パタリ。と気を失う瞳姉。さすがの瞳姉も、泥酔状態ならモロイ。気絶させる急所を一撃で突くラナもすごいけど。
「許せ。ヒトミさん。これで勝ったとは思っていないぞ。今度、ちゃんと試合をやり直そう」
いや。謝る必要はないぞ。瞳姉の黒歴史化を阻止したんだからな。
ミ☆
「うぅ……頭ガンガンするぅ……」
昼過ぎになって、瞳姉が目を覚ました。完全に二日酔いで、頭痛が激しいみたいだけど。自業自得だ。
「だからほどほどにすればよかったのに」
「失恋した友達を一人で放っておけって言うの! 私にはそんなことできない!」
けっきょく、飲みたいだけでしょ。話を聞くだけなら、酒を飲む必要ないし。
「浩之~~~……プリン食べたぁい……」
「さっきコンビニで買ってきたよ」
「さすが! 愛しの我が弟!」
さっき、ゴミのように捨てたのは誰でしたっけ?
瞳姉は二日酔いになると、必ずプリンを求める。だからコンビニで前もって買っておいたんだ。ないとどうせ買いに行かされるし。
「あぁ~~~……この甘さが、頭痛に響くぅ……」
「響いたら駄目でしょ」
「ところで……サニーちゃんはどうしたの?」
プリンを食べながら、リビングのソファーに座ってぼーっとしてるサニーを見て、俺たち全員の顔を見てくる。
……相変わらずか。飯を食べてるときも、ずっと心ここに在らずだったしな。スプーンだけ動いて、炒飯が口に入ってなかったし。
「ちょっと……ゲーム世界でいろいろあってさ」
「……浩之あんた。サニーちゃんをぬいぐるみのごとく愛でまくったんじゃないの?」
「それはあんただろ」
帰ってきてそうそう、天乃たちにぬいぐるみを愛でるがごとく抱き付いたくせに。
「安心してください先生。そんなことしたら、私が殺しますから」
「全然安心できないじゃねぇか!」
「一緒に寝ようとはしたわよね?」
「……」
未遂なんだから、掘り出してくるな。それに無理やり寝ようとしたんじゃない。サニーから一緒に寝ようって言ってきたんだから。
「そういえばヒトミさん。ヒトミさんの服を一着借りたぞ」
「え? なんで? まさかラナちゃん……私の匂いを堪能したくて!」
「……? いや。カンナさんに着せたんだ。裸のままでは風邪をひいてしまうからな」
「かんなさん?」
「あー……それも、ゲーム世界でいろいろあってさ」
今までの経緯と、カンナさんのことを説明すると、頭痛で痛みに耐えていた瞳姉の顔が、心配色一色に染まる。
「命の危険があったんでしょ? 大丈夫なの?」
「何とも言えない。できる最善の治療はしたけど……後はカンナさん次第だな」
俺たちを庇ってくれて、あんなことになっちまったんだ。助かってほしい。まだお礼も言ってないしな。現世界に来たことで、魔力が上手く消えてくれることを願うだけだ。
「それにしても、元気ないサニーちゃん……こっちまで元気なくなってくるわねぇ」
「……なんかサニーを元気づける方法ないかな?」
「……んー」
プリンを完食して、カレンダーに目を向けた瞳姉は……なにか閃いたのか、ポンと手を叩いた。なんだ? ずいぶんと嬉しそうにカレンダーの写真を指さす。
「それなら打って付けの行楽があるじゃないのよ!」
「行楽?」
「夏よ? 夏と言ったら……行く場所は一つしかないでしょ!」
七月のカレンダー。
その写真は……海の写真。
「海に行くわよ!!!!」
突然の、水着イベントのフラグが立った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『おまけショートチャット』
「ったく……酔ってる瞳姉は面倒だな。マジで胸で窒息死するかと思った」
「……瞳先生の胸なら、さぞ嬉しかったでしょうね。大きいから」
「こいつ。まだ根に持ってやがる」




