ゲーム世界に三年居た俺は性悪女王にケンカ売られました⑨
「―――!?」
声にならない悲鳴をあげながら、ブラックドラゴンはその巨体を倒す。黒い色の魔力が、霧みたいに散って行くのが見える。二つに裂かれたブラックドラゴンの体が、元の黒の女王の体に戻って行く。
……まだ生きてるみたいだな。
「まだ生きているのか!? 確かに即死級の一撃だったはずだぞ!」
「……いや。無色魔法に【ミガケープゴート(身代わり)】って魔法がある。自分の魔力全部と引き換えに、即死級の攻撃でも、魔力を身代わりにして生き残る魔法だ。それを使いやがったんだろ」
でも、もう虫の息だ。本当なら、体が真っ二つになってたはずだったんだ。魔力が空っぽになって、立つこともできないだろ。
黒の女王に近づいて、エクスキューショナーの切っ先を向ける。
「最期に、言い残すことはあるか?」
「……ぐふ……………」
声を出すこともできないみたいだな。
アカムレッド王妃も、こんな状態で命を奪われたんだ。お前も……同じことをされても、文句は言えないよな?
俺は黒の女王の心臓めがけて、エクスキューショナーを突き下ろした。
「ユッキー! 駄目っ!?」
――サニーの叫び声に、俺の手は止まった。ギリギリで、まだ黒の女王に止めはさしてない。
「……サニー?」
「駄目だよ……その人を殺しちゃったら……私は……別に、お母さんの敵を討ちたいわけじゃないもん。復讐がしたいんじゃないもん……」
目を擦って、俺に自分の気持ちを頑張って伝えようとして、震える声を絞り出してるサニー。
「お母さんも……私にそんなことをしてほしいと思ってないと思う……その人はね、自分がしちゃったことを償って、ごめんなさいって言わなきゃいけないんだよ」
自分の母親を殺した人間が目の前に居るのに。
本当は、泣きたいはずなのに、それを我慢して。
サニーは……笑顔で俺に向かって喋っている。
「死んじゃったら……ごめんなさいもできないんだよ? 生きてないと……なにもできないんだよ……だから……その人を死なせたら駄目なの……」
「サニー……もういいわ」
サニーを抱きしめて、口を閉じさせるアマノ。それから、俺に視線を向けてくる。サニーの気持ちをわかってあげて。そう言ってる目だ。
……なんだよ。
俺なんかより、サニーの方がずっと冷静じゃないか。
感情のままに黒の女王を殺そうとした俺なんかよりも、ずっと……サニーのほうが、気丈で、強かった。
自分が恥ずかしくなった。深呼吸してから、エクスキューショナーを鞘に納める。
「……いいのか? ヒロユキ」
「ああ。よく考えたら……殺す価値もねぇよ。こんな奴」
ミガケープゴートを使ったなら、放っておいても死にはしないだろ。後は勝手にしろ。サニーに感謝するんだな。
「こんばんわぁ~」
声を聞いて、悪寒が走る。げっ……この声は……。
「あららぁ? お取込み中に悪いわねぇ」
フィリアだ。さっき俺の攻撃でかなりダメージを受けたはずなのに、もうピンピンしてる。面倒なときに、面倒な奴が来やがった。
「……」
「そんな嫌そうな顔しないでよぉ。別に戦いに来たんじゃないからぁ」
確かに、俺たちに敵意はないみたいだけど。だったら何しに来やがった? ていうかいつから居た? 黒の女王にムカつきすぎて、魔力を感知できなかった。
「いちおう聞くけど、何しに来た?」
「これを~~~回収しによぉ」
フィリアは倒れている黒の女王に歩み寄ると……。
「……う……ぐっ!?」
「これ。いただくわねぇ」
黒の女王が持っていた、小さな木箱を手に取った。
あれは……神器が入ってる箱じゃねぇか。回収ってのは……神器を回収するってことかよ。
「私の目的はねぇ。最初から、黒の女王が持ってる神器だったのよねぇ」
「……それで俺たちに黒の女王が神器を持ってるって情報をわざと言いやがったな」
「そうよぉ。あなたなら……きっと倒してくれると思ったからよぉ」
フィリアは黒の女王を見下ろして、笑いながら、その背中を踏みつけた。
「人間の分際で、ダークマターを体に埋め込んだぐらいで、神にでもなった気でいる……この可哀想な女王様をねぇ」
「……あぐ…………」
苦痛の表情を浮かべる、黒の女王。別に今更同情なんてしねぇけど。あんまり見てて気持ちの良いもんじゃないな。人が踏みつけられてるのは。
……ダークマターか。そういえば、黒の女王はやけに人間って存在を超えることに執着してるように見えたな。ダークマターを作ったのも、その為だったのか?
神……? そういえば、初めて会ったとき。
『神……そうだな。神でさえも、いずれは私の思い通りにする』
黒の女王はそんなことを言っていた。
神なんて存在、本当に存在するかもわからない。そう思ってたけど、神器ってアイテムが存在するなら……。
「……神器は神の器。神が創ったってことだよな? ていうことは、この世界には神って存在が居るってことになる。魔王軍と黒の女王の目的は、神が関係してるのか?」
「あららぁ……ごめんなさいねぇ。それは教えられないわぁ。あんまり喋りすぎちゃうと……魔王様に怒られちゃうもの」
神なんて存在は、俺も聞いたことが無い。でも、神器が存在してる以上は、神も居るはずだ。
だとすれば、神器と神。その関係が……こいつらの神器を集める目的に繋がるかもしれない。
「今回はねぇ。神器を回収しに来ただけだからねぇ」
「……アカムは、サンセットドラゴンはいいのかよ?」
「今はとりあえず、ね。そのままじゃ使い物にならないってことがわかったから、しばらくはあなたたちに預けるわ。さっきは我慢できなくて襲っちゃったけどねぇ。うふふ♥」
うふふじゃねぇよ。興奮すんな。ラナとサニーを見るな。襲っちゃったじゃねぇよ。そんな軽い感じで人を襲撃するんじゃねぇ。
やっぱり、アカムを奪うことは本当の目的じゃなかったんだな。でも、そのままじゃ使い物にならないってどういう意味だ? 成体にならないとって意味か? でもだったら、夕日の光を吸収させればいいだけの話だしな。よく意味がわからない。
まぁでも……とりあえず。
「お前が神器を持って行くのを、俺が黙って見てるとでも思ってんの?」
フィリアに黙って神器を渡す必要はない。渡すぐらいなら、俺が持ってた方がよさそうだ。
「思ってないわよぉ? だ、か、ら……こうするわねぇ」
フィリアが指をパチンと鳴らすと、それを合図に、アマノ、サニー、ラナを囲むように、魔法陣が出現した。
あれは……転移魔法っ!? 無色魔法の中でも、使える奴は少ないはずなのに……。
「さぁ……どうするのかしらぁ? 私が神器を持って行くのを邪魔するぅ? 大切な仲間の子たちが、どこかへ飛んで行っちゃうけどぉ?」
……その二択だったら、決まってるだろうが!
「覚えてろよ!!! こんちくしょうが!!!」
神器を諦めて、俺はアマノたちに向かって走った。間に合え!!
「アマノ!!」
「ヒロユキ!!」
魔法陣が大きく光って、その中にアマノたちが消えて行く最中。
俺に向かって伸ばされたアマノの手を、なんとか掴んだ。
ミ☆
「……よかったわねぇ。間に会ったみたいで」
まともに戦うと、私じゃ勝てないからねぇ。今回は……私の不戦敗ってところかしら? まぁさっき、戦って負けたんだけどねぇ。
さぁてと……。
「お加減いかがかしらぁ?」
「……」
黒の女王は、視線だけを私に向けるだけで精一杯みたいねぇ。本当なら即死してるはずだもの。無理もないけどぉ。
「……魔王め……神器を……集めているらしいな……」
「あら? 声が出せるのねぇ」
「……神を復活させて、貴様らはなにをするつもりだ?」
「ん~~~? そんなの、私も知らないわぁ。旧友とまたケンカしたくなった。そんなことを言ってたけどねぇ」
「……神の力を手にするのは……私だ……」
「はい。お口にチャック。それ以上、あなたの無駄な話に付き合うつもりはないわぁ」
どうしようかしら……別に、ここで殺しちゃってもいいんだけどぉ……。
「……あなた。あんまり良い声で泣きそうもないから、見逃してあげるわぁ。神器はもらって行くけどねぇ」
「……いずれ……取り返す……」
「できるものなら、ね。もらって行くわよぉ。【神の種】」
ミ☆
…………あれ? 転移魔法にはギリギリ間に合ったはずだけど、なんで視界が真っ暗なんだ? 魔法陣が消えて、すぐに転移場所に出るはずなのに。クロックだから夜……ってことはないよな。さすがに、同じ大陸に飛ばすとは思えないし。
それに……さっきから顔に柔らかい感触……それに良い匂いもする……クンカクンカ。
「ひゃんっ」
ん? この悲鳴……アマノ? なんでアマノの悲鳴が……。
確認しよう。クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ……。
「あ……ふあ……ひやぁんっ……」
……なにその悲鳴。なんか変な気分になってきたんだけど。誘ってるの?
「ヒロユキ。そろそろどいてあげたらどうだ?」
そして今度はラナの声。
どいてあげる? どこから……?
………………………。
俺はゆっくりと、顔をあげた。
「……」
「……」
アマノとバッチリ目が合った。
俺は転移魔法で転移したとき、アマノの胸に顔からダイブしていたらしい。そういえば、アマノの手を取ったんだったな。その勢いでこうなったらしい。
……やばい。アマノの顔が修羅になってる。このままじゃ命を取られる! なんとか……俺の身を守るための言い訳を……これは不可抗力だ。事故だ。悪気はなかった。そうだ! 誠意をもって誤れば許してもらえるはずだ!
「小さくても意外と柔らかいんだな」
「……」
俺の馬鹿! 素直な感想を言ってるんじゃないよ! 火に油だよ! アマノの顔が修羅を通り越して悪魔の顔になった。
「ち、違う違う!! ただ単にアマノの胸は柔らかかったなぁってことが言いたかっただけで、決して小さいってことを強調したわけでは……」
「感想を大声でシャウトするんじゃないわよぉ!!! 胸に圧迫されて窒息死しろぉ!」
「え? お前の胸じゃ無理じゃ……」
「別に私の胸なんて言ってなぁい!!!」
顔面に鉄拳。その後ウォタルバブルを連発で食らった。
ミ☆
「ここは【ブルーア】みたいだな」
「……そうだな」
目の前に広がるのは、大きな湖。空よりも青い、濃い青色をしてる。一般的には、海とか湖は水が青色に見えても、実際は透明なんだけど。ブルーアの水は違う。本当に青色をしてるんだ。ブルーアは水の大陸だからな。青色魔力が大陸に強く出てるんだ。
この世界は、それぞれの国の大陸に、色魔力が宿ってる。そのせいで、大陸によって特徴が出てくるんだ。アカムレッドは赤色(夕焼け空。赤い森)。クロックは黒色(ずっと夜)みたいな感じでな。
くそっ……フィリアの奴、ホワイトシロンとは真逆の大陸に飛ばしやがって。クロックからなら、ホワイトシロンはそんなに遠くなかったのに。すっげぇ遠回りになっちまう。
それにしても、ブルーアか……個人的にはあんまり好きな国じゃないけど、モンスターのレベルは、アマノたちに丁度いいかもな。そろそろ、本格的に上級職を目指さないといけないし。
「なぁアマノ。上級職になったら装備を「話しかけるな」」
まだご立腹のアマノ。しばらく、触らない方がよさそうだ。
「……」
湖の前に座り込んで、ぼーっとしているサニー。
……今回のクエストは、サニーには過酷なクエストになっちまったな。
でも、かなり前進だ。サニーも、なんとか元気になってもらいたいけど……。
「……とりあえず、現世界に戻ろう。カンナさんも心配だし。みんな休んだ方が良いしな」
「そうだな。いろいろ考えるのは、体を休めた後にするとしよう」
「アマノ。コントローラーを「うっさい黙れ。わかってるわよ」」
そろそろ泣きますよ? あんなに謝ったのに。土下座したのに。
コントローラーを起動して、二日ぶりに現世界に戻った。
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『おまけショートチャット』
「ヒロユキはなぜ、アマノの胸の匂いを嗅いでいたんだ?」
「良い匂いだったからついやってしまいました。悪気はなかったんです」
「良い匂いとか言うんじゃないわよ」
「え? 臭いって言えばよかったか?」
「鼻にクサヤを突っ込まれて死ね」




