ゲーム世界に三年居た俺は性悪女王にケンカ売られました⑧
「童を殺す……? だと?」
口を開くな。声を出すな。その面見せるな。お前のなにもかもが不快なんだよ。
純粋に。単純に。こいつは気に食わない。それ以外に理由なんていらない。こいつを殺す理由はな。
「ふはははは! ……図に乗るなよ? 魔力が高いとはいえ、所詮は人間だ。人の身の分際で、童に逆らおうと言うのか?」
「てめぇだって人間だろうが」
自分が人間じゃないみてぇな言い方しやがって。図に乗ってるのはそっちだろうが。
「……ふっはっはっはっは! 童が人間だと? 笑わせてくれる! ダークマターを身に宿らせた時点で、私はすでに人間を超越しているのだ! 一緒にするな! 虫唾が走るわ!」
なに言ってんだこいつ? なにが超越だ。笑わせやがる。
これ以上話をしても無駄だ。一秒でもこいつの顔を見ていたくない。さっさと殺す。
「改造色魔法は、人間の扱える代物ではない。それを童は扱うことができる。人間を超越したその証として……これを見るがいい」
「……?」
部屋の奥にあった壁が、左右に開いていく。隠し扉? 開いた先には、頑丈そうな鉄格子で作られた牢があった。黒の女王が指を鳴らすと、牢の扉が勢いよく開く。
……なにかいるな。神眼。
【ブラックウルフ Lv80】
牢の中に居たのは、二本足で立つ、黒い毛のウルフ。獣人の類みたいだけど、俺の倍以上はある大きさ。こんなにでかい獣人は見たことない。黒毛ってのも珍しい。
牙をのぞかせる口からは、ヨダレが垂れてるし。フシューフシューと荒い息遣い。すごく苦しそうだ。金色の目はどこを見ているのかわからないほど、ギラギラと光ってる。歩み寄ってくる姿も、なんとか歩いているって感じだ。
「……こいつがなんだってんだよ?」
「こいつも、童の改造色魔法で生み出したモンスターだ。どうだ? 倒せるか?」
舐めてやがるのか? レベル80程度のモンスター。一撃で倒せるぞ。
論より証拠。見せてやる。俺がエクスキューショナーを構えて、ブラックウルフに斬りかかろうとしたとき、
『……さん……く……ださい……』
声が聞こえた。
この声は……どこから聞こえてるんだ?
『みなさん……にげ……て……』
……え? まさか……この声は……。
「……カンナさん?」
アマノが、声の主の名前を呼んだ。
そうだ。この声はカンナさんだ。声が聞こえてくるのは……。
『みなさん……逃げてください……このままでは……私はみなさんを……』
ブラックウルフからだ。
なんで……? どうして、ブラックウルフからカンナさんの声が聞こえるんだ?
「ヒロユキ! 斬るな!」
ラナの声に、俺は構えを解いた。
……信じられないけど、まさか……。
「どうした? 倒さないのか?」
「……お前。カンナさんになにをしやがった?」
このブラックウルフが、カンナさんだっていうのかよ。
「……【カラーチェンジ(色変化)】。聞いたことがあるだろう? 遥か昔に消えた、禁魔法だ。物体や生物の色を無理やり塗り替え、別の存在へと変える魔法だ。改造色魔法で禁魔法を再現したのだ」
禁魔法……ガンマの使ってた召喚魔法と同じ、世界から消えたはずの魔法だ。その中でも、カラーチェンジは、俺も聞いたことがある程度の魔法だ。
禁魔法の中でも、危険度が高い。使い手によっては最悪の禁魔法になる。
禁魔法なんて、普通は人間が使えるわけがない。これも、ダークマターの力が働いた改造色魔法だからできるってのか? それで人間を超越してるなんて言ってやがるのか。
「カラーチェンジで、メイドの色を塗り替え、魔界に居ると言われるブラックウルフへと姿を変えたのだ。まだ意識が残っていたのは予想外だったがな」
生物の姿を無理やり変えちまう、人道から外れてる魔法。それだけでも、禁魔法にされる理由は充分だ。まだ使い方を記した書物が残ってたなんてな。
「このメイドは……お前たちに手を出すのはやめろと、童に指図をしおったからな」
「……カンナさんが?」
「当然の報いだ。仕えるはずの主に逆らったのだ」
……カンナさんは、ミソラさんと仲が良かったみたいだった。
だから、その妹と、仲間の俺たちを……庇ってくれたんだ。
…………この野郎……。
「さぁ……どうする? 殺さねば、お前たちが殺されてしまうぞ?」
殺されるか。俺のレベル舐めんじゃねぇぞ。
でも、だからといって、俺もカンナさんを殺せない。少しの攻撃でも、カンナさんに致命傷を与えちまう可能性がある。
どうするか……あんまり考えてる時間はない。ウルフの姿でも伝わってくる。カンナさんが苦しんでるのが。無理やり姿を変えられたんだ。当たり前だ。
「――!? ラナ!?」
「任せろ!」
カンナさん――ブラックウルフが、置いてあったテーブルを掴み、アマノとサニーに向かって投げつけた。双剣を構えて、ラナがテーブルを一刀両断する。
それだけの動きだったにもかかわらず、ブラックウルフの腕は筋肉がビキビキと音をたててる。このままだと、腕がちぎれちまう。苦しそうに呻いて、口からは血を吐いてる。カラーチェンジは、完全に成功はしなかったみたいだ。無理が出てる。
ブラックウルフは、まだ攻撃体勢をやめない。自分の体のことなんか関係なく、俺たちに攻撃しようとしてる。
……このまま、苦しませるぐらいなら。
「……ごめん。カンナさん」
今……楽にしてあげるから――。
『……させない』
エクスキューショナーを一線しようとした瞬間、またカンナさんの声が聞こえた。
あんなに苦しそうでも、カンナさんの意識は、まだ残ってるみたいだ。
『ミソラさんの妹さんを……お仲間を……傷つけるなんて……そんなことは……させない……!』
ブラックウルフが、動きを止めた。
その場に屹立して、沈黙。カンナさんの声も聞こえなくなった。一体、どうなったんだ?
やがて、ブラックウルフの体が……光に包まれる。
色が……魔力が、放出されてる? カラーチェンジで無理やり塗り替えられた色が消えていってる。光が完全に消えたとき……ブラックウルフの姿は消えていた。そして、残されていたのは……倒れているカンナさん。
「カンナさん!?」
駆け寄ると、なんとか息をしている状態だった。服も身に着けてない状態で、体中が傷だらけだ。カラーチェンジの後遺症だ。
「……なんだ。つまらん。もう無理が出たか。ゴミが……貴様なんぞ、もういらん。そのまま死んでしまえ」
「……」
カンナさんの体にマントを羽織らせて、静かに抱き上げる。このままじゃ、本当に危険な状態だ。
「ラナ。カンナさんを頼む」
「……わかった」
「これを飲ませてくれ。俺の知ってる中じゃ、最高の回復剤だ」
【色の雫】。高位ダンジョンでしか見つけられない。最高級の回復剤だ。大体の怪我ならこれで回復するけど……カンナさんの症状に、効果があるかわからない。でも、これに賭けるしかない。禁魔法の魔力のせいで、回復魔法の効果は薄いだろうし。
カンナさんをラナに預けて、俺は黒の女王に向き直った。
「所詮、信じられるのは自分だけということか……カラーチェンジの本当の使い方を見せてやろう」
黒の女王の足元に、黒い魔法陣が現れた。あれが、禁魔法の魔法陣か。俺も初めて見た。どす黒い光を放って、黒の女王の体が、どんどん巨大化していく。
「……ブラックドラゴンか」
ブラックドラゴン。
魔界に存在する、竜族の中で最強の力を誇るドラゴンだ。純粋な攻撃力だけなら、サンセットドラゴンよりも上だって聞いた。俺も、古文書以外では初めて見た。
『ふはははは! どうだ? 神々しいだろう? これが童の力だ。この力があれば、四角など……魔王など恐れるに足らん!』
【黒の女王(ブラックドラゴン化) Lv250】
アカムが成体になったときのレベルを超えてるな。まぁ魔王はともかく、四角相手なら確かに、恐れるに足らないかもな。
『貴様も……童の前にひれ伏すがいい! 今ならばまだ……童の下につくことを許してやるぞ? ここで死ぬか。童につくか。よく考えるがいい!』
頭に響く、黒の女王の声。
なんかいろいろ言ってるけど、正直、俺にはどうでもいいから、聞き流してた。
こいつがなにを言おうと、俺のやることは変わらない。
『どうした? 童の力を前にして、声も出んか? どれ……一つ、この力を試してみるとしよう。簡単に死ぬでないぞ? 少しは楽しませてもらおうか!』
とりあえず、なにか勘違いしてるみたいだな。
「カラフリアブレード」
「!?」
全色魔力を集中させて、巨大な剣を具現化する。
俺の発する、異常な魔力に、黒の女王は後ずさった。
『なっ……』
「俺はさっき、なんて言った? お前は殺すって言ったよな?」
先にケンカを売ってきたのはお前だ。
俺はもう、キレてる。
お前は殺す。そう言った。それがどういう意味か、わかってないみたいだな。
俺が殺すって言った、その時点で……。
「その時点で、お前のターンなんか回ってこないんだよ!!!!」
『――!?』
カラフリアブレードを、縦に一線。避ける暇も与えず、ブラックドラゴン――黒の女王の体を真っ二つに切り裂いた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『おまけショートチャット』
「ダークマターって、具体的になんなのよ?」
「魔界にある天然の魔力石だ。魔力が低い奴だと、触るだけで精神崩壊するほどの魔力をもってる」
「それを体に埋め込んでるってこと? 頭おかしいわね」
「黒の女王は、天然じゃなくて、自分で作ったってことだな。人間が埋め込んでも害がないように魔力を調整したんだろ。本物のダークマターよりも効果は低いはず。たぶん」
「あんたに埋め込んだら、精神崩壊が逆行してまともになるかしら?」
「お前さ。俺のこと見下しすぎじゃない? 前にもこんなやり取りあったじゃねぇか」




