ゲーム世界に三年居た俺は性悪女王にケンカ売られました⑤
「サンセットドラゴン……ガンマが言ってたのはその子ねぇ」
四角……氷刃か。青色魔法の氷属性を得意とすると聞いたことがある。さっきから宿周辺の温度が低かったのは、こいつの魔力のせいか。
得物は……大きな槍。おそらく、職業は魔法槍士。槍士の上級職だ。レベルはわからないが……ガンマと同等と見ていいだろう。だとすると……私で勝てるかどうかわからないな。
「可愛い子が……二人……♥。神器を回収する前に、遊べそうねぇ。どこを凍らせたら……良い声で泣いてくれるのかしらぁ……♥」
こいつは……やばい。ガンマも相当の性格破綻者だったが、こいつも大概だ。狭い室内では戦いづらい。それにここで戦えば、宿屋に被害が出てしまう。
「――!?」
サニーを抱えたまま、窓から外へと出る。宿屋の前は大きな通りだ。室内よりも動きやすい。一日中夜のクロックだ。外灯だけで、あまり視界は良くない。だが、それに関してはお互い様のはずだ。
「あらぁ? 逃げるのかと思ったら……待っててくれたのねぇ……」
私たちを追って、空中を飛んで外に出てきた氷刃。背中に、蝙蝠のような黒い翼が生えている。見た目は人間だと思ったが、どうやら……亜種の類らしいな。
「……サニー。建物の陰に隠れていろ。アカムを頼むぞ」
「ラナ……」
「大丈夫だ。サニーが怪我をすると、アマノが怒るからな」
「……わかった」
「きゅー」
私に指示に従い、サニーはアカムを連れて、建物の陰に隠れた。改めて、氷刃に向き直る。
……ガンマは亜種のダークエルフだった。こいつは……亜種の中でも、どの類だ? まずは様子を見るべきか……。
「あらぁ? 来ないのかしら……受けのタイプ? Mっ気があるのかしらねぇ……だったら心配しないでぇ……私は……」
槍を両手で構えて、氷刃は翼を羽ばたかせて上昇した。私を見据え、唇を舐める。
「完全なドSだからぁ!」
それは見ていればわかる。
急降下して突っ込んできた氷刃。正面から受けては、武器の性質上力負けするな。槍は突きの威力が半端ではない。ならば……。
「【ソードシールド】!」
剣を交差させて、突っ込んできた氷刃の槍を、タイミングを合わせて受け流す。
ソードシールドは剣士のスキルで、本来ならば剣を盾代わりにして受ける防御スキルだが、上級職になれば、攻撃を受け流すためのスキルとしても使える。
すぐにソードシールドを解除し、攻撃体勢に入る。氷刃は、私に突っ込んできた勢いのままで無防備だ。
「【ツイン・ソニックブレイド】!」
ツイン・ソニックブレイドは、剣士のソニックブレイドを、双剣士専用にレベルアップさせたスキルだ。双剣士の利を活かし、二連続の斬撃を繰り出せる。
「【フリーズウォール(氷壁)】」
青色氷属性魔法のフリーズウォールで防がれた。氷の壁を具現化して攻撃を防ぐ防御魔法だ。
さすが四角の一人、魔力は半端ではないようだ。だが……身体能力的ステータスでは、負けてはいない。ソードシールドで攻撃を受け流せたことが証拠だ。
一気に畳みかける!
「【ツイン・ソードクイック】!」
ツイン・ソードクイックは、自分の攻撃速度を飛躍的に向上させる双剣士専用スキルだ。双剣士の真骨頂。それは……素早い連続攻撃にある。
「はぁっ!」
一気に氷刃との間合いを詰め、攻撃を仕掛ける。間合いが近ければ、槍は攻撃しづらいはずだ。それだけで有利になる。
私の連続斬撃を、氷刃は槍で受ける。反撃の隙を与えない。魔法を詠唱する時間も与えない。このまま一気に倒す!
「……困ったわぁ。ガンマが言ってた情報よりも、ずっと強いじゃないのぉ」
言葉とは裏腹に、まだ余裕が見える。私の攻撃をなんとか受けているだけのように見えるが、なぜこんなに余裕があるんだ?
だが、関係ない。この勢いで決めるぞ!
「クロスブレイド!」
双剣を十字に一線し、氷刃の槍を弾き飛ばす。これで得物が無くなった。私の攻撃を受け切る術はない。
「ツイン・ソニックブレ――」
「駄目よぉ。そんなに焦っちゃ……楽しい時間はこれからなんだからぁ」
翼を羽ばたかせ、またしても上空に飛び立った氷刃。
くそっ……逃がしたか。だが、やはり身体能力は私のほうが高い。魔法に注意すれば、勝機はあるぞ。
「わかるわよぉ……あなたの考えてること。このまま接近戦で攻めれば……私に勝てる……そう思ってるでしょぉ?」
「……」
「確かにそうねぇ……身体能力は、あなたのほうが上みたい……」
……? それをわざわざ私に言う必要があるのか? 自分の不利をわざわざ宣言することに、なんの意味がある。
「……!?」
突然、首元に鈍い痛みが走った。
とっさに首元を手で払うと……一匹の蝙蝠が、私の首に噛みついていた。なんだ……この蝙蝠は?
「……あなたのステータス。もらったわよぉ……」
「なんだと?」
ガクン。と、体の力が抜ける感覚。なんだ……これは……。
「私はねぇ……亜種の【吸血鬼】なの。魔力で作った分身の蝙蝠が血を吸うことで、相手のステータスを奪えるのよねぇ……一定時間だけだけどぉ」
「くっ……吸血鬼だと……」
聞いたことがある。亜種の吸血鬼。血を吸うことで、相手のステータスを奪うことができると……。
【ラナフィス=ルミナシア】 職・双剣士
Lv76
力 190
体力 85
素早さ 80⇒50
知力 10
技 60
「もちろん……自分で直接吸うこともできるわよぉ?」
氷刃が、闇夜に紛れて姿を消した。さっきまで見えていた動きが、まるで見えなくなった。明らかに、氷刃の速さが上がっている。
「違うわよぉ……? 私が速くなったのもあるけどぉ……ステータスを奪われて、あなたが遅くなったのよぉ」
私の思考を読むように、氷刃の声が、背後から聞こえた。その直後。
「う、うあぁぁっ!?」
首に鋭い痛み。氷刃が、私の首に牙を立てていた。
「美味しいわ……♥ あなたの血……最高よぉ……♥」
「……は、離れろ!?」
剣を振って、氷刃を無理やり突き放す。だが……その一振りの反動だけで、頭がぐらりと揺れる感覚がした。
……かなり血を吸われたみたいだ。ステータスが……弱体化した影響か。本体に吸われると、より多くのステータスを奪われるみたいだな。
【ラナフィス=ルミナシア】 職・双剣士
Lv73
力 190⇒170
体力 85⇒65
素早さ 50⇒30
知力 10
技 60⇒40
「安心してぇ。血を吸われたからって、あなたが吸血鬼になるなんてことはないわぁ。ご馳走様……♥ 最高だったわぁ……あなたのさっきの悲鳴……♥」
口元の血を、恍惚の表情で舐める氷刃。まずい……ステータスを奪われすぎた。唯一の勝っている部分だった身体能力も、これでは逆転してしまっているだろう。
「【メガフブザド(大吹雪)】」
氷刃が魔法を詠唱すると、青い光の冷気が、私に向かってきた。青色氷属性中級魔法の【メガフブザド】だ。このままでは直撃を食らう。私はとっさに魔法を詠唱した。
「メガフェルノス!」
青色氷属性には、赤色火属性は相性が良い。私の特性色魔法だ。大きな火球が、青光の冷気とぶつかり、魔力が弾け飛んだ。
だが……。
「あらぁ? 相殺しきれなかったみたいねぇ」
「ぐ……」
氷刃の魔法を相殺しきれず、私の体は冷気を少しだけ浴び、体が部分的に凍り付き始めた。完全に食らっていれば、一瞬で氷像だったな……。
「特性色の魔法なら、職業問わずに中級魔法までは扱えるけどねぇ。残念だけど……それっぽっちの魔力じゃ、私の魔法の足元にも及ばないわよぉ?」
悔しいが、氷刃の言っている通りだ。
特性色と言っても、双剣士の私はただ……魔法を使えるだけだ。威力はそれほどにはない。魔法槍士と、魔法で戦えるはずがない。
しかし、ステータスを奪われてしまっては、接近戦でも敵わないだろう。
どうする……? このままでは、なにもできずにやられる。
「寒いかしらぁ? うふふ……いいわねぇ♥ その顔……♥ いじめたくなっちゃうわぁ!」
恍惚の表情をそのままに、氷刃は手の平を私に向けてくる。また魔法を撃ってくる……くそっ!? 体が凍り付いて、身動きが……。
「【フブザド(吹雪)】」
青色氷属性の下級魔法【フブザド】。冷気の塊が、青い光になって、私の左腕に直撃する。瞬間……左腕が氷の塊で覆われる。
「うあぁぁぁぁぁっ!?」
「いいわぁ……♥ もっと! もっとよぉ! もっと良い声で泣いてちょうだい~~~!!♥」
左腕は完全に凍ってしまったみたいだ。指一本動かせそうにない。
体を動かそうとするだけで、ビキビキと氷が割れるような音が響く。体の表面は……すでにほとんど凍ってしまっているようだな。
……ここまでか……こうなったら、なんとかサニーだけでも逃がして……私の命を賭けてでも……。
『死ぬ覚悟ができてる? ふざけんな!? 死ぬ覚悟の前に、生き残る覚悟を決めろ! 死んだらそれで終わりなんだぞ! お前はそっからだ!』
…………………………。
……いや。違うな。
ヒロユキの言葉を忘れていた。
死ぬ覚悟などいらないんだ。
サニーを守り……私も生き残る戦いをしなければいけない。
落ち着け……ステータスを奪われたとはいえ、戦いようはある。あと一撃程度なら、氷人に撃ちこめる。
その一撃で勝負を決めるんだ。なんとしても。
……ヒロユキ。
使わせてもらうぞ。お前からの預かり物を。
「……? あらぁ? 右腕しか使えないのに、構えるのねぇ」
フラムベルジュを一本だけ右手に持ち、構える。
ああ。充分だ。これを扱うのには……片腕あればな。
「……【オープン】」
私の声に反応して、右腕に装着してあったリングが光を放つ。
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「ラナ。これ持っておいてくれ」
「なんだこれは?」
「この前、アカムの牙を折ったときに、魔法剣っぽいの使っただろ? あれを再現できる道具だ。俺の赤色魔力が込めてある」
「そんなアイテムがあるのか」
「【カラフルリング】だ。【オープン】の合言葉で魔力を開放できる。そうしたら自動で、ラナの剣に魔力が宿るように設定してある。ラナなら使いこなせるだろ」
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赤色魔力が、フラムベルジュに宿り、赤い光を放つ。
確かに、私の魔力は弱いさ。
だが……気を付けろ。今、この剣に宿っているのは……。
「歯を食いしばれ」
「――!?」
最強の、魔力だ!!!
「ソニックブレイド!!!」
力を振り絞り、剣に宿る魔力を開放しながら、横なぎに一線した。赤い光が、横一線の斬撃となって、氷刃の体を吹き飛ばした。
「あ……う……」
腹部から血を噴き出しながら、氷刃は体を地面に打ち付ける。そして、追撃の。
「あぁぁぁぁぁぁっ!?」
傷口からの、発火だ。赤色火属性の魔力が込められた一撃だ。半端な一撃ではない。それに、私が扱ったことで半減はしているが、ヒロユキの魔力だ。
「……うぐ……」
氷刃の断末魔を聞きながら、右手からフラムベルジュを放す。攻撃のために振りぬいた衝撃もあり、その重みだけで砕けてしまいそうだった。表面が壊死してきている。このままではまずいな……。
「ラナ! 大丈夫?」
「きゅー」
サニーが私を心配して、建物の陰から出て来て駆け寄ってきた。心配をかけてしまったようだな。大きな口を叩いていたのに、情けない限りだ。
「大丈夫……ではないかもな……」
「今【リカバリー(回復)】をかけるから!」
【リカバリー】は、状態異常を回復する白色魔法だ。凍結は状態異常扱いだ。リカバリーで回復することができる。
ありがたい……このままでは、体が壊死してしまうところだった。体温もかなり低下してしまっている。早く体を温めなければ……命に関わってくるぞ……。
「きゅー!」
サニーがリカバリーをかけている途中で、アカムが威嚇するような声を出す。
……馬鹿な。
「うふふ……痛かったわぁ……♥ こんな痛みを感じたの……久しぶりよぉ……♥」
氷刃が立ち上がり、変わらず恍惚の表情で、笑っていた。
致命傷だったはずだ。傷口から血がまだ流れている。皮膚も焼けただれている。なのになぜ、あんな表情で笑っていられるんだ? あり得ない……痛覚のある生物ならば、そんなことは不可能だ。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃ♥ 癖になりそう……♥ いいわぁ……血の匂い……うふふ……私の血の匂い……♥」
こいつ……自分の血の臭いで興奮しているのか?
くそっ……もう体は限界だ。動きそうにない。このままでは……。
「きゅぅぅぅぅ……うぎゅーーーー!!!」
アカムが腹部を大きく膨らませたかと思うと、口を大きく開けて、氷刃に向かって炎を吐き出した。私たちを庇おうとしているのか? 無理だ! こいつの魔力に対して、成体ならともかく、幼体のアカムでは……。
「あらぁ……? 邪魔しないでくれる……今、気持ち良いところなんだからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
アカムの吐いた炎は、氷刃の数メートル前で止まり、徐々に凍り付き始めた。
炎を凍らせるだと……。こいつの魔力はでたらめだ。さっきよりも、どんどん魔力が強くなっている。
「あなたは……泣いても興奮できそうにないわねぇ」
「うぎゅっ!?」
さっき、私が弾いたはずだった氷刃の槍が、宙を舞い、アカムの体を切りつけた。しまった……あの槍は魔力を帯びる魔力武器だったのか。魔力で操り、アカムを攻撃したんだ。
「アカム!?」
地面に落ちる寸前、サニーがアカムを抱きとめる。致命傷とはならなかったみたいだが、アカムは弱々しく「きゅー……」と鳴いている。傷は浅くない。
「殺しはしないわよぉ。大事な神器だもの……でも、代わりに」
周囲を青い光の粒が包み込む。まるで、氷の壁に閉じ込められているような感覚だ。四方八方。逃げ場がない。
「あなたたちで遊ばせてもらうわよぉ……全身を凍らせてからぁ……四肢を砕いていったら……どんな声で泣いてくれるのかしらぁ……♥ あぁーーーーーーーー! 想像するだけでゾクゾクしてきたわぁぁぁぁ! もう我慢できない!!!」
魔力が、さらに強くなって集中されていく。凍てつく温度に包まれ、サニーはアカムを抱いたまま、体を震わせている。寒さのあまり、呼吸を上手くできないようだ。
「【ギガフブザド】ォォォォォ!!!!」
青色氷属性上級魔法【ギガフブザド】。その威力は、中級の比ではない。
私たちどころか、町まで凍ってしまうぞ!
「サニー!」
私はなんとかサニーを守ろうと、体ごと覆いかぶさった。
頼む……サニーだけでも……なんとか助かってくれ……!
「クリアシールド」
透明な壁が、私とサニーを包み込み、ギガフブザドから守ってくれた。同時に、あれだけ下がっていた温度が、壁の中だけ、冷気を遮断して上昇していく。
ああ…………。
私は安堵のあまり、涙が出そうになった。
来てくれたか……。
「……すまない。後は頼んだぞ」
ヒロユキ……。
「ドラゴンファング」
竜の形を成した闘気が、氷刃へと向かって撃ち出された。
「――!?」
悲鳴をあげる暇もないほど、氷刃は闘気に体ごと飲み込まれて、その場で爆発を起こした。
「あ。やべ……」
やってしまった。そう言わんばかりに、頭を掻くヒロユキ。
「ちょっと力入れすぎた」
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『おまけショートチャット』
「自分の血で興奮するとは……痛みで喜んでいるのか? お前……SなのかMなのかはっきりしたらどうだ!」
「私はねぇ……ドSでドMよぉ!」
「ラナ! あの人怖いよ!」
「大丈夫だサニー。私も怖い」




