ゲーム世界に三年居た俺は性悪女王にケンカ売られました②
紅葉港レッドツリーに、俺が少し遅れて到着すると……。
「……お前ら。食ってばっかりだな」
アマノたちは、ツリーの根元にある飲食屋で、赤い饅頭を食べていた。人が戦ってたってのに、いい気なもんだ。
「ユッキーも食べる? 紅葉饅頭って言うんだってー」
「俺の知ってる紅葉饅頭じゃねぇな。でももらう。戦ったら腹減った」
「……戦ったら? モンスターに襲われたの?」
「これから説明する」
紅葉饅頭を口に運びながら、俺はさっきの出来事を説明した。甘っ。なにでできてんのこれ?
色人形。しかも、黒色特性色を持つ、おそらくは人間に作られた。その話を聞いて、アマノとサニーはあんまりピンときていないみたいだったけど、ラナだけは、それがどういう意味かわかったみたいだ。
「黒色……亜種ではないのか?」
「違うと思う。亜種は魔力の質が全然違うからな。ガンマみてぇに。あれはたぶん……人間の魔力だ」
「……全然わからないんだけど、つまりはどういうことよ? もぐもぐ……」
「パクパク……私もわからないよー」
ちゃんと説明するから。紅葉饅頭食べながら無理やり会話に参加しなくていいよ。女の子がはしたない。
「黒色の特性色を持ってる人間で、高い魔力を持ってるってなると、ほとんど限定されるんだよ。亜種ならともかく、人間で黒色の特性色を持ってるのは珍しいんだ」
「……限定されるって?」
「クロックの女王。通称、黒の女王だ」
俺の代わりに、ラナが答えた。
ラナも知ってるってことは、俺が前に居た頃と、あんまり世界的に認識は変わってないみたいだな。
人間で、黒色の特性色で、魔力の高い人間。
そんな人間は……クロックの女王しか居ない。色人形の顔は……俺の記憶の限り、クロック女王だった。
「……」
クロックの女王。それを聞いて、サニーが紅葉饅頭をテーブルに落とした。慌てて拾ってるけど、勢い余って、わたわたと紅葉饅頭をお手玉する。完全に動揺してる。
……まぁ無理もないか。
アカムレッドの王妃は、三国対戦で……クロック国に殺されたんだ。
言うなれば、サニーにとって、クロック国は、母親の敵だ。
……やっぱり。このままなにも言わずにってわけにはいかないか。サニーの動揺を見て、そう思った。
俺はここに来るまで、ずっと考えていたことを、サニーに提案した。
「サニー。クロックに行くのが嫌だったら、アカムレッドに残ってもいいんだぞ」
クロックに行くって決まった後も、サニーはいつも通りだったから、この話をするか迷ってたんだけど……直接、クロック女王の話を聞いたサニーは、明らかに表情が変わった。今まで、子供ながらに表に出さないようにしてたんだろうな。だったら、無理強いはよくない。
「……うぅん。行くよ。私は大丈夫だよ」
少し、強がるように見せた笑顔で、サニーはそう答えた。
「……そうか」
あんまり言葉通りに大丈夫とは思えないけど、本人が行くって言うなら、その意思を無視はできない。サニーも、俺たちにパーティメンバーなんだ。一人だけ置いて行かれるのも、それはそれで嫌だろうし。
「まぁ心配するな。なにがあっても、俺が守ってやる。クロックなんて敵じゃないぜ」
「うん!」
さっきとは違う、心からの笑顔を見て、少しほっとした。まぁクロックなんて敵じゃないってのは本気だし、本当だ。実際、クロックでなにがあっても、サニーは絶対に守る。
「んじゃ、これからのことを説明するぞ。本当はレッドツリーで一泊してから船で移動しようと思ってたけど……夜の便ですぐにアカムレッドを出る」
「なんでよ? そんなに急がなくてもいいじゃないのよ」
「……」
「な、なによ?」
「いや。純粋に関心してる。焦ってクエストを進めようとしてた初期に比べたら、成長したなと思って。お父さんは嬉しいぞ」
「死ね。船の錨に括られて海に落ちて溺死しろ」
純粋に関心してるって言っただろ。褒めてんだよ。俺はヤクザの怒りを買って沈められるのかよ。
でも、今回は急いで出発しなきゃいけない理由ができたんだ。さっきの色人形の襲撃で、状況が変わった。
「薄々わかってるとは思うけど……はっきり言って、俺たちは狙われてる」
予想で、おそらくは……クロックの女王に。
それがわかった以上、あんまりアカムレッドに滞在してるのは得策じゃない。
「なぜ、クロックの女王が私たちを狙うんだ?」
「それはわからないけど。この前、ガンマと戦り合ったのが原因かもな」
クロックの女王……黒の女王は、好戦的な王として有名だ。
三国大戦のときも、ホワイトシロンに最初に仕掛けたのは、黒の女王だ。ガンマみたいな戦闘狂と言うよりは、なんでも自分の思い通りにしようとする、独占欲が強い奴だ。他の国を屈服させようと、ホワイトシロン以外の国にもちょっかいを出してる。
アカムレッドで四角が動いた。それを撃退した冒険者が居る。
それだけの情報で充分だ。黒の女王が、俺たちを狙う理由は。
強い冒険者を、自分の思い通りに使いたい。そんなところだろう。色人形に俺たちを襲わせて、どれだけの力か試しやがったんだ。
だから俺たちがアカムレッドに残ってると、好戦的な黒の女王が、アカムレッド国になにか仕掛けてくる可能性もあるんだ。それは避けたい。それを考えると、すぐにでもアカムレッドを出たいんだ。
「……少しぐらい、町を見てもいいでしょ?」
アマノが上目遣いで見てくる。うぐ……上目遣いは反則だぞ。思わず「いいよ」って言っちまいそうだ。こいつ、上目遣いの使いどころを覚えてきやがったな。
「……まぁ、次の船は二時間後らしいし。それまでならいいぞ」
「じゃあサニーといろいろ見てくるわ。行きましょ。サニー」
「え? あ、うん」
サニーの手を引いて、レッドツリーの中に入って行くアマノ。
大樹の中が町になってるから、各階層にいろんな施設がある。全部で十階層だったかな? 港町だから、観光客もかなり居る。なかなかに見どころはある町だ。本当なら、ゆっくりとしたいところだった。
「……アマノは、サニーに気を使ったんだな」
「ん?」
「元気が無いようだったからな」
「ああ……」
確かに、いろいろ見て回れば、サニーの気も紛れるかもな。そう考えれば、レッドツリーは打って付けの町だ。
……よし!
「ラナ。俺たちも行こうぜ」
「そうだな」
「アマノー! 最上階の【レッドツリーマウンテンコースター】に行くぞ! 一気に下層まで滑り降りる滑り台だ! ここに来たら絶対に乗らなきゃ損!」
サニーが少しでも元気になるように、俺も必要以上にテンションを上げて、アマノたちの後に続いた。
ミ☆
夜になって、今日の最終便の船に乗り込んだ俺たち。
……すっげぇヘトヘトだけど。船に乗る前から、船酔いみたいな感じだった。
理由はね……うん……。
「楽しかったねー! レッドツリーマウンテンコースター!」
「また滑りに行きましょうね」
「……風を切る感覚が最高だったな」
これです。
いや。だからってさ……数えるのも面倒なぐらいの回数乗らなくても……こいつらの感覚どうなってんの? 一回乗れば普通満足するもんだけど。後半はもう気持ち悪いだけだったし。俺は待ってるから行っておいでって言っても許してくれないし。
けっきょく、乗る便を遅らせて、最終便になっちまったし。俺の話覚えてる? なるべく早くアカムレッドを離れたいって言ったよね?
「私、船って初めて乗ったよー」
「ん? そうなのか」
「うん。アカムレッドを出るのも初めて……」
遠ざかって行く、アカムレッドの大陸を、少し寂しそうに眺めるサニー。夜だからあんまり見えないけど、ところどころに、アカムレッドの灯りが見える。
自分が生まれ育った国を、一時的にとはいえ離れなきゃいけない。感慨深い気持ちなんだろうな。
「……寒くなってきた。今日はもう眠ったらどうだ?」
確かに、夜になって気温が下がってきて肌寒い。時間的にも、現世界で言えば日付が変わる時刻だ。子供は寝る時間。ラナがサニーに自分のマントを羽織らせた。
「うん。アマノン。一緒に寝よう? ラナも」
「もちろん! いいわよ!」
「わ、私もか?」
今日は船で一泊。明日の朝にはクロックに到着する。時間にすれば、半日程度の船旅だ。その間に、サニーの気持ちも落ち着けばいいな。ていうかアマノ。すっげぇ嬉しそう。
「ユッキーも一緒に寝よう?」
「いいぞ」
「駄目に決まってるでしょ。即答してんじゃないわよ。枕で圧迫されて死ね」
まてまてまてぃ。俺は傷心のサニーに答えるべくして返事をしただけで……別にやましい気持ちはないぞ? しいて言うなら、寂しくて眠れない妹に寄り添ってあげる兄気分で……。
「……駄目?」
「う……」
サニーのおねだり作戦。残念そうな純粋な瞳でアマノを見た。罪悪感。アマノの心に会心の一撃。
「だ、駄目よ……サニーだけならともかく、私とラナも居るんだから……」
アマノはなんとか堪えた。しかし、やっぱり罪悪感で心が痛んでいる。ダメージ大。
「……うん。わかったー」
「サニー。今度は俺一人で一緒に寝てやるから」
「うん!」
「殺す」
とうとう純粋に殺すって言われたよ。別にいいじゃん。子供相手なら。何度も言うけど、これはマジで俺もやましい気持ちはないし。あったら最低野郎でやばい奴だけど。
まぁ冗談はさておき、船旅ってのはそれなりに危険もある。なにせ、逃げ場がないからな。黒の女王がちょっかいを出して来たら面倒なことになる。
「……ラナ。俺も警戒してるけど、頼んだぞ」
「わかった。任せておけ」
船には魔法結界も張られてるし、安全だけど。でも、警戒するに越したことは無い。
何事もなく、夜が更けて行くことを願って、俺も一人寂しく、寝室に戻った。
ミ☆
【黒国クロック】
心配は杞憂に終わって、何事もなく【黒国クロック】に到着した。
ここがクロックの首都だ。と言っても、港と首都は別になってて、船で着いたら、まず港の検問所で船から降りる人間を一人残らず調べる。【詮索魔法道具】ってのがあるんだ。それを使って、問題が無ければ、初めて首都に入れる。
「……嫌な感じね」
「まぁ、クロックは基本的に周りの国に敵対してるからな。黒の女王の性悪のせいで。ここまで厳重にしないと、首都に入り込んでテロを起こそうなんて輩はいくらでも居る」
特に、クロックとホワイトシロンは今も険悪の仲だ。戦争を起こそうとしてる話も、全然おかしくない。そんな話があるからこそ、いつにも増して、検問所は厳重なんだろう。兵士の数がめちゃくちゃ多い気がする。
「次が私たちだな」
検問の順番が回ってきた。現世界からのプレイヤーは、そもそも身分なんてものは存在しないから、詮索魔法道具は反応しない。だけどサニーとラナはそうはいかない。過去に罪人になるようなことを起こしてると、その場で強制送還なんてこともある。まぁ、サニーとラナなら問題ない。
「……通れ」
「は?」
俺たちの番になって、詮索魔法道具を使うことなく、検問の兵士がすぐに俺たちを通そうとした。いやいやいやいや。お仕事しなさいよ。兵士さん。
「まだなにも調べてないけど。その手にある詮索魔法道具は飾りか? 給料泥棒って言われるぞ」
「いいから通れ。次の奴! さっさと来い!」
皮肉気味に言ってやったのに、問答無用で、俺たちは検問所をほぼ素通りさせられた。
「ちょっと。どういうことよ?」
「……見るからに怪しくないって思われたんじゃね? 見た目は子供ばっかりのパーティだしな。良かったじゃん。ラッキーラッキー」
サニーが居るから、その場は適当に誤魔化したけど……俺たちが素通りできた理由が、俺には大体察しがついてた。
そして同時に確信した。
昨日、俺たちに色人形を送り込んできたのは……やっぱり、黒の女王だ。
俺たちをクロックに招待するってか? 来るなら来いってことか? 胸糞悪い奴だ。この野郎。噂通りの性悪女王だ。
港の出口を出ると、今度は広くて長い通路がある。見張りの兵士が数十メートルごとに居て、検問を通っても、監視されてるんだ。問題を起こせば、すぐに兵士に捕まる。ご丁寧に魔法結界も張られてるしな。首都への道だけあって、警備はさらに厳重だ。ここでわざわざなにかしようなんて奴はいない。
通路を通って、見上げても全部見えないほど大きな門を抜けると……やっと、首都クロックに入れる。あー……町に入るってだけで、すっげぇ息詰まる。
「……ユッキー。今って朝だよね?」
「ん? そうだぞ」
「なんで、空が暗いのー?」
ああ。そうか。説明してなかったな。これがクロックって国の特徴だ。
「クロック大陸は、ずっと夜なんだよ。アカムレッドのサンセットがずっと夕焼け空だったみたいにな。だから朝昼でも空は暗いままだぞ」
「そうなんだ。だから少し寒いんだね……」
確かに、陽の暖かさがないから、気温がだいぶ低い。寒さで震えるサニーを温めようとして、アマノがぎゅっと抱き付く(抱き付きたいだけだろうけど)。
陽がない国なんて、俺は気が滅入りそうになるから、個人的に、気候的にもクロックはあんまり好きな国じゃない。
「……これからどうする?」
俺と同じで、黒の女王のことを知っているラナは、検問所での不自然な対応も、やっぱり気になってるみたいだ。これからの行動を、慎重に考えたほうがいいと思ったんだろう。
でも、俺のやることは決まってる。
「黒の女王の所に直接行く」
「……大丈夫なのか?」
「ちょっかい出されたし。検問所でも舐めた対応してくれたし。ホワイトシロンと戦争を起こすって話も聞きたいしな。たぶん、次のクエストは黒の女王がからんだクエストだ」
だとしたら、どっちにしろクロック城に行って、黒の女王に会わなきゃいけない。
個人的に、ちょっとイラッとしてるしな。一言物申してやらないと気が済まない。前にクエストを進めてたときは、あんまり黒の女王と接点はなかった。悪い噂は嫌でも耳に入ってきたけどな。
さぁてと……とは言え、どうやって城に行くか。殴りこむのは簡単だけど、最初は慎重に行って、あっちの出方を見たほうがいいか? だとしたら……。
「ミソラさん?」
クロック城にどうやって入るかを考えていると、暗い路地から呼びかける声が聞こえた。
でも、その名前は俺たちの誰の名前でもない。
「ミソラさんですよね? 覚えてますか? 私のこと……」
路地から出てきたのは、メイド服を着た女の人。買い物帰りだったのか、紙袋を抱えながら……ミソラ。その名前を口にしてる。そして、
「……? ミソラ。と言うのは、私のことか?」
ラナのことを、嬉しそうに見ていた。
「はい! お久しぶりですね! 一年前、クロックを出て行ってから音沙汰なかったので、心配してたんですよ~。覚えてますか? 私、お城でメイドをしているカンナです!」
……えぇっと。
いろいろとまてまてって話だけど。このカンナって人は、ラナのことを、そのミソラって人と勘違いしてるみたいだな。暗いから見間違えてるんじゃないのか?
「いや。悪いが……私はそのミソラと言う人物では――」
「あなた……今、ミソラって言った?」
ラナの言葉に被せて、アマノが口を開いた。
驚きと戸惑いの表情で。
「……アマノ? 知ってるのかよ。ミソラって人」
「……虎上院美空」
……なんだって? それってもしかして……。
「私の……お姉ちゃんの名前よ」
【クエスト 黒の女王の誘い 開始】
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『おまけショートチャット』
「あんた。サニーと本気で一緒に寝るつもりじゃないでしょうね?」
「……サニーが望むなら俺は拒まない」
「……ロリコン」
「世の中の妹を大事にしてる全てのお兄さんに謝れ」
「サニーはあんたの妹じゃない。私の妹よ」
「お前の妹でもねぇよ!」




