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ゲーム世界に三年居た俺は期末テストが最大の敵でした⑨

「……」

「……浩之?」

「……」

「……どうしたの?」

「……」

「……虎上院さんのスカートがめくれてる」

「――!?」


 俺はすぐに隣の席に目を向けた。


 ……そもそも天乃いねぇじゃねぇか。


「おいコラ。晃」

「いやー。だって全然反応がなかったからさぁ」

「関係ない奴らまで騙されてるぞ」


 クラスの男子どもが天乃の席を一斉に見ていた。欲望に忠実な奴らだ。


「俺はテストに向けて精神統一中なんだ。邪魔すんな」

「……たかが期末テストで?」

「俺にとっては命に関わる」


 もし、赤点なんて取ったら、瞳姉が絶対に修羅の顔になる。そして俺に勉強を教えてくれてた天乃に殺される。ダブルの意味で俺はご臨終なんだ。


 だから俺は必ず……この強敵に打ち勝たなきゃならん。

 保身のために!


「俺は絶対に赤点を取らない……絶対に……神よ……」

「精神統一なのに、なんで祈るように手を組んでるの?」


 ほっとけ。俺はこういうときだけは神を信じるんだ。


「……あんたなにやってんの?」


 天乃がイチゴオレ片手に戻ってきた。

 ……めちゃくちゃ余裕だな。こいつ。テスト前に購買行くとか。


「お前、イチゴオレしか水分として受け付けないのか?」

「なに言ってんの? 水分はイチゴオレでしょ?」


 訳わからん。お前の体にある水分は全部イチゴオレなのか?

 そんなんだから胸……いや、やめとこう。感づかれる。


「虎上院さん、浩之はどう?」

「……お手並み拝見、ってところかしらね」


 俺を見てニヤニヤと笑う天乃。

 ぐぅ……その顔可愛いな。

 じゃねぇ。くっそ……人を馬鹿にしやがって。

 馬鹿なんだけどさ。


「とりあえずお前ら、テストの前に落ち着ける方法を教えろ」

「……上から目線? 誰があんたに勉強を教えたと思ってるの?」

「……教えてください」


 うぐ……事実だから反論できねぇ。


「人と言う字を手に書いて飲めばいいと思うよ」

「そんな気休め程度のやつじゃなくて、もっとガチなやつ」

「……ギャルゲーのキャラ名を唱える」

「それはお前だけだろ」


 なにかをやり遂げるときは、とにかく落ち着くことが大事だって聞いたことがある。

 だから俺はとにかく落ち着くことが大事だ。そうすれば隠された才能が体の奥から目覚めるはずだ! ゲームで言うなら主人公が覚醒してパワーアップするみたいな……。


「ある訳ないじゃないのよ」

「……ですよね」


 心を読まれることにはもうツッコミを入れない。


 ここはゲーム世界じゃなくて現世界だ。そんなゲーム仕様なんてあり得ない……。通用するのは自分自身の実力のみ。都合の良い展開になんてならない。


「じゃあ虎上院さんに『頑張って♥』。とか言ってもらえば?」


 晃はニヤニヤしている。完全に面白がってる。この野郎。殴りたい。


 ちらりと天乃を見る。


「……」


 天乃の睨みつける攻撃。俺は身が竦んだ。


 言ってくれるわけねぇだろ……確かにそんなこと言われたらやる気全開になるかもしれないけど――。


「……頑張って」


 言ってくれました。

 後ろにハートはなかったけど。


 ……やる気出てきたぜぇぇぇぇぇぇ!






ミ☆






 あっという間にテスト返却日。


 朝から授業の度に、テスト返却と答え合わせと解説の嵐。


 叫ぶ者。歓喜する者。悔しがる者。様々な表情と感情が飛び交う教室の中で……。


 俺はニヤついていた。


「……ぐへへ」

「キモイ」

「今だけは俺になにを言っても効果がない!」


 俺がこんなにニヤけてて、天乃の罵倒を物ともしない理由は一つだ。


 朝から嵐のように返却されたテスト。その全てが……。


 60点越え。


 うちの学校は赤点が30点以下だから余裕でセーフ。


 そして残りの返却教科は数学のみ。


 しかも、数学は最後に追い込みで天乃に教えてもらったから、はっきり言って一番自信がある。だいにゅうという技術を習得した俺に死角はない!


 これはもう俺の勝ちだろ?


 そりゃ自然と顔がニヤけるってもんだ。


「60点越えたぐらいでそんなにニヤけるのは浩之だけだろうね」

「なに言ってやがる。国語は70点越えたぞ?」

「ちなみに国語の平均点は81点だよ? 今回はけっこう簡単だったみたいだね」

「……」


 平均点なんてどうでもいい。俺は赤点を防げば勝ちなんだからな。

 ……ちょっと虚しいけど。


「ていうか、本当に数学大丈夫なんでしょうね?」

「当たり前だ。へたすれば国語を超える可能性もある」

「……まぁ自信があるならいいけど」


 天乃が突然得意げな顔をした。


「私の教え方が良かったのね」

「……否定はしねぇけど、自分で言うな」


 確かに、この結果は全部、天乃に勉強を教えてもらったおかげだ。

 感謝はしてる。

 けど、そのドヤ顔やめれ。


「あ、先生来たよ」


 待ちに待った六限目の数学。

 この世の終わりみてぇな顔してる奴もいるけど、俺は余裕の表情だ。これほどまでに余裕な気分でテスト返却を迎えるのはなんか気持ち良い。


「それじゃテスト返すぞー」


 次々と返却されるテスト。


 叫ぶ者。歓喜する者。悔しがる者。様々な表情と感情が飛び交う教室。朝から見慣れた光景だ。


 さてと……さぁ先生! 早く俺の名前を呼んでくれ! その瞬間に俺は真の勝者となる! 勝ち組だ! さぁ! 早く俺に勝利の雄叫びをさせてくれ!


「これで全員か? えっと後は……」


 …………………。


 あれ? 俺の名前呼ばれてないけど。


「あの、先生……」

「ん?」

「俺の名前呼ばれてないんすけど」

「あー、じゃあこれはお前のか」


 先生が取り出したのは……85点の数学答案用紙。


 ただし……名前が書かれてない。


 そしてよく見ると……85点の点数の横に……。




 0点の文字。




 ……。

 ……。

 ……。

 ……。




 あれ?




「名前書き忘れただろ? 名前を書き忘れるとどうなるかわかるよな?」


 どうやら俺は、問題を解くのに夢中で名前を書き忘れたらしい。


 名前を書き忘れるとどうなるか……それはわかってる。常識だ。どんなに高得点を取っていても、


「0点だ」


 こうなる。



 ……。



 どうしてこうなった?






ミ☆






 その日の夜。


 俺は食堂で綺麗に足を揃えて、その場に正座した。そしてそのまま頭を床に擦りつける。


「すいませんでした」


 いわゆる土下座です。


 相手は……瞳姉と天乃。


「……」

「……」


 軽蔑の目が二つ。怖いし痛いよ。その視線。


「ユッキー、なんで謝ってるの?」

「サニー。深い事情は聞かないほうがいい。あれは土下座といって、命の危険があるときに見逃してもらうときにやる行動だ」


 おい。大げさに言うな。

 ……あながち間違ってはいないけど。俺は今、命の危険にある。


 俺……どうされちゃうんだろ? 半殺しかな? 宙吊りにされて放置とか、飯抜きで外で縛られて放置とか……あぁ、俺の人生もここまでか……。


「……まぁ浩之にしては頑張ったんじゃないの? 点数が悪かったわけじゃないから、補習も勘弁してもらったんだし」


 ……あれ? 瞳姉の優しいお言葉。


「あんたの成績なんてどうでもいいしね。大事なのは補習になるかならないかだし」


 天乃もちょっと棘があるけど、やんわりとしたお言葉。

 少なくとも、俺に危害を加える雰囲気じゃない。


 ……俺、もしかして助かった?


「「その代り」」


 二人の声が揃った。


「二学期の中間テストでは今回以上の点数取ること」

「好きなクレープなんでも十個おごりね」


 ……。


 やっぱり助かってなかった。俺。


「……がくせいって、大変なんだねー」

「そうだな。知力で敗北すると土下座しなければならないなんてな」


 おいそこ、他人事か。他人事だけど。

 つーかラナ。ちょっと違う。






ミ☆






「はぁ~~~~……」

「浩之、明日から夏休みなのに、どうしてため息なんかついてるの?」

「どんな夏休みになるか想像できてるからだろうが」


 毎日のようにゲーム世界に拉致される。俺の高校二年生の夏休みは終わってるも当然だ。

 青春? なにそれ? 食べられるの?


「可愛い同級生。可愛い幼女。可愛い年上のお姉さん。そんなハーレム状態なのに……ため息なんかついてたら、周りの男子から反感買うよ?」

「安心しろ。すでに闇討ちは経験済みだ」


 つーか、サニーのことを幼女言うな。なんか卑猥に聞こえる。


「とりあえず一日ぶっ続けで行くからね」

「……はい」


 テストのことがあるから逆らえん。

 しっかりとクレープもおごらされたし。

 俺、良いとこなし……。


「あ、それと……サニーが海に行ってみたいって言ってたから、その後海水浴ね。瞳先生が連れて行ってくれるって言ってたから。ラナもけっこう興味あるみたいだったし」

「……」

「……あんた、なに顔緩ませてるの?」


 夏休み……最高。

 青春はここにあり!


 さっさとクエスト進めて戻って来るぞ!


「……」


 晃がキラキラした目で見てくる。


 ……こいつが言いたいことが手に取るようにわかる。


「……一緒にきたきゃ勝手にしろ」

「心の友よ」


 どうせラナの水着が見たいだけだろ。基本的に三次元より二次元なのに、設定萌えとか訳のわからないことを言って、ラナにはすっげぇ興味持ってるし。


「はいはーい。みんな座ってー」


 瞳姉が教室に入ってきた。一学期最後のホームルーム。無駄に気合入ってる。歩き方がいつもと違うもん。

 簡単な連絡事項を言った後、瞳姉は無駄に溜めてから、わざとらしく咳払いした。


「……みんな、夏休みってのは学生の特権よ! テストを勝ち抜いた学生だけが純粋に楽しめる……ご褒美よ! だから……」


 親指を立てて、グッドサインを俺たちに向ける瞳姉。


「最高に青春してきなさい!」


 ……よくそんな恥ずかしいことを言えるもんだ。

 まぁ俺もさっき、青春のこと考えてたけど。


 でも……こういうキャラが瞳姉の人気でもある。教師人気ランキングでダントツ一位は伊達じゃない(生徒たちが勝手にやったランキング)。

 ……たぶん、あのでかい胸に票を投じてる奴もいるだろうけど。


 ……俺の夏休み。どうなるんだろうな。


 でもまぁ……去年よりはマシか。


 なにもやる気がなくて、無気力で過ごしてた去年より……。


「浩之」


 やることがある今のほうが。


「……これからもよろしく」

「……よろしくの気持ちを込めてチューしてもいいぞ」

「死ね。海でサメに食べられて死ね」

「嘘です。ごめんなさい」


 怖い。



 ……俺、本当に青春できるかな?










━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『おまけショートチャット』


「大体、名前書き忘れるってどんだけ馬鹿なのよ?」

「言っただろ。脳内メモリーが不足してるって。名前のことなんて眼中になかった」

「ユッキー。自分の名前わからなくなっちゃったのー?」

「そこまで馬鹿じゃないからねっ!?」

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