ゲーム世界に三年居た俺は期末テストが最大の敵でした⑧
こいつがボスかよ。一番瞳姉とラナの所に行ってほしい相手がこっちに来ちまったよ。俺のレベルでボスクラスを相手にするのはちょっと勘弁してほしい。レベル1だよ?
「金はどうした? 届けに来たんじゃ……ないよな?」
「……金ならいくら待っても来ないぞ。虎上院財閥の社長さんは払う気がねぇからな」
もう隠す必要もねぇだろ。俺は全部暴露した。
それを聞いて、ボスは驚きを隠せない様子だった。そりゃそうだ。娘のためなら金を払おうとするのが普通だからな。
「実の娘が誘拐されたのに金を払わないだとっ!?」
「そうだよ。だから天乃を人質としてここに置いておいても無駄だぞ。じゃあそういうことで」
天乃とサニーの背中を押して、俺はそのままちゃっかりと倉庫を出て行こうとした。逃げるのも策の内だ。逃げることで勝つ戦いだってある。
「……じゃあお前らをまとめて海外で売っぱらってやるか」
逃走失敗。むしろなんか状況悪化。やべぇ。
ボスは鉄パイプを握りしめて、おまけにナイフまで取り出した。
おいおい。高校生相手になにガチ装備してるんだよ。
「お、俺に手を出すと外にいる俺の姉ちゃんにボコられるぞ?」
「その前にお前らを連れて逃げ出してやるさ。無能な部下が囮になってくれるだろうぜ」
駄目だ。たぶん、こいつになに言っても好転しない。
……どうしよ?
「ユッキー……」
「……」
サニーが天乃にしがみついて、怖さのあまり震えている。
……やるしかねぇか。くそ。
俺は大木刀を構えた。一人ぐらいならなんとかなるかもしれん。
「……生意気にやる気か?」
「やりたくねぇよ。ぶっちゃけ今すぐ逃げたい」
「はっはっは! 正直なのはいいことだ。だが……無謀は寿命を縮めるぞ?」
ですよねー。どう考えても無謀ですよねー。
でもなぁ。それでもなぁ……。
「逃げちゃいけない場面ぐらいはわかってるんだよ!」
大木刀を下段に構えて、突っ込んだ。そして一気にボスに向かって振り上げ……。
「……」
られなかった。
瞳姉。これ、重すぎです。運んでるだけで精一杯だった。何十キロあんの?
「うぐっ!?」
鉄パイプで脇腹を殴られた。めっちゃいてぇ。
「良いのは威勢だけか?」
「……」
この野郎。今すぐその悪人面に叩き込んでやるよ。
「おりゃあっ!?」
渾身の力を込めて大木刀を振り上げる。
おぉ! 今度は振り上がったぞ!
「ぶぐっ!?」
逆に言うと振り上がっただけ。ボスにはかすりもしなかった。振り上げるだけで精いっぱいなのに狙いなんか定まるか。カウンターで鉄パイプを額に食らう。
「そらそらぁ!」
その後も俺は鉄パイプで滅多打ちにされた。
痛い。
めちゃめちゃ痛い。つーか痛すぎてもう感覚が麻痺してる。
血もすげぇ出てるし。意識が朦朧としてきた。
それでも……。
「……なかなか頑丈だな」
倒れてたまるか。
俺が倒れたら……天乃とサニーが不安がるだろうが。
「殴って駄目なら……これはどうだ?」
ボスはナイフを舌で舐めた。悪人面がさらに凶悪になる。
うん。それはちょっと洒落にならないんじゃないか?
「刺される痛みを知ってるか? 殴られるのとは比べものにならないぐらい痛いんだぞ?」
「……」
くそ……俺じゃどうにもならねぇか。
こうなったらヤケクソで突っ込んで――。
「私が……行けばいい?」
俺が大木刀を引きづりながら走りだそうとしたとき、天乃が一歩前に出てきた。
「あ?」
「……私があんたと一緒に行く。売るなりなんでも好きにして。でも……二人は逃がしてあげて」
「おい! 天乃……」
言いかけて、言葉が止まる。
天乃は……泣いていた。
……俺が情けないせいか。
助けてやるなんてでかいこと言っておいて、こんなにボコボコにされて。
天乃を泣かせてるから――。
「……刺される痛みを知ってるかって?」
そんなもん知ってるんだよ。
「じゃあ火で燃やされる熱さを知ってるか? 爆発で体を吹っ飛ばされる衝撃を知ってるか? 怪物に殴られて、爪で体を切り裂かれる痛みを知ってるか?」
俺はゲーム世界で何回も死にそうな目に会ったんだ。
このぐらいのダメージ……なんてことないんだよ!
「……なに言ってやがるこのガキ」
「……来いよ」
死にそうになったこともねぇ奴が、痛みなんて語るんじゃねぇよ!
「お前なんかデコピン一撃で倒してやる」
「……やってみろよぉ!」
ナイフを振りかざしながら、ボスが向かってきた。
ナイフがなんだ。あんなもんよりもっと怖いもんを俺は相手にしてきた。
――全然怖くねぇんだよ。
「きゅ?」
………………。
ん?
このシリアスシーンに似合わない鳴き声が聞こえたんだけど。
「……あ?」
ボスの目の前をパタパタ飛んで、大口を開けてたのは、
「きゅー」
アカムだった。
そういやこいつ、サニーの鞄に入ってたんだっけか?
「ぎゅー!」
「おあっちぃ!?」
アカムが吐いた小さな火球が、ボスの頭に直撃。髪の毛が火事になった。熱さで叫びながら頭の火を必死に消そうとしてる。
お? これチャンスじゃん。隙だらけじゃん。
「どりゃあぁぁぁぁっ!?」
最後の力を振り絞って、大木刀を振り上げる。そしてボスの脳天目がけて、力任せに振り下ろした。
「ぎゃっ!?」
会心の一撃。
白目を剥いたボスはそのままゆらりと仰向けに倒れた。
……やればできる子だ。俺。
「はぁ~~~~~……」
駄目だ。もう立てん。つーか体中いてぇ。
そもそもこの大木刀、実戦向けじゃないから。これなら普通の木刀のほうが良かった。ていうか瞳姉はこれ振り回せるの? あり得ねぇ。
「……」
天乃が目を擦りながら、俺に駆け寄ってきた。そして、
「馬鹿!」
「痛い!?」
俺の脳天にチョップ。
なんで? なんで俺はチョップされたの?
「おまっ……まだ傷が……って、え?」
天乃は……また泣いていた。
「私なんかのために……それであんたが死んじゃったらどうするつもりなの!? そんなに傷だらけになってまで……どうして戦ったのよ!? どうして私なんか守ろうとしたのよ!」
「……」
なんで? さっきも言ったとおり理由なんてない。
そうだ。ない物は答えようがない。
でも……今の状況であえて言うなら……。
「お前が泣いてたからだろうが」
「……」
俺は思ったことを言っただけだ。
それなのに……天乃は泣き止むどころか、さらに泣き出した。ちょっ……泣き止んでくれませんかね? あんまり天乃に泣かれると、後で瞳姉に……。
「――!?」
天乃が、俺に抱きついてきた。
泣きながら。俺の胸に顔を埋めてくる。
「本当に……馬鹿……いつか死ぬわよ……あんた……」
……。
うん。柔らかい。良い匂い。これで胸がラナぐらい大きかったら……。
最低か。俺。
「……俺を長生きさせたかったら、お前も無茶すんなよ? 特に自分だけ犠牲ってのは禁止だ」
「……前向きに善処するわ」
「いや、そこは素直に頷いとけ」
こいつまた無茶するな。こりゃ。
「サニーちゃん! 天乃ちゃん!」
倉庫の扉を開けて、瞳姉とラナが入ってきた。
「ヒットォ!?」
瞳姉の顔を見て一気に安心したのか、サニーが顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら瞳姉に抱きついた。サニーと天乃の無事を確認して、瞳姉は安堵の息をつく。
「良かった……二人とも無事で……」
「瞳姉。ここに血だらけの可愛い弟がいるんだけど?」
「あ、外の連中は全部倒したわよ。雑魚ばっかりで物足りなかったわ」
ナイススルー。
そして誘拐犯相手に雑魚。あんたが一番怖いよ。
「……」
瞳姉が俺と天乃を見てきた。
やっと俺が傷だらけだってことに気が付いたのかと思ったら、全然違った。ニヤニヤしながら……一言。
「仲良しね。二人とも」
俺と天乃はまだ体を密着させたままだった。
「――!?」
我に返ったかのように、天乃が俺から離れた。
「あら? 別にもうちょっと抱き合っててもいいのよ?」
「わ、私は別に……こ、こいつが怪我してるから傷を見てただけで……」
「瞳姉。こんな時にからかうのはいいから、とりあえず医者」
つーか抱き合ってないし。抱き付かれてただけだし。
顔を赤くして俺から完全に目を逸らした天乃。その視線が……ラナとぶつかった。
「……」
「……無事のようだな」
ラナの言葉に対して、天乃はなにも答えない。
ただ、じっとラナのことを見ていた。
うーん。まだ仲良しには遠いか?
「……!? 天乃!」
叫んだ俺の声と同時に、起き上った一つの影。
誘拐犯のボスだ。完全にのびてたのに、もう目を覚ましやがった。
「死ねぇぇっ!?」
ナイフを構えて、天乃に向かって一直線。
やべぇ!? くっそ!? 体が動かねぇ!
「――!?」
ドス! と鈍い音が聞こえた。
でもそれは、天乃にナイフが刺さった音じゃなかった。
ナイフが刺さっていたのは……。
「うぐ……」
「ラ、ラナフィス!?」
天乃を庇った、ラナの右腕だった。
野郎……今度は顔面に叩き込んでやる。
「浩之。それ貸して」
怒りのあまりボスに大木刀を向けてた俺から、瞳姉が大木刀を取り上げた。
……。
あ、やべぇ。
瞳姉。キレてる。
その後……誘拐犯のボスの行方を知る者は……誰もいなかった。
「ちょ、ちょっと!?」
目の前で起きたことに、気が動転してる天乃。
一番落ち着いてるのは、刺されたラナだった。刺さったナイフを引き抜いて、ジャージの上着で止血をする。
「大丈夫だ。気にするほどの怪我じゃない」
「大丈夫って……刺されたのよ!? 大丈夫なわけないじゃないのよ!」
「いや、アマノが無事で良かった」
「……」
笑顔のラナ。純粋にそう思っている顔だ。
その笑顔を見て、天乃はなにも言えなくなったのか、ラナの腕にそっと手を置いて、
「本当に……馬鹿ばっかり……」
そう呟いた。
ミ☆
「あんた、そんなのもわからないの?」
「……はっはっは」
「笑ってるんじゃないわよ」
期末テストが明後日に迫った日の夜。
俺は最後の追い込みと言わんばかりに、天乃に勉強を教わっていた。
「だからこの公式を使って……これをここに代入すれば……ほら」
「おぉ。なるほど。だいにゅうな」
「……本当にわかってる?」
「半分」
「……」
目が怖いです。
「二人ともお疲れー」
サニーが扉を勢いよく開けて、弾丸のように俺の背中に飛びついてきた。
「サニー。最後の追い込み中だから邪魔しないでくれ」
「そうよ。飛びつくなら私の背中にしなさい」
「そこじゃねぇだろ」
「あのねぇ! あのねぇ! またラナがおにぎり作ってくれるんだって!」
サニーが部屋の扉を振り返ると、ラナがエプロン姿で立っていた。
……今、裸エプロンを想像した俺の脳内は腐っているのだろうか?
「ヒトミさんに頼まれたんだ。二人に差し入れしてやってくれと」
「……つーかラナ。腕はもう大丈夫なのか?」
「あぁ。もう痛みはない」
包帯をしている腕を軽く持ち上げてみせたラナ。
……回復早すぎじゃね? がっつり刺さってたのに。
「少し待っていてくれ。サニー、お茶を入れるのを手伝ってくれないか?」
「うん!」
サニーが一足先に食堂まで走って行った。本当に弾丸みたいだな。
その後を追って食堂に行こうとしたラナを、
「……ラナ」
天乃が呼び止めた。
……ん?
ていうか、今……ラナって呼んだか?
「……なんだ?」
「……」
天乃はラナの顔を見ながら、少し照れくさそうに。
「私……おかかとツナマヨがいい」
「……」
ラナは驚いた顔をして、ちょっと戸惑った顔をして、でもすぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あぁ。任せてくれ」
「……それと浩之のは中身無しでいいから」
「おい」
「ふふっ……」
ラナは笑いながら廊下を歩いて行った。
……。
一歩前進、か?
ミ☆
そして……最大の敵はやってきた。
【期末テストが出現した】
いや、出現て。
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『おまけショートチャット』
「瞳姉。誘拐犯のボスはどうしたの? 警察に引き渡す前まで見なかったけど」
「聞きたい?」
「……いえ。やっぱりいいです」




