ゲーム世界に三年居た俺は美少女に罵倒されました③
俺は驚いた。
いや、別に虎上院が可愛いことにじゃない。つーか性格は可愛くねぇし。
「……です」
「……あ、あぁ……そうですね」
虎上院という女は、めちゃくちゃ頭が良い。
六限目の歴史の授業。転校生だからと、担当教師の嶋村先生(独身32歳・彼女募集中)が、ある歴史事件の説明を頼んだ。
すると嶋村先生が望んでいた答え以上に……きっちりと、普通は覚えていないことまで、細かく、めちゃくちゃスラスラと説明してのけた。嶋村先生のほうが口をあんぐり開けて放心してるじゃねぇか。
そういえばこいつ、五限目の漢字テストも……範囲を知らなかったくせに満点取ってたしな。瞳姉が「範囲知らないから点数悪くても仕方ないわね~」とか言ってたけど、それ以下だったクラス全員はどうすればいいんだ?
まぁ確かに優等生の空気を全開で身に纏ってはいるけど。
いや、お嬢様? 英才教育を受けて、なに一つ不自由なく生活して、自分が一番偉いと思ってるお嬢様か? あぁそっちのほうが合いそうだ。
「……」
説明を終えて着席した虎上院が、またクールな表情でシャーペンを手にノートを取りはじめる。そんなに頭良いならノート取る必要ないだろ。資源の無駄だ。勉強したくてもできない国の子供たちに分けてやれ。
「……」
「――(バッ!)」
見ていたことに感づかれ、虎上院がこっちを向いた瞬間――俺はコンマ0、1秒で黒板に向き直った。
……ジロジロ見てたことに気付かれたか?
いやいや、俺の向き直り速度は完璧だったはずだ。大体、あれだけ模範解答を言った後なんだから少しぐらい注目してもおかしくは――。
「ジロジロ見るな。両目を突き抜かれて死ね」
俺はいつかこの女を泣かす。そう心に固く誓った。
ミ☆
「……ぐはぁ」
緊張感から解放され、俺はぐったりと机に体を伸ばす。
なんの緊張感かって? そんなの決まってる。隣にいたあの――。
「絶世の美少女の隣で緊張したの?」
「晃。俺の脳内を覗くな。それから間違ってる」
隣にいたあの性悪女のせいだ。
見るだけで毒舌吐かれるから、キョロキョロできず、俺は見たくもない黒板をずっと見てるはめになったんだぞ! (授業中だから当たり前ですが)
「容姿が良くてもあんな女もいるんだな」
「うーん。でも、むしろそれが良いって男子もいるみたいだよ? 罵られてみたいって」
「それはただの変態だ」
なんて言っても、初対面で「死ね」だぞ。
リアルで初めて聞いたわ。面と向かって女子から死ねとか。その他にも、こんなのとか最悪とか鶏以下とか……さすがの俺も傷つくぞ。
「それにしても、虎上院さん。ホームルームが終わったらすぐに帰っちゃったね?」
「ん? 俺はそれで助かったけどな」
俺は虎上院のいなくなった席を見た。さっきまでは目を向けることさえ許されなかった席を。ホームルームが終わったのと同時に、虎上院はさっさと教室を出て行ったから、今は空っぽの席だ。
「……虎上院さんが座ってた椅子を舐めたいって?」
「言ってねぇし、思ってねぇよ」
「じゃあリコーダーを舐め……」
「高校でリコーダーなんか使うか」
いや、あっても舐めないけどさ。
「あー……だるい。帰ろ。帰って寝よ」
「五限目から来たくせに……相変わらずだね」
「うっせ。晃は今日もバイトか?」
晃はバイトをしてるんだ。別にお小遣いがほしいとか、家が生活で困ってるとかじゃなくて、その理由が……ギャルゲーを買うためだ。
こいつ、こんな童顔で人畜無害で純粋そうなくせに、二次元美少女大好きっ子なんだ。人は見かけによらないとはまさにこのこと。こいつの部屋に入ると、ノーマルな奴は軽いトラウマになるぞ。俺も初めて入ったときは腰を抜かしそうになった。入った瞬間でかでかとメイド少女のポスター貼ってあるし。美少女がプリントされた抱き枕は大量にベッドの上に。そして美少女フィギュアが大量に……いや、きりがないからやめよう。
さっき虎上院の情報をあれだけ仕入れてたのも、美少女が大好きだからだろう。まぁ、三次元には二次元ほど興味はないみたいだが。
「ふふふ……今月末には新作が三本も出るからね! お金はいくらあっても足りないさ! 例えば『スカイウォーカー』の続編の――」
「まぁ頑張れ」
「なんか冷たくない!? 親友が自分の趣味を熱く語ってるのに!」
「……親友?」
「……そこを疑問形で返す? 僕だって人並みに傷つく心は持ってるよ?」
晃がギャルゲーのことを語りだしたら数時間から半日は本気で潰れる。
大げさじゃないぞ? 前にファミレスで迂闊にギャルゲーのことをツッコんだら、五時間語られたからな。それでもまだまだ語りたそうだったし。
逃げよう。俺は晃に背中を向けて教室を出ようとした。
「ところで浩之は最近RPGゲームやってるの? 小学校のころは毎日のように、睡眠と食事以外はRPGゲームのことしか頭にないゲーム廃人だったじゃない」
その晃の言葉で、俺の足が止まる。
自然と、振り返るのに間ができてしまう。俺は表情に出ないように、精いっぱい白け顔を作ってから振り返った。
「廃人言うな」
「廃人だったじゃん?」
「……最近は、やってねぇよ。中学上がって以来な」
「……あぁ。そっか」
俺の言葉の奥に秘められた感情を悟ったかのように、晃はそれ以上なにも聞いてこなかった。
確かに俺は、小学校のときはRPGゲームの鬼だった。ぶっちゃけ廃人って言われても仕方ないぐらいに。
学校でも、家でも、食事と睡眠以外は小型ゲーム機を片手に生活。やばいときには小型ゲーム機とテレビゲーム機を同時進行なんてときもあった。小学校ってのは一番外で遊ぶ率が高いはずだけど、俺は外でもゲームをしていた口だ。
そんなゲームの廃人だった俺も、中学に上がってから……ゲームは全くやっていない。
そもそも俺には――中学時代が存在しないんだ。
「浩之。明日の放課後暇?」
「ん? 時間なんて死ぬほどあるけど……なんで?」
「久々にカラオケでも行こうよ。今、サービスパックやってるんだ。たまにはおごるからさ」
俺の背中をポンと叩き、晃はそのまま教室を出て行った。
手を振っている晃に、俺も手を振りかえす。OKのサインだ。
たぶん、俺に気を使ったんだろうな。趣味は少し変人だが、あいつは良い奴だ。
「……ゲームか」
思い出したくないことを少し思い出した俺は、それを振り払うように頭を振り、教室を出た。
ミ☆
「くあぁぁぁぁ……」
大あくびをして正門を出た。
そもそも俺は帰って寝る予定だったのに、瞳姉に呼び出されたんだ。くそ……俺の大事な睡眠時間を。
大体、学校に行ったせいで散々だったんだ。初対面の女にボロボロに言われまくるし。漢字のテストはボロボロだったし(俺のせいだが)。
「お?」
スマホが振動。今度はメールみたいだな。
「げっ」
今、このタイミングで一番来てほしくない相手から。瞳姉だ。
『今日の夜八時からやるドラマ録画しておいて。そして私は残業で遅くなる!』
俺をパシリと勘違いしてないか? 録画予約ぐらい、朝にやっておいてくれ。
そう思いながらも俺は反論できない。すぐに『了解』と返信する。
そりゃそうだ。瞳姉には返しても返しきれない恩がある。
家族が誰もいなくなった俺の面倒を、ずっと見てくれてるんだから。ドラマの録画ぐらいはやってあげないと罰が当たる。
「お?」
またさっきと同じ声が出る。学校から少し離れた裏路地。普通、生徒は通らないけど、俺は家への近道だから通る。
そこに、あの真魔王がいた。周りにいるのは魔王城の雑魚敵か?
「君可愛いね~。ちょっと俺らと遊びにいかない?」
……違った。社会の雑魚だった。
金髪でチャラチャラした服装に、濃いアクセサリーを身に纏った三人の男。虎上院を取り囲み、漫画とかでよく聞く定番の台詞を吐いている。
そんな男たちを冷めた目で見る虎上院。俺もさっきはあんな目で見られてた。
まぁ中身が真魔王でも、外見は絶世の美女だ。あんな男共を引きつけるのも無理はない。むしろ自然なことだ。
うーん……でもあれ、不味いよな? 虎上院ならあの後どういう行動に出るかがわかる。だからこそ不味い。ああいう社会の雑魚共はすぐに切れるから扱いにくいんだ。
「触らないでよ。誰もいない廃ビルで首吊って死ね」
だから死に方まで指示するな。リアルに聞こえるんだよ。
……じゃねぇ。あーあやっちまったよ。さっきまでニヤけてた男たちの顔がみるみる怒りに染まって行く。
「あ? こいつ……可愛いからって調子に乗るんじゃねぇぞ」
「いいから俺らと来ればいいんだよ! 良いことしてやるぜ? 大人の階段上りたいだろ? げへへへ」
……気持ちわりぃなこいつら。
男たちは虎上院を無理やり連れて行こうとした。さすがに力づくとなると、男三人相手だとどうしようもないだろ。仕方ねぇな……ったく。
「おぉ!? こんな所にいたのかぁ!」
虎上院と男たちの間に割って入り、精いっぱいの作り笑みを浮かべた。声も無駄に大きくなる。男たちの顔を見ないようにして、虎上院に向かって叫ぶ。
「虎上院。先生が呼んでるぞ! なんか渡し忘れた書類があるんだってよ! さぁ学校に戻ろう! 今すぐに戻ろう! じゃあそういうことで!」
なにがなんでも顔を見ないまま、男たちにビシッ! と敬礼し、俺は虎上院の手を引いて走り出した。
「おいコラァ!?」
男たちがなんか叫んでるけど無視。だって捕まったら面倒だもん。
とりあえず、一番安全なのはやっぱり学校か? 虎上院の手を引きながら、俺は学校へと引き返した。
……つーか俺、なんか学校に引き返してばっかだな。
ミ☆
「ぜぇ……ぜぇ……」
正門から駆け込み、体育館の裏まで逃げてきた。さすがに学校の敷地内ならあいつらは追ってこないだろう。
「……」
掴まれたままの自分の手をじっと見つめる虎上院。あ、しまった。とっさに掴んじまってた。それもここに来るまでずっと。
「あ、わりぃ。今離――」
「離せ。プールで溺れて死ね」
こいつの頭には感謝の二文字がないのか?
つーか。いくら夏だからってはしゃぎ過ぎてプールで溺れる馬鹿みてぇに言うな。
虎上院の手をぶん! と投げ捨て、俺は背中を向けた。
おかしいな? これだけの美少女の手を握ってたのに、全くドキドキなんかしねぇ。むしろイラっとしただけだ。
「……無駄な威嚇すんなよ。自分の身を滅ぼすぞ」
とりあえず忠告しておいてやるか。自分の優しさを自分で自画自賛する。あれだけボロボロに言われた相手にまだ情けをかけるとは――。
「助けてなんて誰が言ったの? 迷惑よ。ヒーロー気取り? 死ね。喉に餅を詰まらせて死ね」
俺は年寄りじゃねぇぞ。
つーか、何気に今、二回死ねって言ったよな?
「お前には周りと同調しようとかそういう気持ちはねぇのか!? 大体、確かに助けてとは言ってなかったけど、あんな場面に出くわして見て見ぬふりできるか!? 別に恩を売ろうとか考えてねぇけどさ! ちょっとは感謝の言葉があったって――」
「うるさいわね!? 私は誰の助けもいらない! 放っておいてよ!」
虎上院の声が感情的になった。俺は思わず押し黙る。
俺に背を向ける虎上院。その反動で、手に持っていた学校指定鞄の開きかけてたポケットから、ポロっと何かが落ちる。それを慌てて拾い、それから俺をキッと睨みつける。
うん。怖い。瞳姉と良い勝負です。
「……私は助けなんていらない。他人なんて……信用できない」
「……」
「焼却炉に放り込まれて全身焼かれて跡形も残らず死ね」
「怖いわ!?」
完全犯罪でも狙ってるのか? お前は。
つーか、骨は残るんじゃね?(そこじゃないけど)
虎上院はそのまま振り返ることなく、グラウンドに出て行った。
くそ……もう二度と、絶対に助けてやらねぇ。助けてやった俺がなんであんなに罵倒されなきゃいけないんだ。不条理だ。ちくしょう。
……そう思いながらも、俺は放っておけなかった。
さっき、虎上院の鞄から落ちた物。
あれは――コントローラーだった。
ミ☆
「……なんでついてくるわけ?」
やっと振り返り、俺のことを視界に入れてきた虎上院。
さっきから二十分ぐらい、俺は虎上院の後をずっとつけていた。
「不審人物として警察に通報してもいいの?」
「帰る方向が同じだけです~。って説明するから、したけりゃしろ。でもその前に……お前、さっきコントローラー持ってたよな?」
コントローラーを持っている理由は一つだけだ。
ゲーム世界の冒険に志願し、各国の管理機関からコントローラーを受け取る。
まぁ手続きが色々と面倒だけど。とくに未成年者は両親の了解とか制約が厳しい。
「お前、廃人なの?」
「死ね。背後から後頭部を強打されて死ね」
「殺人じゃねぇか!?」
さっきから死ねって言うか、殺人よりになってるぞ。
だってそうだろ? 世界政府が参加を促したのはゲーム廃人だ。
まぁ絶対にそうじゃなきゃいけないわけじゃないけど。実際、こんなゲーム世界に興味を持つのはその類の奴だけだ。
「私がそんな社会の底辺に見えるなら、あんたの目は犬猫以下ね」
「コラコラ。廃人を社会の底辺扱いするな。ゲームが好きってだけだろ。ニートとは違うんだぞ。ちゃんと働いてれば別に趣味の一環だろ。ていうかそこじゃなくて……じゃあなんでコントローラー持ってるんだよ?」
虎上院がコントローラーを持っている。それは紛れのない事実だ。
ゲームの廃人であるにしろないにしろ、こいつはゲーム世界――ゲームに参加してるってことだ。
「……あんたには関係ない」
「まぁ確かに関係はねぇな。でもな、一つだけ忠告しとくぞ? やめとけ」
あんなのゲームでもなんでもない。
現実でゲームシステムをリアルにやるってことが、どれだけ困難か、どれだけ馬鹿げてることか。テレビのニュースを見ればよくわかる。
「あんなの無理ゲーだぞ? 無駄に命落とすだけだ」
「……私が死んだって、あんたには関係ない」
この野郎。人がせっかく好意で心配してやってるのに。
まぁ確かに誰かがクリアしないと現世界が危ないんだけどさ。クリアしたからって本当にゲーム世界が消えるかどうか疑問だし。
「あのなぁ。大体お前……ゲームとか本当にや……って、おい」
俺の発言を無視して、虎上院は鞄からコントローラーを取り出した。
……ん? ちょっと待て。なにスイッチ押してるんだ? まさかここでゲーム世界に転移する気か?
「おい待て!? コントローラーは半径五メートル以内にいる奴全員に――」
俺が言い切る前に、コントローラーは発動していた。
コントローラーはゲーム世界への転移道具。その効果は使用者の半径五メートル以内だ。
俺はしっかりと、虎上院から半径五メートル以内にいた。
つまり――。
「……マジで?」
俺と虎上院の体が光に包まれた。
……この女。絶対にいつか泣かす。
そこから俺の意識は一瞬、消えることになった。