ゲーム世界に三年居た俺は期末テストが最大の敵でした⑦
「……」
なんであいつは私のことをこんなに気にするの?
私はただ、無理やりあいつをゲーム世界に巻き込んだだけなのに。それだけの関係なのに。
お父さんが見てくれない私を……なんで見てくれるの……。
「……そもそも助けてやるって、あいつになにかできるの?」
いや、できるわけないわ。
だってあいつ、こっちの世界だと雑魚だもん。誘拐犯相手になにができるとも思えない。
でも……それでも……。
『ぜったいに助けてやる! 黙ってそこで待ってろ! だから場所を教えろ!』
なんでだろう?
なんでその言葉を信じられるんだろう?
それに私はなんで……最初に家じゃなくて、あいつに電話したんだろう……。
全然わからない……自分自身が。
「……ん……」
サニーが目を擦って起き上った。私はすぐに抱き寄せた。
「大丈夫?」
「……うん」
サニーは不安そうな顔をしてる。
当たり前だけど……私に巻き込まれて誘拐されちゃったんだし……。
「ごめんね……サニーまで巻き込んじゃって」
「アマノンのせいじゃないよー。でも……どうなるんだろうね? 私たち……」
「……うちのお父さんは絶対にお金を払わないわ」
「え? でもそれじゃあ……」
「……大丈夫」
サニーの頭を撫でて、できる限りの笑顔を作った。
「あの馬鹿が助けに来るって言ってたから」
「……ユッキー?」
馬鹿って言っただけでわかるのね。あいつも哀れな奴。
「でも、ユッキー……こっちの世界だと雑魚なんだよね?」
おまけに雑魚って定着しちゃってるのね。本当に哀れな奴。
「絶対に助けに行く」
「え?」
「そう言ってたわ。だから……私たちは信じて待ちましょ」
「……」
ずっと不安そうにしてたサニーが、小さく笑ってくれた。
「アマノン。ユッキーを信じてるんだね」
「べ、別に……あんな奴……」
馬鹿で変態で調子よくてルックスも普通なあいつなんか……。
でも、たまにすごく頼りになるけど。なんだかんだで優しいし……。
……なに考えてるの私?
本当に……自分がわからない。
ミ☆
「……瞳姉、本当に正面から行くの?」
もう空が暗くなってきた。夏で日が長いとはいえ、完全に暗くなる前に終わらせたいけど……本当に正面突破するの?
「今さらなに言ってるのよ?」
「男なら覚悟を決めろ」
確かに、この場でゆういつの男なんですけどね。でも俺が根性なしなわけでは決してないと思う。
現在場所は廃港の入り口が見える空地。
車で三十分。隣町にある廃港なんて一か所しかないからすぐにわかった。昔、晃と自転車で来て、中に侵入して遊んだことがあるから倉庫の場所もわかる。
「入ると右側に船の整備場所があって、その奥に倉庫があるんだけど……あれ見てあれ」
入口からゆっくりと顔を出してる、強面の男。明らかに誘拐犯の一人だ。
誘拐犯が何人いるのかわからないけど、倉庫までの道は見張りが何人もいると思っていいだろう。そして倉庫内にも。
「……じゃあこうする?」
「ん?」
「私とラナちゃんが正面突破するから。私たちに注意が行ってる間に浩之は倉庫の裏口からこっそり入って、天乃ちゃんとサニーちゃんを助けるの」
なんか逆に俺の責任が重大になった気がすんだけど。
でも、確かに俺が一緒にいても、絶対戦闘で役にはたたない。むしろ邪魔になる。
「でも……」
「絶対に助けてやるって言ったでしょ? だったらやりなさい! 大丈夫! 私の弟なんだからね!」
それはなんの根拠にもならねぇから。良い顔で良い台詞っぽく言われても困るから。過度な期待は重しでしかないから。
「ヒロユキ」
ラナが俺の肩を叩いてきた。
「サニーと……アマノを助けてやってくれ」
「……」
やめてその顔。なんか弱音を吐けない。
これは……やるしかないのか?
くっそう! こうなったらやけくそだ! なるようになれ!
「さーってと、じゃあ行こうかしらね」
軽いなぁ。どうしてこの状況でそんな軽いノリでいけるんだろう? 鋼のハートが羨ましいよ。
「……全部斬る」
いや、ラナ。木刀だから斬れないって。
瞳姉とラナが素早く、入口の門の左右に散った。そして、見張り役っぽい男が様子を窺いに顔を出したところを、
「うおがっ!?」
瞳姉が顔を引っ掴んで一撃。簡単に気を失った。
「よし」
よし。じゃないよ。なんか見てる俺が怖くなってきたよ。
「ヒトミさん。もっと堂々といかないと注意を引けないんじゃないか?」
「あ、それもそうね。じゃあ……」
瞳姉が息を大きく吸い込んだ。
……嫌な予感しかしない。
「誘拐犯共に告ぐ! 私の可愛い生徒と妹を返しなさいっ!!!」
わざわざ誘拐犯を呼ぶなよ!?
つーか、サニーはあんたの妹じゃねぇから。
「な、なんだっ!?」
誘拐犯共がぞろぞろと顔を出した。その数は十人ちょっと。これで全部かわからないけど、かなりの数だ。それに対して瞳姉とラナは二人。見る限り多勢に無勢だ。
……まぁ、絶対に勢力通りにはいかないけど。
「女……?」
「こいつら、人質を取り返しに来たのか?」
「捕まえろ。こいつらも捕まえて売っぱらってやる。二人ともかなりの上玉だぜ……」
これでもかってぐらいのベタな悪人台詞ご馳走様です。
つーか……こいつらも? 売っぱらう?
まさか、天乃とサニーは元々返す気がなかったのか? 金だけもらって、外国にでも売るつもりだったのか?
腐ってるな、こいつら。
【誘拐犯の群れ出現】
おい。ここは現世界だ。そのメッセージいらんて。なんで出てくんだよ。
「へっへっへ……馬鹿な奴らだぜ。自分たちから売られに来るなんてよ」
誘拐犯の一人が丸腰で瞳姉に近づいてきた。
あーあ。馬鹿だなぁこいつ。瞳姉相手に丸腰とか。
「でっけぇ胸してやがる。売る前に俺がたっぷりと遊んでやろうかなぁ。良い声で叫ばせてやるぜ? ぐえっへっへ」
気持ち悪い笑い声出すな。
つーかこいつ、気がついてるのかな?
「……死ぬ?」
自分で死亡フラグ立ててることに。
「ぐぎゃっ!?」
メリケンを装備した瞳姉の拳が、男の額を打ち抜いた。まるでピンポン玉みたいに男の体は吹っ飛んで地面にぐしゃりと落ちる。当然、気絶。
まぁあの気持ち悪い顔で、瞳姉の目の前で胸の話をしたんだ。当然の報いだな。
「て、てめぇ!?」
数人の誘拐犯がナイフを取り出して身構えた。そこへラナが木刀を持って突っ込む。
「【スラッシュクロス】!」
「うぎゃっ!?」
「うわっ!?」
十字に一線された木刀が、二人の男をまとめて吹き飛ばした。
木刀じゃなかったら、それこそ十字に切り裂かれてる。今のは双剣のスキル【スラッシュクロス】だ。その名の通り、十字の斬撃を繰り出して攻撃する。
……ていうか、なんでこっちの世界でスキル使えるの? 名前叫んだだけかもしれないけどさ。
「瞳~~~アタァァック!!!」
おもいっきり力が込められた瞳姉の殺人拳が、男の腹部をとらえる。メキメキメキという効果音(いやマジで聞こえた)と共に漫画的に目を飛び出させる男。そのまま五メートルぐらい山なりに吹っ飛んだ。死んだかな?
ていうか瞳姉。技名のセンス。
「野郎!?」
振りかざされた男たちのナイフをひょいひょいと避ける瞳姉とラナ。今の動きだけでわかる。男たちのナイフは絶対に二人に届くことがないと。だって瞳姉なんか鼻歌歌いながら避けてるもん。
「てい」
「ぶっ!?」
またしても瞳姉のメリケンが炸裂。あーあ、鼻におもいっきり。折れたんじゃね? あれ。やった張本人は軽い声出してるけど。なんかゲーム世界での俺を見てるみたいだ。
「はあぁぁぁぁっ!」
ラナが素早い動きで男たちの間を縫うように移動する。
俺の目にはそれだけしか見えなかった。でも、男たちが次々と悲鳴をあげながら倒れて行く。移動しながら木刀で攻撃してたみたいだ。
「おい! 中の奴を連れてこい! こいつらただもんじゃねぇ!」
倉庫の中からまた数人の男が出てきた。何人いるんだよ。こいつら。巣を叩くと出てくる蟻みてぇだな。
……そろそろ中が手薄になってきたか? 裏口に回るか。正直、これ以上見てられない。
「ぎゃあっ!?」
「げぷっ!?
「ぷぎっ!?」
だって圧倒的すぎんだもん。もう放っておいても大丈夫だ。
……なんか誘拐犯のほうが哀れに見えてきた。
ミ☆
「……騒がしいわね」
「誰か来たのかな? もしかしてユッキー?」
「あいつが正面から来るとは思えないけど」
返り討ちが目に見えてるからね。あいつもそこまで馬鹿じゃないと思うけど。
じゃあ……誰?
「おい! お前らも来い! あの女ども化け物だ!」
呼ばれて、私とサニーの周りにいた男たちも外に出て行った。それで見張り役が、誰もいなくなった。
チャンス。私は両手を縛られた縄をなんとか解こうとした。
「く……」
「アマノン! あんまり無理やり解こうとすると手が……」
「大丈夫よ。なんとかこれを解けば……」
こんなの痛くない。それよりも、早くサニーを逃がさないと……。
もがきながら、手に力を込める。それでも縄は解けない。
もっと力を込める。腕に血が滲んできたけど、そんなの気にしてられない。
早く……早く……今のうちに!
「やめとけ馬鹿」
そんな呆れたような声が聞こえて、私の腕がいきなり自由になった。
「え?」
振り返ると、私を見下ろしていたのは……。
「あんまりお前に怪我させると瞳姉にどやされるんだよ」
浩之だった。
ミ☆
「よしっと」
サニーの縄もカッターで切ってやって、二人を解放した。
「ユッキー!」
「いっでっ!? サニー! シー!」
サニーが俺に抱きついてきた。あんまりでかい声出さないでくれ。見つかっちまうから。
……見たところ、倉庫内に誰もいないみたいだけど。瞳姉とラナの囮作戦は大成功みたいだな。
「……」
そして、さっきから天乃が俺のことを凝視してる。
「……なんだよ?」
「……本当に来たんだ」
「来たら悪いか」
「……なんで?」
天乃の目は……本気でそう思ってる目だった。
どうして助けに来たのか? それがわからないように。
「お父さんに見捨てられた私が……哀れに思えたの?」
「……」
哀れ、か。
確かにそう思わなかったと言えば嘘になる。でもな、俺がここに来たのはそんな理由じゃねぇ。つーか理由なんかねぇ。そんなもんいらない。
「理由なんかあるか。俺が助けたいから来たんだよ」
「……」
天乃は少し驚いたように目を見開いて、それから目を逸らした。
「……馬鹿みたい」
「おいコラ。馬鹿ってなんだよ?」
相変わらずだな、こいつは。案外元気そうで安心した。ちくしょうめ。
「ユッキー。外に誰かいるの?」
「あぁ。瞳姉とラナだよ。誘拐犯どもをボコボコにしてる。二人に目が行ってる間に俺が倉庫に侵入する作戦だ」
「え?」
天乃が罰の悪そうな顔をした。なんで?
「……ラナフィスも来てるの?」
「あぁ。サニーと……お前のことを心配してた」
「……」
あぁ……。
今まで冷たくしてたから、素直に喜べないのか? だから助けに来てもらったのが罰悪いのか?
ったく……つまらねぇ意地張ってるんじゃねぇよ。
「お前なぁ……いい加減にラナと――」
「ネズミ発見んんんっ!」
叫び声と同時に、俺に向かって鉄パイプが振り下ろされてきた。ちょっ!? いきなりすぎんだろ! 防衛本能で持ち上げた大木刀で偶然にガードできた。
「い、いっで……」
なんつー馬鹿力だよ。ガードした腕が痺れた……。
鉄パイプ片手に俺のことを睨んでたのは……片目に傷のある。こてこての悪人面の大男。
くっそ。誰もいないと思って油断してた……。
「外の女どもはやっぱり囮か。馬鹿どもが……見張りを無くしやがって」
あらら、ばれてたのか。こいつだけは少し頭が切れるみたいだな。
……ん? こいつの声、どこかで……。
そうだ。最初に天乃のスマホから着信があったときに聞いた声だ。こいつがあの時天乃のスマホを持ってたんだ。つまり……こいつが。
【誘拐犯のボス出現】
メッセージはでなくていいから。
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『おまけショートチャット』
「うぎゃっ!?」
「ぐふっ!?」
「ぎゃあっ!?」
「……瞳姉。メリケンだけで充分じゃん」




