ゲーム世界に三年居た俺は期末テストが最大の敵でした④
「天乃。英語英語」
「ちょっと待ってよ。まだお昼食べてるんだから」
学校での昼休み。俺はこんな寛ぎの時間でも勉強を忘れない。
まぁ天乃頼みなんだけど。
「単語覚えるだけでけっこう行ける?」
「単語じゃ点数低いわよ。文章を理解できて書けたほうが一気に点数稼げるわ」
「俺は赤点をふせげばいい。英語は一番苦手な教科だ」
「……あんた、苦手な教科ばっかりじゃないのよ」
「なにを言うか。国語だけは勉強しなくても赤点はねぇ」
「文章読めばなんとかなるからでしょ? どうせなら漢字と四字熟語も覚えて点数稼いだら?」
「他の教科に脳内メモリーを使いすぎてもう入らん」
「……小さい脳みそね」
「小さくない。出来が悪いだけだ」
「一緒じゃないのよ。胸張って言うな。知恵熱で死ね」
罵倒されつつも、一つの机で向かい合って勉強を教わる俺。
……さっきから痛いぐらい視線を感じるんだけど。
「こんなにどうどうと仲良くしてたら、そりゃあみんなから反感買うよね」
「晃、お前いつからいた?」
「浩之がドヤ顔で『俺は赤点をふせげばいい』って言ったところからかな」
俺、ドヤ顔してたの? うわっ。自然とやってた。
なるほど、この痛いぐらいの視線は全部男子共か。
基本サボリ魔野郎が転校生美少女と仲良くしてれば、そりゃ良い気はしねぇだろうけど。天乃に気持ち悪い視線を送ってるお前らよりマシだろうが。
「どう? 虎上院さん。浩之はいけそう?」
「……参考までに中間テストの成績を知りたいんだけど」
「……」
……覚えてません。ていうか、いいじゃん。過去のことは過去のことで。大事なのは未来! これからどうするかだ!
「国語46点。数学24点。英語8点。それから……」
「晃ストップ」
つーか、なんでお前が俺の点数把握してんの?
「……いまのだけですでに赤点二つってどういうこと? 英語にいたっては一桁ってどういうこと?」
うぐ……なにも言い返せない。
中間テスト。英語の点数が一桁だったせいで、俺は特別に英単語の書き取りを二十ページやらされたんだぞ。くそぉ。
もしかして俺、無謀な戦いを挑もうとしてる?
「まぁ目標が低いからなんとかなるでしょ。なにせ、私が教えてるんだし」
「そうだね。赤点をふせげばいいってドヤ顔で言ってるからね」
やめて。恥ずかしい。
でも確かに天乃の教え方はわかりやすい。馬鹿な俺でも理解できるほどに。
……たまに罵倒が入るけど。
「じゃあ今日帰ってからは英語中心でお願いします」
「あ、今日の帰り、サニーとクレープ屋さんに行って来るから。夜だけね」
「クレープ屋? ま、まさか……俺におごらせる気じゃ……」
「……そうしてもいいけど? ていうか、あんたも一緒に行きましょうなんて言ってないけど」
なんだよ。驚かせやがって。
「夜? 浩之、夜まで虎上院さんに勉強教えてもらってるの?」
「……」
しまった。晃にはまだ天乃がうちに泊まってるって言ってねぇんだった。
言ってねぇというか、あえて言わなかったんだけどな。絶対にいじられるし。ニヤニヤしながら。
「気にするな」
「浩之の家に置いてもらってるんだから、別に変なことじゃないわよ」
言うんじゃねぇよ!?
ギロリ。とクラスの男共が俺を睨んできた。痛い。視線が痛いよ。目を合わせないように、窓の外を見る。
「……同棲?」
「晃。これ以上誤解をまねく言い方するな」
俺、そろそろ闇討ちされるから。
けっきょく、晃にだけに事情を説明するはめになった。まぁ晃なら言いふらしたりしねぇからそこは大丈夫だと思うけど。
「家出……か。虎上院財閥の話は聞いたことあるけど、虎上院さんがねぇ……ただ名字が同じだけかと思ってたよ」
「実はお嬢様だったんだ。こいつぶごぉ!?」
「その呼ばれ方嫌いだって言ったでしょ」
教科書で喉仏殴打するのやめてください。
「ったく……私、ちょっと購買でイチゴオレ買って来るから!」
ぷりぷりしながら、天乃は教室を出て行った。
喉仏が痛いんだけど。殴られすぎて喉仏がそろそろ馬鹿になる……。
「お嬢様ねぇ……お金持ちって、優雅なイメージだけど、その地位を築くためにそれなりに努力してるからね。その子供も大変なんだろうね」
「……なぁ晃」
晃に聞いても仕方ないかもしれないけど、俺はどうしても気になることがある。
「自分の子供に全く関心がない親っていると思うか?」
「え?」
「……なんていうか、子供をなんとも思ってないっていうか……いなくてもいいみたいに思ってる親」
「……それって虎上院さんのお父さんのこと?」
俺にはいまいちピンとこないんだよな。
天乃があれほど嫌う親っていうのが。
「んー。親なんてそれぞれだからね。子供を大事にしてる親ばっかりとは限らないんじゃない?」
「……」
子供を大事にしてる親ばっかりとは限らない、か。
俺の親はどうだったんだろうな?
俺のこと……どう思ってたんだろうな。
まぁ……。
一生わかりようのないことだろうけど。
ミ☆
「こっちの世界のクレープも美味しいねー」
「アカムレッドクレープには敵わないけどね」
「きゅー」
鞄の中に居るアカムが、生クリームを舐めて可愛い声を出してる。
やばい……可愛いわ。
「フルーツいっぱいで甘い~。生地もやわらかいね!」
ほっぺにクリームを付けながらサニーが笑顔。
やばい……劇的に可愛いわ。
「ク、クレープにはやっぱりイチゴオレが一番ね」
今すぐにでも抱きつきたい気持ちを押えて、歯を食いしばる。今は駄目よ……周りの目があるわ。堪えるのよ、私!
……あとでおもいっきり抱きつこう。
「ユッキーは来なかったんだねー」
「あいつは勉強があるからね。引っ張ってきておごらせるのもよかったけど」
「そっかー。勉強かー……でもそんなに必死にやらないと駄目な物なのー?」
「普段サボってるから、あいつが悪いの」
帰ったらまた勉強教えなきゃいけないんだから……本当に面倒。
まぁあいつがゲーム世界に行けなくなったら困るから仕方ないんだけど。馬鹿だけど、ゲーム世界では頼りになることは間違いないし。
「……アマノン」
「なに?」
「どうして……ラナと仲良くしないの?」
「んぐっ!?」
い、いきなりね……。喉にクレープがつまりそうになったわ。
「べ、別に仲良くしてないわけじゃ……」
「だって、二人とも全然話さないし……今日もラナに一緒に行こうよって言ったら、アマノンがいるから行かない方がいいって言ってて……なんで? なんで二人とも仲良くしないの?」
「……」
私も仲良くしたくないわけじゃないわ。
でも……。
どうしても駄目なの。
ラナフィスを見てると……どうしても。
「失礼」
二人の男が、外の飲食スペースの端っこに座ってた私たちに、いきなり声をかけてきた。
なにこいつら……この暑いのに長袖着てるし、サングラス? 顔がよく見えないわ。
「……なによ?」
「……虎上院天乃さんですよね?」
「……だったらなに?」
またいつも声をかけてくるナンパ男たちだと思った。
けど……私が虎上院天乃だって言った瞬間。
サングラスに隠れた男たちの目が……顔が、怖いぐらいの笑顔を浮かべた。
ミ☆
「……日本人に英語なんてわかるか」
天乃に命令されて、帰り道、英語の単語帳をひたすら見ながら帰宅。
やべぇ。全く覚えられん。
英語なんてハローとかシーユーとかセンキューとかがわかればなんとかなるだろ。人生にどれだけ英語が必要なんだよ? そういう系の仕事してる奴じゃねぇと必要ねぇだろ。
……文句を言いながらも、覚えないといけないこの悔しさ。
俺はなんのために勉強してるんだ?
補習にならないためです。たぶん、補習になったら瞳姉と天乃に殺されます。
はぁ……。
今頃天乃はサニーとクレープ屋か。
とりあえず、アカムをあんまり大っぴらに出さなければいいけど。それから夕方までに帰ってきてほしい。成体になっちゃうから。
「……ん?」
足を止める。
なんか……俺の行く手を阻む人影が五つほど見えるんだけど。
「待ってたぜ……赤柳!」
「……誰?」
「こらぁ!? クラスメイトの顔を忘れるんじゃねぇよ!」
クラスメイト?
あー……クラスの男共か。ぶっちゃけ、顔と名前がいまいち一致しねぇんだけど。誰だっけ? こいつ。
「……誰?」
「二回も言うんじゃねぇよ!? 太田だ! 太田!」
どこぞのお笑い芸人と同じ名前だな。
「っで? なんか用?」
「ふっふっふ……学校じゃ周りの目があるから放っておいたが……ここなら周りの目を気にせず制裁を与えられる」
制裁? なんの?
ていうかこいつら、なんでこんなに笑ってるの? 獲物を取り囲んだ獣みてぇに。
「虎上院さんといちゃいちゃしやがって!? そんな男の敵は俺たちの手で制裁を与えてくれる!」
……あぁ。なるほど。獲物は俺のことか。
じゃないよっ!? 冷静に状況判断してる場合じゃねぇっ! 制裁? 俺に? つーかどう見たらいちゃいちゃしてるように見えたんだ?
「向き合って勉強会だと……そんなギャルゲー展開許さん……」
「しかも名前で呼び合って……」
「お昼もご一緒だと? どちくしょうが!」
「おまけに夜まで一緒だとぉ? てめぇ……健全な学生がなにしてやがる!」
お前らの脳内がすでに健全じゃねぇだろ。
あ、ていうかやばい。こいつらマジだ。マジで俺に制裁を与えるつもりだ。これは身の安全のためにしっかりと説明したほうがよさそうだ。
「ま、待て。田中……話せばわかる! 俺と天乃は別になんでもなくてだなぁ。確かにあいつの下着姿とか、ちょっと一線を越えた姿見たりもしたけど、それは別に……」
「太田だこらぁ!? つーか今なんつった? 下着? 一線を越えた? それはもう抹殺してくださいって言ってるんだよな!?」
あ、しまった。お笑い芸人のもう一人の方の名前で呼んじまった。おまけにべらべら余計なこと言い過ぎた。素直すぎる。俺。
「者ども! やってしまえ! 悪の魔王から虎上院さんを解放するのだ!」
「「「「おぉ!」」」」
なんでこいつらこんなに息ぴったりやねん!? 恐ろしいな! 嫉妬って!
田中……じゃない。太田を中心にクラスメイトが俺に飛びかかってきた。やべぇ!? やられる!
「ん? ヒロユキか。ここでなにをしているんだ?」
そこへ、救世主登場。
俺の後ろから現れたラナを見て、クラスメイトたちが動きを止めた。
「ラ、ラナこそここでなにやってんだ?」
「私はランニングの途中だ。それよりヒロユキ……なぜ私の後ろに隠れるんだ?」
気にするな。俺の身の安全の確保のためだ。最強の盾だ。見た目はすっげぇ情けないけど。
「誰だ……この子?」
「可愛いぞおい……」
「つーか赤柳の野郎……こんな可愛い子とも知り合いなのか……」
「奴だけは殺す……」
なんか火に油な気もするけど。
「……こいつらはなんだ? なにか、異様な気を発しているが」
嫉妬という名の気です。
ある意味モンスターより怖い。
「……ヒロユキの敵か?」
「うんまぁ……敵と言えば敵」
ボコボコにされかけてたし。命の危険を感じたのも事実。
軽い気持ちでそう言ったんだけど、ラナの目つきが変わった。
ゲーム世界で、モンスターを相手するときの目に。
「――!?」
後ろにいた俺でさえ、逃げたくなるような殺気。
たぶん、ラナの中では今、剣を一閃してあいつらを斬ってたんだろう。
そんな本物の殺気を向けられて。
「ひ、ひえぇぇぇっ!?」
クラスメイトたちは一目散に逃げ出した。
「……なんだ? 戦らないのか」
戦るわけない。あいつらただの高校生ですよ? 本物の殺気とか初めて向けられたんだろ。いい気味だと思うけど……ちょっとだけ可哀相だとも思ってやろう。
「た、助かった……」
「……というかヒロユキ。あんな奴ら、お前なら軽くねじ伏せられるだろう?」
「……ラナ。そろそろ理解してくれ」
俺が最強なのはゲーム世界でだけだって。
ラナは周りをキョロキョロと見渡す。それを見て、俺はなにを探してるのかわかった。
「天乃ならサニーと出かけたぞ」
「……あぁ。そういえばサニーがそんなことを言っていたな。私も誘われた」
「行かなかったのか?」
「……アマノがいるからな。私は……嫌われているようだし」
ちょっとだけ、寂しそうな顔をしたラナ。
ラナはたぶん……天乃と仲良くなりたいんだろうけど、あいつも頑固だからな。
ラナが姉ちゃんに似てる。
だから怖い。
そんなこと言っても……ラナは悪くない。
「……初めて会ったとき、俺なんか死ねって言われたぞ?」
「え?」
「天乃にだよ。変態とも言われたな。必要以上に話しかけるな。あんたなんか相手にしてる暇ない。とりあえず死ね。頭の中が鶏以下だって言われたぞ」
今思い出しても泣けてくる。
いや、別に俺の醜態を晒したいわけじゃないぞ? なにが言いたいかっていうと……。
「その内仲良くなれるよ。あいつ、甘い物に弱いからな。そこらへんを攻めるのもいいぞ」
「……ふふ。そうか」
ラナが笑った。
笑うと……やばいほどラナが綺麗に見える。
やべぇ。ちょっと照れる。
「ん?」
スマホが鳴った。
相手は……天乃?
サニーとクレープ屋のはずだろ? まさか……やっぱりおごれって言うんじゃ……。
「なんだそれは?」
「あー……通信機っていうか、離れてる相手と会話する物」
「……この世界はいろいろとすごいな」
うんまぁ。魔法とか使えるほうがこっちからするとすごいんだけどね。
「もしもし?」
『虎上院さんのお宅でしょうかぁ?』
……………………。
は?
低い男の声だった。スマホを耳から離して画面を見る。間違いなく、天乃の番号からの着信だ。
じゃあ……誰だこいつ?
「誰だよあんた? なんで天乃のスマホ持ってんだ?」
『……あ? ガキの声? 兄弟なんていたのか?』
聞くと不愉快になる声だな、こいつ。つーか俺の質問に答えろよ。
『ユッキー? ユッキー!』
『うあっ!? このガキ……大人しくしやがれ!』
『ちょっと!? サニーに手を出さないでよ!』
天乃とサニーの声が聞こえた。
サニーは泣きそうな声だった。状況が全くわからない。
『おい! これ番号間違えてんじゃねぇのか! 自宅にかけろって言っただろ! このガキ!』
『――浩之!』
天乃の叫び声を最後に、通話は切れた。
……。
まさか……。
「ヒロユキ? どうしたんだ?」
ラナに肩を叩かれて、俺は我に返る。
「……」
今の会話を整理して、天乃とサニーの緊迫した声を思い出す。
この状況は……あれしか考えられない。
天乃は……お嬢様だからな。
――誘拐だ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『おまけショートチャット』
「ところで、さっきの敵たちは暗殺者かなにかか?」
「ラナ。こっちの世界では一般人が暗殺者に狙われることはないぞ」
「ならば暴漢か? ヒロユキは犯されそうになっていたのか?」
「女の子がそういうことを言わないように。それから悪寒がすること言わないでくれ」




