ゲーム世界に三年居た俺は期末テストが最大の敵でした③
どうしてこうなった?
……二回目か、これ。
現在位置、俺んちの食堂。コンビニで買ってきた弁当をみんなで食べています。
その中に……なぜか天乃が。
「これなんて言うの?」
「からあげよ。鳥のお肉を揚げて作ってるの」
「へー。美味しいね!」
「きゅー」
なんか普通に夕食に参加してるけどさ。天乃はさっきとんでもないことを言ってたんだぞ? 忘れてないよね?
家出した、と。
だからここに置いて、と。
サニーじゃあるまいし……家出とか簡単にするなよ。
……いや、王女が簡単に家出するほうが問題だけど。
とりあえず事情だけでも聞かないと。曖昧でうちに置くわけにもいかん。
「天乃」
「タルタルソースかけた方が美味しいわよ」
「たるたるそーす?」
「……その片言。可愛いわ」
聞けやコラ。
「おい天乃」
「レモンをかけるときは皮を下にして絞るのよ。そうするとレモンの皮から成分がたくさん出るから美味しくなるわ」
「へー、私いつも逆にやってたよー」
わざとやってますか?
「……ラナ」
「なんだ?」
すぐに返事をしてくれたラナに、俺は感極まった。泣きそう。
「……俺の言葉に耳をかたむけてくれるのはお前だけだよ。感動する」
「……?」
とりあえず、夕食が終わるまで俺は我慢した。
ミ☆
「さて……もう逃がさねぇぞ。へっへっへ……」
「……あんた変態?」
やかましいわ。お前が俺の話聞かないからだろうが。
今の状況。食堂の入り口を俺が陣取り、通行止め状態。
あまりにも待ち時間が長かったから、さっきみたいな台詞が出ちまった。もうマジで逃がさん。ていうか変態とはなんだ、変態とは。
「家出したとか、ここに置いてほしいとか、いろいろ説明が必要なことがあるだろ。まさかこのまま有耶無耶なまま居座る気じゃないよな?」
それはさすがに許さんぞ。
精いっぱいの睨み目を作ったら、睨み返された。弱い……俺。
「……」
やっと話す気になったのか、天乃はもう一回食堂のテーブルに着いた。俺たちも続く。
さっきは赤かった天乃の目が、今はもう落ち着いてる。
どう見てもあの目は……泣いてたとしか思えないんだけど。なにがあったんだ?
「……家にいたくないから家出したのよ。それ以外になにがあるのよ」
「だからその家にいたくない理由を聞いてるんだよ」
「お父さんが一緒にお風呂入ろうって言ってきたのー?」
「サニー。今ちょっと大事な話してるから黙っててくれ」
サニーぐらいの歳ならまだいいけど、天乃ぐらいの歳の娘に対してそんなこと言ってきたらただの変態親父だ。卑猥な心が丸見えだ。
「……父親が死闘を申し込んできたのか?」
「ラナ。そんな特殊な状況こっちだとねぇから」
いや、ゲーム世界でだってねぇだろ。そんなの。
「……私はあの家にいらないもん」
「は?」
「私は後継者じゃないから、あの家にはいらないの」
後継者? なんの?
話が断片的すぎてわからん。いらないってなんだよ。
「私のうちは虎上院財閥って言って、たくさんの会社を経営してるの。お父さんは現社長」
「……財閥?」
それって……つまり金持ちってことだよな? 財閥とかリアルで初めて聞いたんだけど。
たしか親会社が下にめちゃくちゃな数の小会社を展開してるってやつだよな? 詳しくは知らんけど。
天乃の親父が……その社長? 子会社をまとめる親会社の社長?
嘘? マジで?
「……天乃って、お嬢様だったの?」
「……否定はしないわ。でもその呼ばれ方嫌いなの」
その容姿で金持ちの娘とか……どんだけ人生勝ち組なんだよ。
男が結婚したい理想の女性じゃねぇか。玉の腰じゃねぇか。
性格はきついけど。ほんとにそこだけなんとかならんかね。
……ん? じゃあ後継者って。
「……社長の後継者ってこと?」
「……」
天乃が黙って頷いた。
いくつもある子会社をまとめる親会社の社長……その後継者ってことか。ドラマとかでよく見るな。その設定。
でも、天乃はその後継者じゃない。つまり……。
「後継者が別にいるってことか?」
「……私のお兄ちゃん」
「は? 兄ちゃんもいたのか?」
それは初耳だぞ。
初耳って言うか……あんまり天乃が家のことを話さなかったんだけど。
「虎上院家の長男よ。お姉ちゃんより二つ上の」
長男ってことは……確かに必然的に後継者になるってことか。
でも、だからってなんで天乃がいらないって話になるんだよ。それとこれとは別なんじゃないのか?
「お兄ちゃんは小さい頃からずっと、会社を引き継ぐためにお父さんに特別な教育を受けてきた。でも、私とお姉ちゃんは……お父さんにほとんど相手にされないで育った。いちおう、家庭教師にそれなりの英才教育は受けたけどね」
だからあんなに勉強できるのか。つーか天乃の兄ちゃんはそれ以上の英才教育ってこと? どんな教育だ? うわぁ、金持ちの息子に生まれなくてよかった。
「お母さんは私が生まれてすぐに死んじゃってたから、家のメイドが育ての親みたいなものよ。小さい頃は、親の顔なんてほとんど知らないで育ったのと同じ。最近だって、家の中でたまに顔を合わせるぐらいよ」
メイドって……普通に言うなよ。一般的には普通いねぇから。
それにしても、父親に相手にされない……ねぇ。
「……親父さんがお前にそう言ったのか? いらないとか」
天乃は首を横に振った。
じゃあなんでだよ? 本当にいらないなんて思ってるかわからないだろ。
「連絡もなしに、二日間家を空けてても……なんにも変わらず仕事してたのよ? 私のことなんかなんとも思ってないってことじゃないのよ。まぁ……それは昔からわかってたけどね。どうでもいいんだけどね。親なんか」
……どうでもいい、か。
本当にそう思ってるなら、なんでさっき泣いてたんだよ?
「それに、お姉ちゃんも探してくれなかった。理由は同じよ。後継者じゃないから……どうでもいい」
後継者じゃないから。
天乃の姉ちゃんも同じ境遇だったとしたら……。
もしかして、天乃の姉ちゃんがゲーム世界に行ったのも……親父さんが原因なのか?
んでもって、天乃の性格がこんなに歪んじまったのも……。
「死ね。冷凍庫に入って凍死しろ」
「……もうツッコまないぞ」
だから家出、か。
自分はいらない子だから。親に必要とされてないから。
重いなぁ……俺、重い話苦手。
でもそんなの聞いたら断れないじゃん。
「……いちおう、瞳姉に聞いてからな」
「大丈夫よ。瞳先生なら駄目って言わないでしょ?」
うん……まぁ……だからいちおうって言ったんだけどね……。
でもさぁ……。
そんな親っているもんなの?
自分の子供を必要としていない。全く関心がない親なんて。
物心つく前に両親を二人とも亡くした俺にはよくわからない。
それと可能性の話だけど。
その話を聞くと……天乃の姉ちゃんは自分の意思でゲーム世界から戻ってこなかったんじゃないか? と思う。
……まぁ天乃には黙っておこう。
「……ところで天乃。すごく重要な話がある」
「重要? なによ」
俺は真面目な表情で、天乃の前にある物を出した。
教科書とノートだ。
「勉強教えて」
「……高いわよ?」
金取るの? お嬢様のくせに?
つーか、お嬢様のくせに俺にクレープおごらせてたの?
……覚えてろよ。いろいろと。
ミ☆
「……なのよ。わかった?」
「……」
俺はコクコクと頷いた。
やべぇ……。
すっげぇわかりやすい。
晃の教え方の比じゃねぇぞ。一発で理解できる。金持ちの教育は伊達じゃねぇな。
「じゃあ次、数学な」
「……あんたさ、一つぐらい得意な教科とかないの?」
「そんなものはない(ドヤ)」
「……叩いていい?」
「痛い痛い。もう叩いてるから」
教科書の角で叩くのやめれ。
現在時刻は夜の十時。荷物の整理を終えた天乃に、俺の部屋で勉強を教えてもらってた。
それから瞳姉は友達と女子会で遅くなるらしいから、電話で天乃のことを話したら……当たり前のようにOK。
いや……いちおう自分のクラスの生徒が家出してるんだから止めろよ。教師。青春してるわね~じゃねぇよ。家出イコール青春ってどんなイコール?
「全く……今度馬鹿なこと言ったら、放置してスマホゲームやるからね」
「スマホゲーム? ああ……アプリゲームか。ていうか、あれ? お前、スマホ変えたの?」
前に見た天乃のスマホと、型が違う。
「……これはお姉ちゃんのスマホよ。お姉ちゃんがいなくなってから、ずっと持ってるの」
「ああ……」
連絡が来るかもしれない。そんな僅かな望みを込めてってところか。
「きゅー」
「ん?」
数学の公式に頭を悩ませてると、なぜかアカムが部屋にいた。いつの間に入ったんだこいつ? ノックしろよ(無理か)。
「あんだよ?」
「きゅー」
メンチを切った俺はシカトされた。
俺はこんなトカゲにまでシカトされるのか? 俺の存在感……そんなもんですか?
「アカム。今、この馬鹿に勉強教えてるからサニーに遊んでもらいなさい」
「うきゅっ(目を細めてばんざいのポーズ)」
「(キュン!)……やっぱりここで遊ぶ?」
「おいコラ」
可愛さにやられてるんじゃねぇよ。わかりやすいなこいつ。
それから馬鹿って言うな。
「あー! アカム! 先に行っちゃ駄目だよー」
扉を勢いよく開けて、サニーが入ってきた。いや、何度も言うけどノックしてください。
……ん? サニーがなんか皿を持ってる。
「サニー。なんだそれ?」
「おにぎりだよー」
なんでおにぎり?
皿に置かれてたのは四つのおにぎり。めちゃくちゃ美味しそうな匂いが部屋に広がって行く。
「サニーが作ったのか?」
「うぅん。ラナが作ったんだよー」
「ラナが?」
「うん! 勉強してる二人に差し入れだってさー」
なかなか粋なことする奴だな。勉強中に夜食の差し入れなんて。
ていうかすごい形の良いおにぎりなんだけど。ベテランのお母さんが作ったみたいに。ラナ……意外と器用なんだな。剣しか能がないと思ってた。失礼かもしれんけど。
「……私、いらない」
天乃がおにぎりを視界から外した。嫌悪感丸出しの顔で。
もしかして、ラナが作ったから? こいつは……。
「おい天乃――」
「駄目だよー。ラナがせっかく作ったんだから食べなきゃ!」
俺がさすがに物申そうとしたら、サニーが先に物申した。
うん。俺も同じこと言おうとしてた。むしろ俺が言うより効果覿面だ。俺じゃ睨まれて終わりだもん。そして俺は言い返せないで目を逸らすだけ。
「はい!」
「……」
純粋な笑顔。あれを向けられながらおにぎりを渡されて、受け取らない奴は人間じゃない。人間の皮を被った鬼だ。
さすがの天乃も、しぶしぶおにぎりを受け取った。どうやら鬼じゃなかったらしい。
「はい! ユッキーも!」
「おう」
俺は素直に受け取る。そして進められるままにおにぎりを一口パクリ。
うん。びっくりした。
「……めっちゃ美味い」
絶妙な塩加減だ。中に入ってるシャケも、焼いたやつをほぐしてあるから全然味が違う。コンビニで売ってるおにぎりなんて相手にならない。こんなおにぎりを作れる人をお嫁さんにしたい。
「……こんなおにぎりを作れる人をお嫁さんにしたい」
「ユッキー。ラナをお嫁さんにしたいの?」
「……俺はなにも言ってないぞ?」
思わず声に出ちまった。俺、素直すぎる。
さて天乃は……。
悔しそうにしながらもおにぎりをパクパクと食べてる。悔しいけど美味しい。そんな顔してるよ。まぁ全部食べないとサニーの目が痛いからな。
「ていうか、作ったラナはなんで来ないんだ?」
「なんかー……私は行かない方がいいだろうって言ってたよ? なんでだろうねー」
「あぁ……」
天乃がいるからか。
自分が嫌われてるのわかってるんだろうな。なんか罪悪感。俺が悪いわけじゃないけど。
あっという間におにぎりを平らげた。だって美味いんだもん。
「ラナにご馳走様って言っておいてくれ。あと美味かったって」
「うん! じゃあお皿持ってくねー」
元気よく、皿を持って走って行くサニー。皿……落として割らないでね。
サニーが出て行ってから、俺は天乃をジロリと見た。今度こそ物申そう。
「……なによ?」
「お前、いくら胸が小さいって言われたからってそこまでラナを嫌うことねぇだろぐぶぅ!?」
「誰が小さいって?」
の、喉仏を教科書で殴打してきやがった……。
「げほっ!? げほっ!?」
「……ていうか別にそれで嫌ってるわけじゃないわよ」
え? そうなの?
俺はてっきり、いつまでもそれを根に持ってると思ったのに。
「じゃあなんでラナを嫌ってるんだよ?」
「……あいつ似てるのよね」
「誰に?」
「お姉ちゃんに」
……似てる?
ラナが? 天乃の姉ちゃんに?
「……そんなに似てるのか?」
「ゲーム世界では髪型が違ったし、あんまり顔を見てなかったからわからなかったけど、髪をまとめるとすっごく似てる。顔もだけど……あの黒髪。長くて綺麗で……高級な糸みたいな髪。お姉ちゃんもそうだった」
まぁ俺は天乃の姉ちゃんのこと知らないからなんとも言えないけど。天乃が言うならそうなんだろ。
……ん? ってことは……。
「お前の姉ちゃん、胸でかかったの?」
「はぁ?」
「いや、だってラナの胸……ていうか、もしそうならなんで姉妹であるはずの天乃の胸は……」
「それ以上言ったらもう一発いくけど?」
「ごめんなさい」
教科書構えないでください。
いや、でも……姉ちゃんに似てるならむしろ仲良くなってもいいと思うんだけど。なんでそれが嫌う理由になるんだ?
「姉ちゃんに似てるラナを、なんで嫌うんだよ?」
「……」
天乃は遠くを見るように視線を俺から外す。
「似てるけど、お姉ちゃんじゃない。そんなの……なんか怖いじゃないの」
「怖い?」
「お姉ちゃんの代わり。そうやって神様が言ってるみたいで」
「……」
代わり。
つまり本物の姉ちゃんは見つからないってこと。
だから怖い、か。
わからなくもない。偽物とか類似品って嫌悪の対象になるし。
けどな……。
「……でも、ラナはラナだぞ? お前の姉ちゃんじゃない。一緒にして考えるのは失礼だろ。ラナはなにも悪くない」
「……」
天乃はそれ以上、なにも言わなかった。
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『おまけショートチャット』
「返事をしただけなのに、なぜヒロユキはそんなに感激しているんだ?」
「人間。シカトされ続けるとこうなるんだよ」
「……? よくわからんが、私でよければいくらでも返事をしよう。いつでも話しかけてくれ。わたしは無視しないぞ。大丈夫だ」
「痛いよ。その優しさ……」




