ゲーム世界に三年居た俺は期末テストが最大の敵でした②
「……まいたか?」
息を切らせて屋上へと逃げてきた。
なんで逃げてきたかって? そりゃ……天乃を追いかける男子どもがうざかったからだ。
「大丈夫。虎上院さんは校庭で弁当を食べてるって嘘情報を流しておいたからね」
「ナイスだ。晃」
「それから浩之も一緒だよって言ったら、みんな目の色を変えて走って行ったよ。金属バットを持って」
「……やっぱ前言撤回」
俺、夜道に気を付けないと危ないかも。
「……なんであいつら私に構って来るの?」
この騒動の張本人はというと、購買で買った卵サンドとイチゴオレを持って屋上の端っこに座り込んだ。
何でっていうか……理由は決まってるっていうか。
「まぁ虎上院さんが可愛いからだね。みんな仲良くなりたいんだよ」
「ストレートだな。おい」
そんなちょっと恥ずかしい台詞を簡単に言えるお前が羨ましい。
「……可愛い?」
「そう。はっきり言って美少女だよ」
「……ふーん」
ちらりと、天乃が俺を見てきた。
なにかを期待する目で。
「なんだよ?」
「……浩之も思ってるの? 私が可愛いって」
そういう質問は自分からしないように。返答に困ります。
晃が余計なこと言うから……。
「……」
「……」
二人で少し沈黙。横で晃がニヤニヤと面白そうに見てる。やべぇ、殴りたい。
……まぁいいか。別に容姿を褒めるのは悪いことじゃねぇだろ。
「……純粋に可愛い」
「……ふーん」
「これでもうちょっとスタイルが良ければなお……いでっ!?」
イチゴオレを投げられた。中身入りで。
「ん?」
スマホが振動。着信だ。
相手は……瞳姉。
……大丈夫だ。俺は今回はなにもやらかしてないから、怒られるような話じゃないだろ。
「もしもし」
『あ、浩之? あんた今どこにいるの?』
すぐに居場所の確認。これは……きっとなにか用を押し付けようとしてる。
「えっと……現在、この電話は電波の届かない所にあるか、電源が入っていない為……」
『……なに言ってんのよ? あぁもういいわ。率直に言うと……サニーちゃんとラナちゃんが学校に来ちゃったのよ』
「……は?」
なんかとんでもないことを言ってるんだけど。なんでサニーとラナが?
『だから、とりあえずあんたたちの所に連れて行こうと思って。もう校長先生には見学の許可取ってあるから』
「……屋上にいます」
『屋上ね。了解』
瞳姉の手際の良さよ。校長先生にまで許可もらいに行ったのかよ。
「どうしたのよ?」
「……サニーとラナが学校に来てる?」
「本当!? ……」
喜びの顔のあと、すぐに微妙な顔。
サニーだけなら大歓迎だけど、ラナは受け付けないって感じか。わかりやすい奴だ。
「ラナ? サニーちゃんはこの前の子だよね? ラナって誰?」
「ゲーム世界のパーティメンバーだよ。また一人増えたんだ。ついでに犬みてぇなトカゲもいる」
「へー……その子もちっちゃいの?」
「……おい。別にサニーを仲間にしたのは俺の趣味じゃねぇからな?」
俺にそんな特殊な趣味はねぇ。
「つーかむしろ……小さいどころかでかい。瞳姉に匹敵する」
「……? どこの話してるの?」
それから数分後。瞳姉に引き連れられて、サニーとラナ、そして鞄に身を隠したアカムが屋上に来た。
「あれ? アッキーもいるよー」
「アッキー?」
「ユッキーの親友なんだってー」
「ほぉ……」
ラナが晃を観察して、首を傾げた。なにか残念そうな顔してる。
「別に強そうには見えんが……」
「おいラナ。俺の友達イコール強いって理屈はやめろって」
「親友なんだろう?」
「関係ないし。別に親友じゃないし」
「照れてるねー。このこの!」
照れてない。サニー、脇腹をバンバン叩くな。痛い。
こっちの世界では俺は雑魚だって言っただろ。つまり、ラナの理屈で言ったら晃も雑魚なんだよ。
「……」
晃がラナを見て、ぼーっとしてる。
珍しいな。こいつが女を見てぼーっとするなんて。基本、二次元しか興味ないのに。
「ラナフィスだ。よろしく頼む」
「……鶴峰晃です。えっと……ラナさんて女剣士?」
「……? そうだが」
まぁ腰に竹刀持ってるから察しがつくのはわかるけど、なんで確認するように言ったんだ?
「浩之」
「……なんだよ?」
俺の肩をがっちりと掴んできた。なんでこいつ、こんなに鼻息荒いの? 童顔じゃなかったら犯罪者の顔だぞ。
「シチュエーション萌えとか、設定萌えってわかる?」
「……知らん」
「硬い喋り方で女剣士……僕が一番好きな設定だよ……」
やっぱりこいつ変態だった。
「がっこうって大きいねー。うちのお城と同じぐらいあるかも!」
一国のお城と比べられてもな。絶対お城のがでかいと思うし。
サニーは興味津々に俺たちの格好を順番に見てきた。
「えっと……せいふくだっけ?」
「ん?」
「三人が着てるその服ー」
あぁ。そういや一回説明したことあったっけ。
「監禁された奴らが一色にまとめられるために作られた服だ」
「……意味合い的にはそうかもしれないけど、言い方が最悪ね」
瞳姉が俺を一睨み。怖い。
……それから、さっきから不機嫌な奴がいるんだけど
「……」
天乃だ。
イチゴオレのパックを握りつぶすような勢いで持ってるし、サニーを見るときは顔が緩むのに、ラナを見ると噛みつきそうな顔になる。
「……んで? 二人はなにをしに来たんだ?」
「ぎゅー!」
「……二人と一匹はなにをしに来たんだ?」
すっげぇ唸られた。除け者にするなって感じで。
「がっこうを見にきたのー」
「……そんな軽いノリで来られてもな」
瞳姉がいなかったらまず入れなかっただろうし。
ていうか、ラナまで? 学校に興味あるなんて意外だな。
「ラナも学校に興味あったのか?」
「お前の強さの秘密を探りに来た」
「……無駄な努力で終わるぞ」
ラナにはもう一回しっかりと説明が必要だな。
「……浩之。このドラゴンはなんなの?」
晃がアカムを見て目を丸くしてる。そりゃそうだ。こっちでは未確認生物だからな。UMAだUMA。
「サンセットドラゴンっていう伝説の竜だ。ペットにしたらサニーにくっついてこっちの世界にきやがった」
「アカムだよー」
「ぎゅー!」
また唸られた。ペットって言ったから怒りやがったのか? 気難しい伝説の竜だ。
「……浩之。本当にゲーム世界に行ってるんだ」
「むしろ疑ってたのか?」
「あっはっは!」
笑ってるし。
「そういえば今日も行くのかい?」
「んー……」
「行くわよ。当然でしょ」
天乃の即答。
ですよねー。俺に拒否権なんてないですよねー。
「あ、駄目よ。しばらくはゲーム世界に行くの禁止」
「「え?」」
俺と天乃の声が重なる。
思いがけず、瞳姉がゲーム世界行きを禁止してきた。
「あーそういえばそうだね」
なぜか晃が同調してきた。なんで?
「二人とも……いやまぁ天乃ちゃんは転校してきたから知らないかもしれないけど、来週、時期的にイベントがあるのはわかるでしょ?」
「イベント?」
いまだにわからない俺を差し置いて、天乃は「あ……」と理解したみたいだ。
わからん。イベントってなに? 七月に入ってすぐのイベントなんてあったっけ?
「まぁ学生の宿命みたいなもんよ」
瞳姉はニィっと笑い、
「期末テストよ」
悪魔の言葉を言い放った。
「……」
「ユッキー? なんで固まってるの?」
「……意識が飛んでないか?」
ラナの竹刀による一撃で、俺は意識を現世へと戻した。
「……キマツテスト?」
「そうよ。赤点取ったらもちろん補習。その間はゲーム世界だけじゃなくて、他の遊びも認めないからね」
瞳姉の目はマジだった。笑ってるのに目だけマジだ。
「……晃」
「あ、ごめん。今回は勉強教えられないや。僕も最近ギャルゲーばっかりやってて危ないから」
最後の希望が打ち砕かれた。
ゲーム世界もそうだけど、他の遊びも禁止はさすがにやばい。俺、ノイローゼになっちゃう。
「瞳姉」
「なに?」
「家族割って知ってる?」
「携帯会社のあれでしょ? 家族で契約すると安くなるってやつ」
「そう。それと同じで……テストの点数も家族増しって感じになりませんでしょうか?」
「……本当に家族割で点数引いてあげましょうか?」
拒否された。もう駄目だ。俺の補習は決定的だ。夏休みも補習で潰れるんだ。学生の特権と言ってもいい長期休みが……。
俺ががっくりと肩を落として絶望していると、
「あ、そうだ!」
瞳姉が手をパンと叩いて、天乃に振り向いた。
「天乃ちゃん、浩之に勉強教えてあげてくれない?」
「え?」
「天乃ちゃん、勉強すっごくできるじゃない? 浩之もやればできるんだけどねー……こんなに可愛い子と勉強ならやる気だすかもしれないしね」
俺、そんなキャライメージなの? 可愛い子を動力源にするみたいな。
「……」
俺的には、天乃がそんなこと引き受けるわけない。なんで私がこんな奴に? そんな暇人じゃないのよ。もうこいつ死ねがいいのに。やってられないわ的な感じで断ると思った。
少し、いや、めちゃくちゃ悩んでいた天乃は……。
「わかりました」
しぶしぶ頷いた。予想外。
「……マジで?」
「あんたが赤点取ったらゲーム世界に行けなくなるんでしょ? それだと困るからよ。それだけなんだから。勘違いしないでよね」
ツンデレいただきました。ちょっとドキッとした。
でも正直助かる。天乃の勉強の出来はよく知ってる。これ以上心強い家庭教師はいないだろう。
「……でも、明日からでいい?」
「ん?」
「今日ゲーム世界に行かないなら……一回家に戻るから」
「まぁ俺はいつからでもいいけど。つーか、わざわざ来させるの悪いから俺がお前のうちに行ってもいいぞ」
「……ううん。私が行くからいい」
「……? そうか?」
まぁサニーもいるからうちのほうがいいか。天乃的には。
ただ……。
なんで天乃は家に戻るってだけで、あんな不安そうな顔してるんだ?
前に家の話をしたときも、なんか表情変えてたし、ツッコめない雰囲気があった。
聞いてみたいと思いつつも。
俺はその時、口を開けなかった。
ミ☆
「……」
そして夜。
天乃に勉強を教えてもらうのは明日から。それまで自主勉してろと瞳姉に言われたからしぶしぶやってるんだけど……。
駄目だ。全然進まん。
授業を真面目に受けてない俺が一人で勉強なんぞできるか。サボリ魔をなめるなよ?
「瞳姉が帰って来るまで待つしかねぇか……」
疲れてるから無理とか言われそうだけど。今日も残業だって言ってたし。
「ユッキーユッキー」
いつの間に部屋に入ってきたのか、サニーがアカムと机の横から顔を出した。
……アカム。サニーの肩に乗ってるのがめっちゃマッチして見えるのは何でだろうな。肩乗りドラゴンなんて、なかなかに滑稽だ。
「勉強はかどってるー?」
「いや全く」
「だよねー」
だよねーって……泣くぞ。
「夕食はどうするんだ? ヒトミさんはまだ帰ってこないのだろう?」
そしてラナもいつの間にか部屋に入ってきてる。お前ら、ノックしろよ。いちおう思春期の男の子なんだけど。扉に『ノックすること!』とか書くぞ。
「面倒だからコンビニの弁当で済ますか」
「「こんびに?」」
声をそろえる二人。疑問形で。
誰もが知ってるコンビニって単語も、ゲーム世界から来た二人にはわからないか。
「武器屋と防具屋と道具屋と食材屋が一緒になった店って感じだよ」
「すっごーい! そんなお店あるんだね!」
「……剣も置いてあるのか?」
いや、さすがに剣はないけど。武器屋ってのはただの例えで。
行くのが一番早いか。勉強を切り上げて、財布を手に立ち上がる。
「ん?」
インターホンが鳴った。
瞳姉? いや、だったらインターホンなんか鳴らさないか。だったらこんな時間に来客? もう夜七時だぞ。
「なにこの音ー?」
「来客を知らせる音だ。誰か来たみたいだな」
誰だろうな? 瞳姉は別に誰か来るなんて話してなかったと思うけど。
玄関に行くと、外に人影が見えた。一人だけ……みたいだな。
俺が扉を開けると……そこに立ってたのは。
「……こんばんは」
天乃だった。
あれ? 勉強は明日からって言ってたよな?
ていうかなんだ? この大荷物……どっか旅行行くの?
「……どうしたんだお前?」
「……」
天乃の目が赤い。
……まさかこいつ、泣いてたのか?
「家出したの」
「……は?」
なんだって? 家出? イエデ? IEDE?
「だから……ここに置いて」
「……はい?」
なんかとんでもないこと言ってるけどこの子。
どうしてこうなった?
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『おまけショートチャット』
「そういえばクラスの男子が浩之のこと探してたわよ? 金属バット持って、すごく必死な感じで」
「放っておいていいよ。ていうか見つかったら俺がやばいから」
「野球の約束をほったらかしたりしたんじゃないの?」
「小学生じゃないんだから」




