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ゲーム世界に三年居た俺は期末テストが最大の敵でした①

「……」


 息苦しい。暑い。もう七月になるからって、これはちょっと暑すぎないか? エアコン全開で寝てるのに、なんでこんなに暑いんだ? ぶっ壊れた?


 ……いや、つーかあのね。マジで苦しい。息できない。


 ……………………………。


「おいコラァ!? 死ぬっつの!」


 布団を跳ね除けて飛び起きた。

 状況を説明しよう。やけに息苦しくて暑いと思ったら……俺の顔に枕が押し付けられていた。


 犯人は……。


「あ、起きたよー」

「きゅー」

「……すごい寝癖だな」


 そこにいる二人と一匹だ。

 なにこれ? 朝から殺人事件でも起こそうとしてたの?


「俺を殺す気か?」

「ユッキーはこんなんじゃ死なないでしょ?」

「……サニーは俺のことを現世界とゲーム世界でちゃんと区別してくれ」


 俺はこっちの世界では雑魚だって言っただろ。


「朝食だ。さっさと起きろ。寝癖もちゃんと直すんだぞ? 着替えもな」

「……お前は俺の姉ちゃんか?」


 なにげにラナは俺より二個年上だったらしい。

 だからってなんか子ども扱いされるのは納得いかん。口うるさい姉ちゃんは二人もいらないぞ。


「きゅー」

「……」


 お前はその目で俺になにを訴えてるんだ?

 ていうかなんか俺のこと見下してる目じゃね? こいつ。


 結論から言うと、ラナもうちに居候することになった。

 瞳姉に事情を話すと「可愛いからOK」と三秒で結論が出た。

 ……いいのか? それで。

 いくら部屋がめっちゃ空いてるからって、そんな簡単に。


「……つーかラナ。お前の腰にあるのはなんだ?」

「竹刀と言うらしい」


 いや、俺が聞きたいのはなんで竹刀持ってるのってことなんだけど。


「丸腰だと不安だと言ったら、ヒトミさんが持たせてくれた」

「ヒット。他にもいろいろ持ってたよー。弓とか先が丸い剣とか白い服とかー」


 アーチェリーとフェンシングのこと? 白い服は柔道か?

 瞳姉はありとあらゆる格闘技とスポーツを制覇してるからな。もちろん剣道もかなりの実力だ。あの竹刀は剣道で使ってたやつか……。

 ちなみにサニーの言ってるヒットってのは瞳姉のこと。ひとみ、だから、【ひ】と【と】を取ってヒット。らしい。相変わらず独特なセンスだな。


「……ん? ていうか、ラナ。なんでジャージなんか着てるんだ?」


 ラナはジャージ姿に、髪をポニーテールに縛ってる。ジャージは確かに動きやすいけど、若い娘さんが普段着にするのはどうかと思うぞ。


「瞳さんと模擬試合をするとき、貸してもらった。竹刀の扱いには慣れていなかったが……すぐにコツを掴めた。最終的に五分だったな」

「……マジで?」


 瞳姉と五分だって? あり得ねぇ。そんな人間が存在するのか?

 うん。俺、こっちの世界だとラナに勝てる気しねぇ。


「はやくはやくー。ご飯冷めちゃうよー」

「はいはい」


 腕を引っ張ってくるサニーの頭をぽんぽん叩いて、俺はやっとベッドから立ち上がった。

 鏡で自分の顔を見ると……確かに寝癖がやべぇ。髪が爆発してんじゃん。先にこれを直さないと駄目だな。


「じゃあ着替えるからちょっと出てくれる?」

「なんでー?」


 そこを聞き返すな。


「女が着替えるとき、男を部屋から追い出すだろ? それと同じ」

「私は追い出さないよー?」

「サニーは子供だからな。女湯に小さい男の子が入るのと同じ原理だ」

「……?」


 きょとんとされた。俺的にはすっげぇわかりやすい例えだったのに。


「ラナ。サニーを連れてってくれ」

「なぜだ?」


 お前も聞き返すのかよ。


「お前が着替えるときに、俺がいたら部屋から追い出すだろ? それと同じ」

「私は別に構わん」

「……」


 本気で言ってる? この人。


 ……今度お部屋にお邪魔しよう。






ミ☆






「うあぁ……疲れが抜けねぇー」


 昨日はそこそこ頑張ったからな。俺にしては動いたほうだ。


 寝癖を適当に直して食堂に行くと、サニーとラナがもう席に着いて、食パンに目玉焼き、サラダに牛乳という定番の朝食を食べてた。


「……アカムなに食ってんの?」

「なんだっけ……カリカリだっけ?」


 犬かよ。

 つーか、アカムはどうすっかな……迂闊に外に出すわけにもいかねぇぞ。ドラゴンとか現世界に存在しちゃいけない生物だし。それから……一番大事なことは。


「サニー。夕日が出てるときはアカムを外に出すなよ?」

「なんでー?」

「こっちで成体になったら俺は止められないぞ」


 いや、そうなったらたぶん日本が……世界が終わる。


「つーか、そもそもあんまり外に出したら駄目だぞ?」

「えー……でも、アカムと一緒に朝散歩してきたよ?」


 すでに実行済みかい。


「心配するな。ヒトミさんから借りた鞄の中にいたから人の目には触れていない」

「ん? ラナも一緒に行ったのか?」

「ランニングをかねてだ」

「……あっそ」


 トレーニング馬鹿かよ。こっちの世界でトレーニングして意味あるのかな。


「あー……まだ頭が起きねぇ。瞳姉ー牛乳ちょうだい」

「……はい」


 コトリと俺の目の前に、コップに注がれた牛乳が置かれた。

 ん? 今の無愛想な声はなんだ? 瞳姉はいつからこんな無愛想キャラになったんだ? 怒りに満ち溢れててもこんな無愛想な声は出さないぞ。ていうか……あれ? いつものでかい胸がなんか縮んで……。


「死ね。牛乳を鼻から噴き出して死ね」

「だから俺の脳内を読むな。大体そんなんで死ぬかよ。いや、ていうか待て待て……」


 俺を横目で睨みつけていたのは……。


「なんで天乃がいるんだよ?」


 天乃だった。なんで天乃が朝からうちにいるんだ?


「なに言ってんの? 昨日は夕食を一緒に食べて、そのまま泊まってもらったんじゃないのよ」


 キッチンから顔を出した瞳姉が状況の説明をする。

 ……そうだっけ?

 そもそも俺は飯を食べたあとにすぐにベッドに寝転がって寝ちまったから知らない。そんな話になってたのかよ。


「お前、ちゃんと家に連絡したの?」

「……」


 相変わらずのナイスシカト。

 うん。別に慣れてきたからいいんだけどね。


「それに、天乃ちゃんに連れて行ってもらえば私が拉致して学校に連れて行かなくていいしね」

「……」


 天乃がいないと、俺はまた拉致されて強制連行されてたの?

 怖いよ。朝が来るのが。


「そういえばさー、がっこうってなんなの?」

「あー……」


 そういや説明してやるって言ったっけ。


「簡単に言えば、物心付いた頃から社会に出るまで鉄筋の建物に監禁されて頭に知識を叩き込まれる人間牧場みたいなもんだがぶえっ!?」


 後頭部に瞳姉の平手打ち。首が外れます。


「簡単に言えば、勉強を教える所。子供たちが社会に出るまでしっかりとサポートする所よ」

「勉強……? それって先生が教えに来てくれるんじゃないのー?」


 教えに来てくれる? どういう意味だ?


「……サニーは王女様だから、専属の家庭教師みたいなのがいたんでしょ? だから学校って言ってもピンと来ないのよ」


 ちゃっかりとサニーの隣に座った天乃が説明。おいコラ。くっ付きすぎだ。

 なるほど……家庭教師か。まぁ王女が普通に学校なんて行くわけないか。それにそもそも……。


「……ラナ。あっちの世界にも学校みたいな所あったっけ?」


 俺はあんまり気にしたことないから知らん。


「勉強を教わるために子供たちが集まる施設は各町にある。お前たちの言うがっこうとはそれと同じような所だろう?」


 なるほど。じゃあサニーが知らないのも無理はないか。なんだかんだ言って、やっぱり王族だなぁ。


「アマノ」

「……なによ?」

「い、いや……醤油を取ってもらおうとしただけだ」

「……」


 無言で醤油をラナに投げ渡す天乃。こぼれるだろ。ラナじゃなかったら受け取れなかったぞ。

 相変わらず、険悪ムードだな。天乃が一方的に、だけど。いい加減仲良くしてくれねぇかな。これからパーティ組むってのに。


 ……よし!


 ここは俺が天乃のご機嫌をとって、空気を和ませようじゃないか!


「天乃。心配するな」

「は?」

「瞳姉は昔から胸がでかかったわけじゃない。高校を卒業するまでの三年間で急激に成長したんだ。つまり、まだ二年ぐらいある。お前もこれからいきなりでかくなる可能性も――」


 おかしいな。俺は天乃のご機嫌を取るために発言したはずなのに。

 どうして天乃と瞳姉が俺に殺人眼を向けているんだ?


「でかくて悪かったわね!?」

「小さくて悪かったわね!?」


 なんで正反対の理由で怒ってるんだよ!?


 殺される。そのとき俺は素直にそう思った。






ミ☆






「ほら、さっさと歩きなさいよ」

「……俺の歩みが遅くなった元凶がなに言ってやがる」


 やっとの思いで学校までたどり着いた。

 瞳姉と天乃のダブルストレートを食らってあの世が少し見えたけど。もう足フラフラだけど。

 そんな俺に対して天乃は「さっさと歩け」「遅い」「置いてくわよ」の罵倒しかしてこないし。手を貸してくれても罰は当たらないと思うけど。こいつ、完全にドSだろ。前からわかってたけど。


「おはよう。お二人さん」


 俺の背中を軽く叩いた晃が、軽い調子で笑ってやがった。うわぁ……なんか殴りたい。


「どうしたの? 寝不足?」

「いや、しっかり寝たんだけどな」

「ゲーム世界での疲れ? 昨日も一日中行ってたみたいだね」

「……なんで知ってんだ?」

「僕は君のことならなんでもわかるさ」

「気持ちわりぃから」


 俺と晃のやりとりを聞いてた天乃が、振り返って晃をジロリと一睨み。


「虎上院さんもお疲れ? 疲れてる所を浩之に襲われないように気を付けてね」

「そんな自殺行為するか」

「……誰だっけ? あんた」


 嫌味とかじゃなくて、純粋に忘れてる顔だなこいつ。


「鶴峰晃。浩之の心の友さ」

「その台詞をリアルに言う奴を始めて見たぞ」

「……ふーん」


 天乃は一応名前を記憶に刻み込んだのか、軽く流して前に向き直った。


「よし。虎上院さんに名前を覚えてもらった。これで僕はクラスの男子たちよりも一歩前に出たってことだね」

「お前、なにを目指してんの?」

「いやぁ、クラスで大人気の女子に絡める権利を持ってるなんて。なんか優越感があるじゃない?」


 優越感を感じてどうする気だ? たかが名前を覚えてもらったぐらいで。


「まぁ虎上院さんのパーティメンバーの浩之がいれば、大親友の僕は自然と仲良くなれるっていう特権があるじゃない?」

「……よくわからんけど、パーティメンバーとかクラスで発言すんなよ?」

「大丈夫だって。その辺はよくわかってるよ」


 まぁな。一応釘は刺したけど。晃が余計なことを言わないのはわかってる。空気の読み方に関しては定評があるからな。


 教室に入ると、相変わらず天乃を目で追うクラスの男子たち。天乃が歩いたあとに残る匂いを残らず嗅ごうと鼻をクンカクンカさせる。俺と晃はそんな男子たちの前をわざと、匂いが散るようにでかい動作で歩く。


「そういや天乃、教科書持ってるのか?」


 転校してきたときは二限しか授業受けてないからわからなかったけど、転校してきたなら前の学校と教科書が違うんじゃないのか?


「ないわよ。来週にならないと来ないらしいわ」

「だったら職員室に行って、とりあえずお古を借りてくればいいんじゃない?」


 晃の提案に、俺も乗った。教科書なしの授業はさすがにやりづらいだろう。まぁこいつが真面目に授業を受ける必要があるのかわからんけど。


「面倒」


 だけど、俺たちの提案はその一言で一蹴。


「面倒って……じゃあ授業どうするんだよ?」

「これでいいわよ」


 天乃が俺の机を自分の机に引き寄せた。ていうか、ぴったりと付けた。


「浩之のを一緒に見ればいいじゃないの」

「……いいんですか? そんなことしてもらっても」

「はぁ? なに言ってんの?」


 いやだって、机を付けるってことはその分二人の距離が近づくわけで……。

 教科書をめくろうとした手と手が触れあって、そこから恋に発展するって展開も!


「浩之。周りの男子から憎悪の目が向けられてるよ?」


 一部始終を見ていたクラスの男子どもが、俺をすっげぇ睨んでいた。


「あの野郎……」

「虎上院さんとあんなにお近づきに……」

「ていうか名前呼んでもらってやがる……」

「死ねばいい……ていうか殺す……」

「虎上院さんの座ってる椅子を舐めたい……」


 ぶつぶつと俺に対する負の言葉。最後のはただの変態発言だけど。言ったの誰だコラ。

 ……あぁ。晃の言ってた優越感ってのはこういうことか。


 うん。悪くない。


「はいはーい。席着いて」


 瞳姉が教室に入ってきて、生徒たちが一斉に席に着く。

 俺に対する負の感情は全然消えてないけど。


 はぁ……今日も長い学校での一日が始まった。










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『おまけショートチャット』


「サニー。顔に枕を押し付けちゃ駄目だぞ? 見方によっては危険行為だから。そもそも誰に教わった?」

「ヒットだよ? そうすればすぐに起きるって言われたから。あとねー。だいびんぐ枕? ってのも教えてもらったよー」

「……ダイビング枕は絶対にやらないでね? 俺に枕もってタックルするやつだから」

「竹刀で額を叩けとも言われたぞ」

「瞳姉は俺の眠りの深さをどのぐらいだと思ってんだよ」

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