ゲーム世界に三年居た俺は女剣士に見下されました⑤
「……ん? またお前の顔を見るとは思わなかっただと?」
ガンマが俺の顔を舐めるように見てきた。
男に見られる趣味はねぇ。今すぐやめろ。気持ち悪い。
ぼさぼさでとんがった白髪に、焦点が合ってなくて、完全に逝ってる炎みたいに真っ赤な目。同じ赤い目でも、サニーとはまるで違う。赤いマントを羽織ったその内側は、重量の鎧。んでもって腰には一振りの片手剣。
そしてなによりも特徴的な、褐色の肌……まるっきり、俺が前に戦ったガンマだ。
何で生き返ってるんだよ? 確かに、俺が倒したはずだ。
「俺はお前のことなど知らん。お前……なぜ俺のことを知っている?」
こいつ。記憶がないのか?
……じゃあ俺が倒したガンマとは別人?
いや、でもどう見てもあのガンマだぞ。
わけわからねぇ……。
「……そいつ生きてんの?」
地面に倒れるラナフィスを指差した。見ただけで、相当の重傷だってわかる。
「なんとか、ってところだな。他にいた奴らは知らんが……まとめて焼いたからな。こいつだけが最後まで俺に向かってきた」
他の冒険者たちか。
ガンマは人を人として見てない、冷徹野郎だからな。俺たち以外は全滅したって見ていいな。こりゃ。
倒れたまま動けないで居るラナフィスを担いで、サニーの所まで運ぶ。確かに、まだ息はしてるな。火傷がかなりひでぇけど。
「サニー。こいつに【ヒール(治癒)】かけといてくれ」
「う、うん!」
あまりにも酷い状態に、サニーが顔をしかめた。すぐにコマンドでヒールを詠唱して回復させる。とりあえず、火傷だけでも治せば死にはしないだろう。
ったく……俺がこの女に目に物見せようとしてたのによ。これじゃそれどころじゃなくなったじゃねぇか。
「……そこにいるのはサンセットドラゴンか?」
「やっぱ、お前らが探してたのはこいつか? 何のために?」
「そいつは【神器】の一つだ。こっちによこしてもらおうか?」
「神器?」
そんな単語、俺でさえ聞いたことねぇぞ。前にやってたクエストでは、そんな物でてこなかった。
「サンセットドラゴンの話を聞いたことぐらいはあるだろ?」
「この森に眠ってるって言われてる伝説の竜だろ? でも数百年前に、クロックとホワイトシロンの戦争で森が荒らされたときに目覚めて、森を守って殺されたって聞いた」
「そうだ。それでサンセットドラゴンはこの世から存在自体が無くなっちまった」
含みのある言い方だな。なにが言いたいんだ? こいつ。
とりあえずその逝った目で見るのやめて。さっきから気持ち悪いって感情しかない。
「存在自体が無くなったのに、このチビがサンセットドラゴンだって? お前、頭大丈夫? 勘違いしてない? 妄想はほどほどにしないとモテないぞ」
「……【召喚魔法】だ」
それを聞いて、さすがの俺も表情が固まった。
……召喚魔法だと?
「ヒロユキ。召喚魔法ってなによ?」
「……いわゆる【禁魔法】ってやつだ。色魔法全色の魔力を使って、生物を一体召喚できる。つまり、【色】で生物を構成するわけだ」
世の中に存在する物は全部色を持って存在してる。だから、色魔法の色で生物を生み出すって仕組みだ。
「ただし、召喚したい生物の情報がないと無理だけどな」
「全色魔法って……あんたみたいな?」
「まぁ似たようなもんだけど……俺もさすがに使えねぇよ。禁魔法は名前の通り、使用自体が禁止制限されてるからな。冒険者側には、使えるって概念すらない」
つまり簡単に言えば、ゲームとかで伝説級に話だけは出てくるけど、それだけって感じの魔法だ。それを実際に使ったなんて言われたら、さすがの俺も驚く。
「神器の一つであるサンセットドラゴンは、もうこの世に存在しねぇ。だから……ホワイトシロンに保管されていたサンセットドラゴンの牙を盗んで、それを元に召喚魔法で生み出したんだ。それがそいつだ」
「……きゅー」
禁止制限された召喚魔法。召喚したい生物の情報が無いと使えない。でも逆に言えば、それさえあれば、あとは魔力次第では使うことは難しくない……かもな。
だったらガンマの話も納得がいく。この小さい竜がサンセットドラゴンだってこともな。
「神器ってのはなんだ? わざわざ四角が動くんだから……相当大事なもんか、もしくはなにかのために必要なもんか……どっちかだよな?」
「それはお前たちに話すことじゃねぇなぁ」
神器か。神器の一つって言い方からして、他にも何個かあるみたいだな。
なんのために集めてるのか知らないけど、それが魔王の目的ってわけか。わざわざ四角を直接動かすほどの。
うん。百%悪巧みだな。
「召喚魔法で生み出したはいいが、まだ制御ができずに逃げ出しやがってな。だがな、サンセットドラゴンが行く場所なんて一つしかねぇ」
「……夕日森ってわけか」
「そうだ。サンセットドラゴンは夕日の光を体内に吸収して成長するからなぁ。なら必ずこの森に来るはずだと思って探していたんだ。もしくはサンセットの町の奴らがかくまってるんじゃねぇかと思って脅しをかけてみたが……本当に知らないみたいだったなぁ」
だからサンセットの町を襲撃したのか。
そしてその後、夕日森でサンセットドラゴンを探してたと。町長が森を荒らしてるって言ってたところを見ると、相当めちゃくちゃな探し方だったんだろうな。
……もしかして、夕日森がこんな迷いの森みたいになってるのは。
「お前。森を魔力で無理やり捻じ曲げやがっただろ」
「ん~? さぁな。サンセットドラゴンを炙り出すのに、森中に魔力をぶつけて威嚇してたが、そんなことは知らねぇなぁ!」
無自覚か。こいつの強い魔力のせいで、森がこんなめちゃくちゃになっちまってたみたいだな。そのせいで俺たちはすっげぇ面倒くさかったんだぞ。迷ったせいでアマノに罵倒されたんだぞコラ。
まぁそれより問題は……ダンジョンを捻じ曲げちまうほど強いこいつの魔力だけど。
「さぁ……こっちへよこせぇ! そいつは目的のための道具だぁ!」
ガンマの体から紅炎が溢れ出る。魔力がどんどん高まって行くのが体でめっちゃわかる。
……こいつはやっぱり一番厄介なのは性格だよな。
好戦的で、戦い馬鹿。相手にしてこれだけ面倒な奴も他にはいないぞ。
「サンセットドラゴンをよこせぇ……それとも、お前が俺の相手をしてくれるのか? 俺の刃の錆になってくれるのか? あーはっはっは!」
怖いよこの人。ぶっちゃけ関わりたくないよぉ。絶対に面倒だから。
「……アマノ。サニー。どうする? 大人しく渡すか?」
俺の問いかけに、アマノとサニーはアカムを隠すようにして庇った。渡さないってことですね。はぁ……じゃあこいつの相手するの決定か。
「アカムは道具じゃないもん!」
「そうよ。可愛いは正義なんだからね」
アマノ。それは今全然関係ねぇから。
魔王の目的がわからない以上、下手に渡すのは得策じゃないか。俺としては、こんなメス好きトカゲはどうでもいいんだけど。
「……だってさ」
「だろうな。まぁいい……サンセットドラゴンを奪う前に、お前らを焼き斬ってやるぜぇ!」
狂気の笑いを浮かべながら、ガンマが腰から剣を引き抜いた。でも、その剣には刀身がない。柄部分だけだ。傍から見れば「え?」と思う外見。
でも、俺は知ってる。こいつの剣は……。
「【プロミネンスソード(紅炎剣)】」
紅炎が吹き出して、炎がそのまま刀身へと変化した。
色魔法の魔力を具現化して、刀身にしたんだ。いわゆる、【魔法剣】ってやつだ。ガンマは魔法剣士だからな。剣と色魔法を使ってくる。
「こいつ……人間なの?」
「いや、違う」
ガンマの魔力が普通じゃないことを、アマノも感じ取ったらしい。人間が扱える魔力の量を明らかに超えてるからな。普通は、魔力自体を刀身にするなんて無理だ。そこまで繊細に魔力を扱える人間はいない。
「こいつは【ダークエルフ】だ」
「ダークエルフ?」
「魔界に住むエルフを総称してそう呼ぶんだよ。生まれつき高い魔力と……魔界の【ダークマター(闇核)】の力を持ってる。あいつが使うのは、魔力とダークマターを合わせた改造色魔法の【紅魔法】だ。威力は普通の色魔法の比じゃねぇ」
髪で隠れてるけど、耳がとんがってるだろ? あれがエルフの証拠だ。
エルフ族は生まれつき魔力が高いことで有名だ。その中でもダークエルフは身体能力の高さも兼ね備えてるチート的な種族だ。それにさらにダークマターまで加わったら、四角の一人を担うのもわかるってもんだ。
「さぁ……来ぉい!」
い、行きたくない……暑苦しいし、面倒くせぇ。
もう本当にマジでガチで嫌だけど。戦るしかねぇか……こうなったら、速攻で終わらせるしかない。それが一番、精神的に負担が少ない。よし。さっさとぶっ飛ばそう。
「ま、待て……」
サニーにヒールをかけてもらって、少し回復したラナフィスが起き上った。
まだ全然ふらついてる。止めないでほしいんだけど。さっさとこいつの顔が見えないように終わらせたいんだけど。
「あ?」
「私が……戦る」
……なに言ってんだこいつ?
立ってるだけで精いっぱいって感じのくせに。
「いや、無理だろ。大人しく寝てろよ」
「私より弱いお前にあいつが倒せるか……私が、あいつを倒す」
相変わらず俺は下に見られてるのね。
ラナフィスは剣を二本構えて、戦闘態勢に入った。
……止めても無駄だなこりゃ。
戦りたいなら別に止めないけどさ。俺は責任取らないぞ?
「……どうなっても知らねぇぞ?」
「命など……遥か昔に捨てた。父を殺した【呪剣】を探し出すと誓ったあのときにな!」
呪剣? なんだそりゃ。そういえば、町長の家から出るときもそんなこと言ってたな。
……父を殺した? そんなお前しか知らない過去をさらっと言葉にされてもわからないって。自分の世界に入らないでくださーい。
ラナフィスは一呼吸置いて、傷ついた体を無理やり動かして走り出した。よたよたとしてて、どう見ても全然怪我人だ。
「……死に急ぐのか? もうお前との戦いは飽きた。さっさと死ね」
ガンマはプロミネンスソードを下段に構えて、ラナフィスとは比べものにならない動きの速さで間合いを詰めてきた。
ラナフィスがボコボコにされてたってことは、少なくとも……ガンマのレベルが上か。
……神眼。
【四角・紅炎のガンマ Lv118】
100超えキター。
じゃなくて、ラナフィス勝てるわけねぇだろ。レベル全然負けてるから。
いや、むしろ118でも低い方だ。俺が相手したときは200近かったし。
つーかまた? 三つ目のクエストで相手にする敵のレベル高すぎるんだけど。
「うぐっ!?」
下段から振り上げられたプロミネンスソードに、なんとか反応して防御したラナフィスは体ごと後ろへ弾かれた。
もう攻撃を受け切る体力もないじゃねぇか。呼吸荒いし、目が虚ろだし。もはや無謀だぞ? あれで戦うのは。
「うおらぁぁぁぁ!?」
「ぐっ!? ぐあっ!?」
そこからは一方的だった。
ガンマが連続で繰り出す斬撃を、ラナフィスは何とか受けるだけ。
しかも、ガンマは全然本気じゃない。
もう負けは見えてる。
なのに、なんであいつは剣をまだ握るんだ?
死にたがりの、ただの馬鹿なのか?
「あぐっ!?」
ラナフィスの剣が二本とも弾かれた。受ける武器がなくなり、膝をつく。
剣があったとしても、もう体力も限界だろうな。あれだけ攻撃を受け切っただけでも大したもんだ。
「終わりかぁ?」
「……貴様のその剣は……呪剣と関係があるか……?」
「あぁ? なに言ってやがる? この剣は俺の魔力で構成された魔法剣だ。呪剣ぃ? そんなもん知らねぇなぁ」
「……」
その言葉を最後に、ラナフィスの体から、完全に力が抜けた。戦う気が、完全に無くなったみたいに。もう動こうともしない。
「……つまらねぇ。もう終わりにしてやる」
ガンマがコマンドを開いて、紅魔法を詠唱した。
フレアバーストだ。
さすがに受け切れないな。避ける体力もないだろうし。今度こそ死ぬ。
『命など……遥か昔に捨てた。父を殺した【呪剣】を探し出すと誓ったあのときにな!』
命なんて遥か昔に捨てた?
だからって死にたいわけじゃねぇだろ。
馬鹿野郎が。
命を簡単に捨てるんじゃねぇよ。
俺はコマンドから色魔法を選択して、詠唱した。
「【メガフェルノス(大火球)】」
俺が魔力で具現化した巨大な火球が、ガンマのフレアバーストを横から吹っ飛ばして、かき消した。
「……なんだと?」
その目を向けるな。胸糞悪い。
ガンマの視線を無視して、ラナフィスに近寄った。もう立つどころか、腕一本動かないだろ。
「お前……なんのつもりだ? 助けを頼んだつもりはないぞ!」
「うっせぇ馬鹿」
「ば、馬鹿だと……」
馬鹿だろ? んな簡単に命捨てようとしてるんだからよ。
「私は死ぬ覚悟で戦いを挑んでいた! それを横から手を出されては……死んでも死にきれん!」
「死ぬとか簡単に言ってんじゃねぇ!」
「!?」
この馬鹿には一度説教が必要だ。
「お前の過去になにがあったとか知らねぇけど。自分の命を粗末にするのは俺が許さねぇ! 生きたくても……生きられなかった奴だって、世の中に山ほどいるんだぞ!」
「……」
俺の兄貴だって。アカムレッドの王妃だって。他にもこの世界で理不尽に命を失った奴らがいるんだ。
なのにわざわざ死に急ぐ? それは侮辱だろ。死んでいった奴らに対する。
なにが覚悟はできてるだ。馬鹿野郎。
「死ぬ覚悟ができてる? ふざけんな!? 死ぬ覚悟の前に、生き残る覚悟を決めろ! 死んだらそれで終わりなんだぞ! 自己満足で死のうとするんじゃねぇ! お前はそっからだ! 以上!」
「……」
ラナフィスの反論を聞かず、俺はガンマに振り返った。
さーって。こっちの馬鹿はどうすっかな。
「……話は終わったか?」
「あーまぁ……説教は済んだ」
「じゃあ……次はお前が相手をしてくれるんだろう? 俺を……楽しませてくれるんだろう? 俺の剣で……お前の体を焼き切らせてくれるんだろう!?」
……やっぱこいつ苦手だわ。
「相手はしてやるよ。ただし……お前に俺の相手が務まれば、な」
「あーはっはっは!」
また狂気の笑いを浮かべてるガンマ。笑う顔がこんなにも気持ち悪く見えるとか逆にすげぇよ。
気持ちわりぃ。完全に逝ってる目じゃねぇか。マジ関わりたくねぇ。
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『おまけショートチャット』
「魔力で森を無理やり捻じ曲げたってのは、どういう意味なのよ?」
「そのまんまだよ。魔力で物質とか生物に無理やり干渉して、性質そのものを捻じ曲げるんだ。そのせいで、迷いの森みたいになってたってこと。相当な魔力が無いと無理だけどな」
「じゃああんたに魔力で無理やり干渉すれば、少しは真面目になるのかしら?」
「残念だったな。俺は元々真面目だから、これ以上の真面目なんて存在しない」
「はっ……じゃあ魔力でサニーに干渉すれば……私にゾッコンになってお姉ちゃんて呼んでくれるんじゃ……!?」
「……お前、自分がすっげぇ怖いこと言ってるって自覚ある? あとついでに言っとくけど、冒険者だと普通は無理な話だから」




