ゲーム世界に三年居た俺は女剣士に見下されました①
「げーむ世界……私たちの世界が?」
家に帰る途中で、サニーに俺たちのことを説明した。これ以上隠せないし、隠す必要もないし。
でも……理解できないよなぁ。
ここが異世界だなんて。
いや、正確にはゲーム世界が異世界なんだけど。
「ちょっと、もう少しわかりやすく言いなさいよ」
「……これでも全力で言ってるつもりなんだけど? 大体、そういうのは頭の良いお前担当じゃね?」
そして天乃だ。サニーをとりあえず、うちに連れて行こうと言ったらなぜかついてきた。さっきは一緒に家に来てくれって言ったら軽蔑の、いや、嫌悪の目で見たくせに。
「二人は私たちの世界で……げーむを終わらせるために冒険者をやってるってこと?」
「うん……まぁそう。魔王を倒してゲームをクリアすれば、こっちの世界にとってプラスになることが起こるはずなんだ」
……まだ確信できないのが悲しいところだけど。
「……」
全部話したら、混乱してきたのか、サニーは自分の頭をポコポコ叩きながら考えを整理してる。
……そりゃそうだよな。
こんな話をすぐに理解できるわけ――。
「セイントオーブ!」
「は?」
突然、色魔法を詠唱しようとしたサニー。
でも出るわけない。ここはゲーム世界じゃないんだから。
「わぁ! 本当だ! 色魔法使えないよ! ここは本当に別の世界なんだね!」
「……」
なんか受け入れてるな。都合の良い頭だな。お子様は。
そういや……ゲーム世界の人間が現世界に来るなんて聞いたことないからわからないんだけど、サニーはこっちの世界では普通の七歳児と同程度の身体能力になってるのかな? ゲーム世界ではレベルが上がればどんどん能力上がって行くから、年齢と身体能力は必ずしも一致しない。
……いやいやそもそもだ。そうだよ。その根本の話!
なんでサニーが俺たちと一緒に現世界に来ちまったんだ?
俺たちがコントローラーを使ったとき、サニーは近くにいなかった。だからコントローラーの効果範囲にいたわけじゃない。仮に範囲内にいたとしても、ゲーム世界の人間に、コントローラーの効果は適用されないはずだ。
考えられるのは……サニーがパーティに入っていたからってことぐらいだけど。
そんな仕様ないはずだ。パーティに入ってたからって、現世界に一緒に来るなんて仕様は。
異様にレベルの高かったディアボロスといい……なにかがおかしい。
「でもさ、二人がまたあっちの世界に行くときに、私も戻れるんだよねー?」
「でしょうね」
「じゃあ別にいいんじゃない? 私、こっちの世界のこと見たいもん!」
めっちゃポジティブだな。
……まぁ変に考え込まれるよりはいいか。
問題はこっちにいる間、サニーをどうするかだけど。
「天乃。お前の家に連れて行ってやれば?」
「え?」
良く考えたら、別に俺の家に連れて行く必要もないだろ。女同士だし。天乃はサニーを溺愛してる。断るわけないだろうと思った。でも、
「……うちは駄目よ。あんたのうちに置いてあげなさいよ。瞳先生もいるんだし」
「……? まぁ俺は別にいいんだけど」
おかしいな。天乃ならすぐにOKしてサニーを俺から拉致すると思ったのに。
そういやさっきも……家の話をしたら天乃はあんな顔をしてたな。
嫌悪を表に出した顔を。
天乃は……家が嫌いなのか?
「ねぇねぇ! あれなーに?」
サニーが指差してたのは、飲み物の自動販売機。さすがにゲーム世界にはない代物だ。興味津々に説明を求めてくる。
「飲み物を無人で販売してる機械だよ」
「……きかい?」
「まぁやってみた方が早いか」
百円玉と十円玉を自動販売機に入れて、さてどれにしたものかと数秒考える。
「イチゴオレ」
「……お前の分は買わねぇぞ?」
たたでさえ、ゲーム世界に行く前にクレープをおごらされたんだ。こっちの世界では、俺の金は無限に近いほどあるわけじゃないんだぞ。
イチゴオレのボタンを押して、ガタンと音をたてて出てきた缶をサニーに手渡す。
「……? これ飲み物なの?」
「あぁ。こうやって開けて……」
蓋を開けてやり、飲むように進めると、サニーは恐る恐るイチゴオレを口に運んだ。未知の物に対する恐怖感が少しあるみたいだな。無理もないけど。
「……○▽◆★#!」
声にならない歓喜。わかりやすいな。見る見る、笑顔になっていくサニー。
「なにこれ! すっごく美味しいよ!」
「でしょ? イチゴオレは人類最高の発明よ」
んなわけねぇだろ。変な知識を教えるな。イチゴオレが人類最高の発明とか、人類の行く先が心配になるわ。
イチゴオレをほんわかと幸せそうに飲むサニーと、それを幸せそうに見ている天乃。
……こいつ、顔が美少女じゃなかったら危ない奴だよな? 犯罪者の目だよな? 通報されるよな? 絶対。
んー……それよりも、サニーのことをどうやって瞳姉に説明するか?
まぁそのまま話すしかないんだけど……そうなると、ゲーム世界のことも瞳姉に説明しなきゃいけないな。できれば言いたくなかったけど。
……………………。
あ。
ていうか忘れてた。もう家の前に着いちまったけど。今思い出した。
サニーのことを話す前に、俺は瞳姉に言わなきゃいけないことがあるんじゃねぇかよ。
「……? なにやってんの? 早く入りなさいよ」
「あ、ちょっと待て!? そんな簡単に開けちまうと死ぬぞ!」
「はぁ?」
なに言ってるのこいつ? みたいな目で見られた。
俺にとっては当たり前の正論を言っているだけだ。ちくしょう。
「……」
天乃が開けた玄関の扉から……中を伺う。
よし。いない。敵の姿は確認できず!
今の内に自分の部屋にこっそりと――。
「お帰りなさ~い」
「……」
俺が中に入った瞬間……優しい優しい声がした。
悪寒。もうそれは凄い悪寒がした。優しい声のはずなのに……死刑宣告を受けたように。
馬鹿な……気配は無かったはずなのに、暗がりで姿が見えなかっただけなのか。それとも気配を消していたのか。声がしたのは玄関に入ってすぐ横。しまった……そこは死角だった。敵はそこに潜んでたんだ。
振り返った俺の目に映ったのは、ニッコリと笑っている瞳姉。
俺はこのとき、確かに死を覚悟しました。
ミ☆
「……話はわかったわ。ゲーム世界ねぇ……まさかまた浩之が行ってるとは思わなかった」
「ごめんなさい……私がお願いしたんです」
「うん。まぁそれは別にいいんだけど……浩之は三年もゲーム世界にいたから役に立つだろうし、どんどんコキ使っていいんだけど。じゃあこの前もゲーム世界に行ってて帰りが遅かったのね」
「はい。ドラマを録画できなかったのも私のせいなんです」
「あー全然いいわよ。あのドラマ。新しく放送するやつだから気にしてたんだけど、なんかつまらなかったみたいだから。ていうか浩之、虎上院さんにそのことチクったのね。あの野郎め」
「……あの、そういえば浩之生きてます?」
おせぇよ。俺に注目するのが。余計な罪が増えてるし。
天乃が瞳姉に今までのことを説明してる間、俺はリビングの床で虫の息。
瞳姉の鉄拳を食らったからな。もうそれはクリーンヒットしたからな。間違いなく会心の一撃。その一撃だけじゃ収まらず、瞳姉は笑顔で「歯食いしばれ」とさらに追撃しようとしたのを、天乃が止めたんだ。
……生きてるって素晴らしい。
「それで? この子がゲーム世界から来た子?」
「サニーでーす!」
元気よく手を上げるサニー。それを見て、
「……」
サニーをぎゅっと抱きしめる瞳姉。
おいコラ。あんたもかい。
アイドルとかみたいに可愛さをアピールしてるんじゃなくて、純粋。子供の可愛さはそこにあるんだろうけど……それに弱すぎじゃないか? 女子ってのはよ。逆に男ってのはアピールする可愛さに弱いかもしれんが。
「浩之も昔はこんなだったわ……」
「……え? まさかぎゅってしてないよね?」
「……」
してやがったな!? なにも知らない幼き俺を弄びやがったな!?
「……あんた、昔に戻れないの?」
「訳の分からないこと言うんじゃねぇ」
もういいよ……この人たち。付き合ってると疲れてくる。
「それでえっと……サニーちゃんをうちで預かるって話だったわよね?」
「そう。たぶん、俺らがこっちにいる間はサニーもこっちに来ちゃうと思うんだ。だからその間……うちに置いといてもいいかな?」
「……ナイスよ。浩之」
なにが? 許可を取るつもりで聞いたのに、なんか褒められたんだけど。置いておくのは了解前提での会話の進み具合だ。めっちゃ笑顔でグットサインを俺に向けてる。
「うち、元々民宿だったから部屋いくらでも空いてるしね」
確かに。うちは数年前に瞳姉が安く買い取った元民宿だから、いくらでも部屋は空いてる。ぶっちゃけ、二人で住むには広すぎるぐらいだ。掃除もめんどいし。瞳姉いわく、民宿みたいな広くて温かい雰囲気の建物で暮らしてみたかったとか言ってたけど。
「でも私、なにも持ってきてないんだけどなー」
サニーはパジャマ姿でなにも持っていない。荷物どころか、着替えすらないだろうな。
「まぁ向こうで使ってた装備は、向こうに戻れば自然と持ってると思うぞ」
「そうなの? なんか便利だねー」
確かに、便利っていうか……都合の良い仕様だ。ゲームなんてそんなもんだけど。
「任せなさい! 明日私がいろいろ買ってきてあげるわ。日曜だし、久々にショッピングモールにでも繰り出しますか!」
「しょっぴんぐもーる?」
サニーが首を傾げる。聞いたことない単語だろうしな。
うーん。ゲーム世界で言うと……。
「まぁ商店街みたいなもんだ」
「そうなの? 私も行きたい!」
「え?」
明日は朝一でゲーム世界に戻る予定なんだけど。
俺はちらりと天乃を見た。早く姉を見つけたい天乃としては、無駄な時間を使っていられないんじゃないか? と思った。
「……私も行っていいですか?」
おい。
「じゃあ浩之は荷物持ちね~」
おい。
「荷物持ち?」
「私たちが買った物を持ってくれる奴隷よ」
おい。言い方。
「ユッキーって奴隷なの?」
おい。余計な言葉を覚えないでよろしい。
……否定はできんけど。奴隷みたいなもんだけど。
「……ショッピングモールって十時からでしょ?」
「そうだけど、なんで?」
「じゃあその前に一回ゲーム世界行ってくるから」
朝になって、俺たちとサニーが消えてるって話になってたら騒ぎになるぞ。朝には一回戻って、国王に挨拶して来ないと。
「……おい。そこの二人。えーみたいな顔すんな」
もちろん、その二人とは天乃とサニーのことだ。
「国王に挨拶してから、できるだけレベル上げするからな! サンセット行くまでに色魔法を少しでも強化すんだ! 朝七時に起床だ! 寝坊するなよ! 天乃は早めにうちに来い!」
「……パーティリーダーは私よ?」
「異論は認めません」
「……」
「……アカムレッドクレープ買ってやるから」
「……仕方ないわね」
だんだん、天乃の扱い方がわかってきた。
「……浩之。なんかやる気ね」
「ん?」
瞳姉がなぜか嬉しそうに俺を見ている。
なんで? 天乃に振り回されてる俺を見て嬉しいのか? 姉としてもう少し心配してくれよ。弟が弄ばれてるんだぞ。
「……前にゲーム世界から戻ってきてからは……なにもやる気しないって感じで、少し心配だったのよね」
「……」
そうだな。
俺ももう二度と、ゲーム世界には行かないって思ってた。
現世界に戻っても、なにもやる気がしなかった。
苦労して入った学校もサボりがちだったし。その度に瞳姉にしめられて。晃にからかわれて。それでもやっぱりやる気がしなくて。
やる気……か。
やる気っていうか……。
「アカムレッドクレープ買ってくれるのー?」
「そうだって。一人三個ずつ買ってくれるってさ」
「やったぁ!」
「……三個ずつなんて言ってねぇよ」
……うん。
問題児が増えたから目を離せないだけです。
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『おまけショートチャット』
「ちなみに、瞳姉の録画してほしかったドラマってなんだったの?」
「『世界の端っこでLOVEと絶叫する』よ」
「いろいろとやばいタイトルだな。おい」




