ゲーム世界に三年居た俺は美少女に罵倒されました①
20××年。
数百年に一度降ると言われる、流れ星。【超願流星】が降ると、世界中が話題になっていた。
その流れ星が降ったとき、願えばどんな願いも叶えてくれる。
迷信ではなく、過去に前例のある確かな出来事である。
ただし、流れ星が降ったときに、流れ星を見ながら一番早く願った人間一人限定でという制限がある。学者たちの間でも、その詳細は全くわかっておらず、超常現象として扱われている。科学的には説明ができないのだ。
誰もがその超願流星を待った。自らの願いを叶えるために。
世界中のニュースで、超願流星の降る日。時刻。天気を報道していた。少しの情報も見逃すまいと、テレビやネットに目を光らせる人々。
超願流星が降る日が迫るにつれて、世界中の警察もかなりの厳重体制での警備を進めていた。超願流星のために、争い合って殺人なんて事件にも発展しかねない。そんな暴動を押えるためだ。
――そして待ちに待った超願流星が降る当日。
誰もが空を見上げていた。
そもそも流れ星自体が珍しいのだ。星が流れれば、それが超願流星だ。
世界中が、パニックになっていた。
自分たちの欲のために。
願いごとの権利を、他人に渡さないために。
その混乱の中で、幸運にも超願流星を最初に見て、願い事を願ったのは、
「おぉ? 流れ星! やっほぉう! 縁起が良いぜぇ! これは願い事するしかねぇだろ!? こんなクソみたいな世界なんていらない! この世界にゲームの世界を創造してくれぇぇぇぇぇぇぇ!」
世間のニュースなど興味もなく。超願流星のことなど微塵も知らない。一日の大半をゲームに費やし、三十代後半で定職にもついていない……ニート。社会の底辺の男だった。
その結果、世界はこうなった。
ミ☆
――十年後。
『えー……ただ今の時間のニュースです。昨日未明から雪山で遭難していた男女三人は、さきほど無事救助されたようです。三人とも衰弱しきっていますが、命には別状がないとのこと。次のニュースです――』
日本のとある県。とある小さな町【夏柄夢町】。
駅前にある、有名な秋○原とかでは、アニメのPVが流れていそうな感じのモニターから流れる昼のニュースを見ながら、俺……赤柳浩之はため息をついた。
そのため息は今のニュースを見て、じゃない。遭難した人が助かったのにため息をつくほど、俺は心が廃れてない。ため息の原因は、モニターの右下に表示されている数字だ。
「今日もたったの五人? 何万何千人って数がやってるのに、情けないもんだ」
モニターの右下に表示されている数字は【クエスト更新者数】の人数だ。つまり、今日はたったの五人しかクエストを進めていないってことだ。
……お先真っ暗だな。もう少し頑張ってくれよ。こんなんじゃ、いつまで経っても【ゲーム】クリアできないぞ。
十年前、数百年に一度降ると言われてる超願流星がめちゃくちゃ話題になっていた。超願流星が降ったとき、願えば願い事が叶う。その数百年に一度が丁度十年前だったってことだ。
……名前からして胡散臭い流れ星だけど。過去に前例がある、確かな話だから仕方ない。
まぁ、一番最初に見て願い事をした人間一人限定で、なんだけど。
世界中の欲深い人間どもが自分の願いを叶えようと、あらゆる手を使って、超願流星を誰よりも先に見て願い事をしようと必死だったってわけだ。けっこうな混乱で、警察は忙しかったみたいだな。
そんな混乱の中……けっきょく、超願流星で願い事を叶えたのは、日本にいたゲーム好きのニート。しかも当時三十代後半。親の脛をかじって定職にも就かないでゲーム三昧の生活をしてた社会の底辺が、だ。
それだけでもふざけんじゃねぇよ的な話なのに、そのニートが願ったのはまさかの『ゲームの世界を創造してくれ』という馬鹿な願い。それを律儀に超願流星様は叶えちゃったわけだ。
そして俺たちが住む【現世界】。そしてゲームの世界【ゲーム世界】が生まれちまったわけだ。
そしてこのゲーム世界。俺たちの現世界と並行した空間に存在してるらしいんだけど、別に存在してるだけなら問題ない。問題はゲーム世界の存在維持の方法にある。
ゲーム世界がその存在を維持するには……俺たちが住む現世界の【存在】その物を食わないといけないらしい。
そんな仕様になったのは、ゲーム好きニート野郎が『こんな世界なんかいらない!』なんて余計なことも願い事として言っちまったらしいからだ。
つまり……現世界はどんどんゲーム世界に吸収されつつあるらしい。すでに世界各地で有名な観光スポットが、ゲーム世界に吸収されて消えちまってる。その消えちまった現世界の存在分、ゲーム世界は発展していくって仕様だ。
そもそも、ニートがそんな願い事をしたってわかったのは、ゲーム世界が創造されたとき、つまり……超願流星が降った直後、世界中の空に、
【所在地 ○○○○○ プレイヤー名 ○○○○○ 新しく冒険を始めますか?】
と、でかでかと光の文字で住所と名前が表示されたからだ。なにこの公開処刑。
日本政府はすぐにそのニートを探し出して、状況の把握を急いだ。
まず、ゲーム世界に行くには、ニートが持っていた特別なコントローラーが必要。ニートが言うには、超願流星に願った後、枕元に落ちていたらしい。このコントローラーを起動することで、ゲーム世界に行ける。
ゲーム世界の存在を確認し、その影響で現世界の存在が消えつつあることを把握した政府は、次にゲーム世界を消すための方法を考えた。
日本だけでなく、世界中の政府たちが集まって出した結論。
それは……ゲーム世界の制覇。つまりはゲームをクリアすること! だ。
ゲーム世界はRPGゲームがそのまま世界になっている。
だからこそ、そのゲームのストーリーを誰かがクリアすれば、ゲームが終わり、世界が消えるのではないか? と考えたんだ。そうなれば全て元通り。ハッピーエンドだ。
……そんな上手くいくものか? 世界中の政府たちは本当に調べたのか? なにを根拠に出した結論? 文献があるわけじゃあるまいし。あまりにも雲を掴む話っぽい。
とにかく、そのやり方を確立した政府が世界中に言い放った言葉。
『ゲームに自信のある廃人たちよ集え! 世界は君たちの手にかかっている!』
いや、廃人て。
馬鹿にしてるの? 期待してるの? どっちなの?
早い話がゲームばっかりやってる、俗に言うゲーム廃人どもに、ゲーム世界のゲームをクリアさせようってことだ。
その為にまずは、世界政府が協力して、かなりの予算をはたき、ニートが持っていたコントローラーの量産に成功。これによって、何万何千人という人数がゲーム世界へと行けるようになった。数撃ちゃ当たる。人数を増やせば、誰かがクリアできる。そんな考えだろう。
しかし、いくらゲームの世界とはいえ、ゲーム世界もちゃんと時間の流れる世界だ。
死ねば、ゲームのように生き返ったりはしない。
ゲーム世界での死は、現世界での死を意味する。
それを踏まえた上で、命知らずのゲーム廃人どもは、超最新型VR感覚で、ゲーム世界にわんさかと旅立っていきましたとさ。廃人って怖っ。
以上がこの世界の現状。政府が世界中に配信してる情報だ。専用のホームページでいつでも確認できるぞ。今すぐアクセス。
「……って、俺は誰に説明してるんだ?」
ちなみに、クエスト更新者数は、その日に少しでもゲームのストーリーを進めた人数のことだ。コントローラーを通じて、政府に更新される。レベル上げ。スキル訓練。武器防具を造るとか、いろいろやることはあるけど、最近はずっと更新者数が一桁だ。
なにやってんだよ廃人ども……もうちっと気合入れてゲーム進めろよ。数撃ちゃ当たる理論が役に立ってないぞ。
まぁ、ゲーム世界から現世界へは、コントローラーで好きなときに戻ってこれる。そんなお気軽さもあるから、それこそ、本当にゲーム感覚の奴らばっかりだ。疲れたー、休もうー、って思ったら休憩もできるんだ。命がけって自覚してる廃人なんてほとんどいないだろう。自分たちが楽しいからやってるだけだ。
ただ、コントローラーで自分の体をゲーム世界に飛ばしてるだけだから、あっちで流れた時間分、現世界での時間も経過してるけどな。時間の流れは同じなんだ。
だから、宿屋で寝れば三秒で全回復とはいかない。きっちりと一晩休んで全回復だ。
あっちで数年過ごせば、こっちも数年経っている。ちょっとした浦島太郎気分になれる。あれ? ちょっと違うか。
「だから俺は誰に説明してんだよ……」
まるで誰かに説明役をやらされてる感じだ。もともとあんまり思考を働かせるタイプじゃないんだ。知恵熱が出ちまう。さっさと帰って寝よう。そう思って足を進めたとき……スマホが振動した。着信だ。しかも、
「げっ……」
今、このタイミングで、一番かかってきてほしくない相手から。
出るかどうか迷ったが、ここで出なければあとで何を言われるかわからない。俺は覚悟を決めて通話ボタンを押した。
『こぉらぁぁぁ!? 浩之! あんたまた授業さぼってるわねぇ!』
思わず耳を離す。大丈夫か? 今の声でディスプレイ割れてないか? 俺のスマホ。
相手は俺の親戚でもあり、現在の同居人でもあり、俺が通う【夏柄夢高校】の担任でもある高坂瞳。あいかわらずでかい声だ。
「瞳姉。聞こえてるからもう少し声のボリュームダウンダウン。ご近所迷惑だから」
『うっさい! あんたのせいでボリュームアップしてるんでしょうがぁ!』
「大きいのは胸だけで充分だって」
『セクハラ発言してる暇あったら学校に来い! これから午後の授業があるのよ!』
駄目だ。完全に堪忍袋の緒が切れてらっしゃる。ここでシカトすると、あとで部屋に押しかけてきそうだな。くぅ……ここは涙を呑んで従うしかないか。
「仕方がない。ここは涙を呑んで従う」
『なんであんたが偉そうなのよ!』
「しまった!? 声に出してた!」
感情に素直な自分が恨めしい。いや、これは長所と取っておこう。
「わかった。行くよ。行っても寝るけど」
『……寝てるあんたの耳に砕けたチョークを詰め込むわよ?』
「すいませんでした。ちゃんと授業受けます」
今の声はマジだ。マジの声だった。
『全く……今日は午後から一大イベントが――』
「はいはい。とにかく行くから!」
無理やり通話を切る。なんか瞳姉言いかけてたけど、まぁいいか。どうせ大したことじゃない。
「ぐぅ……だるいなぁ」
なんで学生はあんな鉄筋の建物に押し込められて勉強をしなければいけないのか? これを議論したら丸一日が簡単に潰れそうだぞ。こっちのほうがずっと有意義だ。
さっきよりも深いため息をつき、俺は来た道を逆戻りし、夏柄夢高校へと向かった。