甘酒代わり
『初詣行きません?』
送信すると、向こうもヒマだったのがすぐに返事があった。
『OK コンビニで』
最後まで書かんかい!
コンビニで待つって事なんだろうけどさ。まぁ、これで通じる仲だと思われているのは嬉しいような気もするけど……適当さ加減が複雑。
勉強机に肘をついてスマホを眺めている私は多分、ニマニマと人に見せられないだらしない顔をしているだろう。
罰当たりだけど、正直な所、初詣そのものはどうでもよかったりする。
ただ会いたい。口実が欲しいだけだ。
「よしっ」
寒い外を出歩く覚悟を決めて、私はクローゼットを開く。
初詣だけど、あまり気合いを入れて着物を着ていくと周囲から浮く。どうせ歩きづらいし寒いし、しかも褒めてくれないし、慣れてないから足が痛くなる。そうなると早めに帰らないといけなくなって本末転倒だ。
ちょっと大人っぽく? 大人っぽくってどうやるだ。やるだ?
「お母さん、髪やってー」
「何? どっか行くの?」
不思議そうな顔をして部屋に入って来たお母さんが私の服装を見て「へぇ」と小さく呟いた。
「ずいぶんとまぁ、相手に気を使ったふりして背伸びした服だこと」
「別にそんなんじゃないし」
どうせ褒められないなら並んで歩いても違和感を抱かれないようにしようってだけ。
お母さんに髪をまとめてもらい、私は礼を言って玄関に向かう。結構時間が経ってしまった。
「彼氏と行くの?」
玄関までわざわざついてきたお母さんが野次馬根性丸出しで笑いながら訊いてくる。
「ううん、友達」
「……へぇ。友達なら家に連れてきてもいいんじゃない?」
「行ってきます」
言質を取られる前に出発する。
彼氏、という言葉を聞きつけたのか、お父さんまで玄関に顔を出してきた。ギリギリで逃げ切れた。けど、しばらく家には帰れない。
家の門扉を抜けて外に出る。
お正月らしくどこか静かで、皆で息を潜めているような空気。けれど、確かに人がいて、すれ違うたびに会釈する、知り合いならば今年最初の定型句を口にして笑顔を浮かべる。
まるで春の芽吹きを待っているようなこの空気感がとても晴れやかな雰囲気だと毎年思う。
待ち合わせ場所のコンビニが見えてくる。壁に背中を預けてスマホを眺めているその人に私は声を掛けた。
「せーんぱい!」
「おう、行こうか」
私の顔を見るなりスマホをポケットにしまった先輩がゆっくり歩きだす。
さりげなく先輩の服装をチェック。よし、良くも悪くもいつも通り。私の予想を外さないその投げやり感のおかげで合わせやすいです。複雑ですけど!
「お前ってこういう行事を大事にするタイプだっけ?」
スマホと一緒に手をポケットに入れたまま、先輩が訊いてくる。
「いつもは両親と行きますよ。でも先輩ってこういう行事を気にしなさそうなので連れ出してみました」
「なんだそれ。まぁ、確かに家に籠ってたかもなぁ」
「先輩、来年から三年生ですよ? 大学受験ですよ? 神頼みくらいはしておかないと」
「それ、来年でもよくね?」
「推薦とかあるじゃないですか。受験はセンターだけじゃありません」
早めに決めて自由を謳歌できるようになってくれないと告白できないです、とはもちろん言わない。語るに落ちるほど軽い女ではないのだ、私は。
ちょっと上手いこと言った気分だけど、誰にも言えない。
「なにニヤニヤしてんの?」
「してませーん」
「いや、してたし」
笑ってはぐらかしながら、神社へ向かう人の流れに乗る。
元旦だけあって人が多い。これでも大きい所よりは空いているはずなんだけど。
「はぐれ――そうにないな」
「ですね」
次第に三列の人の流れができていて、その秩序だった流れに逆らわない限り、はぐれる事もなさそうだった。
先輩と前後に並ぶ形で列に入り、流れのままに賽銭箱を目指す。
「乱れ飛ぶ賽銭、吹きすさぶ寒風、これぞ正月ですね、先輩」
「くっ……」
笑いをこらえる先輩をニヤニヤしながら眺める。新年初笑いをこの瞳に焼きつけてやったぜ。
今年の出だしは好調だ。
「――お賽銭は投げないようにしてくださーい」
アルバイトの巫女さんが正月早々不届きを働く人たちへ注意を飛ばす。
私たちはきっちり賽銭箱の前に来てからお賽銭を放り込んだ。
――先輩が志望校に合格しますように。
これで良し。
「何をお願いした?」
「話すと効力が無くなるらしいので言わないです」
列の外に出て、境内を見回す。
あった。
「先輩、お守り買って行きましょう」
有無を言わせずぐいぐいと先輩の袖を引っ張る。
賽銭箱の周囲と同じくらい込み入っている売り場に並ぶ。
「大人気だな」
「御利益有りそうですね」
こんなに大人気だと、神様も手が回らなくなったりするのだろうか。
いや、要らない事は考えないようにしよう。
「先輩、部活はいつまで続けるんですか?」
「勉強したくないから全国行くわ」
「動機が不純ですよ」
全国に行けば推薦枠が取れるかもしれないから一つの手段ではあるけど。
どっちにしろ私は応援する。でも、
「勉強と両立してくださいね」
「善処しまーす」
「する気ない人の言葉ですよ」
「な、国語力高いだろ?」
「わぁ、本当だーって、違う!」
確かに文意を捉える力がいかんなく発揮されているけれども!
などと会話をしている内にお守りを売っている売店に到着。
「――あ」
売り子をやっている巫女さんの顔に見覚えがばっちり有って、思わず声を上げる。
向こうも気付いて目を丸くした後、隣に立っている先輩を見て目を細め「ふっ」と笑った。
「冷やかし、ではないな、よし。恋愛成就と学業祈願、どっちにする?」
「え、なに知り合い?」
「くっ、学業成就で」
「はい、どうぞ。行った、行った」
先輩が私と巫女さんの間で視線を行き来する間に学業成就を買い、先輩の袖を引っ張ったまま売店を外れる。
「やられたー」
「いまいち話についていけない俺がいる」
「どうせだったらもう一件、神社を回りましょう、先輩」
「話に流される俺がいる」
「ゴー!」
流し切ってやるぜ、この正月初詣の流れに!
と、勢い任せにしようと思ったけれど。
「近くに神社ありませんね。一回山を下りないと」
人混みの中にいたからこの寒風を忘れていた。
これは、先輩のようなものぐさが家に帰る理由付けとしては妥当なのではないだろうか。失敗したかも。
まぁ、学業成就のお守りは買えたから良いか。
「先輩、これどうぞ」
「は? お前が買ったんだろ」
私が差し出した学業成就のお守りに面食らったような顔をした先輩は、すぐに自分が受験生であることを思い出したらしく、照れたような笑みを浮かべた。
「そういう事か。ありがとう」
「どういたしまして」
気持ちが籠ったお守りですよ。御利益があるかはともかく、やる気が出ると良いな。
「解散、ですかね」
もうちょっとぶらつきたかったけど、お昼を食べるにはちょっと早い時間だし、諦めようか。
会いたいって願いは初詣するまでもなく叶ったんだし、これ以上は欲張りすぎかな。
そんな風に思ってると、先輩が肩を竦めた。
「俺からもお礼をしないといけないだろ」
「勉強しなくていいんですか?」
言ってから気付いたこんな意地悪な問いかけも、先輩にとっては何でもないようで、笑顔で返された。
「いいんだよ。部活の方でも応援してくれよ?」
「プレッシャー掛けまくってやりますよ」
可愛げがないと思いつつも返してみると、先輩は当たり前のように笑ってくれた。
この空気感に馴染んでいる。もしかすると、甘えている。
きっと、今年も口実だとか、言い訳だとか、そんな風に一歩引いてしまって、告白もせずに終わってしまうんだろう。
それでも、来年もこうやって一緒に初詣に行けるのなら良いかもしれない。
「しっかし、寒いよな」
「ですよね。雪が降ってないのが不思議なくらいです」
空を見上げると、今年最初の快晴がお出迎え。澄みきって高い青空は、とてもとても、手を伸ばしたところで届かない。
眩しいね、青春!
まだ冬だけど!
「おーい、行くぞ」
先輩の優しい声に導かれて、仰いでいた空から視線を戻すと手が差し伸べられていた。
思わず硬直して二度見すると、先輩は照れくさそうに笑って手を上下させる。
「ほら、寒いだろ」
「あ、はい」
まずい、真面目に返してしまった。
でも、手は握らせていただきます。
おぉ、硬い、というか指に弾力が返ってくるというか、こう、グッとくる?
「先輩の手、あったかいですね」
いや、何言ってるよ、私。
感想言ってる場合じゃないから。笑わせるところだから。
えっと、あれ? どうすればいいっけ?
「――好きな人に年明け早々冷たく当たれないだろ。手を握るだけでもさ」
……先輩、今なんて言った?
「え、あれ?」
「ほら行くぞ」
くいっと転ばないように配慮された手の引き方をされて、一歩二歩と足を踏み出す。そのまま流れるように歩き出す。
「センパイ耳あかーい」
そんな憎まれ口もバレバレみたいで。
「うっせ、走ってやろうか」
「もっと長く二人で居たいでーす」
「勉強させてくんねーのな」
憎まれ口を互いに叩いて、それでも笑いながら、新しい年を歩きはじめる。
新年あけましておめでとうございます。