第三話、馬車に揺られて
やはり聞き覚えの無い鳥のさえずりを聞きながら覚醒。
窓からは雲一つない晴天が見える。
そして、ここがどこかを再確認。
うむ、やはり異世界か。
夢デシター展開はこりゃ無さそうだと。
と言うか、自分はこの謎異世界召喚について肯定的なのか否定的なのかよく分かってない。
今のところは、否定より……かな、いきなり殺されかけたし。
まあ、そこら辺ハッキリさせないと今後の行動指針が決まらない訳で……。
とりあえず顔洗おうかと考えると部屋の戸がノックされる音。
出てみるとセリアさんだった。
既に着替えを済ませている。早い。
「………おはよう、調子はどう?」
今起きたばかりのようだが、ミヤマは特に具合が悪そうには見えなかった。
もしもの事も考えてたが、大丈夫そうである。
とりあえず彼の状態を確認した私はこう切り出した。
「………朝早くからごめんね。とりあえず、これからの予定について、話そう?」
私は、彼に何か帰れない事情が無いかぎりは、彼に同行して帰郷を手伝うつもりでいる。
彼の立ち振舞いやこれまでの会話から、彼がその"ニホン"という所に、神隠しにあう直前までいたことはほぼ間違いなく、また彼一人でこの世界を旅して帰郷することの困難さはかなりのものだと想像できたからだ。
元々ちゃんとした目的も無い、ただの放浪旅。ついでに彼の故郷に寄って見聞を広めるのもいいだろう。
何しろ、今まで一切聞いたことの無い所なのだ。貴重な体験を得られるに違いない。
「…………私はとりあえず、ここからミヤマの故郷……ニホン、だっけ?まで行くのを手伝うつもり。お礼とか、そういうのは気にしなくていいよ。ちょうど、私もミヤマの故郷に興味を持ったから。」
「え………。」
彼はそう呟いたきり言葉を失う。
あれ、何か不味かったのだろうか。
どう続けていいか分からず私が内心オロオロしていると、
「えーと………多分それは、厳しいかも…………です。」
「………どうして?」
もしかして、地図にも乗ってないような小国家だから、という理由か。
あるいは、外からの来訪者を歓迎しないところなのか。
ミヤマの昨日の話を聞く限り、後者である可能性は低そうだが………。
「え、えっと、それはっその……あの……
…辿り着くのが難しいと言うか、どこにあるかが分からないというか……」
「………なるほど。」
いまいち要領をえなかったが、やはり彼一人での帰郷は困難、というか不可能というのは理解できた。
やはり自分がついていた方がよさそうだ。
とりあえず、彼の帰郷を手伝うということで、話を纏め、準備の部屋に戻る事に。
部屋から出る直前、ふと思った。
何故、私は彼にここまで親切にしようと思ったのだろうか。
確かに、多少親しくなると世話を焼きたがるきらいは昔からあったが、それでもここまでの対応に発展したことは無いし、何より彼とは出会ってまだ一日も経っていない。
私はその疑問に対し、彼の故郷への興味、神隠しにあったという面白そうな経験があったからだと自分を納得させ、部屋を出た。
部屋を出るセリアさんの背中を見送りながら、僕は異世界召喚について話すべきだったのかと考えていた。
正直、未だに自分でも今目の前にある現実を信じきれておらず、なんかためらわれたのだ。
それに。
「何でここまでしてくれるんだろう……?」
彼女にとっては、ただ通りすがりに助けただけの人間だ。
ここまで親切に面倒を見てくれる筋合いは無いはず。
何かあるのだろうか。
故郷に興味があるという彼女の言を、僕は真実とは捉えていなかった。
とは言っても、セリアさんに悪意があるとかそういう事を疑ってるのではなく、単純な疑問なんだけど。
着替えと準備を済ませ、建物の外へ。
ていうか服装、未だに召喚時のものだけなんだが……。
流石に目立つし、どこかで服買わなきゃ……
他の持ち物は、昨日村の方がくれたものである。
乾パン等の保存食料に、大きめの肩掛けバッグ。
お金については、昨日セリアさんが、魔獣を倒したお礼にと渡されたお金を、そのまま僕に渡してくれたのだ。
お金はやはり、日本の物とは違ったから、後で単位とかを聞いておこう。
後は………やっぱり、せっかく異世界に来たんだから武器が欲しい。
RPGの主人公っぽく、剣をもって戦う自分を想像する。
………………無様に魔獣にやられる未来までが見えてしまった。うう。
僕が建物から出てきたのを見つけて、セリアさんが近寄ってきた。
「…………それじゃ、行こっか?」
ガタゴトと荷台の揺れる音。
私達は今、荷馬車に乗せてもらっている。
村を出た後、少し歩いた所でこの荷馬車に遭遇した。
御者の方が気のいい人で、今回は運ぶ荷が少ねえから乗って行かねえかとの事。
見ると油缶や蜂蜜やマーマレードの瓶。
恐らく、ここら辺で作られていた物だろう。荷が少なくなったとの事だが、今回の魔獣の襲撃が、生産に色々影響したのか。
ちょうど、目的地が一緒だったのでご厚意に甘える事にした。
今は、荷台のはしっこに二人仲良く座っている。
乗せられている間、彼は色々な質問をしてきた。この世界の著名人や、大陸、金銭、魔法、魔獣等々………
特に彼が食いついて来たのが、魔法について。
魔法関係のお偉いさんがどっかで語った話によると、魔法は生まれてくる生命全てが使えるんだとか。
でもそれを実用レベルにまで扱えるのは人間と一部亜人の、それもごく限られた者だけなんだと。
ゆえに魔法使いと呼ばれる者は様々な場所で重宝される。
ここら辺が、一部魔法使いの選民意識に繋がっているのだろう。
……………彼の故郷に魔法は無いのだろうか。
話を聞いている限り、この三大陸文化と彼の国の文化は相当に違う。
この大陸で、庶民に魔法の存在が認知され始めたのは実はごく最近の事である。
まあ、大半の人がろくに魔法を使いこなせないため、どうでもいいという話なのだが。
おそらく彼の故郷では、そもそも魔法そのものが認知されていないのだろう。
私自身、魔法は諸事情により使えないので自然、その手の知識には疎い。
……近い。
非常に近い。
狭いスキマで、僕達はくっついて座ってるため、結構お互いの細かな動きとか、感触とかが伝わってくる。
少し彼女が身じろぎすると、香りとかも伝わってきた。
昨日もこうだったが、今まで女性を相手にした経験が少なすぎるため、こうなると極度に緊張する。
あ、そこ!DTとかなんとか言って僕を嘲笑ってるんだろ!
チクショー。
本気を出せば僕だって………僕だって………何………もできないですねハイ。
ヤバイ、まともに彼女の顔が見れない…………
無言になると余計に緊張してきたぁ……
よし、喋ろう。
「セリアさんって、結構旅なれしてそうですけど、やっぱり旅をしてきて長いんですか?」
「………ん、長い……ね。一応、三大陸の主要都市国家は全て見て回ったし。」
三大陸とは、この世界の陸地の大半を指す言葉らしい。
その名の通り三つに大きく別れており、今いるのが【大陸ヨトゥン】。
その他に、【超大陸パンゲア】と【大陸ゴンドワナ】が存在するんだと。
ちなみに、陸地でない部分は当然海かと思いきや、
「………パンゲアの周囲と、ヨトゥンの一部は血水っていう、赤い水に覆われてて、水棲生物は絶対そこには住まない。」
との事。
ちなみにパンゲアでは赤い雨が降り、河も赤いんだそう。血水は飲めなくも無いが、真水になれてると不味く感じるんだそう。
パンゲア怖ー。
……彼女は、そんな世界を一周したのか。
見た感じ、セリアさんは僕とそう年は離れてないと思うのだが………
一体その旅に何年かかったんだろう。
彼女の年齢について一瞬聞いてみたくなったが、流石に失礼だろうととどまった。
そういった常識は、例え異世界でも不変のものだろうし。
とりあえず会話してれば気は紛れるし、もう少し質問してみよう。
「一緒に旅してた人っているんですか?」
「………必要に応じて、冒険者のパーティに出入りしてはいたけど、基本一人かな。」
ふむ。ともすると、この言葉はセリアさんの強さを如実に表している気がする。
こんな危険な獣が多くいる世界、一人で旅出来るのはそれ相応の実力が無ければ為しえないだろうから。
「世界を一周したのに未だに旅を続けている理由って、なんなんですか?」
その質問に彼女は少し沈黙した。
まるで答えるのをためらうかのように。
「………私はひとところに、長くは留まれないから。」
その言葉が冷たさをを帯びていたのは気のせいだったのだろうか。
なんか微妙な空気になってしまった。何かマズッたか。
陽もだんだん傾きかけてきた頃、彼が少々うつむき気味に話しかけてきた。
「あっ、あ、あの……そういえば、今はどこに向かっているんですか?」
む。そういえば話していなかったか。
「この辺では一番大きな街。あの村からはそこまで遠くないから、このぶんだと日が落ちる前には着けるよ。」
実際、荷馬車のペースは徒歩とさほど変わらなかったが、旅馴れしていなさそうなミヤマを連れて徒歩で行くよりかは早いだろう。
ふと私は、ミヤマがこちらを向いて話しかけてきていない事に気づいた。
まあ座っている向きを考えれば自然そうなるのだが。
そういえば、と。
ミヤマがこちらの方を向いて会話した記憶が無い。
こちらが顔を向けるとなぜか目をそらしたり、自然目が会わない位置に移動したり、伏し目がちに話したり……。
あれ………なんでだろ……
もしかして、嫌われてる?
唐突に思い返されるのは、ミヤマとの最初の出会い。
あの巨大な魔獣を一瞬で解体した私はともすれば、もしかするとあの魔獣以上の化け物に見えたのでは無いかと。
つまり……怖がられているのか。
私は、彼に。
そう考えると、今までの行動に全て説明がつく。
そう思い付いた瞬間、頭の中が蜂の巣をつついたように大騒ぎ。
どう弁解するべきか、というか、そもそも私はそんな怖い存在じゃないかとか、どうやって彼にさりげなくその辺りを聞き出すのかとかいろんな思いが一瞬で脳内を飛び交い、だんだん混乱してきてしまいには破壊熊がタップダンスを踊る幻覚が見えてきた。うわー、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……
アワアワと内心大慌ての私を現実に引き戻したのは、御者さんの一声。
「街が見えたぞぉーい!」
二人でヒョコと顔を出し振り替える。
見えるのは立派な城壁と、そこから漏れ見えるいくつかの建物の屋根。
「大きい………」
「……あれがナルサスの街だよ。街といっても、機能的には都市に匹敵するものを備えてるから、旅人は皆、ここを拠点にしているの。」
夕陽に照らされた城壁は古びつつ、どこか荘厳な気配を感じさせた。
これからはこの分量を目安に頑張ります
(´・ω・`)