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第8日 線香

作者: 夜乃 ユメ

 香りは嗅ぐだけで、最近の記憶から古い記憶まですべてを一瞬で思い出させる特効薬みたいなものだ。それでいて香りそのものの記憶は甚だ難しい。仏壇の線香の香りを嗅ぐと祖父祖母の家が脳裏に浮かぶ。そこで食べた料理や、一緒に飲んだお酒がおいしかったことも漏れなくあふれ出てくる。祖母との会話、一緒にいた空間。祖父との談笑、将棋での対局。全てが過去の出来事であるはずなのに、まるでその時に戻ったかのような現実感まで添えて記憶は甦る。忘れたくない淡く濃く、幸せで満ち足りた時間が脳を支配し、私を安らかに包み込む。

 蚊取線香の香りは仏壇の線香と少し違う気がしている。完全に夏の風物詩であり、情緒的な光景を容易く浮かべることができる。焼け焦げてしまいそうな日中で体の水分がなくなるのではないか、というぐらいまで遊んだ後から一転、蒸し暑いながらも夜風を感じながら居間でテレビを見ている自分。全てが淡く濃い記憶だ。そんな幼き頃の記憶や最近の記憶を何の邪魔もなく一直線で思い出してくれる。懐旧に自分を削られそうな体の内に眠るエネルギーに、それらの香りは火をつける。ただゆらゆらと揺らめくエネルギーに灯った火は、私の眠っている記憶をゆっくり溶かして呼び起こす。

 線香の香りはとても滑らかだ。急速ではではなく緩やかに鼻腔を満たす。深い呼吸とともに私の記憶は時を戻る。香水とはまた違う形の幸せな香りだ。


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