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【暁の星】

 …………ジェイルは窓から入る朝日によって目を覚ました。久しぶりの感覚だった。時計を見ると、時針は8を刺していた。


「やばい! 寝すぎた……! 朝食を用意しないと……」


 ジェイルは急いで部屋の戸を開け、廊下に出て――我に返った。悪夢から目が覚めたような感覚がした。……そうだ。もうバイロンの家ではないのだ。そう安堵すると強張っていた力が抜けた。


 ちょうどそのときである。別の部屋の戸が建てつけの悪い金属的摩擦音を響かせながら開いた。


 ……アイラだ。彼女は艶のある美しい白銀の髪を整えながら、フッと笑顔を笑顔を浮かべた。かなり巧みな微笑であるが、人間の笑みとは違い、虚ろで物体的だった。言うなれば絵画が笑みを浮かべているような、造りものの笑顔だった。


「おはようございます。チェイサー達が食堂で待っております。ついて来てください」


 酷く抑揚のない、まるで機械みたいな声だった。


「……その喋り方どうにかならないの?」


 アイラは嫌悪を込めた双眸でこちらを一瞥すると、何も言わずに階段を降りてしまった。


「……嫌われたな」


 ジェイルはぼそりと呟いて、食堂へと向かった。その間、アイラは顔も合わせてくれなかった。

 食堂は細長い部屋だった。部屋の中央に白いテーブルクロスの掛かった長テーブルがあり、上にはかごに入れられたバケットや皿に盛り付けられた果物があった。席にはチェイサーの他にも数人が座っていた。


「やぁ! おはよう。ジェイル君。とりあえず僕たちの組織と敵の正体について教えないとね。そこの席を二つ空けてるから、アイラとジェイルで座ってくれ」


 空いている席とやらは、テーブルを挟んで向かい隣になっている二席だった。ジェイルが音も立てずに椅子を引き、席に着くと、アイラも同様にして座ったが、彼女はやはり目を合わせようとはしてくれなかった。


 その様子を見ていたチェイサーは苦笑いを浮かべながら釈明を加えた。


「ごめんね。アイラは君が羨ましいんだよ。ジェイル」


「……羨ましくない」


「敵対感を持たれるのは慣れてる。どうでもいい」


 理不尽な理由で嫌われ、孤立化させられたりしたのはもはや日常のことだ。昨日あったばかりの少女に嫌われ、無視されようとも、さほど気にならなかった。


 チェイサーは少しばかり顔に影を差したが、それも一瞬で、次の瞬間には掴みどころのない笑顔を浮かべて自己紹介をし始めた。


「そうか……なら仕方ないね。まぁいつか仲良くなってくれると信じてるよ。……まずは僕たち【暁の星】のことを教えようか。まぁ詳しいことは書斎に本とか新聞とか映像が残ってるから、簡単に説明するけどそれでいいかい?」


「あぁ、頼む。もう魔法とか違う世界とか言われても驚かない」


「飲み込みが早くて助かるよ。さすがエドワードの子だ。……僕たち【暁の星】はね、いわゆる魔術結社なんだ。この世界には元々魔法なんてなかった。けれど、エドワード……君の父が作り出した魔術の概念を生み出したんだ」


「俺の父親が…………?」


「そうだよ。君の父は偉大な人で、おかげで何千人も救われた。【暁の星】は元々、魔術を広めるために、習うために作られた組織『だった』。当時は組織の名前も違かったし、堂々と入り口を構えていたよ」


 人間が宙に浮いて天井に落ちたり、何もない壁に扉が作られたりしたのを見てしまったため、魔術の存在は信じざる終えなかったが、父が作り出したというのは予想外だった。チェイサーは話を続けた。


「エドワードを殺したのはメイザスという男だ。組織創設者の一人で、エドワードの親友だった男だ。彼は魔術を手際よく行うための方法を編み出した英雄の一人だった」


 メイザスという名前が深く頭に刻み込まれた。父は親友だった人に殺されたのか。それは親友に見えていただけで、実際は友情なんてどこにも無かったのか、それとも亀裂が入ってしまったのだろうか。


 当てようのない憤りが、ジェイルの額に皺を寄せ、力強く握り拳を作り腕を震わせた。


 一方、チェイサーはメイザスの名を出すと、どこか寂しげに、懐かしむようにして虚空を見つめていた。


「詳しい原因は僕にも分からない……けれど、あるときメイザスは組織を二分化して【金の十字架】という組織を新たに作り上げると、銀行や市場で無差別テロをしたり、僕たちを皆殺しにしようと躍起になり始めたんだ。……以上が、簡単な歴史さ」


 部屋に重々しい沈黙が立ち込め、異様な緊張が五感に障った。チェイサーは依然として余裕さを保っていたが、それ以外の人達はまるで葬式のように暗い影を顔に映し出していた。


「その……すまない。俺の所為でく――――」


 ジェイルが深く頭を下げ、陳謝しようとしようとすると、チェイサーはかごからバケットを取り出し、それをジェイルの口にめがけて投擲した。それは回避する間もなかった。投げられたパンは意思があるかのようにジェイルの口に飛び込んだ。


「ハハハ! どうだ。美味しいだろう。よく噛んで食べるといい。……君は悪くない。悪いのは全部メイザスさ」


 カリッと焼き上がった表面を歯で割ると、中はふっくらとした触感が広がり、甘い味がするパンだった。ジェイルはそれを全て咀嚼し、飲み込むとチェイサーを強く睨み付けた。


「いきなり何するんだよ。…………旨いけどさ」


 いままでろくな物を食べたことがなかったのだ。温かい朝食を食べられるなんて、いままで夢にも思わなかったことだった。


「さぁさぁ気を取り直して自己紹介をしようか。僕から改めて名乗ろう! 僕はチェイサー。君の父、エドワード・シルヴァーに命を救われて以来、この組織にずっといる。自慢だけど、この中でなら一番魔術は上手くできる。んで、ジェイルが食べたバケットとかを作ってくれたのが彼女さ」


 チェイサーが指を差したのは、現実世界では極めて珍しい、橙の髪……いわゆる赤毛の少女だった。


 少女はヘッドギアにエプロンなどとメイドのような格好をしている。コスプレなどで使われるフリルが付いたメイド服とは違い、本物のそういった服に見える。


 少女は琥珀色の瞳を大きく開くと、快活な笑顔を浮かべ、明るい声で名乗り始めた。


「どもどもー。あたしはメイドって偽名だよ。格好もそのまんまだから分かりやすいね。料理とか洗濯は任せて頂戴。もちろん、魔法だって使えるよ? んじゃ、次オッチャンが自己紹介ねー」


 メイドと名乗った少女は隣に座っていた40~50台ぐらいの男に視線をやった。老いで白くなった髪、髭。眼鏡をつけていて、黒いコートを羽織った男だ。紳士的で冷静沈着な雰囲気を漂わせている。


 男はやれやれとばかりに脱力すると、落ち着いた声を発した。


「……ウォッチャーだ。魔術の反応を感知して、敵の襲撃を予知するのが主な仕事だ。無論、戦えるがな」


 ウォッチャーと名乗った中年の男が自己紹介を終え、パンを齧り始めたのを見ると、彼の隣の席にいる、茶色いコートを羽織り、男物のスーツを着ていた背の高い女性が、長い金髪を揺らし、碧眼をこちらに向けた。


「私はアベンジャー。言うならば戦いの駒ね。よく大人っぽいとか老けてるとか言われるけど、実際は君と同じか、一個下ぐらいだからタメ口でいいわ」


 これで全員だった。彼女が紹介を終えると、チェイサーは再び口を開いた。


「本当は他にもメンバーはいるんだけど、彼らは留守なんでね。申し訳ない。まぁこれで今いる人達の紹介は終わりさ。質問はあるかい?」


 チェイサーの問いかけに、ジェイルは眉根を寄せて真剣な顔をして尋ねた。


「……結局俺はどうすればいいんだ? 命を狙われてるからこの建物から一生出るなと?」


「ハハ。残念だけどそれは無理だ。一応は見つからないようにカモフラージュしているけど、いつかは襲撃される可能性が高い。だから僕は、君が自分の命を守るための手段を……魔法を教える。君は死ぬ気でそれを会得してくれ。じゃなきゃ死ぬからね」


 チェイサーは口元だけはヘラヘラと笑っていたが、その双眸に宿る光は刀のように鋭く、一ミリたりとも冗談を言っていないことを証明していた。


「俺にできるのか?」


「素質は充分過ぎるくらいあるよ。それこそ僕よりもね。後は君の努力次第だ。早速だけど、朝食を終えたら地下の、一番奥の部屋に来てくれ。そこで訓練をしよう。アイラ、君も付いて来てくれ」


 アイラは名前を呼ばれると、少しばかり驚いた様子で目を見開いたが、すぐに仏頂面に戻ると、冷え切った声で了解とだけ言い、パンを頬張る作業を再開してしまった。


 ……敵意がこちらに向いてなければ随分と可愛いものだ。しかしなぜ目も合わせてくれないほど嫌われてしまったのだろうかは、皆目検討も付かなかった。

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