暁満ちて黄金が照らす
終章:暁満ちて黄金が照らす
メイザス・ダロウェイは……いや、厳密にいうならばメイザスの心身が模されて生み出されたその男が死亡し、全ての闘争に終わりを告げた。それからあっという間に時は過ぎて、数ヶ月もの時が経とうとしていた。もとより肌を苛む寒さはあったが、今はそれをも越して連日雪が降り続けている。
アベンジャーやチェイサーはもうこの世界にはいないが、天国の門を通して彼らの姿を見たおかげか特別な寂しさはなかった。……エドワードとリティシアに会えなかったことだけがいまだに僅かに心残りがあるものの、いずれはそれも忘れることができるだろうか。
メイド達は、特にブロウワーはチェイサーの死にショックを受けていたが、今は改めて魔術の社会貢献を目指して活動を再開している。魔術に根付いてしまった悪い印象を払拭すべく、辛い出来事を辛い過去にするために奮迅していた。最近になってようやく戦いで損壊した街の建物や道を全て修復し終えていた。
この奇妙な世界に巻き込まれる形で来たユイは元の世界に戻るか悩んで、一度ばかし銀の鍵で向こうへと一緒に帰った。しかし二人仲良く連続殺人容疑を掛けられていたために、もはや戻ることは不可能であった。ユイは両親にだけメールを送り、この世界に居続けることを決めた。
役者に、特に映画俳優になりたかったらしく、しばらくの間向こうの世界と決別したこともあって落ち込んでいたが、最近では【暁の星】の一員として魔術の訓練もしながら、舞台役者の練習をしていた。
――――けれども今日この日は全員でとある場所へと向かった。今はもうその帰りであったが街からそれなりに離れていたために皆、鉄道で揺られている。窓からは青々と透き通った晴天と、閑散として雪が広がる田園に白化粧をした山岳を覗き、一等車両でテーブルに紅茶やらサンドウィッチを広げて昼食の最中であった。
「ねぇ、ジェイル。結局あんたたち二人ってやっぱりもう付き合ってるの? 非常時だったから私あんなこと言ったけど…………私だって、私だって」
近くに座ればいいというのに、ユイは道を挟んで向かい側の車席に座っていた。人一倍寒がりらしく厳重なまでに重ね着をした防寒具がそれを物語っていた。前までは髪を短くしていたが、この世界に残ると決めてからは艶のある黒髪は肩より下まで伸ばしているようで、そんな髪が動きに合わせて軽やかに揺れて、黒い眼がこちらをじっと睥睨していた。やはりその眼力は幼げな顔に似合わず肉食獣のような気高さと威圧感がある。
ジェイルは気圧されながらもアイラとユイを交互に見て、しばし沈黙した後申し訳なさそうに頷きのみを返した。もうこのやり取りをするのは何回目だろうか。だが罪悪感こそあれど、嘘をつくほうが良くない状況に陥るのは明らかで、どうしようもなかった。
「にゅうううううううう!! …………はぁ」
ユイは悶絶するように小動物的な声をあげて拭い切れない鬱憤を吐き捨てると、深いため息をついた。ウォッチャーが同情のまなざしを彼女に向けるなか、アイラはしたり顔を浮かべ林檎をかじりながら、息を吐くように煽り文句をつぶやいた。
「ふふふん、可哀想ですね。ですが文字通りワタシの全てはもはやジェイルのものです。彼の魔素がワタシを構成しているのですから。どうです? うらやましいですか? 生まれたときから一緒にいたのです。運命です。圧倒的なまでの差がそこにはあるのですよ。いい加減諦めたらどうです」
「なっ!! そこまで言う!? ジェイル!? あんたが甘やかすからこの子絶対口悪くなったわよ!?」
少女二人の間で文字通りバチバチと火花が飛び交う。そんな様子を見てメイドは楽しげに笑い声を零した。ブロウワーが鉄底の靴でタンタンと踏み鳴らし、やれやれとばかりに仲裁に入る。
「お前らな……他の客だっているんだ。少しは考えろ。それとジェイル、お前は断り方が弱い。あと内心楽しんでるだろこの状況」
「楽しんでる? まさか。俺はこの板挟み状態を悠々と楽しめるほど洒落た奴じゃないんでな」
ジェイルは真顔でそんな冗談を言って、サンドウィッチを頬張った。すると今度はどっちが作った奴が美味しいか正当な評価を求ムなどとまた紫電を迸らせ始める。いつもより騒がしかった。必死になって元気付けようとしてくれているのが明らかだった。
――向かった場所はノーサウ村であった。駅名はあの日から日没ではなく【銀の十字架と金の暁駅】となっている。新たな時代の黎明を告げるような意味をこめて、皆で名づけたものだった。しかし名前が変わったからといって村に特別な変化があるわけではない。それに若干ださい。
相変わらず平凡な農村だった。違いがあるとすればクローバーによって広がっていた緑の絨毯が、今は白銀色になっていた。晴天のため馬鹿みたいに輝く太陽の明かりを反射して、雪はより一層神秘さを帯びていた。窓を覗けばそんな光景がまだすぐ隣にあった。
「ジェイル、君は良かったのかね? 彼の墓も作ってしまうなんて」
不意にウォッチャーが貫禄ある声で尋ねた。その眼を見る限り、本当に疑問を提示してるわけではなさそうだった。
……村に行った理由は墓参りだった。両親とアベンジャー、チェイサー、それにメイザスと、彼の悲しみが生み出した自身の虚像の。魔術の暴走で魔素を仲介し彼のあまりにも孤独で荒んだ精神を見なければこんなことはしなかっただろう。こんなのは同情の一環で、自己満足に過ぎないのだろうけれども。人間でいたかったから、気づけば造らせていた。傲慢な奴に相応しい金ピカの十字架で。
「死んだ奴は思いのほかこっちの世界を気にしてくれはしないから平気だ。それに皆が仲間だったのは事実なんだろ? なら弔うべきだ。あんな奴の所為で中途半端に胸に取っ掛かりができたりなんてことはまっぴらごめんなんだ」
ジェイルは吐き捨てるように言った。その表情は神妙さに満ちたもので、ウォッチャーは皺が刻まれた相貌により一層深い皺を刻む。
「確かに……そうかもしれない。奴の所業は決して許せることではないがな」
そういって彼は嵌めていた指輪を憂いげに見詰めた。ジェイルがこの世界に来る前からずっと凄惨な争いは続いていて、その傷口はいまだ深いことを知らしめられたようだった。
「ああ……すまない。つい思い出してしまってな」
ジェイルが押し黙ってしまうと、ウォッチャーは即座に視線を戻し謝った。……両者の間を重い沈黙が支配した。そこにブロウワーが石を投じるかのごとく声を掛ける。
「バーカ、ずっとくよくよしてる方があいつらだって迷惑だっての。少しは考えろ」
彼女は毅然とした態度でそう言ってのけた。けれどもこちらを睨み付ける翡翠の瞳はまだ赤く腫れていて、頬には涙の痕が残っている。辛いのは誰だって同じだが、現実を捉えた上で乗り越えようとしているのだ。ああ、強いなと思った。
「なんだよ……。そんな目で見るなって! そ、そうだ。ユイが来週舞台に上がるらしいんだから、話聞いてやれ」
ブロウワーはごしごしと顔を拭い伏せてしまうと、生贄を差し出すかのごとくユイの名を上げた。ユイはしばしおろおろと狼狽していたが、やがて口を開いた。
「……秘密にしてって言ったのに。…………本当よ。コヴェントガーデン劇場ですることになったの」
「ワタシ達がデートしたところですね」
また両者の間で稲妻が飛び交った。今度は全員でまぁまぁと宥める。ユイはため息をつきジッとこちらを睥睨しつつも話を戻した。
「魔術も使えるし、演技も上手いからってすぐに上がらせてくれることになったの。でも正直内容が好きになれないのよね。だってあり得なくない? 台本見てみたんだけど、どう見ても途中まではハムレットなのに、最後には皆仲良くハッピーエンドなのよ? 大衆化が過ぎるじゃない」
ジェイルとアイラは思わずお互い視線を向けて、ついには開いた口が塞がらなかった。他の皆には真意が伝わらずどうしたのかと心配するような眼差しと声かけがあったが気にしなかった。
一瞬で別世界へ入り込んだような、なんだか顔と顔をすぐ近くまで寄せてしまったような恥ずかしさが湧いて、ジェイルは我に還ると同時素っ頓狂な声をあげて窓の向こうに意識を追いやった。アイラも同様であった。
――――しばらくすると景色も変わり、広大な雪原と連なる山岳は雑踏とした市街になっていく。街は雪が降り積もっているためかどこか幻想的でもあった。
鉄道を降ると、ジェイルは改めて周囲を見渡した。この奇妙な世界にも随分と慣れたものだが冬の景色というのはまた別物であった。
「街は地面の雪が汚いから大丈夫だけど、村の雪景色は凄かったな。アイラの髪と見分けがつかなくなりそうだった」
ジェイルはからかうように言った。事実、少女の髪は風になびくと屋根に積もる銀雪とすら一体化して差が分からなくなってしまいそうだった。
「なら見失わないように手を離さないでください」
アイラは恥ずかしげもなく堂々とした様子で、スッとこちらに手を伸ばす。会ったころと比べれば、本当に随分変わったなと思う。
「はいはい……」
彼女の手を握る。冬の外気の所為かいつもより冷たかった。アイラは小さく笑うと歩みを早めた。何度も踏まれたであろう雪道に新しい足跡を刻んでいく。
ようやくこれにて完結です。このあと11月30日までに4万文字をカットできれば30日に削除してしまいますが、正直無理だと思うのでしばらく削除はしないでしょう。
だらだらと盛り上がりの薄い場面やダークな気分にさせるような回も多いなか、ここまで読んでくださった方々に感謝の意を申し上げます。まことにありがとうございました。新しい作品についてはさまざまな候補があり、どんなものを実際に書き上げるかは不明でございますが、また読んでくだされば幸いです。




