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地の底へ

「フハハハハハ! イーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! ああ、最高ッの気分だ! ジェイル、よかったじゃあないか! 彼女が守ってくれたんだ! 愛しい愛しい彼女に助けてもらえた気分はどうだ? フハハハハ!! キスの一つでも送ってやったか?」


 耳障りな笑い声。メイザスは悠然と眼前に佇んで、今起きている全ての出来事を嘲り、愚弄した。煮え繰り返るようだった。しかしこの感情を怒りという言葉で言い表すことなどできない。激情が精神をズタズタに切り刻むと同時、じんわりと滲むように虚無感が広がっていく。指先が痺れて、喉の奥が燃えるように熱い。……意識が朦朧とした。出血が多すぎた。ぐわりと大きく視界が揺らいだ。が、同時――――記憶が、アイラの表情が脳裏に過ぎった。でも、それを再び見ることはもう叶わない。


「――――ああ、ああああ。ああああああああああああああああああ! ああああああああああああああ!!」


 ジェイルは叫んだ。声は濁り、血を撒き散らし、魔獣のごとき慟哭を上げた。理性はもはや機能していなかった。この感情を見て見ぬフリをして忘れることなどできなかった。血と共に流れ体外にほとんど魔素がないはずなのに、激情を露わにするかのように、空気を震撼させて周囲のすべてを破壊した。メイザスでさえも砲弾が直撃したかのごとく吹っ飛ばされ、全身を何度も地面に打ち付ける。


 だが暴走はこの程度で静まるものではなかった。激情は、魔術の暴走はあらゆる世界法則さえも無視して、体外に流れ出てしまった魔素さえも反応した。全身から出血し、不快なまでに血塗れていた皮膚が異形の怪物のごとく硬質化し、黒々と変色していく。チェイサーの顔半分にできてしまったものと酷似していた。紫電が飛び交い骨が隆起して段々とその姿が歪なものへと変わっていく。


「フハハハハハ! フハハハハハハハハハハハ! すばらしい! チェイサー、喜ぶといい! 貴様の弟子はお前を超えた! 今! 魔素の奇跡が起きている!! ああ、お前も人間でなくなったわけだ! ジェイル・シルヴァー、その感情は自責か? 殺意か? 悲しみか!?」


 メイザスは即座に態勢を整え直すと、ケラケラとあざ笑いながら心底うれしそうにスキップをしてジェイルのすぐ傍まで歩み寄った。しかし、その紅き双眸に人間は映し出されていなかった。


 そこにいたのは赤黒い異形であった。拳銃を持つ手以外は血が固まってできたような黒く肉っぽい赤の外皮に覆われ、隆起した骨が肉を貫き刃のごとく飛び出ていた。筋肉が、血管が心臓のごとく脈動を続けている。


 悪魔のような翼が苦痛を伴いながら皮膚を貫き生え、背から生えた尾が鞭のごとく周囲を砕き壊していた。


 不快なまでに顔は甲冑を被るようにして飛び出した骨格と肉によって閉ざされていた。瞳だけが出ている。しかしそれも琥珀色ではなく、メイザスと同じ色へと変色していた。瞳孔が縮み、竜のごとき双眸が一瞥する。腕が、脚がわずかに動くたびに醜い肉の音が鳴った。


「……俺は結局…………彼女の手を、一番大事なときに間に合わなかった。だがわかる。今なら……お前を殺せる。魔素が見える…………こういう感覚だったのか」


 ただの濃霧でしかなかったはずの魔素が大海の波のように見えた。声、衝撃、感情に揺らぎ渦巻く半透明のなにかが密集している。メイザスを構成する魔力も感じ取れた。それはつまり心が見えることに等しかった。そこに嘲りや喜びの感情はなく、ただ淡々とした使命感と嘆きに捕らわれているのがわかった。だがこちらを見詰める瞳には狂気にも等しい達成感と歓喜が見えた。


「――――さぁ、始めようか。オレの思考が見えるだろう!? これからどれだけ素晴らしい世界が訪れるかわかるだろう! 今の君ならできる。その力で時空を開けるんだ。生死の境を砕くんだ。銀の鍵が2つ……すべては揃った」


 メイザスは狂喜を顔に浮かべながら、銀に輝く鍵を二つ見せ付ける。


「アイラを蘇らせたいだろう。さぁ鍵を使え。天国の門を造り、捻り開けろ」


 声は頭のなかに入ったが、聞き入れられるはずがなかった。人を人ならざる狂気的なまでの力をもった醜悪な怪物に変質させるほど激情を前にして、あまりにもその言葉は浅はかで無力なものだった。


「……そんなもののために皆を傷つけたのか。お前の自己陶酔のために、お前の生きる目的のためにアイラは苦しんで、その引き金を引いたのか」


 亡霊のように呟いた。言葉が力をもち、空気を揺らすたびにあらゆる物体が粉々に砕け、砂塵と化した。その狂った破壊の中心でジェイルは目の前の男に意志を向けた。


 次の刹那、両者の間で魔術が衝突した。亜空間のごとき力場の複雑な移動が生じ、砂埃が荒波のように舞い続けた。互角だった。互いに全てを傷付け合っていた。


「どうした!? アイラを戻したくないのか!? お前がその拳銃を持つ手にまで暴走を侵食させないのは彼女を想っているからだろう? ならばどうして手を取らない!! 銀の鍵を破壊するつもりか!?」


 メイザスが余裕を無くし、喉が裂けん勢いで声を荒らげた。皮膚が裂けて血が舞う。多少のダメージを負ってでも鍵を破壊されないように彼は動き続けた。


「……魔術は万能じゃない。アイラはそのことを言っていた。アイラが戻ったとして、今この瞬間までいたはずの彼女の意志が戻ってくるとは限らない。俺は忘れるわけにはいかないんだ。約束をした。この感情を見ないフリにすることなんて、できるはずがない」


 ジェイルは強く拳銃を握り締めた。人間の原形すらなくなってしまった顔に悲壮の陰を差し、咆哮を轟かせてメイザスを直接殴り掛かった。地面を蹴り上げて、翼に力を入れるだけで瞬間的に距離を詰めることができた。音が遅れて発せられ、空気を漂う魔素が波打つ。


 メイザスは目を見開いた。その紅き瞳から初めて明確なまでの恐怖が見えた。反射的に攻撃を防ごうとしたのか反発する力が全身に付与される。


 だがその程度の枷でジェイルの一撃を封じることはもはや不可能であった。感情の噴出があらゆる法則性すらも無視してメイザスの顔面にその黒々と硬化した拳をぶつけた。


「がはっ!!」


 発砲音よりも鋭く激しい音が響いた。衝撃が魔素の濃霧すらも振り払う。そんな一撃を前にメイザスは苦痛に見悶えた。


「調子に乗るなジェイル・シルヴァー!!」


 メイザスが腕の一部のみを剣に戻し、雷鳴を纏いながらその刃を振り下ろした。空気さえもつんざいて、轟々と雷撃が落ちる。だが、無意味であった。


 今度こそメイザスは声さえ出せずに押し黙った。ジェイルはそんな彼へ立て続けに何発、何十撃もの殴打を続けた。拳から腕へ、脳へと殴った感触が伝わる。視界が激痛に苦しむ感情を魔素を通して見せる。殴るたびにメイザスは呻き、血反吐を吐きながら仰け反った。その身を異形に窶した代償はあまりにも強大な力を生み出したのだ。一方的な蹂躙が続き、メイザスに抵抗の術はなかった。


「叩き潰ス!!」


 躊躇はなかった。魔獣のごとき手でメイザスの顔面をつかみ、石畳が抉れて土がむき出しになっていた地面に叩き付けた。その一撃はメイザスそのものに亀裂を走らせるどころか広場そのものすらも完全に破壊した。周囲一帯が割れた。土砂が巻き上がり、同時に崩落して大穴を形成していく。


 それでもジェイルは【力】を緩めることはしなかった。翼を広げ、重力の中心に近づくかのようにメイザスの頭部を掴んだまま降下を続けた。


「このままお前ヲ魔素に帰ス」


 声を荒らげることはなかった。多大なる喪失感を前に比べてしまえば殺意など陳腐なものにも見えた。だが、目の前で苦痛に叫ぶ男は全ての原因で、アイラを苦しめたその人で、そんなやつを許せるほど寛大な心など持ってはいなかった。


 できるだけ苦しむように四肢を引き裂き内臓を圧迫する【力】を、五感さえも分からなくなるような【熱】を付与しながら永遠にも等しい最後の一撃を送り続けた。


 大地が抉れ続けメイザスの頭蓋が砕けることは容易だった。欠けた破片は魔素の効力を失い金属片へと戻っていく。彼を形成していた魔素が甚大な傷を受けて彼の体外から漏れ続ける。それは血煙のように空気を真紅で満たしていった。轟音が永続的に響き続け地震にも等しい揺れを生み出す。僅か数秒で街灯や星の光さえ届かない地中の奥深くへと向かっていた。


「フハハハハハ!! フヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! 力だ! 力に満たされている!! ジェイル、やはりお前もかすかな希望を抱いているのだろう!? 天国の門に!! だからこうして魔素が濃くなるよう深淵にも等しき大地の底へとオレを押し潰していく!! さぁお前が開きたがらないならオレが! オレが開こうじゃあないか!! 共に世界の壁を、革命を!!」


 メイザスは自らの半身さえも魔素の霧と化しているというのに、使命感がすべてを隠して彼に力を与えた。大地が穿かれ続けるなか、痙攣する腕を持ち上げ銀の鍵を捻った。


 ――――瞬間、時間が停止した。空間が膨張し、歪み玉虫色に輝くと五感を閃光が包み込んだ。

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