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誰がために銃声は鳴る

 ――――首を締め付けるような息苦しさと痛みがした。喉元に刃物が突き立てられ、皮膚が僅かに切れる感覚もした。視覚と意識が現実に追いついたとき、その男は眼前にまで迫っていた。悠然と靡く金の髪。狂気的なまでに赤く輝く双眸。その表情は理解しがたく、眉間に皺を寄せ涙を流しながら、嬉々として笑っていた。背筋が凍るようだった。


「メイザっ……ぐっ!! げほっ…………!」


 ついに姿を現した宿敵の名を叫ぼうとし、ジェイルは噎せ返った。敵は強靭な腕で首元を捕らえていた。指一本一本が刃物のように皮膚を苛み、切り裂く。


「……っ!! あああああ……! あああああああああああああ!!」


 すぐ隣で魔獣のような声が轟いた。アイラだった。いまだにメイザスは魔術を解いてはおらず、その表情は悲しいほどに固まった笑顔だった。声もまともに出すことができないらしく、彼女はもがくように自身の首を掻き毟った。


「チェックメイトだ……! いやぁ、実に素晴らしい……素晴らしい機転だった。オレが人間であれば殺されていたかもしれない…………なぁ、アイラ。ああ、まだ魔術を掛けたままだったか」


 メイザスは気だるそうにアイラを一瞥した。それによって呪縛が消えたのか少女は苦しそうに何度も咳き込み、嗚咽する。


「がほっ……げほっ…………。メイザス、ジェイルの手を離しなさい。――――約束は、果たしましょう」


 メイザスが嗜虐的な笑みを浮かべ、絞殺せんと締め付けていたその手を離した。ジェイルは即座に距離を置こうとするが、当然のごとくその行動は読まれており、身動き一つ取れなかった。魔術を行使して脱出を図ろうとするも、いままでは全て手を抜いていたとでも言うかのように、あまりにも複雑に【力】の付与が及び、何重にも絡まった縄のごとく解くことは不可能であった。


 ……あまりにも無力だった。アイラを守ると約束したのに、魔術でメイザスを撃退することはおろか、この手足は彼女の前に立ち塞がることもできない。目の前の敵への怒り以上に、自分自身を嬲り殺しまいたいほどの憤りが渦巻いた。それは暴走となって身体を自傷していく。


「喜ぶといい、ジェイル。アイラに感謝するんだな。お前は死ななくて済むぞ。さぁ楽しいことが始まる。目を離さずに見ているといい」


 抗えない【力】が眼球にまで及んだ。強引に見開かれた瞳が鮮明に少女を映し出す。アイラは凜然として空を立っていた。


「約束ってなんなんだ。アイラに何をするつもりなんだ。やめろ、逃げろアイラ。メイザスッ!! お前は一体何を唆した!」


「約束? そうか。アイラが教えるはずないからな。そうだな、教えてやろう。…………ジェイル・シルヴァーを殺されたくなければお前が自ら命を絶てばいい、と約束したのさ。そうだな、大体二週間ほど前か? ああ、本当だとも。オレは嘘つきだが正直者さ。約束は守ろう。彼女と同じでな」


 メイザスは下衆な笑みを浮かべ夜闇のなか双眸を輝かせた。揺れ動く赤い残光が目の前の存在が化け物そのものであることを示していた。


 ジェイルはようやく全てを理解した。今日の一日はなけなしの慈悲そのもので、アイラに覚悟をつけさせるための外道の手段であったことを。アイラは冷静に判断して、勝ち目がないことを理解していたのだと。しかし、だからこそジェイルは芯の奥底から声を発した。


「アイラ! 約束を守るな! アイラが死んだら、そのあとこいつは俺を殺して終わりだ! こいつに約束を守るメリットは無い!!」


 冷え切った空気に決死の声が轟く。だが反して、返事はあまりにも淡々としたものだった。


「それは無理ですよ……」


「それは無理だな」


 メイザスとアイラは同時にそう断言した。そしてアイラが何かを言う前にメイザスはそれを制して、酷く真剣な表情のまま言葉を続けた。


「ならお前は見捨てられるだろうか? 無理だろう。そして生憎だが、彼女には……否、魔術によって造られたからかオレ達には魔素が見える。世界を覆う霧以外の、人間には見えないそれは布のようにたわみ、動きや感情にすら反応している。だから見えてしまうのだよ。感情が、動きが、真実が、この世界が肯定しているのさ。オレの言葉が真実であるとな…………」


 ジェイルは絶句した。その発言に確かな真実味があったからだ。いままでのアイラの言動。あまりにも早すぎるメイザスの魔術への反応。当を得た内容だった。


「……アイラ、俺なんか見捨てろ。いますぐ逃げろ」


 ジェイルは吐き捨てるように言った。けれどもアイラはぶんぶんと首を横に振って、乱れた銀の髪を整えながら、優しく柔らかな声で言うのだ。


「ワタシが守るのはジェイルとの約束です。命令だからとかではなく、ワタシがジェイル、あなたのことが好きだから。大切だから。……守るのです」


 アイラはその華奢な手で拳銃を真似た。人差し指と中指を伸ばし、自らのこめかみに突き付ける。――――心臓が止まるようだった。背筋が凍りついて、喉奥を虚無感が満たした。彼女の意思は絶望的なまでに強靭で、美しかったのだ。


「やめろ! アイラ!! メイザス、いますぐ俺を殺せ!! だからお願いだ……!! アイラを止めてくれ!!」


 叫んだ。この一瞬でみっともないくらいに涙を流しながら訴えた。声はアイラに届いていた。彼女のその上でとても嬉しそうに、けれども儚げに青を輝かせて微笑んだ。


「嬉しいです。ジェイル。だからどうか、ワタシのことを恨んでください。怒ってください。…………ありがとう。本当に、……愛しておりますとも」


 ――――撃った。


 火薬が炸裂するような音と同時、少女の体が大きく仰け反っていく。目に映る世界が断続的な静止画の連続に見えた。


 ゆっくりとアイラが離れて彼女が自身に掛けていた【浮遊】の魔術さえも解け、成す術なく落下していく。ついには人間の姿すら保てずに小さな拳銃になってしまうと、夜の闇と濃霧に埋もれた。


 ……助けなければ。もう手遅れだというのにそんなことを思った。冷徹な現実を拒絶するかのごとく、怒号を上げた。


「ッああああああああああああアアアアアアアアアアアア!!」


 ――――魔術の暴走が空間に及んだ。電光が刹那弾け飛ぶと同時、鋼すらも切り裂かんほどの力が全身に沸き上がった。魔素が巡り自らの全てを嬲り傷つけるなか、ジェイルはただアイラの元へ向かおうと力を込めた。メイザスの呪縛を解呪するわけでもなく、ただ力任せに急降下した。皮膚や筋肉が悲鳴をあげてブチブチと縄が切れるような音を鳴らすなか、全身から血が流れ出て上へと落ちていく。


 それでもアイラが、拳銃が地面に落ちて崩れてしまう前にその手は間に合った。しっかりとその手に銃を握り、大地に激突する直前で静止する。その勢いは凄まじく、風圧が竜巻のごとく全てを凪ぎ、吹き飛ばした。視認できるほどの狂風の渦が散開していく。


「アイラ……」


 ジェイルは手のなかにいるはずの少女の名を呼んだ。だが彼女は何も答えなかった。拳銃は喋らなかった。その感触は、その心地良い冷たさは変わらぬというのに涙が止まらず、どうしようもなく泣き崩れた。地面に血溜まりが伸びていく。酷く鉄臭かった。

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