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夜の帳のなかで

 それは決して忘れることなどできない……宿敵そのものだった。疑念が確信に変わった瞬間、ありとあらゆる激情がチェイサーに成り済ますその男に向かった。


「メイザスーーーッ!!」


「ああ、素晴らしい感情だ。魔素が蠢いている! ジェイル、君の魔術の才能はオレ以上かもしれないな」


 ……エドワードは、父さんはまるで生きているかのようにその身体を操られていた。死んでいるのにアベンジャーが受けたのと同じ【防腐】の魔術で、朽ちることもできずにいた。


「あああああああ! 嘘だ!! お前が! チェイサーも殺したのか!? その身体を操り人形にして!! ずっと成り済ましてたのか!?」


「……ああ、辛かった。あいつは強かった。共にいた時間は長いが、殺す必要があったからな」


 チェイサーは、否、死者を冒涜し弄ぶその男は、チェイサーの身体を使って嘲笑し、深く一礼してみせた。


 ――――電光が走った。全身が焼けるような痛みと共に力と殺意に沸き立った。……魔術の暴走。だがそれを打ち消すようにジェイルは声を上げた。


「【圧殺(グラーヴェ)】!!」


 重力で物体を押し潰す魔術だった。だがそれは造作(ぞうさ)もなく相反する【力】で無力化され何も起こりはしなかった。


「素早い行動だ。褒めてあげようか。だが愚行だな。いますぐメイドと……ユイとか言ったか? いますぐ拠点に戻ってあの女共を殺しに向かってもいいんだ。オレにはそれができる。そのことを重々理解したうえで動くべきなんじゃあないか?」


 その発言でようやく最初の発言の真意を理解した。メイザスは人質を取っていたのだ。アイラだけがそれに気付いていた。彼女はずっと戦い続けていたのだ。信じてくださいと言ったそのときから。


 ジェイルは硬直した。眼前の仇への怒りより自責が込み上げた。冷静になれて、それゆえに軽やかに歩み寄るメイザスに攻撃など出来なかった。チェイサーの顔でメイザスは嘲る。そして、一撃、二撃と腹部に蹴りが入れられた。


 衝撃で臓器が揺れる。途方もない吐き気と苦痛が身体を突き走る。隣でアイラの小さな悲鳴が聞こえた。嗚咽をしながらアイラを見ると、彼女は涙を浮かべて、怒号を上げた。


「メイザス! ジェイルに傷付けないと約束したはずです!!」


 頭が痺れるようだった。ビリビリと浸透する痛みよりも彼女の言葉と悲痛な表情の方が胸を締め付けて苦しかった。


「フハハハハ! そう声を荒らげるんじゃあない。近隣に迷惑だろう。騒ぎになれば奴ら来るかもしれないぞ。言いたいことがわかるか? ……黙れと言っているんだ」


 敵の刃は【暁の星】の喉元にまで迫っていた。いや、もう食い込んで取り返しのつかないほど血肉は抉れ、膿んでいる。……状況が悪すぎた。メイザスの命令に従わないわけにはいかなかった。


 ジェイルはいまだに痛む腹部を押さえながら、傀儡と化したチェイサーのことを睨んだ。アイラの手を握り庇うように一歩前に進み出る。


「……オレは家族の一員とすら思っていたエドワードを殺し、チェイサー……ロレンスの命も奪った。しかし空っぽだ。何も感じない。ジェイル・シルヴァー、お前はこいつの死に何を思う。怒りか? 悲しみか? この肉体を刻んでやれば怒り狂うか? フハハハハハハハハハハハハ!」


 チェイサーはおぞましい狂気に満ちた笑い声を上げて、腰に携えていた剣を抜いた。その鋭利な刃を自らの心臓に突き刺して、それでいて血を噴出すわけでもなくただ立ったまま笑い続けた。


「見ろ! もうこの体が死体であることの証明だ! Q! E! D! 愉快だ! こいつがガキのころはよく一緒に遊んでいた記憶があるのに! オレが、このオレがぶっ殺したのさ! 血は固まり、魔術によって腐らないようにしているに過ぎない。魂はもう別世界よ!! イヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 ――――メイザスの襲撃によって命を落としたのだとすれば、たった二週間。それでも家族になれたのだ。十年以上共に過ごした他人よりも大切で、拠り所だった。しかし彼はもういない。目の前にいるのはチェイサーの肉体を嘲り操る傲慢な敵だ。全てがこいつの所為で崩れ去った。


 メイザスはチェイサーの体を傷つけ続けた。突き刺した剣をかき回し、うじゅじゅと、内部が疼く不快な音を響かせた。誰がこの有様を見て我慢できるものだろうか。ブチリと千切れるような音がした。理性でもって抑え付けた情念が爆発した音だった。地面が蒸発するかのごとく粉々に砕け塵となって消えていく。ジャックのときに嗅いだ業火の臭いが宙を漂い、壁に亀裂が走る。


「ジェイル!」


 アイラが慌てて腕を引き、耳元で名前を叫んだ。理性と激情が絡み合い、脳を穿つような痛みがした。瞬間、魔術の暴走が縮小していく。しかし同時、メイザスは微笑んだまま剣を引き抜き、躊躇なく自らの首を撥ねた。血は噴き出さなかった。そして、その手で切り離した頭部を持つと、ボールのように軽やかに投げては掴みを繰り返しながら、首の切断面を見せ付けるように一礼した。赤黒い肉と首の骨が外気に露出していた。


「アイラ、許可しよう。仮にオレを叩き潰すことができたのならばそれで全てが解決だ。……どのみち抵抗しないような感情のない脆弱な精神ならば殺す。さぁ見せてくれ、培ってきた全てを! フハハハハハ! イーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


 切り離された頭は楽しむようにギョロリと双眸を動かしこちらを睥睨すると実に狂った声をあげた。頭部の無い胴体が今この瞬間を心底楽しんでいるかのように頭を指で回す。


「、ジェイル」


 アイラは表情を変えようとはしなかった。それが彼女にとっての悲しみと怒りの体現だった。声は淡々と穏やかで大人びていた。ぎゅっと、力強く手を握られる。


「ワタシがあなたを守りましょう。絶対にです」


 少女が暖かな輝きと共に無骨でもはや持ち慣れた愛銃へと姿を変える。彼女を持つ手から伝わる感触が脳を理性化させていくが、あまりにも人道を逸脱した行為を目の前に魔術の暴走が収まりきることはなかった。砕けた地面の砂塵が火花を散らしながら舞う。


 ジェイルは震える手に力を込めた。瞳孔が細まり、怒りを押し殺し、冷静にチェイサーに別れを告げた。しかし同時に堪えきれないほどまでに膨れ上がった激情から声を震わせた。


「すまない、チェイサー。…………メイザス、お前だけは! お前だけは絶対に許さない!!」


「許さないから……どうしたと言うんだ?」


 待っていたとばかりに、チェイサーは剣先をこちらに向けた。……一瞬の沈黙。次の刹那、ジェイルは引き金を引くと同時に唱えた。


「【引き裂き(ストラグル)】!」


 多方向への【力】の付与。魔素が作用し、鉄を破砕する力がチェイサーの周囲に掛かり、空間が捻れるはずだった。だが考えてみればまともに通用するはずがなかった。


「ほうほう……。偉いじゃあないか。オレが教えた人殺しの技を習得したのか。だがそれをオレに使うのはいささかどうかと思うがなぁ」


 その発言の直後、ジェイルの身体は呆気なく裏路地の奥にまで吹っ飛ばされた。煉瓦の壁に背中と後頭部を強打して初めて魔術を付与されたことを理解し、すぐさま無力化を行う。


「ジェイル、落ち着いて聞いてください。メイザスは――!」


 アイラが何かを言おうとしたが、その言葉はそれ以上の衝撃によって掻き消された。


 視覚が追い付かなかった。僅かな時のなか、何をされたかも分からず、ただ脚に鋭い痛みが走ったことだけは理解できた。そして意識が痛覚へと向かう刹那、チェイサーが眼前にまで移動して、雷撃を纏った蹴りを放っていた。


 攻撃が来る。五感が叫んだ。だが意識が追い付かなかった。【硬化】をすることさえもままならず、砲弾のごとき蹴りがジェイルを突き飛ばした。脚が接触した際、通電し肉を焼くような痺れと感じたこともない激痛が走る。それこそ雷に撃たれたかのようだった。


「がはッ!」


 ジェイルは何度も全身を石畳の道に叩き付け転がった。それでも気合いだけで立ち上がり、血と胃酸の味がする唾を吐き捨て、空へと飛んだ。メイザスが本気を出せば周囲の建物は容易に崩れ落ちる。これ以上誰も巻き込まないための処置だった。


 濃霧を切り裂くように真上へと急上昇していく。凍えるような風と共に向かった月の無い空は街よりも暗かった。眼下に映る街を見下ろすと、チェイサーもまたここまで来ていた。それはもはや人間の姿ではなく、悪魔か何かのように頭部を宙に漂わせ、僅かにこぼれ落ちる血が球体を保ち浮いていた。

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