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ある小さな部屋にて

 二章:狭間の国



 その部屋は落ち着いた柄と色をした絨毯がひかれ、曲線を描く脚をもった椅子やテーブルが置かれていた。部屋は蝋燭で明かりを確保しており、それは時折ゆらゆらと揺れていた。蜀台から少し離れた場所には木製の支柱で支えられた映写機シネマトグラフもあった。


 窓の外は霧が立ち込めていた。月明かりの差さない暗い夜だった。窓の外に広がるのは夜闇の掛かったレンガ造りの建造物と、それらをぼんやりと照らすガス灯。光の届かぬ場所は霧掛かった黒で塗り潰されていた。


 メイザス・ダロウェイは……エドワードを殺した男は忌々しげに街を睨むと、カーテンで外を遮断し、部屋に置いてあるゴシックな椅子に腰掛ける。


「ジャック。映写機であれを流せ」


 メイザスは赤い瞳で背後に一瞥を寄越した。彼の背後にいたのは一人の男だった。ジャックと呼ばれたその男は目もとは落ち窪んでおり、髪や服には清潔感がなく、酷く汚れていて無精髭が生えていた。手にはドス黒く染まった生臭い手袋を身に着けていた。


「あぁ……。まだ食べている途中だったか。なら後でいい。食べ終わったら流してくれ」


 メイザスはそう言うと、テーブルに置いていたグラスに赤ワインを注ぎ、飲み干した。そのグラスは曲を描きながらも、ジャックの姿を反射していた。


 ジャックは小さな丸テーブルで銀の食器を手に取りソレを食べていた。赤く、まだ血の滴る肉の塊を、人間の腎臓を黙々とナイフで切り、口に運び、咀嚼し、飲み込む。


「っち。悪趣味な奴め」


 メイザスは不快感をあらわにし、舌打ちをした。ジャックは特に気にする様子もなく、腎臓を口の中で転がしながら呟くように言う。


「趣味じゃない。人を食べないと……目眩が、頭痛がするのさ。それに無性に人を殺したくなる……。快楽じゃあないんだ。息をするように、水を飲むように、わたしは人を殺さなければならないのだよ。誰も水無しで生きることはできないだろう? 本当にどうしようもない……困った限りさ」


「今日は誰を食べてたんだ? どうせ殺す前に名前を聞いて、乱暴を加えているだろう」


「ミラー・ジェーン・ケリーと名乗ってくれた。美しい女性だったよ。プラチナブロンドの髪をしていてね……柔らかい肌だった。十五歳だったかな? あぁ……わたしは罪深い人だ。別に反省も後悔もしないがね。だがせめて彼女たちの名前を忘れないように思い出を刻むのさ」


「……狂った奴め。だが仕事はしてもらうぞ。そのためにこうしてお前の存在を維持しているのだからな」


「闘いは好きじゃあないんだがね。それでもまぁ、こうして生きるための仕事ならば仕方ないことか……。人間はとても面倒だ。仕事は、大人の義務なのだから。それで? 誰を殺せばいい」


「チェイサーの顔はもう知っているだろう? あいつと行動を共にしている奴を、隙を見て殺せ。ただし白い髪の女だけは殺すな」


「もし女性がいたら、食しても構わないだろうか。そうすれば死ぬ人が少なくて済むだろう?」

「……白い髪の女でなければ勝手にしろ」


「了解したよ。それに丁度食べ終わったところだ。映写機の奴を流そうか」


「ああ。頼んだ」


 会話はそこで終わった。ジャックは音もなく映写機まで歩くと、映像を流すために釣り糸を巻くようにしてハンドルを回した。


 壁に二人の青年と、一人の少女が親しげに会話をしている映像が流れる。しかしその映像は白黒で、全ては奇妙な沈黙のなか進行しており、人の微笑みに音はない……まるで黄泉の国のようだった。


 メイザスは懐かしそうにその映像を眺めながら、誰かに話しかけるように独り言を発した。


「……ストレスを与えたほうが果実はよくなるというが、そのストレスで死ぬ果実は素質がなかったということになるのだろうな。エドワード、君の息子は……どうだろうか? いや、きっと大丈夫だろうなぁ。あぁ! 実に愉快だ! 計画が進めば進むほど輝かしい未来が見える!! 見える! こんな薄暗い過去とは大違いさ!! フハハ……フヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャイーヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


 メイザスの笑い声が小さな部屋に酷く響いた。そのおぞましい狂喜の声は、シネマトグラフが映し出す黄泉の国に向けられたものだった。


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