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狭間の国のメモラビリア  作者: 終乃スェーシャ(N号)
五章:狭間の国のメモラビリア
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最期の一日

 瞬間、ジェイルは床に全身を打ち付けた。洞窟に石を投じるかのような音が訓練室に響き渡る。


「うごッ!? ……痛ってえ」


 少しばかりうめき声を上げながらも、ジェイルはすぐに立ち上がりチェイサーに拳銃を、アイラを向けた。


 メイザスの襲撃を受けてからチェイサーの訓練は大きく変わった。前は防衛術のみを学んでいたが、今は実践方式だ。それは言うなれば魔術を攻撃に用いる訓練でもあった。およそ二週間もの訓練の甲斐あって【力】の付与や、独学でいくつか魔術を使えるまでになった。前より筋肉も付いたし、少しでもアイラに頼られるようにと思うといくらでも頑張ることができた。


「【力】の付与をされた瞬間に同じ威力のものを自分に付与しないといけないんだ。一瞬の遅れが命取りさ。さぁ攻撃してくるといいよ。アイラと、君自身でね?」


 チェイサーは笑いながら説明すると、余裕綽々として鋭い刃をもつ剣を華麗に回転させ、腰に携えた。……また違和感がした。その剣に対する異常なまでの緊張が銃から、アイラから伝わってくる。

「アイラ、もしかして先端恐怖症なのか?」


「緊張が伝わっていましたか。申し訳ございません。ですが今のあまりにも滑稽な推理のおかげで落ち着きました。そして今この瞬間、先端恐怖症になりました」


 淡々とそんな冗談が返ってきて、ジェイルは思わずクスリと笑った。だがすぐに表情を整えて、引き金を引くと同時に唱えた。


「【轟音ロア】!!」


 その声は魔術のトリガーとなると同時、空気の振動が急激に力を高めた。部屋の壁にぶつかり反響を続けて、それこそ爆発音にも等しい音が耳をつんざく。音で不意をつき、アイラで撃ち抜くという戦法だった。だがチェイサーは音など聞こえないとでもいうのか、なんら反応も示さずにこちらに【力】の付与を掛けた。瞬きする間もなく全身に鋼の塊が圧し掛かるような重量感が襲い掛かる。


「【反発リプレス】!」


 ジェイルは咄嗟に相反する力を自分に付与し、押し潰そうとする力を打ち消しながら宙に浮かぶ。そして、鋼のごとく硬質化した脚を躊躇無しにチェイサーの腕へと振り下ろした。が、息を吐くようにチェイサーは片手でその攻撃を受け止めるとトドメとばかりに魔素を反応させ、こちらの全身を吹っ飛ばした。アイラで撃つ猶予さえなく、ジェイルは背中を壁に叩き付け、がくりとうな垂れる。


「がほっ! げほっ……!! アイラ、怪我はないか?」


「自分を心配されたらどうです? ワタシは見ての通り――――」


 そこで一旦言葉は途切れ、眩い白光が視界を満たす。それはアイラが姿を変えるときに発するもので、光が消えた後には白銀の髪を揺らす少女の姿がそこにあった。刃を映し、蒼く輝く双眸はやはりどこか物寂しげで、見ていると焦燥感に駆られる。


「チェイサー、【治癒】の付与をお願いします」


「ああ、もちろんだよ」


 チェイサーがニヒルな笑みを浮かべながら腕を伸ばし、こちらに手を向ける。するとじんわりと皮膚から内側へと痛みが引いて、強張っていた筋肉が緊張を解いて緩まった。ほんの数秒の出来事であるが、たったそれだけで背中に受けた打撲とその痛みが消え失せる。


「うし、完治した。チェイサーもう一戦してもらってもかまわないか?」


 ジェイルが尋ねると、チェイサーはやや困惑した様子でどうしてかアイラに視線をやった。アイラはジッとこちらを睨んだ後、首をぶんぶんと横に振った。


「うーんと。ここ連日、気を詰め過ぎなんじゃないかと思ってね。アイラが少し話があるみたいだから、聞いてあげてくれ。あぁ、既に僕はある程度事情は聞いたから、許可は出しておいたよ」


 ――――許可? 一体なんのだろうか。ジェイルはすぐさま思考を巡らしたが、結局答えは出そうにないのですぐに諦めた。その様子をアイラは珍しく素直に笑いながら見つめていた。


「少し、待っていただいてもよろしいですか? 5分ほど」


 鈴を震わすような声で尋ねると、有無を言わさず駆け足で部屋を出て行った。


「あ、おい!? 一体どういうつもりなんだ?」


「そこで少し待っててください! それまでは焦らしタイムです」


 一応返事は返ってきた。階段を上がっていく足音と同時にであった。事情も分からず、しかし待つこと以外できそうにもないのでジェイルは近くの椅子に座りつつ、言ってはくれなそうだがチェイサーに尋ねた。


「……アイラは何をするつもりなんだ? あいつ普段ロボットみたいなというか、こう、堅苦しい歩き方しかしないのに今なんて小走りでスキップしてたぞ。ご機嫌に。チェイサーは知ってるんだろ? 正直、ここ最近のアイラは見てて不安になってくるんだ。教えてくれないか?」


「ダメだよジェイル。それは教えられない。とにかく彼女はこの日のために準備してきたんだ。なにもかもをね……。だからどうか、素直な心で受け止めてあげてくれ。そうじゃないと彼女が報われないから」


 よく意味が分からなかった。この日のために準備をしていた……。何日も何かをしていたということだろうか。だとすれば、ここ数日、いや二週間ほどアイラの様子がおかしかったのもそれが原因なのだろうか。


 ジェイルが困惑顔でどこともつかぬ場所を見ていると、ドタバタと騒がしい音を響かせながら、アイラが戻ってきた。


「…………どうしたんだその格好?」


 普段のアイラは少女とは思えない落ち着いた色合いのインバネスコートにケープを羽織ったような格好を……それこそフィクションの作品に出てくる探偵のような格好をしている。そういえばブロウワーも似たような格好をしていた。もしかしたら誰かが流行らせたのかもしれない。


 しかし今、目の前にいる少女の格好はとてもではないが男が着れる服装はしてなかった。露出した肩。アイラの白い髪がより一層強調される紺のドレス。フリルは付いていたが、やはりどこか大人びている。けれども少女らしさもきちんと存在していて、その細い首には小さな赤い紐を結んでいた。


「……本当は赤とか桃色とかがいいと思ったのですが。ワタシには似合いませんでした。……今の格好、どうでしょうか?」


 頬を紅潮させて恥ずかしがりながらも、少女はたどたどしくに近づいた。


 いつもより背が高くあるように思えて、何気なく靴を見るとヒールの入ったブーツを履いていた。歩き慣れてないらしく、どおりで不安にさせるような歩き方をしていた。それでもなおアイラは小さく、蒼い瞳がこちらを見上げた。


 その双眸を見つめ返していると、いままでに無いくらい鼓動が高まって、ジェイルもまた、顔を赤くして視線を逸らした。


「に、似合ってるし、かわ……可愛いけど。なんでまた急に?」


 ジェイルは思わず見惚れて舌を噛んでしまいながらも尋ねた。ここに来ておよそ一ヶ月ほどになるだろうか。アイラが理由もなく奇抜な行動に出ないことは承知している。だからこそ彼女が恥ずかしさを押し殺して、顔を真っ赤にしてまで服装を気遣う理由が分からなかった。


「……分かった。俺の反応を見て嘲笑おうって魂胆か」


「酷いですね。そんなこと……確かにしてみたい気もしますが違います。ジェイル、ジェイルと一緒に街を歩きたくて着替えたのです。ジェイルに可愛いと思って欲しいから着替えたのです。分かりますか? ワタシの言う意味が。分かりませんか? ワタシの想いは」


「街を歩く? 大丈夫なのか? それこそメイザスに狙われる絶好の機会じゃねえか」


「それについては問題無いよ。安心して二人で仲良くするといい。それともジェイル。君はせっかく意中の少女がデートに誘っているのに無下にするのかい? ああ、お金についても心配しなくていいよ。僕らは国の支援を受けているからね」


 チェイサーが疑問に答えると同時、からかうように口笛を吹いた。…………どんな根拠があるかは知らないが、チェイサーが問題無いと言うのであれば大丈夫だろうか。


 ジェイルは改めてアイラのことを見詰めた。少女は気を紛らわすように髪を弄りながら、不器用ながらに愛らしい笑顔を浮かべて、呟くように言った。


「ジェイルは嫌ですか?」


「嫌じゃない! むしろそんなことできると思ってもみなかったから! ほ、ほらなら行こうぜ」


「……はい!」


 ジェイルが慌てて適当に身だしなみを整えるとアイラは深く頷いて、違和感なく手を伸ばした。ジェイルは一瞬ばかし硬直しながらも、すぐにその手を握り返して共に街へと出て行った。

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