狭間の国の遺物意思
「随分と素直じゃあないか。物分かりが良くて助かるな」
「この建物には皆がいますから、迷惑は掛けられません」
毅然とした態度、立ち振る舞いで少女はこちらを見据える。戦地に赴くかのような重く、固い顔であった。メイザスは僅かに気圧された。が、同時にほくそ笑む。……彼女なら任せられる。
「――――体が死亡したら、はたして魂が消えるだろうか? それを証明できるだろうか? ……ここでは無い世界は存在していた。それを開ける道具も存在していた。鍵も二本揃っている。……ずっと考えていた。調べていた。魔素の流れを、魔素の暴走が命に等しい存在さえも作り出してしまう事実を」
メイザスは言葉を止めた。心臓などないはずなのに鼓動が聞こえてくるのがいかにも滑稽で、造られた存在であることを改めて実感させられる。だが、そんなことはもはやどうでもいい。この置き去られた狭間の遺品が、世界の根底を作り変えるのだ。それを語ることがどれだけ誇らしいことか。
「――――15、いや、14日後だ。また魔素が濃くなる。銀の鍵が使える。そこでジェイル・シルヴァーを暴走させる。魔術の暴走は、激情は撒き散らすから制御できなくなるが、一点にその感情が向けば限界を超える。存在しないはずの力が生み出される。お前も覚えはないことはないだろう?」
アイラは沈黙で答えを返した。そこには戸惑いや疑念も含まれていたが、それ以上に最高善への可能性に揺らいでいた。
「オレ自身が暴走を起こせればよかったのだが……知っての通り、造られた存在はどれだけ嘆き、悲しもうとも魔素が制御不可になることがない。限界を超えられず、魔素で形成された身体は安定を選ぶ。だから感情豊かであろう青年でなければ、ジェイル・シルヴァーでなくてはならない」
「仮にその結果、チェイサー達が戻ってきたとしましょう。しかしそれは同一人物だといえるのですか? あなたやワタシのようにただの模造品に過ぎないのでは?」
ただの模造品という言葉は強く胸を突き刺した。しかし同時に思う。お前は、少なくともお前はアイラとして想われているではないか、と。
「……愚問だな。夜寝て、起きた翌日の自分を、昨日までの記憶を引き継いだ別人ではないかと問うのと同義だ。重要なのはこの世界に存在しているかどうかだ。だから天国の門を開ける。それで死による別れを、魂との永劫の決別をすることもなくなる」
メイザスは恍惚としながら絶対的自信をもって答えた。鳥肌が立つほどの寒さが部屋を満たすなか、アイラは自身にとって最も重要な本題に触れた。
「それで、ワタシにどうしろと?」
「…………お前らはオレには勝てない。暴走して限界を超えなければまず傷一つ付けられないだろう。だが仲間を傷つけられたくは無いだろう? 門を開けるとは言ったが、不安は残るだろう? 犠牲は最小限にしたいと思うだろう? だからオレは提案しよう。アイラ、お前は14日後の深夜に、オレが合図をしたら自殺しろ」
命を投げうってでも何かを守ろうとする強靭な意志は、事実として死の宣告をされた瞬間、実に虚ろなものとなった。凛として輝いていた瞳は恐怖を飲み込もうと光を抑え、余命を言い渡された薄幸な子供のごとく、冷や汗を掻いていた。
リティシアに酷く似た少女にそんな表情をさせてしまったことが僅かに心を掻き乱したが、今更その程度のことで止まれるはずもなく、メイザスは淡々と会話を続けた。
「ただ殺されるよりも鮮烈で、なぜ溜め込んだ負の意志を吐き出してくれなかったのかと呵責し、殺意を、悲しみを噴出させて一点に向ける。それは奴がオレをも殺しうる力を手にすることであり、その力があればあらゆる世界にも届くはずだ。そうすればリティシアも、エドワードも……皆また会える」
「少し考えさせてください」
俯きながら、今にも消えてしまいそうな声で少女は呟いた。メイザスが閉口したまま頷くと、アイラは早足で部屋を後にした。
――――そして自身の部屋に逃げるように入り、扉の鍵を閉めて、荒れることなどないはずの呼吸を乱した。ぜぇはぁと、呼吸をすると氷のような空気が喉を苛んだ。
凍えるように寒いはずなのに窓を開けずにはいられなかった。窓の向こうを夜闇が満たしていた。結露で白く濁った景色を手で拭って、勢いのままに開けた。すっと夜風が髪を靡かせたとき、街灯の一つが点滅し消えた。
その光景を上から眺め続けた。まるで未来予知でもしたかのような気分だった。なんだか居た堪れなくなって、力尽きるようにベッドでうつぶせになった。
柔らかな心地よさが全身を満たす中、天井を振り仰ぐ。
「ワタシは、どうすべきなのでしょうか。ええ、こんなものは命令外です。決めるのはワタシ……」
――――少女はそこまで独り言をすると、深く口を閉じた。
自分のことを大切に想ってくれる人のために、何をするのが最適であるか。どうすべきであるか。
アイラはずっと思考した。自身の存在意義を問うた。…………ずっと考え続けた。




